とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第三十八話





【DEAD】

 斬り殺された。

【DEAD】

 突き殺された。

【DEAD】

 殴り殺された。

【DEAD】

 踏み潰された。

【DEAD】

 撃ち殺された。

【DEAD】

 殺された。

【DEAD】

 殺された。

【DEAD】

 殺された。


【DEAD】


 ――そして、殺された。















「嘘だろう……一度は勝った相手なんだぞ、おい」

「だから、言ったでしょう。幸運が招いた、単なる偶然です。実力差がハッキリしているのですから、戦えば順当に負けます」

「か、仮想空間での戦闘なのに……痛みどころか、本当に死んだかと――」

「運も実力の内ではありますが、貴方の場合沢山の人達に救われてかろうじて生き残ってるだけです。昨日のような単独行動がどれほど愚かな行為か、身を持って知ったでしょう。
自分の幸運を頼みにするばかりのではなく、貴方を想って助けて下さる方々に感謝し、真摯に耳を傾けてみなさい。


彼らのような先達者は貴方と同じく悩み、苦しみ――貴重な経験を積んで、貴方より先を歩んでいるのです」


 早朝訓練。守護騎士達による通常トレーニングを終えた後で、教育係を名乗るリニスが挨拶をして俺の指導に着手した。仮想空間での戦闘も、その一環である。

ヴィータ達により仮想空間における実戦訓練は毎日のスケジュールに既に入っていたのだが、リニスによる監修が入ってより実践的かつ現実的な戦闘空間が構築された。

彼女の保有する魔導技術と演算能力の高さは目を見張るものがあり、ミヤやアギトの協力も得て完璧に近しい実戦が再現されたのである。補佐能力に優れたシャマルと、話が合うレベルで。


そして俺は過去相対した敵を相手に戦い、一度も勝てずに全員に殺され続けた。


「貴方と共に行動していたミヤさんに蓄積されたデータを元に、貴方の渡り歩いた戦場を再現しました。
感覚がリアルに伝わるのは、ユニゾンデバイスを使用して作られた空間であるからです。過去多くの事故を起こしたユニゾンデバイスの危険性も、そこにあります」

「うぐっ、ごほ……」

「幸いにもミヤさんやアギトさんは優れたユニゾンデバイスであり、心優しいパートナーです。彼女達の協力があれば、多くの実戦を『危険かつ安全に』経験出来ます。
死の恐怖は肌で感じているのでしょうけど、折角の得難い経験も勝利によって鈍っているようでは話になりません。


思い出しましたか? 心まで打ちのめされる敗北感と――絶望的な、死の感覚を」


 優しい微笑みを浮かべたまま、リニスは冷や汗に凍りついた俺を見下ろしている。限りない優しさが感じられるからこそ、どうしようもなく怖かった。

ヴィータやシグナムも鬼も裸足で逃げ出すスパルタぶりだったが、リニスとはベクトルが違う。怒鳴り付けるのではなく、子守唄のようにあやして心を握り潰すのである。


自分の手が汗で濡れて、小刻みに震えている。ただ、感覚が無い。


怪我は確かに治ったはずなのに、手が潰れた時と同じく麻痺している。忍を襲った刺客に腕を潰された、あの時の感覚。為す術もなく、ただ守ることしか出来なかった。

考えてみればあの時だって、俺は勝っていない。ノエルが助けに来てくれて、俺は何とか生き延びたのだ。他の戦いだって、似たようなものだった。

自分に、自惚れてはいない。自分が弱者だという自覚はある。だからこそ強くなろうとしているし、弱かった頃の自分を忘れないように努めていた。常に、初心であるべく。

そう、思っていた――思っていただけだった。


「騎士の皆様にも言われたのでしょうけど、私からもはっきりと言わせてもらいます。

戦うのは、やめなさい」

「! しかし、俺はまだ――」

「ほら、御覧なさい。自分の弱さを自覚していると言いながら、自分より強い敵に挑むのをやめようとしない。救済を、理由に」

「おっ……俺があいつらを、戦う理由にしているというのか!」


「救えませんよ、今の貴方には」


「てめえ!!」

「何度だって言いますよ。貴方には、救えないんです。勝てないんですから」

「っ……」

「今朝の訓練は、以上です。朝ご飯を食べて、休みなさい。

私はこれからミッドチルダへ出向き、現在の情勢をまず確認してまいります。聖王教会についても本部のある街へ直接赴いて、調べてまいりましょう。
話を聞いた限り、確かに不穏な動きが感じられます。貴方の懸念はもっともです。何も考えず招かれるまま飛び込むよりも、まず下調べをするべきでしょうね。


