とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十七話





 "静かなる風よ、癒しの恵みを運んで"――湖の騎士シャマルの回復魔法、静かなる癒し。単なる怪我の治療だけではなく、体力及び気力に至るまで回復してくれる。


夜天の書の守護騎士シャマルはこうした補助系の魔法を得意としているらしく、医療分野にも精通している。現代医療についても勤勉に勉強しているようで、俺の身体も診て貰った。

何しろ今回は通り魔でもマフィアでもなく、身内に斬られた怪我なのだ。病院に刀傷なんぞ見せたりすれば、余裕で警察を呼ばれてしまう。身内の怪我は、身内に診てもらうのが一番だ。

シャマルの治療に、不満はない。俺個人に対してまだ拭い切れない不平不満はあるようだが、治療となれば彼女は一切手を抜かない。痛みは和らぎ、傷は癒やされていく。


ただ、何というか――寂しさのようなものを、少し感じた。身体中斬られたこの怪我を見て、フィリスは一体どう思うだろうか……?


「良かったですね、重傷ではありますがどの傷も致命的ではありません」

「残念そうに聞こえるぞ、おい。死にかけたというのに」

「傷そのものより、失血が酷かったのが原因です。むしろ私としては身体中斬り刻まれながら倒れなかった、貴方の精神力に驚かされました。
失血もそうですが、激痛によるショック死だってありえた筈なのに。

それほどまでに、自分を斬った人間を思っていたのですか?」


 治療を終えたシャマルは、俺を静かに見つめる。他人を想う気持ち、この町で学んだ強さに俺は助けられた。けれど、その強さを教えてくれた人達を不幸にしてしまった。

彼女達の優しさが、俺というロクデナシを変えてくれた。俺は精一杯自分なりに思いを伝えたが、高町美由希を思い止まらせることは出来なかった。

次に会ったその時は、斬り合いになるだろう。この運命はもう、変えられない。俺が死ぬか、あいつが斬られるか。どちらが勝とうと、救いはない。


シャマルは、溜め息を吐いた。呆れているようにも、憂いているようにも、見える。


「回復効果を付加した魔法陣を展開しておきますから、今晩はもう身体を動かさずにゆっくり休んで下さい。明日の朝診断をして、その後の経過を測りましょう」

「分かった、治療してくれてありがとう」

「……はやてちゃんも、私達も、ここにいる皆さん全員が、貴方一人で戦いに出る事を反対しました。なのに貴方は強行して深手を負い、その上救うことも出来なかった。

貴方の行動にあれこれ言う気はありませんが――今回の貴方の行動は、私は間違っていたと思います」

「……」

「こうなることは、貴方にだって分かっていた。貴方ははやてちゃんが悲しむと知りながら、戦いに出向いたんです」


 血だらけのタオルと服を持ち、唇を震わせて彼女はそのまま退室する。誰も居なくなった広い部屋の中で、彼女の糾弾が空虚に響いている。

斬り合いの現場より守護騎士達が救急車より早く搬送、俺は月村の屋敷まで運ばれて急ぎ治療を受けた。ズタズタに斬り刻まれた俺を前にして、皆恐慌状態に陥っていた。

アリサは泣きながら俺を怒鳴りつけ、妹さんまで顔を青ざめて何度も謝罪してくる。ローゼは俺の手を握ったまま片時も離れず、アギトやミヤも協力して俺の治療の手伝いをしてくれた。


はやては怒っていた。あんなに優しい子が感情を剥き出しにして、俺を責め立てる。また自分を置いて逝くのか、そう言ってあの子は裏切りを追求した。


あれほど俺を怒っていたのは、俺を心配していたからだ。ジュエルシード事件でも、あの子を放り出して自分の為だけに奔走してしまった。はやてやシャマルが怒るのも無理はなかった。

高町美由希とは練習も含めて一度も戦ったことはなかったのだが、勝ち目はないのは分かっていた。才能がある上に、多分子供の頃から剣の練習をしている。努力の量でも圧倒的に負けている。

