とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十五話





 一人で自由に行動できる、最後の夜。明日から最低一ヶ月は、アギトやローゼと共に行動しなければならない。何処に行くにも、誰と行動するにも、時空管理局の許可が必要となる。

海鳴町内であれば制限は無いのだが、のんきに毎日を過ごしていては一ヶ月後二人は時空管理局に封印されてしまう。時空管理局の決定を覆すのに、一ヶ月という期間は短すぎるのだ。

解決しなければならない問題も多い。人間関係も歪に拗れ、破綻してしまっている。先月で身体は回復したが、他の全てが壊れてしまった。一つ一つ、治さなければならない。


彼女との関係も、その一つだろう。


「二度と家には来ないでくださいと、警告しましたよね」

「――高町美由希」


 真夜中の住宅街、完全武装をした御神の剣士が立っている。高町美由希、弱き人を守りし剣を俺に突きつけている。出会い頭の抜き身、問答無用であることが伺える。

月も出ていない、真夏の夜。今日は晴れていたはずなのだが、星も見えない。世界は夜の闇に沈んでおり、町は暗がりに満たされて、女剣士の心は漆黒に覆われていた。

何かの間違いだと、思いたかった。俺を斬ったのも剣士ならではの冗談か何かで、次に会ったら謝ってくるのではないかと、心の何処かで期待していた。


俺も日和ったものだと、思う。確実に斬られたというのに、無かった事にしたいと願っていたのだから。


「妙な言いがかりだな。単に夜の町を散歩していただけなのに、斬るつもりなのか。学生から通り魔にでも転職したのか」

「貴方はいつもいい加減な事ばかり言いますね。私の大切な家族も巧みに誑かせて居座り、滅茶苦茶にした。
言い逃れしようとしても無駄ですよ。貴方が私の家に来るつもりなのは分かっていましたし、どのみち貴方は斬ります」


 今のやりとりで――ほぼ、理解できた。一ヶ月以上会っていなかった溝も、これで埋められた。何がどうしてこうなったのか、概ね分かってしまった。分かりたくもなかったが。

溜息が出る。これほど重く、苦しい吐息を吐いたのは久しぶりかもしれない。世界会議でも苦しめられ、何度も悩まされたが、自分自身の事だったので踏ん張れた。

何より、誰かの助けを借りれたのも大きい。人と人とが手を取り合い、助け合うことで、可能性を広げられる。人間関係にこそ、無能な自分でも成し遂げれる大いなる可能性があった。


だが、その人間関係により起きた問題は、どうやって解決すればいいのだろう……?


「お前は――『不破』の剣士になってしまったんだな」

「私は、御神流の剣士です」

「己の感情を制御し、心を無とする精神制御。その年令で体得するとは恐れいったよ、高町美由希」

「……どうして貴方が不破を、御神を語れる!?」


 剣士という存在の本質は、人斬りにある。同じ人間を斬るのに、人としての心は邪魔となる。人間とは心に仏と鬼を飼っている、善悪無くして人は成り立たない。

善を殺しては、悪が心を支配してしまう。それでは血に餓えた、ただの殺人鬼だ。剣士は人を斬り殺すが、あくまで人間でなくてはならない。優しさを断じて、捨ててはならないのだ。

矛盾するその生き方を成立させるには、善悪そのものを消さなければならない。心を闇で覆い、感情を暗く閉ざして、機械のごとく人を斬る。そこまで至って、剣士は完成される。

かつて俺が悩んだ剣士という生き方に、あの人が答えを示してくれた。だからこそ、俺はあの人を『師匠』と呼んでいる。


「何故俺が高町の家へ行くのだと、断定できる? そもそもこの前、どうしてお前は俺の訪問を予見できていたんだ?」

「答える必要は――」

「不破の剣士に成り果てたお前が、御神流の"心"を悪用するのか」

「! 貴方は一体、どこまで知っているんですか!?」


 ロシアンマフィアの殺人姫、クリスチーナ・ボルドィレフ。かつて彼女に執拗に命を狙われた俺は、師匠に対処法を教えてもらった。偉大なる剣士が持つ知識の全てを、叩きこまれたのだ。

