とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十二話





 ひとまずクローンの是非については、棚上げとなった。後継者達の間で反対意見が根強く、世論でも結論は出ていない。明確な答えなど、簡単には出せない。

ただクローンはともかくとして、技術そのものについては議題に上がってしまった。月村すずかやローゼという成功例に加えて、議長である長が技術を一度でも頼ってしまった為だ。

違法性のある、取り扱いの難しい危険な技術。多用されれば、世界が変革してしまう。人間社会の平和が奪われて、人外による世界の支配が成立しかねない。

そうなれば異世界の介入、時空管理局の捜査の手が及ぶ。ローゼは回収され、妹さんの身も危うい。異世界の干渉を受けたこの世界も、元通りにはならないだろう。


止められるのは、人の身で夜の一族の会議に参席している俺しかいない。世界を救うためではなく、世界を愛する彼らに恩返しすべく戦う。


「どうして議題に上げるんです、議長! この技術を狙って、テロ組織がロシアンマフィアと手を組んで夜の一族を襲ってきたんですよ!?」

「そうとも、これは人の罪だ。お前たちに、全ての咎がある」


 俺が反対意見を述べると、すかさず氷室遊が切り込んでくる。どういう議論になろうと人間に、しいて言えば俺に責任があると追求するつもりなのだろう。

お前に二番煎じは通じなかったように、俺にも同じ手は通じない。どうせ、そういう論調で来ると思っていたよ。


「つまり、この技術を使うのは罪だということだな。議長、ドイツからも反対意見が出ています」

「自分の都合よく意見を捻じ曲げないでもらおうか、下郎。何とも人間らしい責任逃れだ」

「おいおい、次期当主さんよ。それはこの技術が危ないと言っているのだと同じだぞ。
違うというのならば、何故人間が技術を求めれば罪で、夜の一族が使えば問題はないという論調になるのか、ちゃんと説明してくれ」


 今度はこっちが切り込んでやると、氷室が舌打ちする。よし、手応えあ――アリサが、表情を険しくする。カレンまで悠然と微笑んでいる、な、何だ一体……?

二人の反応に戸惑っていると、氷室がハッとした顔で立ち上がり、俺に見せつけるように一点を指し示す。眉をひそめて、指し示す方を見つめる。


――うげげっ、しまった!?


「なるほど、つまり貴様は人間のみを罪に問うのではなく、技術を狙い我々を襲ったボルドィレフ家の責任を追求するべきと言いたいのだな。
何しろ貴様自身も命を狙われたのだ、さぞボルドィレフ家を恨んでいるだろうよ。そこまで言うのならば、この会議でしかとボルドィレフ家の罪を問うとしよう。

"貴様の"申し出、このマンシュタイン家次期当主氷室遊が賛意を示そう」


 氷室遊が得意げに指を突きつけて晒し者にしているのは、ディアーナ・ボルドィレフとクリスチーナ・ボルドィレフ。鬱陶しいな、こいつ!?

会議机を掻き毟りたい衝動に駆られた。自分が撃たれてロシアンマフィアに恨み骨髄のくせに、俺が責任を問うた事にしやがった。最悪だ、こんちきしょう。


失言じゃないのに、攻撃材料にされてしまう――世界会議とは、何て難しい戦いなんだ。政治家はこんな戦いを毎日しているのか、今心から尊敬してしまった。


アリサやカレンは俺の言葉がやり玉にあげられる事に、気付いたのだろう。氷室遊も遅れて気付いたというのに、俺は言われるまで分からなかった。こんなの、読めるか!

