とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十二話





 痛手を負いながらも忍の同意は得られたのに、那美に連絡を取る手段がないのに気付いて歯噛みする。携帯電話の番号やメールアドレスを本人から聞いていなかった。

彼女が住んでいるさざなみ寮に直接訪ねればいいのだが、あの寮にはリスティがいる。高町美由希に匹敵する憎悪を向けられている相手の家に行く勇気なんて、俺にはない。

俺自身が暴行を受けるだけならともかく、ほぼ確実に那美が止めに入るだろう。となれば寮全体の騒ぎに発展し、あの寮にまで迷惑をかけてしまう羽目になる。

妹さんを連れてリスティを回避する手段も検討したが、なのはならともかく那美とこそこそ会うのは逢引きのようで気が引ける。長話になるので、やめておいた。


「侍君が同年代の女の子に携帯電話番号を聞く日が来るなんて、感慨深いよお姉さんは」

「お前の連絡先も、まだ確認してないんだけどな」

「同じ家に住んでいるのに!? 早く聞いてよ!」


 間の悪いことに今は夏休み、学校を訪ねても会えない。那美の私生活も殆ど知らない。魂まで共有している相手を、俺は全然理解していなかったらしい。情けない限りだ。

悩んだ挙句アリサに相談をして、ミヤにお使いに行ってもらう事にした。家に引き篭もっていたなのはと違って、那美本人は元気そのものだ。俺が直接会う事に、固執する必要はない。

海外遠征を通じて久遠と友達になったミヤは、喜び勇んでさざなみ寮へ行ってくれた。あの調子だと連絡先を聞くだけではなく、そのまま遊んでしまいそうだ。


待っている時間も惜しいので、俺は出かけることにした。


「アリサ。俺の今日の予定は?」

「午前中、時空管理局で管理プラン進捗会議。正午、フィアッセさんと待ち合わせ。午後、フィリス先生とレンさんのお見舞い。夕方から夜にかけて、シグナム達との訓練」

「す、全く隙間がないな……」

「そろそろ仕事も予定に入れるから、頑張ってね。後、護衛チームから連絡があったわよ」

「……何で護衛対象の俺ではなく、お前に連絡が入るの?」

「すずかを通じて、あたしに報告があったの。いいから、聞きなさい。あんたを直接護衛してくれる人が、不審な気配に気付いたの。
この家を誰かが見張っている可能性があるそうよ。すずかも前々から気付いていたみたいだけど」


 曖昧な報告内容に、眉を顰める。不破の剣士と化した高町美由希を退けた腕前といい、俺の護衛についてくれている人は相当な実力者だ。加えて、妹さんの探索も加わっている。

その二人が気配に気付きながらも、正体について明確にしていない。突き止めるには至っていないということか、信じられない。

"声"が聞こえる妹さんの探索能力は、百発百中だ。俺に害する気配を、決して見逃さない。何かあれば、すぐに俺に報告するはずだ。なのに、アリサに一度相談をしている。

俺の怪訝な気配を察して、アリサは補足してくれた。


「すずかの話だと、リニスさんに似た気配だったそうよ。直接的な害は今のところなさそうだけど、とにかく気に留めておいて」

「気になるけど、分かった。ひとまず、妹さんや護衛チームに任せるよ。お前も力を貸してやってくれ」

「了解、じゃあ出かけましょうか」


 リニスに似た気配となるとアルフと同じ使い魔か、久遠のような妖怪かもしれない。一応、今晩カレン達に相談をしてみるか。夜の予定も頭に入れて、俺は行動を開始する。

早朝の騒ぎで妹さんが壊した壁の修繕はノエルがやってくれるらしく、はやて達はそのお手伝い。申し訳無さそうにしていた妹さんやローゼを連れて、俺は午前の予定先である時空管理局へ出向。

異世界への出向について、カレン達には法関連の秘密組織との接触だと説明している。アリサを交渉役とすることで、護衛チームを一時的に退かせる許可を貰っているのだ。

転送する瞬間を万が一にも見られないように、現地捜査員であるクイントと合流して建物の一室へ移動。ほぼ一瞬で日本の海鳴町から、異世界を巡航するアースラへ乗船する。


アースラには既に、主だった面々が勢揃いしていた。早速、俺は朗報を告げる。


「隊長さん。アギトが、捜査に全面的に協力するってよ」

「本当か!?」

「全面的になんて言ってねえけど……一応、こいつとの約束だからな。気は進まねえけど、協力してやるよ」


 事情聴取にも一切応じなかったアギトの難化に、強面なゼスト隊長の表情が綻んだ。ジュエルシードより始まった一連の事件、捜査そのものは進んでいるが、これでまた違った進展を見せる。

