とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第四十一話





 高町美由希については目処が立ったし、救う理由も明確になって気概が出てきた。師匠から『神速』の極意と御神流剣術の対策を相談して、携帯電話を切った。

『神速』は奥義の一つであり、極意を伝授されたからといって簡単に体得出来る技ではない。だが剣の才能がない俺でも体得出来る可能性のある、唯一美由希を倒せる技なのだ。

師匠は日本への訪問も提案してくれたのだが、そこまで迷惑はかけられなかった。今こそテロリストを壊滅する絶好の時期、後顧の憂いを断つ為にも師匠は必要なのだ。自分で、修得する。


『神速』とは、御神流の奥義の歩法。瞬間的に自分の知覚力を爆発的に高める事により、周囲が完全に停止した感覚で動くことが可能となる。擬似的な、時間の停止である。


足が早くなるどころの話ではない。感覚の全てを知覚力に委ねることで色彩情報すら意図的に欠落することで、脳の情報処理を知覚のみに振り分けているのである。

知覚力が極まれば相手の動きどころか世界そのものが停止したように見えるようになり、ド素人の剣でも相手を斬れるようになる。どれほどの強敵でも、停止すれば赤子同然だった。

才能の鬼である高町美由希が不破にまで極まろうとも、止まっていれば俺でも斬れる。この奥義を体得すれば、あいつを確実に止められる確信があった。


この技は剣技ではなく、剣技を振るうのに用いる歩法である。扱いの難しさは折り紙つきだが、剣の技でないのなら俺でも体得できる可能性があった。


自分自身の、知覚。集中力などというレベルではない、神速の知覚にまで至るにはそれこそ人の域を超えた感度を身につけなければならない。

そして知覚力を極限にまで高めても、限界を超えた感覚に肉体がついてこなければ意味が無い。停止した空間の中で動けるようにするには、強靭な肉体が必要となる。

感覚と、肉体。人間にどちらも備わっていながら、そのどちらも究極を求められる。体と心が極みに達していなければ、神速は使えない。

身体そのものは海鳴に来る前からずっと、鍛えてはいる。心も海鳴に辿り着いて、随分人間らしくなった自覚はある。身体も心も、万全だ。

しかしそれは、あくまで一般人の粋を出ない。万全では、到底足りないのだ。知覚を極める前に感覚が壊れ、暴走した感覚に肉体が潰れて、再起不能になるだけだろう。


不破という化物を斬るためには、人を超えなければならない。そして、今の俺にはその可能性にも辿り着けている。


(夜の一族の血と、神咲の魂)


 そもそも俺は才能がない以上に、利き腕が壊れていた状態だった。幾度に渡る死闘による重傷で身体も衰弱しきっていて、老人のようにくたびれ果てていたのだ。

健全な身体を取り戻せたのは月村忍を始めとする、欧州の姫君達の血による祝福。彼女達の心からの想いが絆として心を結び、与えられた夜の一族の血が活性化して肉体が回復した。


彼女達の力を借りれば、神速を発動させても肉体は保てられる。独りぼっちの強靭な肉体ではなく、多くの人達に支えられた凡庸な肉体で、超技を発動させる。


俺にとっての万全とは、彼女達との関係が円満であることを大前提とする状態。夜の一族との絆があるかぎり、身体はきっと大丈夫だ。

もう一つは、感覚。こちらも、一人では極みに達せられない。我ながら情けない話なのだが、自分の心は贔屓目に見ても強いとは言い難い。

毎日当たり前のことでも悩んだりするし、ちょっとでも強い敵が来ればビビってしまう。凡庸な悩みに振り回され、常識的な問題にも立ち止まってしまう。まったくもって、貧弱である。


