とらいあんぐるハート3 To a you side 第八楽章 戦争レクイエム 第二十三話





 聖王教会本部の司祭との、面会。ベルカ自治領の本教会は信仰にとっての本山であり、聖地に等しい。その司祭ともなれば、単なる聖職位階の内の一つでは済まされないだろう。

聖なる神を信仰する宗教であれど明確な階級があり、大勢の信者を統率する上で必要な権力も握っている。神の名の下に皆等しく信者の一人、とはいかないのが現実の厳しいところだ。

プレシア・テスタロッサが教えてくれた、法術の秘密を握る鍵。奇跡を解明する為には、出来る限り多くの情報を持っている人間がいい。そういう意味で、本部の司祭との面会は都合がいい。


ただそれは、前日までの話だ。ロストロギアを動力源とする人間兵器と古代ベルカの融合騎、二つの危険を極秘に管理する今の立場は非常に危うい。


せめて一ヶ月後に先延ばし出来ればいいのだが、これまた都合の悪い事に司祭本人が俺との面会を強く望んでいるらしい。ここで断れば、二度と会ってはもらえないだろう。

クロノも疑念を抱いていたが、そもそも何故急に態度を変えたのか分からない。今まで俺が管理局を通じて面会を望んでも、何の音沙汰もなかった。信者でもない民間人なので、当然だが。

向こうからすれば、俺の立場は何も変わっていないはずだ。なのに今月に入り、急に態度を変えた。これが意味するところは――


『まさか管理局に潜む内部犯からローゼやアギトのことがバレた、とか?』

『発覚したのなら封印処置を要求するか、正式に二人の引き渡しを要請するだろう。わざわざ、君と会う必要はない』

『それもそうか。だったら俺の魔力光の事が発覚して、誤認したのかも』

『ありえない。君の魔力光の事は、僕達ジュエルシード事件の当事者しか知らないんだ。報告書にも上げていないし、法術については僕達の胸の中にしまっている。
内部犯が居たとしても、心の中までは覗けないだろう。君のことはユーノが調査しているが、彼も学者だ。情報の重要性は、理解している。それに』

『それに?』

『聖王教会にとって、聖王とは神に等しい。この世に降臨した神に対して、信者が面会を取り付けるのか』

『ははは、確かに。それこそ信者総勢で、出迎えるだろうな』


 クロノやリンディとも話し合ったのだが、結局推測止まりとなった。聖王教会があからさまに態度を変えたということは、少なくとも確実に俺という個人を認識している。

自分の世界なら先月の事件で俺の顔と名前が報道されたので分からなくもないが、異世界で何故俺の存在が知れ渡ったのか。論議を重ねたが、答えは得られなかった。


かなり悩まされたが、俺は聖王教会側の申し出を受けることにした。不可解であっても、訪れた機会は逃さない。チャンスはそう簡単に巡ってこないことを、俺は実感している。


面会のスケジュールはクロノ達にお願いし、後日アースラに乗船して異世界ミッドチルダへ向かう。日本中旅した自分だが、まさか異世界にまで旅に出る日が来るとは夢にも思わなかった。

ただし何の準備もせず相手の懐に飛び込む真似はせず、ユーノに引き続き聖王教会に関する調査を依頼。相変わらず姿は見せなかったが、引き受けてくれた。

本日より監視体制に入るが、聖王教会へローゼは連れていけないのでアースラに預ける形となる。当日は俺とアギト、ユニゾンデバイスのミヤ。後は、管理局側から案内役を一人お願いする。


段取りを決めて、会議はようやく終了。胃の痛くなる会議を何とか乗り越えて、ローゼとアギトの一ヶ月間の自由を確保した。


「お疲れ様。今日はハラハラさせて、ごめんなさいね」

「一ヶ月後の審査では、味方でいてくれることを願っているよ」

「それは貴方の努力次第ね。少なくとも今、私にとって貴方は管理外世界の一民間人で、少々変わり者。その程度の認識でしかないわね。
応援はしてあげるから、頑張ってみなさい。デバイスのことで何かあれば、協力はしてあげる」