失敗すれば殺されると半ば知りつつも、止めたかった。剣を取り、斬り合いに望んでも、あいつを何とかしたかった。せめて、あいつの怒りには応えたかったのだ。

俺が考えていた最悪の可能性より、運命というのは悪辣だった。美由希は単に怒っていたのではない、完全に剣士と成り果てていた。人を斬れる、外道に。


――漆黒の殺意を浮かべる彼女の瞳が、純真無垢な少女の笑顔に上書きされる。


白い着物を着た、座敷わらし。ありとあらゆる不幸が押し寄せた俺の元へ、幸運の妖かしがやって来た。許可した覚えはないのに勝手に取り憑いて、今この屋敷を自分勝手に探検している。

あの調子だとこの家に住みそうだが、そもそも俺はこの屋敷には居候しているだけだ。俺の家ではないのだが、あいつはそれでもいいのだろうか?

何とも脳天気なおかっぱ娘だが、あのニコニコ笑顔は何だか癒される。


「けじめは、つけないと」


 今は、部屋で一人。心配させてしまったのに申し訳ないが、人払いさせてもらっている。どれほど辛くても自分のしでかした行為には、きちんと責任を取らないといけない。

指先一つ動かしただけで激痛が走り、強制的に視界が涙で滲んで歪む。古代の魔導師であるシャマルに回復魔法をかけてもらっても、このザマ。魔法の補助が無ければ、今も死の淵を彷徨っている。

魔法で体力や気力を回復しても、精神的に疲れ果てていて瞼が震える。昨日は一睡もしておらず、今日は朝から時空管理局の重鎮達と会議で切磋琢磨したのだ。疲労困憊なんてものじゃない。

吐き気を堪えながら、手元に備えられていたボタンをオンにする。話せるようになれば押せ、と事前に教わっていた。


程なくして、ベットの前に設置していたコンピューターの画面に次々と映像が浮かび上がる。


『下僕、無事――お、お前、その怪我は!?』

『また斬られたの、ウサギ!? もう絶対に、許さない。クリスが日本に行って、そいつを挽肉にしてやる!』


『落ち着きなさい』


 怒り心頭なのは、八神はやてだけではない。護衛である月村すずかを命令で引き下がらせ、好意と支援で雇われていた護衛チームを今晩限り強制的に撤退させた。夜の一族に、無断で。

ビジネスにおいても事後承諾はマナー違反、まして命がかかっていれば言語道断である。綺堂さくらが即飛んで来て叱り飛ばし、海外に事の経緯を報告した。

シャマルからは一晩の休息を厳命されていたが、明日に引き伸ばせば間違いなく責任を取らされる。俺ではなく、保護役である綺堂さくらに。

綺堂さくらは世界会議での功績を讃えられて、夜の一族主家の末席に加えられた。名誉ある立場である分、責任も大きい。彼女に非はないことを、説明しなければならない。


クリスチーナ達の案ずる声を遮断して、カレン・ウィリアムズが厳しい眼差しで問いかける。


『護衛チームを貴方の独断で下がらせたというのは本当ですか、王子様』

「……ああ、本当だ。誓って言うが、さくらは何も知らなかった」

『何も知らなかった、で済まされる筈がないでしょう。管理能力が問われるべき事項なのですよ、これは』

「俺はお前達に、組していない。契約も結んでいないんだ。管理される必然性はないし、管理能力を指摘する必要性もない」

『貴方を支援することはわたくし達の勝手な行為であると、そう仰りたいのですね?』


 最悪の論法だった。暴論も甚だしい。無論そう言わせているのは他でもない、俺だ。彼女の返答を予測した上で、敢えて喧嘩腰に振舞っている。

昨晩、ローゼの管理プランを実現する上で機材をお願いしたばかりの身。日頃お世話になっておいて、この言い様。最低だった。支援を打ち切られても、文句の一つも言えやしない。