だが一人じゃなければ――感覚を"共有"できるパートナーがいれば、限界を超えられる。一人ではなく、二人で。


「妹さん、忍を呼んできてくれ。話がある」

「はい、引っ張ってきます」

「えっ!? あ、そうか。今回は、円満に話し合うから大丈夫だよ」

「分かりました」


 自分の姉を力尽くで連れてくると言われて焦ったが、考えてみればいつも忍を適当に扱っていたのは俺である。俺の言動を鵜呑みにすれば、そういう扱いになってしまうか。

妹さんは管理プランで同居するようになってから、常に俺の部屋の前に陣取って護衛してくれている。呼べばすぐ来てくれるのだが、小間使いのようで申し訳なく思う。

こういうのはメイドのアリサに頼めばいいのだが、アリサにはサポート面で普段世話になっているので簡単な用事だとどうも気がひけるのだ。本人は全然気にしていないが。


朝飯前からこんな話を正直したくないのだが、避けては通れないのでせめて話はしておきたい。


「おはよう、侍君。今日も和服姿で、きまっているね」

「お前こそ夏休みというのに、制服姿のサービスとは気がきいているな」

「……夏の補修を嫌がっていると分かってて、言ってるよね?」

「お疲れ様です」


 妹さんに呼ばれて来た忍は、朝飯前だというのに制服姿であった。夏休みが始まって八月に入っても、忍は学校へ補修に行かなければいけないのだ。

五月は月村安次郎に狙われていて休みがち、七月は夜の一族の世界会議でほぼ欠席。その穴を埋めるため、補修を受けるように学校から通達があったらしい。

高校は義務教育ではないとはいえ、退学にまで追い込むのは滅多にない。そうはいっても、休んでばかりでは留年もありえる。その為の、補修期間であった。

忍は家族事情による休校届けを出していたので、夏休み返上にはならなかった。忍本人は休みを潰されたかのごとく愚痴っているが、真面目には行ってるので期間も短くて済むかもしれない。

仕上げのテスト次第らしく、本人も張り切っている。


「侍君が今、大変な状況だからね。私も早く終わらせて参入するよ、任せて」

「異世界に行きたいだけだろう、お前」

「正確に言うなら、異世界へ行く侍君についていきたいの」


 むふふ、と手を揉ませて俄然やる気を見せている。アホだった。最終機体である自動人形のローゼを管理すべく、必要な人材なので無碍にも出ないが。

とにかく座れと、本人を部屋に促す。男の部屋に女を招く事の意味を本人からにやけ顔で主張してきたので、デコピンするのを忘れない。

――まあ、こんな感じで常日頃から俺への好意を見せているので、否が応でも話しておかなければならない。


「大事な話があるから、真面目に聞いてくれ」

「うん。じゃあ、茶化さずに聞くね」

「お前には管理プランを含めて、何かと世話になっている。感謝の意味も込めて皆にはまだ打ち明けていない、踏み込んだ話をしたい」

「……えーと、ちょっと期待していいのかな」

「いや、むしろガッカリさせると思う」


 思わせぶりだわな、確かに。でも、こういう言い方しかない。本当に悪いとは思っているが、今のところこうするしかないのだ。

確実に傷付けると分かっていても、打ち明けておくべきだろう。傷を浅くするのではなく、痛みを含めて心を通わせなければならない。

そうでなければ、同じ屋根の下で好意に甘えていつまでも一緒にいていい事にはならないのだ。


「先月お前に告白された後、紆余曲折あって神崎那美にも告白された。四月の花見で会った、あの子だ」

「! う、うん、それで……?」

「その時は、断った。それを前提に話をするので、聞いて欲しい」


 五月の事件で重傷を負い、神崎那美より魂を提供されて癒やしを施された。その時魂が結合して、俺と那美は感覚を共有している。密度はまだ細く、直接的な繋がりはない。

その事を話した上で、忍に今の状況を説明する。高町美由希との対立、状況を打開する御神の技、奥義習得に必要な身体作りと知覚の極限化。

身体については忍の血からも恩恵を得ているので、感謝の礼をする。本人は照れながらも、これからの支援も約束してくれた。だからこそ、心苦しい。

身体だけではなく、心も繋がらなければならない。


「神速に必要なのは、知覚の極限化。時間の停止を人間が体感するレベルにまで発展させるには素質か、もしくは第三者のサポートが必要とする。
人間の脳は高性能だが、時間停止を体感できるほどの感度は有していない」

「そんな情報力を常に引き出していたら、コンピューターだって焼き付いちゃうもんね」


 自動人形を開発出来る世界有数の科学者を相手だと、こうした話は実にやりやすい。俺なんて師匠を悩ませるほど、何度も質問してようやく分かったのだ。

そもそも神速そのものは、師匠に実際見せられている。改めて聞いたのは当時、理解にまで及んでいなかったからだ。それほど難しい技なのである。

即理解にいたった忍は、額に手を当てて解を導き出した。


「通常のコンピューターでしかない侍君の脳では、神速に至る感覚を発揮できない。スペック不足を補うためには、もう一台コンピューターが必要になる。
二台接続でも本来急激な情報演算力の向上なんて実現出来ないもんだけど、人間の脳を接続化出来れば可能性はあるかも知れない。