「私が見ますから、いつでも連絡して下さい!」


 帰り際、レティ・ロウラン提督とマリエル・アテンザ技術官が声をかけてくれた。激励に聞こえるが、社交辞令程度の挨拶でしかないだろう。本人曰く、少なくとも今は。

苦笑したくなる。上から目線だと言い出したくなる物言いであるのに、腹が立つどころかやってみせようという気になっている。俺も少しは、心が広くなったのか。


その程度の認識――そのくらいは俺を認識してくれた、とも取れる。敵に回さなかっただけ、今日の奮戦には意味があったと思いたい。


「何だあいつ、むかつく奴だな。少しは言い返してやれよ」

「言い返してやるさ、一ヶ月後。お前と、一緒に」

「……へん、アタシの忍耐が続けばいいけどな」


 期待はしないけどな、とアギトは鼻をこする。今の言い分は割りと、彼女好みだったらしい。尻尾が揺れているのが、ご愛嬌だった。

ローゼは特に何も言わず、俺についてきている。命令に従事しているというより、俺に全て任せるスタンスのようだ。研究施設を破壊して飛び出した暴走娘が、何とも殊勝なものである。

アギトは俺個人を、ローゼに至っては世界全土を破壊する力を持っている。俺は今日から一ヶ月、安全ピンが外れた爆弾を抱えて生きていく。


危険極まりないが、怖いという感覚はなかった。二人とは、こうして話せているのだから。


「さて、帰ったら引越しだぞ。広い家に一ヶ月間、大勢で住む」

「ローゼのお家に引っ越しですね、主」

「お前は居候じゃねえか。無理やり日本についてきやがって」

「取調室よりはマシなのを祈ってるよ」

「待遇は保証してやるよ、行こう」


 苦労させられたが、二人をこうして連れて帰れて苦労が報われた気がした。















「おかえり、侍君!」

「……もしかしてお前、わざわざ門の前でずっと待っていたの?」

「ふふふ、健気でしょう」

「炎天下のクソ暑い日中延々と男を待つ女に、健気よりも狂気を感じる」


 友人知人が不幸に陥り、異世界が戦争に発展しそうな状況であっても、季節は変わらず巡り、人の心境に関係なく空は真っ青に染まっている。天気は快晴、真夏の八月である。

気温は三十度を余裕で超えており、肌は暑さよりも痛さで赤くなっている。温暖化現象だの何だのとテレビや新聞で騒がれているが、いずれ人は自然の脅威に負けそうであった。

一方夜の一族の女はというと、涼しい格好をして元気よく立っている。定期的に水分は取っていたのか、表情から暑さもだるさも感じさせない。


ほのかな汗に染まった肌は、むかつくが男を刺激する色気を覗かせていた。顔と身体だけは抜群にいい女なので、薄着は正直目のやりどころに困る。


「ローゼも、おかえりなさい。今日の会議、上手くいったんだ」

「はい、主に助けていただきました。この御恩は一生忘れず、墓の下までお供する覚悟です」

「お前をスクラップにしてから、死んでやる」


 町の外れに位置する、大きな山の上にある一軒のお屋敷。人里離れた自然の要塞に建てられたこの屋敷こそ、夜の一族である月村忍の邸宅である。

山の上まで登るのは一本道、長距離かつ入り組んでいて、徒歩で向かうのは非常に困難。車で向かえば必ず屋敷の主人に伝わる、広大な私有地。夜の一族の財が、主人を守っている。

月村は先代以前に財を成した名家であり、綺堂の家が後見人となって、この海鳴を縄張りとしている。世界会議以後は夜の一族が勢力を上げて、この土地を支配下に置いていた。


今日からしばらく、この月村の家で世話になる。


「今日から私達、同棲だね」

「せめて、同居と言ってくれ」

「部屋の鍵は開けておくよ」

「開きっぱなしにしていても立ち寄らないから、安心して熟睡しろ」

「侍君と出逢って、半年で同棲――もう子供が出来ても、全然不自然じゃないね」

「俺には婚約者がいるので、あしからず」

「愛人に何をおっしゃいますやら、おほほ」


 ええい、ああ言えばこう言う女だ。世界会議でこの女が立ち塞がっていれば、延々と論議ばかりが長引いていたに違いない。アギトなんて、暑さも含めてグッタリしていた。

そもそもローゼとアギトの監視プランがあって、同居を決めたのではない。世界会議で夜の一族と正式につながり、月村忍本人だけではなくカレン達からも引越しを勧められていたのだ。