しかしこうしなければ、綺堂さくらの立場が無くなってしまう。自分に唾を吐きながら、言った。


「そうだ。邪魔だったから、下がらせた」

『……』


 カレンは、眉一つ動かさない。ディアーナも、無言で俺の言い分を聞いている。怒り出してくれればまだ救いもあるのに、何も言おうとしなかった。

彼女達は俺に好意を抱いてくれているが、好意だけで自分の判断を鈍らせる甘い人間ではない。一国の表裏を支配している女傑達だ、感情で思考を鈍らせない。

俺も、さくらも、許される道はない。そして俺だけ、責任を取らされる道もない。王手はかけられている。余程のことをしない限り、さくらは今晩の内に首を切られるだろう。

何としても、彼女達の判断を変えなければならない。斬られた傷の痛みは、今はありがたかった。疲労に侵されていても、思考は鈍らない。


『なるほど、王子様のお気持ちはよく分かりました。では、然るべき処置を取りましょう』

「さくらに責任はないと、言っているだろう」

『そうですわね。責任を問われるべきは、貴方を斬った犯人にありますね』


 息を、飲んだ。彼女達は決して、甘い人間ではない。分かっていたつもりなのに、まだ俺は分かっていなかった。

カレンの言葉を引き継いで、ディアーナは結論を口にする。今晩初めて見せる、微笑みとともに。


『貴方様を斬った犯人である高町美由希を、さくらさんにお願いして警察に通報してもらいます。今晩中にでも、彼女は逮捕されるでしょうね』

「お前ら……!?」

『人が一人、剣で斬られたのですよ。それも一度ではなく、二度も。罪に問われるべきでしょう』

「被害者の俺が、犯行を否定しているんだ。事件として成立はしない」

『でしたら、通報しても何も問題はありませんわね。事件として、成立しないのなら』


 ――駄目だ、この論調でせめぎ合っても勝ち目がない。目撃者が出なかっただけでも、奇跡的なのだ。事件現場も騎士達が後始末してくれたが、誤魔化しきれるか自信がない。

偽悪的な言い方をしていたら美由希は破滅、偽善的な申し出をしてもさくらが危うい。自分一人の軽率な行動で、俺の周りが迷惑を被ってしまう。

明日からは管理生活が始まる、今晩を最後の我侭とするつもりだった。だからこそ、決着をつけられずに負けたのが悔やまれる。せめて、あいつは止めたかったのに。

思考を、切り替える。彼女達と対すると決めた時点で、攻め手一つで安心したりなどしない。考えは、まだある。


「たく……怪我人相手でも容赦しないな、お前ら」

『正常な判断に基づいて言っておりますわよ』

「――護衛チームを下がらせたのは、斬り合いを望んだからだ。本人同士承諾済みと言っても、俺の命に関われば護衛は止めに入るだろう」

『当たり前だよ、何のために護衛をつけたと思っているの!?』

「カ、カミーユ、お前から反論が来るとは」

『ボクだって怒る時は怒るんだからね! 勝てないと分かっていて、剣の勝負に挑んだんでしょう。
勝てると少しでも思っていたのなら、護衛を下がらせる必要はないもんね。君は死ぬ気で行ったんだ、ボクはそれが許せない。

残されるヴァイオラの気持ちを、君は少しでも考えたのか!!』


 激高するカミーユに対して、ヴァイオラは先程から何も言わない。文句がないのではない。ヴァイオラ・ルーズヴェルトは、生粋の麗人なのだ。

夫の決定ならばたとえ死であっても、妻は黙って受け入れる。"婚姻"による誓いは、主従よりも業が深く愛より気高い。戦場へ向かう夫の無事を案じて、ただ無事を祈るしか出来ない。