政治家の善処や検討等という周りくどい言葉を大抵の国民は馬鹿にしているが、その必要性を痛感させられる。何事も、はっきりさせればいいというものではないのだ。

やばい、このままではディアーナやクリスチーナが魔女裁判にあってしまう。彼女達に罪は全くないとは言わないが、俺は裁判官ではない。裁きたくもなかった。


考えろ、考えろ――俺には、才能がまるでないのだ。剣で生きていくのならば、この先実力で勝てない敵は腐るほど出てくる。考えるのに慣れておかないと、すぐに死ぬ。


クローン技術が危ないという点については、氷室は暗に認めてしまったのだ。だからこそ、技術を狙ったロシアンマフィアを訴えるやり方に出た。

見方を変えれば、これは墓穴を掘っている。ようするに後一押しをして、奴が掘った穴に叩きこんでやればいいのだ。深みにはまらせて、出られなくしてくれるわ。


今こそ、海鳴の力――"つながり"が起こす奇跡を、見せてやる。


"ディアーナ、クリスチーナ。聞こえるか?"

"! はい、聞こえます。血を通じて、貴方の存在を感じております"

"えへへ。ともだちの絆だね、ウサギ!"

"悪いな……こういう展開に持って行くつもりはなかったんだが、『例の予定』を早めよう"

"謝らないで下さい。むしろ絶好のタイミングです"

"ウサギが狙ってやったと思ってたのに。やっぱりまだまだ、ウサギにはクリスが必要だよね"