知識のみで技としては何一つ身に付けていないが、気配を察知する透視術のような奥義を知っている。精神を極限まで集中させることにより、気配なるものを感知出来るらしい。

人の気配や感情を察して、ようやく三流。銃火器や爆弾のような物質の殺意を感じて、二流。相手に自分がいることを気づかせない事で、奥義習得となる。


御神流、"心"――みえないものをみる、技。奥義に達すれば、敵は斬られた事さえ分からずに死ぬ。俺はこの技で、高町美由希に斬られたのだ。


「御神流の剣士である私が、御神の技を使用して何が悪いんですか」

「今のお前が、奥義にまで達せられるはずがない。なのに現実として、お前は剣士として完成されている。何故だと、思う?」

「貴方を、殺すためです」

「俺を斬り殺すと言い切っている、お前の精神が才能を極限にまで引き出している。それがどういう事か、お前は分かっていない」


 神様が本当にいるのなら、俺は心から呪う。何故高町美由希という少女に、これほどまでの才能を与えてしまったのか。胸ぐらを掴んで、神の座から引きずり降ろしたい。

本来才能が与えるのは、祝福だ。素晴らしき才能は空を飛べない人間に翼を与えて、果ての見えない大空へと舞い上げる。雄大な空を気持ちよく飛んで、自分をどこまでも広げていくのだ。

才能のない人間は空も飛べず、地面に這いつくばって己の無力を嘆くだけ。それはあまりにも酷いが、同時に安らぎでもある。地面に横たわる自由を、許してくれる。


もしも美由希に才能がなければ、家族が不幸に陥って悲しみに浸るだけで済んだだろう。悲劇ではあるが、最悪ではない。絶望であっても、絶望に嘆く自由がある。


少女には、剣の才能があった。剣士としての、素養があった。剣士となるべく、精神が研ぎ澄まされていた。全ての素養が、少女に一つの選択肢しか与えなかったのだ。

復讐という甘美を成し遂げる、強さ。少女は心を鬼としたのではない。修羅へと変貌したのでもない。それだけならば、救いはまだある。悪魔にだって、友情はあるのだから。


高町美由希は――心を、黒鉄にした。己自身を、剣とするために。


「善悪に左右されず人を斬る道具に特化出来る存在、不破。かの剣士は代々、死神として恐れられている。お前は伝承者ではないかもしれないが、自らその存在に成り下がったんだ」

「本当に、貴方は最低ですね。自分自身が未熟であるのに、他流を馬鹿にしている」

「不破を馬鹿にしているんじゃない。お前自身に呆れているんだ、俺は。お前はあろうことか、御神不破流を自分の逃げ道とした。
自分の心を鉄とすることで、家族が不幸になった悲しみから逃げたんだ。家族が与えてくれた大事な才能を、お前は人を殺す道具に変えてしまった。

剣士になる理由を、俺への復讐に転化したんだ。お前は、高町の看板を踏みにじったんだ!」

「私の家族を不幸に陥れた、お前がそれを言うのか!!」


 言葉を発したその瞬間に、俺は後退している。今のこいつは心さえも殺している、一本の剣。奥義に達した不破の剣士は、気付けば斬られている理不尽の極みに在る。

大きく距離を取ったにもかかわらず前髪は切られて、顔の皮膚に赤い線が走る。血の熱さと鈍い痛みに顔をしかめるが、驚いている余裕はない。


俺は背中に括りつけていた竹刀袋を手にして――刃を、取り出した。


「結局貴方が最後に縋るのは、それですか。貴方に預けた竹刀は、捨ててしまったんですね。そんな人だと、思っていました」

「あの竹刀は、フィリスに預けている。病院内を探せば見つかるだろうけど、彼女の許可無くして俺はあの刃を振るうつもりはない。たとえ、斬り合うことになっても」

「カッコつけないで下さい。フィリス先生だって、貴方のせいで不幸になった――全部、お前が悪いんだ」

「その言動の不一致こそ、お前が不破の剣士となった証拠だ。御神でありながら、不破に切り替えている」


 竹刀袋から取り出したのは、海鳴の桜。この町に最初に来た時も、山で使えそうな枝を拾って道場破りの暴挙に出た。美由希はその顛末を知っているから、嘲笑っている。

取り出した桜の枝には、花は咲いていない。今は真夏なので当たり前なのだが、俺が手にしているのは高町の家族と一緒に見た桜と同じ種類の木の枝なのだ。


咲き誇った華は、散っている。それがたまらなく、悲しかった。


「そんな木の枝で、私が斬れると思っているのですか」

「最初は、お前を止めるつもりだった。だが、今は違う。
剣士と成り果ててしまったのなら――俺は、お前を斬る」

「その前に、私がお前を殺す!」


 叶う、筈がない。才能がない剣士と、才能に満ちた剣士。未完成な剣士と、完成された剣士。努力していない剣士と、努力し続けた剣士。勝負はもう、見えていた。

為す術もなく、斬られる。その予感を振り切って、俺は剣を振るう。怪我で何ヶ月も手が使えなかった剣士の一閃は当然のごとく遅くて、馬鹿らしいほどに稚拙であった。


桜の木は問答無用で切り飛ばされて、地面に転がった――


「――がっ!?」

「くっ、浅かったか……」


 高町美由希が苦痛に表情を歪めて、態勢を立て直す。腹を狙って蹴ったのだが、ガードされてしまった。俺自身反射的だったのに、それを超える反応速度。恐ろしいにも、程がある。

