とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十三話





 ディアーナ・ボルドィレフ、クリスチーナ・ボルドィレフ。ロシアンマフィアのボスと殺人姫、血塗られた異名を持つ二人が夜の一族から離反する。

脱退ではなく追放処分、月村安二郎と同じ最悪の処罰。彼女達は罪人として追い出される未知を自ら選んでしまった。自分達の父の罪を、全て背負って。

家出レベルの話ではない。人外が人の世界へ、何の庇護も受けられずに追い出されるのだ。人間には、決してなれないというのに。狼が、羊の群れに隠れて生きていかなければならない。

夜の一族が人間に契約を強いるのは、人間達に人ではない事を知られない為。万が一知られれば問答無用で記憶を消すことで、彼らは自分達を守っている。


もしも、追放されたら――人の世界で、自分を隠して生きていかなければならない。永遠に。


「ま、待ちたまえ。この場で拙速に決める懸案ではないだろう。議題に上げるならまだしも、自分達で勝手に処するべきではない。
あくまで私個人の考えではあるが、若い君達二人には大きな罪はないと思っている」

「ありがとうございます、長。父の暴走を止められなかった罪深き娘にお情けをかけて頂き、胸が締め付けられる思いでございます。
ですが先程も申しました通り、親の罪は子の罪。一族の今後を決める大切な会議の場を荒らしただけではなく、父は一族を統率する長老達にまで銃を向けました。
こちらにいらっしゃる日本の御侍様のご活躍がなければ、夜の一族そのものの崩壊もありえたでしょう。

裁きを受けなければ、世界中にいる同胞達に顔向けができません」

「……あんたが罪悪感に浸るのは勝手だけど、お前さん達に従う分家の連中にはどう説明をつけるんだい?
ましてボルドィレフ家は夜の一族でも最大のファミリー、巨大なコミュニティで形成されている。あんたはね、その巨大勢力の頂点に立ったばかりなんだよ。

そのあんたがいきなり責任を放り出そうというんだ、そいつらまで路頭に放り出す気じゃないだろうね」


 アンジェラ・ルーズヴェルトの指摘は的を得ていて正論ではあるのだが、同時にディアーナやクリスチーナに歯止めをかけようとする魂胆でもあった。

責任とは時に、その重さにより人間一人の人生を大きく制限してしまう。責任問題にしてしまえば、ディアーナ達の暗躍を未然に防げる。この女は偽善すら、他人を攻撃する道具としてしまう。



――と、後日アリサが丁寧に説明してくれた。庶民がこれ聞いただけでそこまで真意が分かるか、ボケ。腹黒すぎるだろう、政治の世界。



「お気遣い痛み入ります、女王陛下。責任の取り方は、私なりに心得ているつもりです。

夜の一族からの追放、長老会議への脱退に関しましては事前にもう説明がついておりまして――皆、納得して頂いております」

「貴女達の罪を裁くこの場で、嘘を並べるのは感心しませんね。ボルドィレフ家の重鎮達が、そう簡単に受け入れるはずがない。
いいですか、一族を統べる特権の全てを失うのですよ。まだ若い貴女の決定なんて誰も耳を貸しませんよ。

力を第一としてロシアを支配していたボルドィレフ家が権力を失えば、反乱が始まる。血で血を洗う騒乱となるでしょうな」


 氷室遊の指摘には、罰を科せられた美しき女性を嬲る被虐な悦びがあった。夜の一族の特性、人外ならではの凶悪さ。こいつもまた、夜の一族の首脳格なのである。

ディアーナ・ボルドィレフは特別階級の女性であり、ロシアンマフィアのボス。高値の華を折る背徳感は、紳士的な男すら狂わせる。血を啜る魔物が、舌舐めずりしていた。


もっとも、裏社会で生きて来たマフィアの二人には慣れっこの感覚であったが。


「氷室遊様、もう一度だけ申し上げます」

「みーんな、"納得してくれた"よ」


 ディアーナとクリスチーナが、クスッと笑う。暴力で彩られた花、その蜜まで血のように赤く滴っている。氷室遊が、傍で分かるほど背筋を震わせた。

――ありえない。夜の一族の中でも世界会議に参席できるのはごく少数。ゆえに長老格に相応しき権力と特権が与えられるのだ。だからこそ、欧州の覇者と成り得る。

ロシアのボルドィレフ家の分家筋は、忠誠だけで臣となっているのではない。絶大な権力の支配下に置かれることで、おこぼれにあずかっているのである。

もし一族から追放されたら、彼女達は只人となる。好き好んで従うものなどほとんどいないだろう。大半は見限って別勢力につくか、次の支配者の椅子を狙って争うだけなのに。


会議の場が、恐怖と戦慄で沈黙してしまう――ディアーナ・ボルドィレフが今もロシアンマフィアのボスである、その事実に。


同居生活中身を隠しつつ、彼女達は暗躍していたのだ。あの時ディアーナが言っていた"反乱"とは跡目争いだけではなかった。ロシアという一国そのものを、支配していたのだ。

