とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十六話





 城島晶の行方を調べてみて分かったのだが、行方不明者における法令上の定義というのがなかなか難しい。単純に家出かもしれないし、失踪や逐電、悪ければ誘拐という線も考えられる。

一定期間この状態が継続されてしまうと、法律的に死亡したものと見なす失踪宣告というのもある。晶の場合俺の訃報後なので半月以上一ヶ月未満、事件性と挙げるのは難しいかもしれない。

全国の行方不明者は現在、八万人を超える。城島晶もその一人と扱うかどうかは微妙なところだが、家族としては生死を含めて心配するのは当然である。

家族は勿論のこと、学校関係者や友人知人、その他含めて一切連絡を取っていない。俺の死が全国ニュースで取り上げられて以来、家を飛び出して行方が分からなくなった。

警察にも当然捜索依頼を出しているが進展はなく、高町の家は不幸が加速してしまい、親友のレンは不安のあまり倒れてしまった。家族崩壊の一因になったと言えよう。

城島晶は血こそ繋がらないがまぎれもなく高町家の一員であり、ムードメーカーでもあった。毎日明るく元気いっぱいなあの子が消えて、家庭の火が消えてしまったのだ。


七月、自分の取った行動に後悔はない。けれど、あの家族の火を消してしまったのも間違いなく俺だ。温かいあの火を、今度は俺が灯さなければならない。


「レンには先日言ったんだが、行方不明になった城島晶の捜索は情報屋にお願いした。警察に任せっぱなしだと、何時になるか分からないからな」

「情報屋さんのお知り合いなんているんですか!? すごいですね、おにーちゃん」

「そんなけったいな職業の人が、現実におるとは思わんかったわ」

「俺がそう呼んでいるだけだ。実際は正確性の高い情報を仕入れて小銭を稼いでいる、学生だよ」


 尊敬の眼差しのなのはと呆れ顔のレンに、俺はすっとぼけた顔で返答する。仲良しこよしの関係ではなく、六月の意趣返しで半ば脅して捜索を頼んだ女の子だった。

脅しつけてやらせたので手を抜くかもしれないと心配していたが、杞憂に終わった。早速とばかりに捜索を開始し、城島晶の足取りを掴んでくれたのである。

彼女から先日聞いた調査報告を思い出しながら、この場に集った高町の家族達に説明していく。


「城島晶が行方不明になったのは、先月。爆破テロ事件に巻き込まれた俺の訃報が、国際ニュースで伝えられた直後。これは間違いないよな?」

『直後というか、次の日登校したまま帰って来なくなったの。学校で授業を受けて、帰宅途中にいなくなったみたいなの』


 フィアッセが不安と心配に満ちた顔で、メモを書いて見せる。居なくなってしまった愛する家族を案じるあまり、字がところどころ震えて歪んでしまっていた。

学校帰りでの、突然の失踪。深刻だが、珍しくはなかった。この手の事件は一年に何度か、何処かで起きている。ニュースでちょっと流れて、それで終わりだ。

行方不明者がニュースになって、良い結果になった事は多くない。何事もないのなら、ちゃんと帰って来るからだ。何かがあったから、帰って来なくなった。

その結末は大抵が悲惨であるのに、人々はあまり悲しまない。当事者を除けば、何処にでもあるニュースで終わる。飯を食って寝れば、殆どの人間が忘れるだろう。

肝心の当事者は、夜も眠れなくなるが。


「情報屋に頼む上で、城島晶に関するあらゆる情報を伝えてある。人物像が明確でないと、本人の正確な情報を仕入れるのは難しいからな。
家族であるお前達にも不愉快だとは思うが、プライベートな事まで情報屋に伝えたのは勘弁して欲しい」

「……面白がって喋ったんならともかく、こんな時にまで個人情報云々言うてる場合やないやろ。行方不明になった理由も含めてあんたを責める気はないから、話を進めてや」

「分かった」


 自分の知らないところで、自分の事を話題にされるのは誰だって嫌がる。それを差し引いても過敏になっているのは、先月の世界会議が原因だろう。

そもそも俺の訃報が世界中に流れたのも、氷室の戦略の一環だ。奴は情報の重要性を理解し、競争相手を蹴落とすべくマスメディアを最大限利用して敵を陥れた。

奴の戦略には本当に苦労させられた分、個人情報の漏洩や誤報にはどうも神経が尖りがちだった。情報には疎かった俺がこんな心配をしていて、なのはやフィアッセも少し目を見張っている。