心変わりしないようにと、ゼスト隊長と部下のクイントが取調室へ移動する。取調べと聞くと圧迫感を感じるが、アギトの場合捜査協力なので御客様扱いで歓迎してくれるだろう。

管理プラン開始早々あげた成果を、アリサはリンディ提督に朗らかにアピールする。ローゼもここぞとばかりに営業、太鼓持ちかあいつは。

変な感心をしている俺に、ルーテシアが不可解な表情で耳打ちしてくる。


「どういう説得をしたの? ここ数日で、あれほど態度を変えるなんて」

「あんたは少しも、俺の人徳だとは思わないんだな」

「気は合っているみたいだけれどね」


 捜査協力は管理プランを行う条件の一つだったが、ゼスト達への情報提供を自分から申し出たのはアギトだった。自分の知っている限りを全て、彼らに伝えるつもりのようだ。

つい先日まで満足に口も利かなかったアギトが突然譲歩を示したのだ、ルーテシアが怪訝に思うのも無理は無い。まあ実際俺から見れば、アギト自身は変わっていないように見える。

豹変したようにみえるのは、アギト本人をあまりよく分かっていなかったからだ。あいつは基本的には、気の良い奴である。ミヤのように、素直ではないけれど。


俺の見解を述べると、ルーテシアは何故か疑惑の目を向ける。


「まさか、あの子にまで不貞な真似をしたんじゃないでしょうね」

「そんな真似したら態度が悪化するだろう、普通!?」

「……本当かしら」


 くそっ、こいつ。先日の視察の件で、俺を女たらしか何かだと思っていやがるな。人類史上、俺ほど女に苦労している男は例がないんだぞ。

美女揃いなのは認めてやるが、どいつもこいつも一癖も二癖もありやがる女ばかりだ。相手の思惑を探り合う会話を始終強制させられるからな、くそったれ。

正式に養子縁組するかどうかは別にしても、クイントやゲンヤの親父には世話になっている。奴らの息子として誉れ高くしてやりたいが、このルーテシアが曲者だった。

隙あらば俺を試してきやがるし、様々な試練を乗り越えてもなかなか認めてくれない。ゼスト隊長だって、人間性くらいは評価してくれているというのに。実力はこれっぽちも認められてないが。


「貴方はアギトちゃんが何を知っているのか、聞いたの?」

「捜査状況を民間人が知るのは違法と何とか、難癖つけようってのか」

「捻くれた子ね、誰に似たのかしら」

「お前が色々言ってくるからだよ! たく……結構たらい回しにされていたようだぞ、あいつ。色んな研究施設に連れ回されて、身体を弄くられたりしてたとか言ってた。
結構ぞんざいに扱われていた分、機密とかいい加減であいつの前で極秘の会話とかもしてたらしい。施設の場所も隠しもせず、連れ回されて見てきたらしい」

「あ、あなたに、そこまで打ち明けたの!?」

「夜食のラーメンを一緒に食ってた時、俺にそう愚痴ってた」

「ほ……本当に、仲がいいのね、あなた達……」


 研究内容は思い出したくもないらしいが、施設の場所を伝えるだけでも捜査の重要な進展となるだろう。あいつの話ではデバイスだけではなく、人体実験とかもしていたようだ。

古代の融合騎の適合者を作り出そうとしたり、映画とかでよくある人間兵器とかも大真面目で研究していたようだ。被害者もアギトに留まらず、捜査次第でたらふく出てくるだろう。