まして、魂の接続ともなれば更なる同期も期待できる」

「――そうだ。だから……」

「神咲那美さんと、関係を結ぶ。それが、侍君の結論なんだね」

「ああ、お前達夜の一族と同じ関係を――あいつと結ぶ」


 頬を引っぱたかれた。返答するまでもなかった。予想外ではない。これくらいされて当然の、最低の打開策だった。

叩かれたままの俺を捨て置いて、忍はそのまましゃくりあげて泣いた。やはり、傷付けてしまった。惚れた男にこんな事を聞かされたら、当然だった。

自分が勝つために、他の女の好意を利用して関係を求めると告白したのだ。これ以上ない、裏切りだろう。


「何なの、それ!?」

「分かってる。分かった上で、言ってる」

「分かってないよ、全然。何が分かっているのよ!!」


 拳を握って、殴られた。真っ赤な瞳、夜の一族の発現。ぶっ飛ばされたなんてものじゃない、鼻が潰れる勢いで壁にまで叩きつけられた。

部屋の物音を聞きつけて、妹さんが飛び込んでくる。盛大に鼻血を吹き出す俺に目を丸くして、そのまま俺を庇う形で構えを取る。

忍は仁王立ちして、血の繋がらない妹を睨んだ。


「どいて。侍君とまだ、話が終わっていない」

「剣士さんに危害を加えるのは――」

「これは、侍君と私の問題よ!!」

「……嫌だよ、お姉ちゃん。たとえお姉ちゃんでも、剣士さんを傷付けるのは許さない」


 護衛としての使命感は、家族の私情より優先される。麗しき関係に見えるが、残念ながら当事者以外には煩わしいだけの発言だった。

妹さんの弱点が、ここで浮き彫りとなる。俺を守ることが第一となり、他の全てを後回しにしてしまう。ハッキリと言えば、空気が読めていなかった。


止める間も、なかった。


「ノエル!」

「お嬢様――旦那様!?」

「すずかを、部屋から連れ出して」

「忍お嬢様。これは、一体何事――」


「これは命令よ、ノエル。『月村すずかを、この部屋から排除しなさい』」


 家族への頼みではない、主が従者に命令を下した。自動人形にとって主からの命令は絶対、断るということは自動人形の存在意義を無くしてしまう。

強制命令が下されたノエルは私情よりも、義務を優先する。奇しくも、妹さんとの使命感とかち合ってしまう形。これによって、二人の関係は家族ではなくなった。


ここから先は、敵となる。


「すずかお嬢様、お願い致します。今は忍お嬢様の言うことを聞いて、お部屋より退室なさって下さい」

「――聞けないよ。今のお姉ちゃんは、正気じゃない。剣士さんを、傷付けてしまう」

「先に私を傷つけたのは、侍君なんだよ。その人はね、それほど酷いことを言ったんだ」

「お姉ちゃんは、剣士さんの事を分かっていない。剣士さんはきっと、傷つけてしまうことを覚悟の上で言ったの」

「そんなの、自分勝手でしょう。覚悟を決められたからどうだって言うのよ、笑って受け入れろとでも言うの!」

「ううん、お姉ちゃんが怒るのはきっと当然だよ。その上で、私は剣士さんを守る」


 俺の覚悟、姉の気持ち、自分の使命。その全てを全部飲み込んだ上で、妹さんは何を優先するのか明確に語った。俺を咎めず、姉を非難しない。

間違えているのは、俺だ。けれど、こうするしかないのだと決めている。忍にも、那美にも、打ち明ける。気持ちを利用していると分かっていても、協力を求める。

身勝手だと非難するのは、当たり前だ。それでも、俺は話し合う。妥協点を探るのではない。これは、交渉だ。悪逆卑劣な、取引だ。


善人ぶる気は毛頭ない、だからといって開き直るつもりはない。話し合うのも、止めたりしない。


「忍、ちゃんと話し合おう」

「話せば分かる、なんて言わないよね」

「言わない。分かり合うまで、話そう」

「どこが違うのよ、それの!?」

「話せば都合良く分かってもらえるとは思わない。分かってもらえるまで、俺はお前と話し合いたいんだ」

「……神咲さんと、恋人同士になるんならまだ分かるよ。分かりたくないけどさ――でも、そうじゃない。
侍君は美由希さんを救いたいから、神咲さんと関係を持つ気でいる。私と、同じ関係を持とうと思ってるんでしょう」