俺は綺麗に切り飛ばされた、木の枝を拾って嘆息する。命拾いをした後だというのに、ただむなしい。


「余計な下心を出したな。剣を狙わず、俺自身を斬れば勝負は付いていた」

「貴方に剣を取る資格は無いのだと、知らしめたかっただけです。いい気にならないで下さい」

「剣士を逃げ道にしている自覚がないから、生死の最中に余計な感情が零れ落ちるんだ。そんなやり方は、もうやめろ」

「ここで死ぬ人間に何を言われようと、どうとも思わない」


 こいつに対抗するには、俺も剣となるしかない。やり方は単純だ、昔の俺になればいい。人を斬ることに何の躊躇もなく、他人を犠牲にして強くなろうとすればそれでいい。

昔の俺に剣士として足りなかったのは、単純に強さだ。割り切ったとしても美由希に勝つ見込みは少ないが、今よりはマシだ。ごちゃごちゃ言う前に、さっさと斬れば解決する。

ただ昔の俺には、人間として足りなかった点があまりにも多すぎた。クズだと、唾棄できるほどに。


「お前の家族を不幸にしたのは、俺だ。それは認める」

「だったら、死んで下さい」

「だがお前を剣士に変えたのは、お前自身だ。俺は、理由でしかない」

「責任転嫁ですか。本当に、貴方という人はどこまでも薄汚い人なんですね」

「俺が薄汚い、最低な人間なのは認めるよ。俺は剣士となったお前が許せないけど――嬉しくも、あるんだから」

「えっ……?」

「お前は家族が不幸になった原因を、他の何かを理由にしなかった。マフィアでも、テロリストでも、それこそ理不尽な世界でも、何でも原因に出来たはずだぜ」

「それは、貴方こそ諸悪の原因だからです!」

「お前は人を憎める女じゃなかった。そのお前が自分の心を黒鉄に変えて――己を剣にして、殺そうとまでする理由は一つしかない」


 だから、やりきれない。


「お前が俺を、家族だと思ってくれていたからだ」


 真っ二つにされた剣を、構える。構えてみて、構え方も満足に知らなかったことに笑えてくる。そういえば、持ち方を教えてくれたのは目の前の少女だった。

馬鹿らしくなるほど、勝ち目はなかった。戦いに出向く前から、妹さんを筆頭に皆から必死で止められた。分かっている、多分為す術もなく斬られて終わるだろう。

それでも話さずには、いられなかった。彼女と向き合うのを、放棄したくはなかった。勝ち目があるかどうかではなく、ただ止めたかった。


「……」

「家族だと思ってくれていたから、どうしても俺を許せなかった。赤の他人なら、お前という優しい人間が人斬りになんてならない」

「……るさい……」


 少女を、見据える。瞳に浮かぶのは、漆黒の殺意。言葉で怒りを顕にしようと瞳は燃えず、黒く塗り潰されている。黒鉄の色、殺すという意思に固められていた。

斬られて死ぬ、自分の未来は確定していても諦めない。今を生きる、高町美由希を斬る。そのどれもに変更はなく、曇りもない。死の恐怖より、彼女への思いに満たされている。

漆黒の殺意と、純白の想い。かつては、逆だった。家族を思うこの気持ちは、あの娘にこそ相応しい。だからこそ恩を返すべく、気持ちを届けるべく俺は剣を向ける。


ここで負けたって、気持ちは必ず届くと確信している。何故なら――


「俺も同じなんだよ、美由希。本当にすまないとは思っているんだけど、それでも――今はお前を家族のように、大事に思えるから。
人を斬る剣士となったお前を、俺はどうしても許せないんだ」



 逆の立場ならきっと、お前は俺を止めに来てくれただろうから。



「うるさい、この裏切りものーーーーーーーーーーー!!!」


 そして、俺はそのまま切り刻まれた。
















<続く>








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