俺は彼女を理解し、彼女は俺を尊重してくれる。その気持ちを考えていなかった、といえば嘘になる。彼女の思いを察しながら、それでも出て行ってしまった。

ヴァイオラはそっと、瞼を閉じる。


『カミーユ。気持ちは嬉しいけれど、夫を責めないであげて』

『けど、ヴァイオラ!』

『私一人が、残されることはないもの』

『えっ……?』


『夫が死んだのなら、妻はただ添い遂げるだけよ』


 カミーユだけではない、あのカレンやディアーナまで絶句している。図らずも今世界会議がもう終わったこの時に、夜の一族の長としての資質を見せた。

"婚姻"を決めた時、相手と一生を添い遂げる覚悟。結婚してから死ぬまで苦楽を共にするだけではない。そんなものは、前提にすぎない。

先立たれたとしても、自分の命を断って死後を共にする――夜の一族の女の、業。アンジェラ・ルーズヴェルトの血を継いだ、女帝の孫。


ヴァイオラ・ルーズヴェルト、彼女は他の誰よりも純粋な夜の一族の女であった。


  『……何だか、毒気が抜かれましたわね。今晩は、王子様をおもいっきり虐めて差し上げるつもりでしたのに』

『生死不明と聞かされた時の私の絶望と悲しみを貴方様に嫌というほど味わって頂くつもりでしたけど、やめておきましょうか』

「容赦無いな、本当に!?」

『黙れ、下僕!! 生きていたからいいようなものを……護衛チームを自分で下がらせたお前の馬鹿さ加減には、本当に呆れ果てたのだぞ!
お前を狙っているのは、お前を斬った女だけではない。テロ組織の残党共も、目の色を変えてお前を執拗に狙っているんだ。
連中はな、お前を町ごと焼き払うくらい平気でするゴミクズ共なのだぞ!? だからこそ我々が他国に介入してまで、お前の身の安全を確保しているんだ!

……今までのお前の功績に免じて、綺堂さくらについては不問としてやる。

その代わり、単独行動は二度とするな。分かったな!』

『ウサギ。もし次にウサギが一人で危険な目にあったら、何を言われようとクリスが行って全員殺すからね。ウサギが死ぬくらいなら、嫌われても別にいい』

『ヴァイオラが許したって、ボクは許さないからね。お願いだから、自分のことを大切にしてよ』

『貴方が自分より家族を大切にしているように、私も自分の夢より貴方の方が大切よ』


 自分の浅はかな言い訳や説得の言葉など、彼女達の本心には無力だった。今宵この時、俺は自分の敗北を心から悟った。

結局、何もかもに勝てやしなかった。高町美由希は止められなかったし、アリサ達は不要に悲しませ、カレン達には容赦無い非難の数々を受けてしまった。


何が、悪かったのか――何もかもが、悪かった。どうして、こうなったのか――何もかも悪いのだから、こうなって当然だった。


  見通しが甘かったのだ。人の心というのを、まだ侮っていた。先月他人に触れたせいで、中途半端に分かった気になっていたのだ。

世界会議を乗り越えても、世界の全てが知れたわけではない。それが証拠に、足元がこうして崩れ去ってしまった。自分の未来を思うより前に、まずはやり直さなければならない。

アギトやローゼ、海鳴の住民達。彼女達の問題を解決するには、未来志向では駄目なのだ。今を懸命に頑張っても、まだ足りない。


過去から全て、やり直さなければならない。ようやく、糸口が見えた気がする。


『王子様、お約束して下さいますわね。護衛チームを二度と、自分で下がらせたりはしないと』

「ああ、約束するよ」

『重ねて伺いますが、お約束して下さいますね?』

「信用がないのは分かるが、本当にもうしないよ。今晩でもうこりた」

『今の王子様の、お言葉。おききになりまして、皆様』


 ……? 何だ、その念押し。俺の身体を心配している、だけじゃない気がする。

全員が頷くのを見届けた上で、カレン・ウィリアムズが満面の笑みを浮かべて安堵の声を上げた。


『王子様よりお約束頂けて、本当に安心しましたわ。何しろ王子様ったら、昨日もその前も王女様を通じて護衛チームを下がらせましたもの』

「昨日も……? あっ!」


 ちょ、ちょっと待て!? やばい、それはやばい!


『もう二度と下がらせてはいけませんよ、王子様。約束しましたからね』


 そうだ、護衛を下がらせたのは今晩だけじゃない。時空管理局とコンタクトを取る時、常に下がらせていたんだ。やばい、今晩の事ばかり追求されてうっかりしていた。

まずいぞ。今後管理プランを施行する上で、時空管理局と常に連携を取らなければならない。護衛チームの目を誤魔化さなければならないのに、約束して出来なくなってしまった。

カレンめ、俺の行動を単なるプライベートと見ていないな!? 異世界のことは知らないはずだが、何かあると確信している。だから、念を押したんだ。


やべええええええええ、時空管理局と連絡が取れなくなってしまうーーー!
















<続く>








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