何にしても家族の許可を得られたので、安心して本題に入れた。


「城島晶はその日学校が終わった後、高町の家の近所にある新聞販売店に行っている」

「新聞販売店、ですか……?」

「ようするに、新聞配達やっているところだ。そこに怒鳴り込んだらしい。俺が死ぬはずがない、ニュースで嘘を流すなんて許さないと」

『どうして新聞屋さんに行ったの? リョウスケの訃報は、テレビのニュースで聞いたよ』

「パニクってたらしいからな、多分近所にあるマスコミ関係に行けば伝わると思ったんだろうよ」

『あ、あのアホンダラ……うちが入院してなかったら、殴って止めたのに……!』


 城島晶の人物像を聞いた情報屋は捜索するにあたって、本人の行動理由を正確に分析した。一度も会ったことがないのに、本人の個人情報だけで過去の行動を読んだのだ。

まず学校の友人知人に突き止めて、本人の当時の状況を聞き出した。何処に行ったのかは分からなくても、何処に行きそうなのかは予想がつけられる。

この程度警察どころか素人でも出来るが、ここからが情報屋の本領発揮。過去の個人情報を元に当時の本人の精神状態を分析して、その先の行動を見極めたのである。


「テレビ」で流れたニュースを、「新聞販売店」から聞き出す。こんな意味不明な行動を読んだ分析力こそが、情報屋の武器であった。


「新聞販売店は、新聞を売るのが仕事だ。新聞に書かれているニュースについて文句を言われたって困る。まして、テレビで流れた訃報なんぞ知ったことじゃない。
新聞販売店の店長さんに門前払い食らったそうだが、あいつは泣き喚きながら食い下がったらしい」

「気持ちは分からんでもないけど……何やねん、その必死さは」

「困り果てた店長さんは、この海鳴から一番近い新聞社を紹介した。内容について申し立てがあるのなら、記者に聞いてほしいと。
そこで一度家に帰ればいいのに、あいつはその足で新聞社まで乗り込んだらしい」


 呆れ気味に言ったが、正直に言うとあいつの気持ちは分かる。家に帰れば、絶望に暮れる家族が待っている。あいつなりに、家族を元気づけたかったのだ。

同時にあいつ自身も多分、気が気でなかったのだろう。俺の訃報が嘘だと断じながらも、不安のあまり行動に出たのだ。足を止めてしまったら、悲しみに落ち込んでしまうから。

情報屋の分析によると、こうした衝動に駆られたのは学校で話題になったからだと言う。家族だけではなく、クラスメートまで俺が死んだと騒ぎ立てたのが我慢ならなかったのだと。

死んでいないと信じているのは、自分一人だけ。その孤独に耐えられず、一人無我夢中で行動してしまった。


「問題は、その新聞社だ」


 旅をしていた頃、新聞紙そのものは重宝していた。雨よけや布団の代わりになるし、時間潰しにもなる。拾い物ではあるが、新聞記事の内容にも隅々まで読んではいた。

その頃の俺にとって新聞の内容は真実であり、絶対であるとどういう訳だか信じていた。他人を信用していなかったのに、他人が書いた新聞は信頼していたのだ。

だから、情報屋から聞かされた事に衝撃を受けた。その驚きを共有したくてアリサ達にも話したが、逆に呆れられてしまった。今時、常識だったらしい。

こいつらも知っているかどうかは知らないが、情報屋より聞いた話をそのまま説明する。


「その新聞社は有名な反日メディアで、日本人や日本政府などに反発して偏向報道を行っている。城島晶はよりにもよって、その新聞社に乗り込んだんだ」

「あ、晶ちゃんは確かに日本人ですけど、だからといって――」

「あいつ本人は何の問題もないよ。問題なのは、ドイツの救世主とかで派手に祭り上げられている俺の身内だと名乗ってしまった事だ。
爆破テロ事件が起きたあの時俺は多くのベルリン市民を救い、テロリストとの戦闘で命を落とした英雄になっちまってる。当時ドイツを筆頭に、世界中がこの美談に盛り上がったんだ。
サムライは日本人の模範像とか言われて、日本の株が大きく上がった。日本政府も俺を広告塔にして、支持率を上げたそうだからな。