その見識ある判断力で、今後の自分について今一度考えて判断してみなさい」


 言うだけ言って、リニスは見守っていた人達に礼をしてそのまま屋敷を出て行った。最後まで厳しい叱咤も、理不尽な罵声も浴びせることもせずに。

心の傷を、抉られた気分だった。醜く暴き立てられたのではなく、自らさらけ出すように仕向けられた。俺のような人間の場合、身体の痛みよりも心の痛みの方が足を止められてしまう。

リニスは俺という男を理解していたからこそ、こうした手段を持って無謀な行動に出る俺を止めてくれたのだろう。気分が萎えるどころか、身体が震えて動けない。


騎士達の忠告よりも、カレン達の静止よりも――リニスの言葉が、痛めた心に鋭く突き刺さった。


「お、おい、大丈夫か……? 水、持ってきてやったぞ」

「ハァ、ハァ……ありがとう」


 小さいアギトが一生懸命頑張って持ってきてくれた、コップの水を飲んだ。仮想敵とはいえ、一度は戦った相手だからこそ殺された時の痛みと恐怖は激増する。

後で聞いた話だが魔導師にとってイメージトレーニングに等しいこの仮想空間での戦闘は一般的な訓練だが、絶対的な痛みや死の恐怖を生で感じられる程のリアリティはないらしい。

通常のデバイスでは再現不能だという事もあるが、何より生々しい感覚は精神を傷つける危険がある。死の恐怖に至っては、それだけでショック死しかねないのだ。


俺もいい加減何度も死に掛けているが、今も尚慣れない。いや慣れていたつもりではあったが、どうも全然耐性がついていなかったらしい。


思えばマフィア達との戦いだってパニック状態だったし、マフィアとテロリスト達の襲撃も気は張っていたが内心怖くて仕方がなかったのだ。克服なんて、出来ていない。

死ぬのが、怖い。本当に、ただそれだけの感想。あれほど現実的だと、逆に陳腐な感想しか出てこなかった。


怖かった――


「どうする? 戦うのを、やめちまうか」

「我々は、お前に強制はしない。撤退するのも、勇気のいる決断だ。これまでよく頑張って来たと、私個人としては思っている。
この平和な世界に、戦いは必要ない――我々にそう言ったのは、お前だ。我々も、今では実感している」


 庭先で腰を抜かしている俺に、ヴィータやシグナムが呼びかける。今更だという声もない。訓練を申し出てくれた彼女達が、優しく身を引くのを許してくれた。

リニスの指摘は、正しい。戦えば、実際に負けるだろう。勝てなければ、高町美由希は止められない。フィアッセと美由希、二人共に救えないのも昨日知った。

一ヶ月か二ヶ月程度の訓練では、どうにもならないだろう。不破に化けてしまった美由希では、才能と努力の差で開く一方だ。優れた指導員を多くいても、補えるレベルではない。