 ロシアの裏社会で育ってきたマフィアの姉妹には、いちいち説明しなくても分かっていたらしい。本当にこいつらは俺と同世代なのだろうか、俺だけ一喜一憂している気がする。

二人の表情を見なくとも、血を分けた者同士意識の共有は出来ている。血による共有は男女の性行為よりも密接で、相手の感情まで伝わってくる。

ディアーナとクリスチーナ、美しきロシアの姉妹は心から信頼してくれている。ならば是非もない。笑って――裁きを下してやろう。



「議長。マンシュタイン家の次期当主様からも御賛同頂けましたので、この会議の場においてボルドィレフ家の『一族からの追放』を要求します」



 国際会議場が、静まり返った。冷水をぶっかけたなんてものじゃない。空気が、凍り付いている。

アリサは持っていたペンを落とし、カレンは優雅についていた頬杖を落とした。あのアンジェラでさえも、唖然とした顔。他一同は、状況にさえついてこれていない。

馬鹿め、俺の――俺達の持つ手札は、ここからが凄いんだ。颯爽とカードをめくって、壇上に切り飛ばした。



「加えて夜の一族を壊滅寸前にまで追い込んだ元凶である、ウィリアムズ家が提示した技術の『製造禁止及び無条件・無期限の撤廃』を申請します」



「なっ――何だと!? 貴様、本気で言っているのか!」

「王子様、貴方という人はどこまでも……!!」


 事情の一切が分からず苛立つ男と、事情の全てを理解して憤る女。気付こうか気付かなろうが、どのみちこれで一気に戦況は傾くのに違いはない。

会議場内が混乱と困惑に荒れ狂う。さながら鉄風雷火、剣林弾雨の戦場。安全地帯など、どこにもありはしない。火薬庫に、ダイナマイトを放り込んだのだ。

下手をすれば自分も弾にあたって死んでしまうが、うまく行けば相手の額に流れ弾が命中する。確実に言えるのは、飛び交う弾を正確に予測できる者はもう居なくなった。


これで、出来レースではなくなった。蟻であろうと、恐竜であろうと、火山が噴火すればどちらでも滅びる。


「待ちな! 黙って聞いていれば調子に乗ってペラペラと……そいつは出過ぎた意見だよ。一族を背負ってもいないお前が軽々しく言える事じゃない」

「勝手に他人事にしないでもらおうか。以前ならいざしらず、今はもう立派な当事者だ。渦中にいるんだぞ、俺は」

「何を恩着せがましく言っているんだい。お前は所詮、アタシのお情けで席を与えられた招待客に過ぎないじゃないか」


 客の扱い一つしなかった分際で、招待客とは笑わせる。とはいえ立場上、アンジェラ・ルーズヴェルトに招待された人間でしかないのも事実だ。

わざわざ口に出して言うあたり嫌らしい事この上ないが、事実である以上は拒絶は出来ない。発言力は高まっているが、立場が弱いままなのは認める。

認めているが、シカトしてやる。こんなのにいちいち反応していたら、煙に巻かれるだけだ。上から目線には、ガキらしく図々しい態度で返してやる。


「だから、招待客としての一意見だ。客が意見を言ってはいけないのか」

「無責任な発言はやめろと言っているんだ。介入するだけしておいて、最期は責任逃れする腹なんだろう。
前にお前自身が話した目的と、今のお前の行動が露骨に物語っているじゃないか。そんな人間に要求する権利も、申請する権限もないね。

うちのところの同盟を邪魔した挙句、夜の一族の決定も無責任に覆したんだよ。お前さんは」


 ――カミーユとヴァイオラの事を言っている、カチンと来た。同盟や政略結婚、そして平和の象徴。ことごとく策が駄目になった事に対して、責任を押し付けるつもりだ。

アンジェラの指摘は、俺にとっての泣き所でもある。全員の血を貰って傷を治せば、俺は日本へ帰国する。それを無責任だと、この女は当てこすっているのだ。この会議の場で。

相変わらず、えげつないバアさんである。弱みを少しでも見せれば、傷ごとエグろうとする。人を殺すのに、躊躇いというものがない。


生憎だったな、バアさん。そんな指摘は、責任感の強い奴にしか通じない。


「天に向かって唾なんて吐いたら自分の顔面に落ちてくるぜ、バアさんよ」

「事実を言ったまでだよ。違うというなら、ここにいる連中にハッキリ言ってみな」


 夜の一族の後継者達――俺が血を奪うと宣言した面々。彼らの前で自分に責はないと、言い換えれば無責任だと言わせる気か。どこまでいたぶるつもりなんだ、こいつ。

こんなのやられたら、精神的にもおかしくなるだろう。こいつはきっとこんな調子で自分の政敵を晒し者にして、蹴落としてきたに違いない。

かつて、いや今の俺も似たようなものだろう。だからこそ、許せない。


「事実だと言うのならば、どうしてあんた自身は一切責任を取ろうとしないんだ? 少なくとも、この会議ではあんたは失敗ばかりしているんだぜ」

「っ……! お前が、アタシの邪魔をしているんじゃないか!!」

「俺はお前の敵だぞ、何を言っている。敵にやられた責任を、敵が取るなんて馬鹿な話があってたまるか。
自分のやったことに責任を取れと言ったな。ならば、まずあんたが自分の首を落としてもらおう。