反日メディアからすれば、面白くない訳だ。日本という国が、世界から賞賛されたんだから」

「――苦虫を噛み潰してたところに、あの小猿が飛び込んだ訳か」

「英雄なんて所詮、架空の存在だからな。俺という人間を明らかにすれば、幻想なんて消えちまう。反日メディアにとって一番必要だったのが、俺個人の情報だった訳だ。
その日暮らしの浮浪者、学校にも行かず働きもせず、日中竹刀を振り回して遊び呆けている乱暴者。何とでも言えるだろう?」

『そんなの酷すぎる。リョウスケは、本当に立派なことをしたのに!』


 弁護してくれるフィアッセの気持ちは嬉しいが、俺だって別にあの時率先して他人を救おうと思ってはいなかった。成り行きというか、巻き込まれたついでにすぎない。

そもそも爆破テロが阻止できたのは、サッカーボールに偽装した爆弾をクリスチーナが見破ったからだ。俺も手に取って調べ、ようやく気付いただけだ。

その後の戦闘もカーミラが襲いかかってきたから応戦しただけだし、クリスチーナが人質に取られたので救助したにすぎない。見ず知らずの人間だったら、関わらず逃げただろう。

祭り上げられたのだって、俺を利用しようとした氷室の策略なのだ。でなければ、世界中になんて広まったりするものか。


「城島晶は俺の生死が知りたい、反日新聞社は俺個人の正確な情報が知りたい。完全に一致はしていないが、両者の利害はある程度成立したんだよ」

「じゃ、じゃあ、晶ちゃんはその新聞社さんに利用されたの!?」

「反日メディアとはいえ、日本有数の大手新聞社だ。未成年の少女に、無理強いしたりはしない。それじゃあ、単なる犯罪だからな。
情報屋は情報を仕入れるのが商売、その大手新聞社にも商売客がいる。その人に問い合わせたところ晶は爆破テロ事件の担当者と面会し、取材協力を取り付けたらしい。
未成年が取材協力なんてするからには、保護者の連絡は当然必要となる。この時晶はちゃんと連絡したそうなんだが――お前達も知っての通り、連絡なんて届いていない。
本来確認しなければならないところを、新聞社側が意図的に怠った。万が一拒否されると取材できず、俺の詳細な情報が手に入らないからな。

連絡したといった晶の言うことを、鵜呑みにしたんだよ――そういう意味での、利害の一致だ」

「あの、アホ……!!」


 レンはシートを痛々しく握りしめ、涙を滲ませる。新聞社に利用されながらも、便乗してしまった晶。便乗した晶を、大いに利用する新聞社。罪の在処は、どちらにあるのか。

何も出来なかったまま、こうして今も何も出来ずにいるレンの悔し涙。親友の取った行動を愚かだと怒りながらも、その行動の理由にある悲しみに唇を噛みしめる。

なのはも、フィアッセも、分かっている。連絡を取らなかったのは、自分の家族を顧みたくなかったからだ。不幸のどん底に落ちた家族を、何とかして救いたかった。

俺の無事を信じたかったのではない。俺の生に、縋ったのだ。朗報によって、訃報を覆したかった。


『でも、その後リョウスケの生存がニュースで放映されたよ。テロ襲撃事件で人質と取った要人を全員、無事救出したと世界中で話題になった』

「その伝え方が、まずかったんだよ。マスメディアを通じて俺の生存が伝えられたのが、あいつの不信に拍車をかけた」

「どういう事や……?」

「俺の死を伝えたのもマスメディア、俺の生を伝えたのもマスメディア。何が正しいのか、という話になる。
俺が生きているのなら、どうして俺個人がメディアに顔を出さないのか――理由はちゃんとあるんだが、あいつに察せよなんて無理な話だ。