救えないのだと分かったのなら、関わるべきではないのだろう。そもそも誤報であれ、自分の死がこんな事態を招いたのだ。本当に死んだら、今度こそ破滅だ。


死、か……


「想像できないんだよ、俺は」

「何がだ?」

「剣を捨てた、自分。戦うのをやめちまった俺ってのを、想像できないんだ。そんな自分が、生きているなんて言えないだろう」

「……お前」

「俺はこの町で、生まれ変われた。また目的も何もない、昔の自分に戻るなんて御免だよ」


 俺は、首を振った。騎士達も、アギトやミヤでさえも分かっていたように頷く。リニスだって、俺の返答は分かりきっていたのだろう。だから聞かずに、出て行った。

弱いのはよく分かっているが、戦わないなんて論外だ。戦うのをやめるのは、見捨てるのと同じだ。救えないのと、見捨てるのとでは、意味合いは全然違う。

俺のようなクズを相手に、フィリスは辛抱強く説教をしてくれた。桃子達だって馬鹿な俺を、一度も見捨てずにいてくれたのだ。救えないから、諦めるなんて出来ない。

リニスが判断しろといったのは、そうではない。いや本当は戦うのをやめて欲しいのだろうが、俺が止めないのは分かっているだろう。

ようするにあいつは、両極端に走るのをやめろと言っているんだ。


「ヴィータ、シグナム。毎日のスケジュールの中に組み込まれている仮想訓練を、今のような実戦訓練に変えられないか」

「まあ、あの女の協力とミヤ達の補助があれば何度でも出来るだろうけど……正気か、お前?」

「毎日、殺されるのだぞ。仮想であっても、敵は容赦なくお前を殺しに来る。何度も、何度も――ずっと、死に続ける。
恐怖を克服するつもりでいるのなら、やめておけ。逆効果だ」


 映画や漫画とかでは、死の恐怖を克服するシーンは大抵実戦の中だ。実際に体験することで、死を見つめて克服している。逆境が、人を強くする。

だが、現実的にはそう上手くいかないらしい。恐怖も過ぎれば感覚が麻痺してしまうが、それは決して良い傾向ではない。麻痺状態が、そもそも健全ではないからだ。

実際に数多くの戦場を渡ってきたシグナムやヴィータの忠告は、至極もっともだった。十分に納得できるので、俺も反論はしない。

考え方を、少し変えてみる。


「リニスの言う通り、俺はどうも一か十でしか物事を考えられずにいたらしい。こんな事じゃまた怒られそうだから、目的の方を変える」

「目的……?」

「死の克服じゃなくて、もっと単純に実戦を積んで自分が強くなる。毎日の練習の成果を、実戦訓練をもって常に発揮していくんだよ。
古代ベルカの騎士達による厳しい訓練で身体を鍛えて、過去の強敵達を相手に経験を積んで体に覚え込ませる。

死の、恐怖――これほど強い感覚であるのなら、物覚えの悪い俺でも嫌というほど生々しく体に染み込むだろうよ」

「克服するのではなく、死の恐怖を利用する気か!?」


 自分の弱さを、今ほど感謝したことはない。死ぬのがこれほど怖いのだ、死にたくないのなら身体はそれこそ死に物狂いで覚えてくれるだろう。

過去の強敵であれば、申し分ない。通り魔、中国拳法の達人、使い魔、巨人兵、大魔導師、マフィア、テロリスト――敵には、困らない。

生き残るために、今は死にまくってやるさ。自分の骸を積み上げて、頂点に上り詰めてやる。


あいつを――高町美由希を、斬るために。


「そんな無茶苦茶な修行をしたら、死んじまうぞ。指導者として認められねえな」

「指導者がお前らだから、こんな無茶な頼みが出来るんだ。俺は随分と敵に恵まれているが、それ以上に味方にだって恵まれている。
教官は古代に名高い騎士達で、サポート役が優秀なユニゾンデバイスと古代ベルカの融合騎。補助役のリニスやシャマルに加えて、技術サポートにローゼだっているんだ。


どれほど過酷な修行でも、終われば温かい飯を用意してくれる家族だっている。俺の心が折れることなんて、無いよ」


 俺一人では、この過酷な訓練は続けられない。だから、思いっきり今は彼らを頼らせてもらう。身体も心も完全に委ねて、俺はただ強くなることだけに専念しよう。

リニスが死の恐怖をもって、俺の独断を止めてくれた。言いたい放題言われてしまったが、彼女のおかげで光明も見いだせた。彼女の言う通りに、しよう。


決して――"一人"では、戦わない。



それにまだ、選択肢は残されている。



(師匠に、連絡を取ろう)



 御神流、奥義之歩法――"神速"。
















<続く>








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