単に次のボスとなるべく動いていただけではなく、追放された後のことまで考えた上で次々と手を打っていた。あらゆる可能性を考慮した上で、自分に都合の良い未来を創り上げて。

信じられない話である。ディアーナとクリスチーナ、この二人はまだ十代の若さでロシアの裏社会を統制してしまったのである。夜の一族から何の支援も受けずに。

俺が同居生活で多用な人間関係に頭を悩ましている間、ロシアンマフィアの姉妹は大国を平らげてしまった。スケールが違いすぎる。

こんな化け物二人に、よく勝って血を奪えたものである。もう二度と、敵に回したくはない。出会い方がちょっとでも狂えば、容易く殺されていた。


「長、然るべき裁定をお願い申し上げます。私達二人に、速やかな追放をお命じ下さい」


 追放という言葉だけだと悲嘆に聞こえてしまうが、ディアーナとクリスチーナの場合鎖に繋がれていた狼を野に解き放つに等しい。

夜の一族という檻の中に閉じ込められていたからこそ、彼女達は闇に潜む必要があった。常に秘密を抱えて、一族の掟に従っていたのだ。


もし本当に追放されてしまえば庇護は受けられないが、巨悪な父もいない彼女達は完全に自由となる。ロシアンマフィアが、野放しになってしまう。


ディアーナ・ボルドィレフは十代で貿易路を新規開拓し、巨万の富を築いたた女貿易商。その後父親を排除して、ロシアンマフィアの次期ボスに就任した。

クリスチーナ・ボルドィレフは殺人姫の異名を持つ殺しの天才、天性の人殺し。暴力の化身が今マフィアのボスの護衛兼右腕となっている。

この二人が自由となり、万が一夜の一族に反旗を翻せば損害は計り知れない。可笑しな話だが、彼女達を罰する陪審員達が揃って彼女達の減刑を訴える。


「ここは会議の場であって、裁判所ではない。彼女達に罪を問うのであれば、司法に委ねるべきではないか」

「夜の一族として何の処分もしないと言っているのか、その発言は」

「追放はやり過ぎだと言っているんだ。彼女達はまだ正式には、当主の座についていない。親の命であれば、罪に問うのは酷だろう」


 本来ならば彼女達を擁護する流れに乗るべきだが、元々この流れは事前に想定していたものである。ディアーナ達とも、前もって話し合っている。

ここは遠慮無く、反撃させてもらう。さっきはよくもやりやがったな、この野郎。


「自分の言っていることに一貫性を持てよ、お前。つい先程は、罪に問うべきだと俺に言っていたじゃねえか」

「貴様が無闇に突っかかってくるから、仕方なく応じてやったまでだ。あくまで、一案を述べたに過ぎない」


 いちいち上手い言い方をしやがる、こいつ。俺を散々煽っておきながら、俺が強気に出た途端に引っ込めやがった。断言していない事を逆手に取って、うやむやにするつもりだな。

確かに俺より弁は立つが、お前はそもそも認識を間違えている。立場はともかく、発言力は既に俺とお前はほぼ同格だ。

俺はこの場で、決着をつけるつもりでいる。次の機会を伺うようなやり方が通じるわけがねえだろう。弱者らしく、しがみついてやる。


「だったら議事録を改めるか、議長に発言確認を求めよう。マンシュタイン家次期当主氷室遊は、技術に対する責任の所在を俺に追求している。
もし今の認識に少しでも間違いがあれば俺は正式に謝罪して、以後発言の一切を慎もう。その代わり――

俺の発言が正しければ、『お前に』責任の所在を求める」

「ぐっ……議長、議事録を改める必要はありません! この人間はいたずらに我々を刺激し、ロシアのボルドィレフ家を追放しようと躍起になっている。
お忘れなきように、願います。この男の真の狙いは、我々夜の一族の高貴なる血。断じて、奪われてはなりません!!」



"すまないな、我が婚約者よ。私はもう既に、噛み付かれてしまった"

"ボクとも、もう友達の誓いを立ててるもんね"

"死がふたりを分かつまで、永遠を共にする婚儀を行っております"

"擁護して下さっているのにごめんなさい、氷室様。わたしはもう、この人のものなの"

"ウサギに処女を奪われちゃった、えへへ"



 ――俺はともかくとして、血の共感を感じ取れる長は吹き出しそうになっている。外国の女共には、慎みというものがないのか。

それにしても、やばかった。同居生活中に血を奪っていなければ、氷室遊の強弁にこそ正統性があった。共感を得るのは、不可能だっただろう。

戦う上で時機というものは本当に大切なのだと、実感できた。勝つ人間とは、勝てる機を知っている者なのだ。自分が今まで負け続けたのも、頷ける。


「双方の意見は、よく分かった。氷室君、君の意見は我々全員共通の認識でもある。我々は彼という人間の挑戦を受け入れた上で、参席を許可しているのだ。
敵国であれば弁論を認めないというのは、国際会議の意義を否定することに繋がる。