新聞社だって真偽が知りたいだろうが、晶にそのまま喜び勇んで去られるのも困る。両者の論調として妥当なのは、取材の延長だった」

「ということは、晶ちゃんは今もその新聞社に……?」

「担当の記者さんと一緒に行動している。新聞社の支援を得る形で、記者さんの家にでもお世話になっているんだろうな」

「なるほど……問題言うてたのはそれか」


 利用されているのは明らかだが、表向きは取材協力である。口約束ならばともかく、正式に協力する契約を結んでいるのなら話はややこしい事になる。

晶本人の不信を取り除くのは簡単だ、俺本人が連絡を取ればいい。生きていることがはっきりすれば、あのバカは喜び勇んで帰って来るだろう。

だが新聞社側は、そうはいかない。半月以上経っても帰そうとしないのは、晶が俺の情報を伝えていないからだ。多分俺の生存がハッキリしてから、協力する手筈なのだろう。

政府やマスメディア関係者と関わるのが嫌で、夜の一族の協力を得て極秘で帰国したのがマイナスに働いている。俺の行方が今も、不明になっているのだ。


連絡を取る事自体は、簡単だ。ただし新聞社を通じてとなると、ややこしい。晶は開放されるが、俺が取材対象になるだろう。


俺一人ならば、まだいい。反日メディアが俺一人の個人攻撃で済ませるかどうか、不明だ。俺の家族も、何らかの形で誹謗中傷されるかもしれない。

情報屋の話だとその新聞社は日本を貶めるためならば、偏向報道なんて当たり前のようにやるらしい。日本語は便利なものだ、言い方を変えるだけで美談が中傷に変わる。

どこまで飛び火するのか、検討がつかない。情報社会において、情報を操作する力は脅威だ。一般家庭なんて、容易く潰せるだろう。

レンも、フィアッセも、なのはも、事の経緯を知って青ざめる。生存が分かったのは朗報だが、問題の渦中にあると分かれば心配にだってなる。


別に、俺はこいつらを困らせるつもりで言ったのではない。話は、ここからだ。


「ひとまずあの馬鹿は今も元気で生きているし、行き先もハッキリしている。よかったな」

「少しもよくないわ! あのアホをどうにかして、連れ戻さなあかんやろう」

「それは、俺がやるよ」


 アッサリキッパリ言われて、レンが目を剥いた。なのはも恐る恐るといった様子で、聞いてくる。


「大丈夫なんですか、おにーちゃん。その新聞社さんは、おにーちゃんを目の敵にしているんですよね? おにーちゃんが言ったら、危ないのではないかと」

「おいおい、なのは。俺が海外で、ただ怪我の治療に行っただけだと思ってるのか? 今の俺は、世界に名高い英雄様なんだぜ。
テロ事件では助け出した要人の中には政府や財界関係者もいてな、協力や支援も取り付けている。

何をかくそう、フィアッセのとーちゃんともその人達を通じて知り合ったんだ」

『もしかしてリョウスケ、さっきパパと連絡取ったのはその為?』

「アルバート上院議員は日本政府とも深い繋がりがあるからな、相談に乗ってもらっている。大袈裟に言ったが、晶だって別に不正行為をしている訳じゃないからな。
大手マスメディアが情報発信力を背景に脅してくるなら、こっちは国際権力で対抗するまでだ。まあ、見てろ。大人の話し合いってやつで解決してやるから」

「なのはちゃん、これが汚い大人の姿やで。尊敬なんてしたらあかんよ」

「……え、え〜と……」

「元々お前の依頼だろうが!?」


 最後は笑い話になったが、それほど安心したという事だろう。レンはホッとした様子だし、なのはやフィアッセも表情を明るくして晶の生存を喜び合っている。

皆を安心させる為に国家権力まで持ちだしたが、実際のところ権力を行使するのは難しい。頼れる人達は確かにいるのだが、いざ頼るとなると別の問題が生じる。


夜の一族の姫君、他でもないカレン達に何度も念を押されている。今俺の存在を明るみに出すな、と――


大手新聞社に戦いを挑むとなれば、どうしたって俺の所在を明らかにするしかなくなる。となれば、海鳴町にいる事が確定してしまうのである。

カレンやディアーナには口を酸っぱくして、所在を明かすなと言われている。大手新聞社を相手にするなど、論外だろう。絶対の絶対、反対するに決まってる。

強行するのは可能だが、カレン達だって別に俺を閉じ込めたくて言っているのではない。テロリストの残党が狙っているのだ、注意するのに越したことはない。

晶の所在そのものは判明している。新聞社にばれないように迎えをやればいいだけかもしれないが、晶本人の事は確実にバレている。海鳴まで普通に追ってくるだろう。


権力を使うと、俺の居場所がバレる。権力を使わなければ、晶が帰れない。非常に、難しい問題である。


「現状報告は、以上だ。朗報を期待していてくれ」

「あっ、良介。その」

「何だよ」

「……色々、ありがとうな。あんたには、ほんま世話になった。病気も治せたし、悩み事だって解決してもらえた。
退院したら、必ずこの恩は返すわ。晶の事、よろしゅう頼みます」

「お、おう、任せとけよ!」



 ――そう言うしかなかった。内心、頭を抱えながら。















<続く>








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