話を聞いたルーテシアは、嘆きの声を漏らした。


「違法な研究は内容次第で、証言一つで強制捜査が行えるわ。貴方には耳の痛い話かもしれないけど、もしかすると――」

「――クローン人間が他にも見つかるかもしれないんだろう。妹さん一人とも思えんしな」

「何処の世界であろうと、人の命を軽く扱うなんて許せる行為じゃないわ。徹底的に取り締まり、被害者も救い出してみせるわよ」


 湿った空気を吹き払うように、ルーテシアは敢えて断言してくれた。何処の世界でも悪は絶えないが、同時に正義の味方もまた出現するようだ。

俺への風当たりは強いが、ルーテシアは捜査官としての義務と志はちゃんと持っている。何だか励まされた感じがして、目下敵対しているのに笑い合ってしまう。


妹さんと同じクローン人間、もしくはローゼと同じ人間兵器か――もし発見されたら、俺の母親気取りのあいつは一体どうするつもりなんだろうか。


「おや、そういえばクロノの奴はどうしたんだ?」


 アリサと談笑しているリンディ提督、彼女の補佐役とも言うべき息子の姿がない。職務上でもあり、人間関係でも義理堅いあいつが顔を出さないなんて珍しい。

管理プランの進捗会議前、他の仕事が入るとは考えにくい。とも思ったが、執務官であれば緊急の呼び出しが入っても不思議ではないか。正義感と義務感は、人一倍強いからな。

気軽に聞いてみたのだが、思った以上に重苦しい表情でルーテシアが返答する。


「今朝方、いえ昨晩だったかしら。リンディ提督への問い合わせが、クロノ執務官を通じて入ってきたらしいの」

「問い合わせ……何の?」

「貴方が今管理しているローゼちゃん、本局への引き渡しを延期させている経緯について」


 心臓が、高鳴った。驚愕の事態、ではない。そもそもローゼの封印自体は既に決定している、クロノやリンディは俺の提唱するプランを承認して一ヶ月間延期しているだけだ。

延期といっても時間稼ぎでしか無く、事務上の手続きに時間をかけているだけに過ぎない。突っつかれてしまうと、クロノやリンディ提督も返答に困ってしまう。

俺が驚いたのは、問い合わせが入ったからではない。問い合わせが入るのが、あまりにも早かった為だ。封印が決定したのはつい最近だ、こんなに急ぐ理由なんてあるのか?


ジュエルシードは確かに危険物だが、宝石そのものは完全に封印されているのだ。あくまで今後危険かも「しれない」ので、封印が決定したのである。


俺はその点をついて、管理プランが承認させたのだ。危険かどうかも明確ではないローゼの引き渡しを、何故急がせるんだ。

ジュエルシード紛失を揉み消すつもりでいるのなら、とんだお笑い草だ。管理局側の失態を自分達だけで隠蔽する気でいるのなら、容赦なく追求してやる。


「延期とはまた、御大層な言い分だな。封印が決定してまだ間もないんだ、盗難品でもあるんだし検査や分析にだって慎重を要するのは当然だろう。
何で本局側から、いきなり問い合わせが入ってくるんだ」

「そのくらいの言い分なら、直接的ではないにしろ本局側に伝えているわ。貴方の提唱する管理プランが承認された時点で。
引き伸ばすにしても、事前に予防線を張っておかないと不自然に思われるからね」

「本局側が、それに納得しなかったと?」

「いいえ。納得していたはずなのに、急に問い合わせが入ってきたの」


 つまり、昨晩になって急に本局が態度を変えたというのか? 意味が分からない。一度納得したのに、どうして突然疑問に思うんだ。

考えられる可能性としては、俺の管理プランが本局に伝わったしまった点。黙認状態のロストロギア管理体制を知って、本局側が慌てて中止を呼びかけてきたのだろうか。


――いや。そこまでの事態に発展したのなら、もう俺に伝わっているはずだ。リンディだって、呑気にアリサと談笑している筈がない。


「そもそも本局の誰が、問い合わせなんぞ入れてきたんだ。執務官であるクロノが応対しているんだ、事務員レベルじゃないだろう」

「その点が、不可解なの。実を言うとね、顧問官なの」

「顧問官……?」


 聞き慣れない要職名に首を傾げる俺に、ルーテシアが呆れた顔をする。一般庶民、しかもこの間まで旅していただけの放浪者に知る訳がないだろう!