私も随分長くこの会議の議長を務めているが、これほど活発に議論された会議はなかったよ。いや、実に結構。ドイツの若き当主に、今後も期待しているよ」

「――恐縮です、長」

「宮本良介君。君は我々夜の一族を幾度となく救ってくれた恩人であり、同時に被害者でもある。罪に問うのは正当であり、理解も出来る。
だが事件の首謀者であるボルドィレフ家の当主ならともかく、その娘達にまで審議もせずに糾弾する権利まで君にはない。
テロリスト達は捕縛されたばかりで、事件の捜査も進められているところだ。今は、議論に留めておくとしよう。何、彼女達は逃げも隠れもせんよ」

「……ごもっともです。長の決定に、従います」





『私からの告発でも、貴方からの告訴でも、議題には上がるでしょうけど、訴えたところで審議には至らず棄却されるでしょう。時機早々であると』

『俺からならともかく、ディアーナが自分で罪を認めても駄目なのか?』

『私の追放は、クリスチーナの追放でもあります。掟から解き放たれたあの子を止められる者は、一族にはおりません』

『実の父親を断罪したお前にもビビっているだろう、皆』

『まあ、自分の女に対してひどい言い方。撃ちますよ』

『……ほんの少しでいいから、他人行儀になってくれ』

『ともかく、本会議中では追放処分にはなりません。クリスチーナの手綱を握っているのが貴方であることは周知の事実。追放すればあの子は貴方の味方となり、敵を討つでしょうから。
後継者の資格は確実に失いますが、私もクリスチーナも長には――いいえ、夜の一族そのものにもう関心はありません』

『追放されないのであれば事前に知らせるよりも、会議中に訴えた方が効果があると?』

『私からか、貴方からか、会議の流れを見て判断しましょう。どんな切り札も機を逸せば、単なるブタになりさがります。
逆にタイミングを狙えば、ブラフであっても勝負の場を恐怖で凍りつかせられる。貴方の要求も通りやすくなりますよ、ふふふ』

『――やっぱりマフィアなんだな、お前は』

『そんな女の血を、奪ったんです。逃げられると思わないで下さいね、貴方様。死んでも、追い込みますから』





 ――恐ろしい女だった。全てディアーナの想定通りに進んでいる。長は追放処分を棄却はしたが、会議の場は既に彼女に支配されていた。

後継者争いからは降りたが会議に残っている以上、発言力はなくても無視なんてとても出来ないだろう。むしろ後継者となる必要もないので、好き勝手に言えてしまう。


夜の一族からの追放を自分から嘆願、俺への支援を公表するよりもよほど悪質だった。俺の味方であることは見え見えなのに、批判できない。


仮に俺が世界会議で勝っても、帰国前に抹殺される可能性もあった。氷室遊やアンジェラならば容赦なく実行するだろう。世界会議の結果によって、世界にも大きな影響を与えるのだから。

だがそれも、ロシア側からの告発により完全に無くなった。クリスチーナが一族の名を捨ててしまえば制約はなくなり、俺でなくても殺せるようになる。マフィアの後ろ盾は、権力者でも壊せない。


「長、ボルドィレフ家への追求はこれ以上いたしません。ですが、ウィリアムズ家が提示した技術の製造禁止及び撤廃は審議するべきです」

「思えばあの技術により私達ボルドィレフ家も狂わされ、破滅いたしました。罪の意識と共に、異端の技術の存在に対して強い憤りを感じております。
長よ、出処も分からない技術にこれ以上振り回されるような事はあってはなりません。まして、後継者問題に持ち込むなど、争いを加速させるだけです」

「むぅ……」


 この件については、クローン技術を使用してしまった長本人が大きな罪悪感を抱えている。技術への忌避は恐らく、長が一番根強い。

他の家からも反対は出ないだろう。彼らだって、アメリカの支配を良しとはしていないのだ。出処も分からないようでは、奪うのも作るのも難しい。

加えてディアーナの恫喝とも言える告発により、彼らは完全に飲まれてしまっている。人間からの申請であっても、今なら議題に上げられる。



ようやく、この時が来た――これで、何処からも邪魔は入らない。



「何か反論がありましたら伺いましょうか、カレン・ウィリアムズ」

「……本当に、貴方は素敵な御方――いいでしょう、その高潔な侍の魂ごとへし折ってご覧に入れますわ」


 弁論の場での一騎打ち、日本における決闘――決着の時が、訪れた。

雄と雌、どちらが上をいくのか。人としての器が、今試される。
















<続く>








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