俺とあんたは、同罪だ。示しをつけるんであれば、俺も腹を切ってやるよ」


 女帝が王座を蹴飛ばして立ち上がる。公の場で、これほど公然と侮辱されたことなど一度もないだろう。英国でこんなセリフを履けば、即死刑だ。裁判などない。

周りの連中が、固唾を飲んで見守っている。氷室どころか、カレンまで顔を青褪めている。ディアーナやクリスチーナも、ハラハラしながらも見ていてくれていた。


――刺し違えに等しい、策略。もしアンジェラが本当に責任を取れば、俺も責任を取って死ななければならない。事情を悟った忍やアリサは、涙ぐんでしまっている。


アンジェラを黙らせると聞いていたカミーユやヴァイオラも、まさか俺がここまで強硬に出るとは思わなかっただろう。事前に聞いていれば、絶対に反対されていた。

同類だから出来る作戦、似た者同士から実行できる案。死ぬつもりはない。けれど、平和なやり方で帝王を倒せるとも思っていない。

こいつと俺との違いは、立場。俺の責任は個人で済むが、こいつの責任は一国に及ぶ。俺の命一つで、英国が根底から崩れ落ちるのだ。馬鹿げた話に聞こえるだろう。


だけどな、アンジェラ――命ってのは、それほど重いんだよ。人一人の人生だって、たとえ自分の孫であろうとお前が軽はずみに扱っていいものじゃねえんだよ。


俺を無責任だというのなら責任の取り方を見せてみろ。お前が責任を取るのなら、俺は潔く死んでやるよ。お前に、それが出来るのならな。

今までずっと、勝ち続けてきたんだ。負け犬の覚悟なんて知ったことじゃねえんだろうな。俺がここまでやるとは、夢にも思わなかっただろう。

家族や他人を散々利用しておいて、自分の番になったら止めるなんて筋が通らない。政略結婚どころか平和の礎にまでしようとしたんだ、覚悟は出来ていると俺は取るぞ。


さあ――断頭台の前に立て、女帝!



「いい加減にしないか、二人共!!」



 睨み合う二人に、雷のごとき叱責が突き刺さった。単に声がでかいだけじゃない、魂まで震わされる地獄の閻魔の喝。

人の世界を裏から支配する夜の一族、人外の長が天から民を諌める。


「宮本良介君、君には大恩がある。我ら夜の一族に対し、叱責する権利も、追求する資格も十分持ち合わせている。
だが、この会議を進行するのは私の役目だ。これ以上出過ぎた真似をするのであれば、退席してもらおう。

それでも君は、彼女に罪を問うのか?」


 レッドカードが掲げられる。アンジェラを断罪すれば、本当に会議から外されるだろう。長は、本当に俺の独断専行に怒っている。

アンジェラを王座から落とすチャンスと、俺の席一つ。確実に狙うのならば奴をここで仕留めるべきなのだが――



"よせ。止めるんだ、下僕! お前の命は、私のものだぞ!?"

"やめて、リョウスケ! 本当に、死ななくちゃいけなくなるよ!"

"貴方の気持ちだけで十分です。お願いしますから、やめてください。私のために、貴方が死ぬ必要はない"

"追い込むのは、これで十分です。後は私に任せて下さい!"

"やめて、ウサギ! ウサギが死ぬなんてやだやだやだやだーーーーー!!"


 ――こいつら、うるさすぎる。血を通じてキャンキャン喚き散らす女共に、熱り立つ気持ちが完全に萎えてしまった。敵の立場であるカレンも、唇を噛んでいる。

アリサなんて必死な顔をしてやめろと首を振っているし、忍なんて目を真っ赤にして睨んでいた。妹さんは今すぐにでも、こっちへ飛び出してきそうな勢いである。ぐぬぬぬぬ。

分かった、分かりましたよ。降参します。


「――いえ、出過ぎた真似をしてすいませんでした。私は、撤回します」


 だからお前も撤回しろと、言外に突きつける。アンジェラは鬼すら殺す視線を俺にぶつけてきたが、あえて目を背けてやった。睨み返せばいいってもんじゃない。

結局アンジェラもそれ以上俺を追求せず、奮然と席に座り直した。代わりに俺の保護役のさくら、そしてイギリス側からはヴァイオラのママさんが謝罪した。


睨み合いは、無くなった。だが、既に火薬庫は点火してしまっている。


「長、此度の件につきまして私から申し上げたい事がございます」

「! まさか、君は……!?」


「父の罪は、子の罪でもあります。父の野心を知りながら、止めることが出来なかったのは私達娘の責任です。夜の一族を統べる長には到底、相応しくはありません。
ボルドィレフ家の次期当主ディアーナ・ボルドィレフ、そして我が妹のクリスチーナ・ボルドィレフ――両名を、一族より抹消して頂きたい。


これから先は"一人の人間"として、生き恥を晒してまいります」


 罪を問う声、罰を求める罪人。夜の一族からの追放と、世界会議の常任理事脱退。夜の一族のみならず、世界的にも衝撃を与える大ニュース。

しかしながら、これまで世界会議を見てきた彼らの中に真に受ける者は一人もいない。悲痛に胸を痛める者も、ライバルの脱落を喜ぶ者も、いやしない。


一人の人間として生きる――人間の味方をすると、公言したのと同じなのだから。
















<続く>








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