世界会議でロシアンマフィアと犯罪テロ組織を敵に回し、俺は今彼らの抹殺対象となっている。俺個人の恨みに留まらず、一族郎党含めて皆殺しにしようと狙っている。


ディアーナやクリスチーナ、師匠による奮戦によりそのどちらも半壊しているが、油断は禁物。プロによる警護チームが派遣され、俺は徹底的にガードされている。

その上で住宅街の一軒家に家族と住むのは、前々から問題視されていた。敵は俺に恨み骨髄であり、近隣住民含めて犠牲にしかねない。市街戦になれば、住民を巻き込む危険があったのだ。


クロノ達にはローゼ達の『監視』に適した土地だと言ったが、実は俺の『警護』に適した土地として推薦されていたのである。


「さくらには、俺の方から連絡をしておいた。家賃とかその辺の話をする以前に、二つ返事で了承してもらえたのにびびったぞ」

「今更すぎるよ。先月も、先々月も、ずっと一緒だったでしょう。それに今では、立場が逆になっているんだよ」

「逆……?」

「侍君に、私達を貰って欲しいの」


 ――先々月、俺は綺堂さくらに採用試験を受けた。ほんの二ヶ月前まで、綺堂さくらにとって俺は月村忍の知人以外の価値はないに等しかった。

俺は、彼女のような立派な女性に認められたかった。何でもすると心に決めていたし、少しでも大人になろうと努力した。悩み苦しみながらも、何とか認められるべく苦心した。


あれから二ヶ月で、立場が逆転している……?


「侍君、今色々あってまいっているよね。顔の怪我も、身体の切り傷も、表情の疲れも、全部侍君の親しい人のせいだと聞いている。
自分を否定されたように思っているんだろうけど、私やさくらは侍君がどれほど凄い人なのか知っているよ」


 好きになった最初の理由は忘れたと、忍は笑っていた。彼女の中で積み上げられた実績に埋もれてしまい、心は理由を忘れるほど満たされている。

だから彼女は指折り数えて、俺でないと駄目な理由を――俺への評価を、述べていく。


「第一は、私自身の気持ち。こんなに男の人を好きになれるなんて思わなかったし、もうこの先誰に会おうとなれないと思ってる。
二番目は勿論、家族の気持ち。すずかは侍君の護衛が自分の生きる理由と言い切ってるし、ノエルやファリンも今では侍君に尽くしている。さくらはもう、侍君を心から頼りにしてる。

肝心なのは、一族全体の気持ち。侍君は、世界中の夜の一族に認められている。代わりなんて、昔も今もこの先も誰一人務まらない。

そして、いざとなれば――マフィアやテロリスト達に銃を向けられても、果敢に立ち向かって私達を守ってくれた。
数々のテロ事件から救われたドイツ国民は、今でも侍君を英雄だと讃えているんだよ。こんな人、他にはいないよ」


 もしかして、こいつ……これを言う為に、わざわざ待っていたのか? 家に入る前に、家族となるその前に、一人の女として。

ずっと恋い焦がれ、見つめ続けた男に、彼女は言ってくれた。


「侍君と出会えて、幸せになった人だって沢山いるんだよ。ただ傍に居てくれるだけで、こんなにも嬉しい――
大勢の人に嫌われたって、私がその分好きになってあげる。幸せにしてくれた分だけ私が、私達が侍君を幸せにしてあげる。

私も、はやてちゃん達も、そんな気持ちで一緒に住むつもりなの。覚悟していてね」

「……暑苦しい奴だ」


 いつの間に元気になったのか、アギトが含み笑いをして俺の頬を突っつく。俺が照れているのだと、分かったらしい。くそ、何だかムカつく。

俺は何とか皆の力となるべくここへ来たのだが、どうやら連中は俺を支えるつもりのようだ。まったくもって、馬鹿な奴らだ。自分を第一には、出来ないらしい。


この一ヶ月、大変なことばかりなのだろうが――上手く、やれる気がした。





「あ、部屋は一緒でいいよね」

「たまには、俺を一人にしてくれ。お願いしますから」
















<続く>








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