ルーテシアの話だと、顧問官とは任務に熟達した者が任ぜられた役職で、時空管理局では永久名誉職として扱われている階級らしい。言わば、退役軍人の扱いだ。

実質的な職務にはついていないにしても、長きに渡る功績が讃えられての名誉職はその存在だけで局員達を奮い立たせる役割がある。旗印といえるかもしれない。


つまり、ローゼと何の関係もないということだ。ふざけんな。


「何で、顧問官がロストロギアの封印に口出しするんだよ!」

「だから、不可解だと言っているでしょう。私達ゼスト隊にも、まだ詳しい話は聞かされていないの」

「! まさか、会議に参加してくるんじゃないだろうな……?」

「会議で紹介すると言っていたわよ、クロノ執務官は」

「余計な奴をこれ以上入れるなよ!?」

「だから、私に言わないで!」

「リンディ、どういうつもりだ!」


 いい加減にしろ。レティ提督やメンテナンススタッフのマリーだって、本件には関係無かったはずなんだ。次から次へとどうして口出ししてくるんだ、この組織は。

一ヶ月間だけ、待ってくれればいいんだよ。その間に何とかするつもりでいるのに、いちいち口出しされたらたまったもんじゃない。

俺が我儘言っているのは分かっているけど、ローゼやアギトだって何の罪もないんだ。これほどせっつかれてまで、封印を急がせる必要は絶対にない。


ズカズカ歩み寄る俺に、リンディは困りきった顔をする。


「話を聞いたのね。今クロノが対応しているけど、問い合わせが入ったのは昨日の夜のことなの。こちらもまだ、対応に追われているのよ」

「だったら、会議を延期しようぜ。こっちにだって、準備があるんだ」

「昨晩そう説明したはずなんだけれど、相手が聞き入れてくれないのよ」

「突然押しかけてきたんなら、乗船の許可なんて出すなよ。提督なんだろう、あんたは。そんな弱腰でどうするんだ。たかが名誉職、提督の威光には勝てないだろう」


「とんでもないわ。相手は元時空管理局提督、かつては艦隊の指揮官もされていた方よ。執務官長も歴任されていた経歴を持つ、名誉ある人物。

"時空管理局歴戦の勇士"、ギル・グレアム顧問官。クロノや私が過去、大変お世話になった方なの」


 ――目眩が、した。単なる名誉職、ではない。肩書だけではなく、完璧なまでの実権と名誉を持つ本物の英雄。艦隊指揮すら行っていた、偉大なる軍人。

これほどの人物がローゼの封印を強行すれば、反対なんて出来るはずがない。クロノやリンディの承認なんて、不許可の烙印で容易く上書きされてしまう。


何なんだ、一体。どうしてだ、何が起こっている……? 次から次へと、どうして俺の関係者をよってたかって不幸にするんだよ!


「――主。無理は、なさらないで下さい」

「お前、話を聞いていたのか」


「ローゼは、主に出会えただけで幸せでした」


 ふと、顔を上げる。何時の間にか事情聴取が終わったのか、それとも俺の大声を聞きつけたのか。ゼスト隊長に連れられる形で、アギトが戻ってきていた。

普段強気な少女が場の雰囲気を察し、今の話を聞いて不安そうな顔を覗かせている。管理プランが消滅すれば、アギトとの今の生活も終わりだ。容赦なく連れ戻される。

年齢に似ず聡いアリサや妹さんも、所在なさげに俺を見つめるのみ。状況がどれほどまずいのか、俺如きが分かったのだ。この二人なら、すぐ理解できるだろう。


ふざけた話だ。たった今管理局に協力する姿勢を見せたばかりなのに、手の平を返されようとしている。こんな理不尽な話があるか……?


しっかりしろ、俺。泣き言は昨日、師匠に散々聞いてもらっただろう。先導している俺が泣き言なんぞ言っていたら、こいつらが困り果てるだろうが。

珍しく殊勝なことを言う俺の従者に、ゲンコツを入れた。


「何で過去形なんだ、馬鹿」

「しかし、主」

「口うるさい老人が、ごちゃごちゃ難癖つけに来ただけだ。こちらには、何の非もない。毅然とした態度を見せて、追っ払えばいいんだよ」


 フフンと、無理やりだが不敵な笑みを浮かべる。仮にも名誉ある人間をジジイ呼ばわりして、普段口の悪いアギトでさえ顔を引き攣らせた。苦笑いまで、して。

ローゼは殴られた頭を抱えて俺を見上げ、申し訳ありませんと詫びを入れる。表立った変化はないが、いつも通りのアホ面に戻ったのは安心した為だと思いたい。


単に強がりだと分かっている大人達、リンディとルーテシアは笑みを深めるのみ。いいんだよ、こういうのは勢いで。


しかし、これで単なる進捗会議ではなくなったのは事実だ。グレアムとかいう爺さん次第で、盤上は容易くひっくり返されてしまうだろう。

女帝といい、俺の前に立ちはだかる老人は皆迷惑な奴ばかりだ。世界会議に匹敵する、難儀な会議になるのは間違いない。頭が痛くなってきた。


ここは一つ、気合を入れていこう。管理プランの地には忍達だけではなく、八神はやて達もいるのだから。



「アリサ、後は任せたぞ」

「結局、あたし頼み!?」



 それにしても。

どうして、"時空管理局歴戦の勇士"が――管理プランに反対しようとしているのだろうか……?
















<続く>








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