「俺と、お前との関係と――カレン達との関係と、同じだよ。血ではなく、魂での繋がりという違いだ」

「……やっぱり、分かってない。どうして私がヴァイオラさん達との関係を許して、神咲さんとの関係を否定しているのか分かってないでしょう」

「関係の、違い……? だからそれは、血と魂の違いであって――」

「ノエル、排除しなさい!」

「っ――承知しました」


 命令が、下された。まずい!? 自動人形の戦闘レベルは、桁違いだ。ロシアンマフィアやテロリスト達は、こいつとファリンの二人だけで心底震え上がっていた。

忍の話を聞いて、俺の覚悟が見当違いであることに気付く。違う、何かがすれ違っている。忍は他の女との復縁を強制的に求めることで、怒っているのではない。

考えてみれば忍は婚約者を持つことも、カレンが愛人を名乗ることも、笑って許していた。自分は愛人だからと、俺との今の関係を心から好んでいたのだ。


だとしたら何が理由で怒っているのか、分からない。何が悪いのか、ではない。善悪や倫理、道徳の問題じゃなくて、もっと個人的なことで怒っている。


しかも性質が悪いことに多分妹さんも気付いていて、拳を握っている。ノエルも然りだろう。俺が気付かない限り、この決裂は修復できない。

俺の罪悪感や覚悟は、恐ろしく見当違いだったのだ。そもそも自分勝手さで言うなら、忍は自認しているほどなのだ。そういう理由で怒るはずがなかった。

やばい、妹さんではノエル相手にはどうにも出来ない。妹さんも退かないとあれば、血を見ることにも。


「妹さん、もういい。俺のことはいいから、下がってくれ」

「大丈夫です、剣士さん。お任せ下さい」


 妹さんは俺を背にしたまま、ノエルと相対する。上着を脱ぎ捨てて、戦闘衣装である黒ドレスとなった。あれは、バリアジャケット!?

両手を楽にぶらりと下げたかと思うと、どういう訳か親指を銜える。意味不明な行動に俺はキョトンとするが、逆に姉がぎょっとする。

指を銜えたままで、月村すずかは流暢に話しかけた。


「お姉ちゃん、本当にありがとう。あの漫画を、私に読ませてくれて」

「ええっ、ちょ、ちょっと!? いくらすずかでも、あの技の再現は無理でしょう!」

「剣士さんが私に生きる理由と、大いなる可能性を与えてくれたの。人は他人との繋がりを通じて、奇跡を起こせる。
私は剣士さんを通じて先生と知り合い、騎士の皆さんと巡り合い、この可能性に至れた。

漫画の、あの人も言ってたよ――"俺には強くなくたって一緒にいて欲しい人達がいる。俺が誰よりも強くならなきゃ、そいつらを皆失ってしまう"

チンクさんに勝てなかった時、私は思ったの。この先剣士さんと生きていくのなら、私がもっと強くならなければ守れないのだと」


 何時何処で、どうやって覚えたのか。その事自体が、重要なのではない。妹さんは俺を尊敬するからこそ、俺と同じ可能性に辿り着き――遂に、至ったのだ。

妹さんは、魔法陣を展開した。





「"ギア3"」















「――で、この有り様か。すごいね、すずかちゃん。パンチ一発で、壁にこんな大穴開けられるんや」

「見習おうとしては駄目ですよ、主!?」


「『大人モード』はまだ早いと、言っただろう!」

「申し訳ありませんでした、ヴィータ親分」

「お、おう、反省してるならいいけどよ……」

「……甘々な親分ね」

「うるせえ、シャマル! だいたいお前が、こいつに教えたんだろうが!」


「あうう、すずかが、あの細いすずかが……膨れ上がって、グラマーに……嘘だぁ……」

「し、忍お嬢様、気を確かに!?」

「お前より美女だったな、あいつ」

「は・ん・せ・い・し・て・る・の!?」

「あいたたたたたた、すんません、すんません!? すぐに神咲さんを呼んできますから、"三人で"話し合いましょう!」

「『忍さん達と同じ関係』だなんて、失礼千万ですよね。ミヤだって怒りますよ、まったく。プンプンです」

「そうだよね、ミヤちゃん! 侍君と私達の血の繋がりは、特別なんだから」


「――なあ、アリサの姉御。何だったんだ、結局?」

「いつもの痴話喧嘩。すぐに慣れるわ、アギトも」

「嫌だな、それも」


   こうして、一日が始まった。
















<続く>








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