とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十二話





 ドイツの首都ベルリン市内で行われる、夜の一族主催の支援パーティ。世界会議再開を前に、支援を呼びかけるのが目的のパーティに多数の著名人が出席する。

主催する者達が夜の一族である事も、夜の一族の次なる長を決める世界会議の事も公では秘密にされている。支援を求めるのは、あくまで個々人に対して。人としての価値が問われるのだ。

さりとてこの世の中、個人の価値ほど見えにくいものはない。巨大な集団社会の前では、個人の価値など無いに等しい。本人を目立たせるのは、仰々しいまでの飾りが必要なのだ。

人を派手に飾り立てるのは金であり、力であり、名誉に他ならない。何も無い人間など、相手にもされない。支援を求めたところで、無視されるのが関の山だろう。


俺のような何も無い一般市民が目立つには、せめて外見を飾り立てるしかなかった。


「やはりわたくしの見立てに間違いはありませんでしたわ。とても凛々しくていらっしゃいますわよ、王子様」

「タキシードではないのはありがたいんだが……金持ち連中が集まるパーティに、和服を着ていってもいいのか?」


 紋付羽織袴、黒羽二重の五つ紋、股下の割れた馬乗り袴。袴をつける帯、長襦袢は羽二重、半衿は塩瀬羽二重の薄色、足袋は白で履き物は畳表の草履。

礼儀知らずな俺でも剣道着では駄目なのは分かるのだけど、名の知れた外国人ばかりが集まるパーティに和装で挑むのは悪目立ちしてしまう気がして仕方がない。

和服一式を用意したのは、俺の実質上の支援人であるカレン・ウィリアムズ。何時の間にサイズを測ったのか、ピッタリすぎて違和感を全く感じさせない。正直、着心地が良すぎる。


ウットリとした顔で俺を熱く見つめるアメリカ人の感覚は、どうも信じられなかった。


「なかなか良いではないか。日本人のセンスというものはよく分からんが、私の下僕として恥ずかしくないぞ。安心しろ」

「折角バックが大胆なドレスを着て侍君を魅了しようとしたのに、侍君の和服に食われてしまった感じがする」

「でも、本当に似合っているよ、君の和服。サムライって感じがして」

「ウサギ、後でクリスと並んで写真取ろうね!」

「実に凛々しくていらっしゃいますよ、アナタ」

「着付けを覚えていてよかったわ。着崩れするので、パーティ会場でははしゃいだりしないでくださいね」


 ――ドイツ人に日本人、フランス人、ロシア人の姉妹に加えてイギリス人にまで、大変な評価を頂いてしまった。身内贔屓かもしれないけど、金持ちのお嬢様のセンスは分からん。

支援目的のみならず、上流階級で行われる数多のパーティに出席してきた女性陣の評価だ。ひとまず鵜呑みにして、ベルリン市内のパーティ会場へ向かう。

今回のパーティでも、ディアーナとクリスチーナは欠席。世界会議出席に必要な一定の支援は既に得ているらしく、世間が物騒な今迂闊に顔を出す愚を避けて後方支援してくれるらしい。

別荘で二人だけにするのはまずいので、ローゼに頼んでガジェットドローンを配置してもらった。俺個人としては、本人に残ってもらいたかったのだが――


「主を一人でパーティに行かせる従者が、この世の何処におりましょう。ローゼも、参ります」

「お前も一応、トップシークレットなんだけど」

「ローゼを独り占めしたい主のお気持ちはよく分かっております」

「何にも分かってねえよ、お前!?」

「しかしながら田舎者の主をお一人で行かせてしまえば、どのような無礼千万を働くか気が気でありません。その時はこのローゼ、ご来賓の皆様に土下座して許しを請う所存」

「この失礼な従者を、打ち首獄門にしてやりたい」


 パーティ会場へ向かう道中の緊張感を台無しにしたアホな従者には、会場の警備を内々に押し付ける。元よりパーティには連れていけないのだ、面倒事を任せておくことにする。

出来の良さはアホとは段違いの、ノエルやファリンも立場は同じ。パーティに出席する忍やさくらを見送りつつ、目立たないように会場に待機してもらう。

ローゼは基本的に俺以外の人間には興味を示さないが、同類であるノエルやファリンとは連携は取れているようだ。ノエルも出来の悪い妹達が特段可愛らしいようで、よく面倒を見てくれている。


パーティで護衛を務めてくれるのは言わずもがな、月村すずかである。


「どうだ、妹さん。会場内に何か不穏な気配とかは感じるか?」

「いえ、何も感じられません。敵意の類はありますが、明確な行動に出るものではないでしょう」

「支援が目的とはいえ、権力者達が多く集まっているんだ。全員仲良くとはいかないか」


 支援パーティにいい感情を持っていないのも、偏見ではあるが金や権力に付き物の薄汚さを感じさせる為である。貧乏人の僻みといってしまえば、それまでかも知れないが。

自分がこうして支援を求める立場、所謂特権階級側に立っている実感は今もない。けれど、場違い感はもう消えている。カーミラ達を、自分の仲間だと心で受け入れたからだ。

過去の自分が今の着飾った自分を見て何を思うのか、我が事ながら想像はつく。馬鹿にした顔で見上げる自分を、俺は冷淡に見下ろすだろう。

権力者とは、言い換えれば成功者だ。失敗ばかりしている人間が成功者に何を求めるのか、俺なりに考えてきた。阿呆のように協力を求めても、袖にされるだけだ。


――まあ一番憂慮すべき壁は階級よりも、言葉なんだけど。


「事前の打ち合わせで何度も言っているけど、このパーティでは別行動を取ろう。妹さんは、忍やさくらと行動してくれ。
俺の事ばかり心配しているけど、今回の世界会議の目玉はあくまで妹さんなんだ。さくらだって立場を得て、妬みを買っている。守ってやってくれ」

「何かありましたら、すぐに駆けつけます」

「分かっている。出来るだけ、目の届く範囲にはいるよ。最低でも、"声"の届く所に入るから安心してくれ」

「お願いします」


 他人の事を少しでも気にかけると、他人の事情も見えてくる。妙な感覚だが、他人と付き合っていけばその内慣れるだろう。

月村忍に綺堂さくら、月村すずかを保護する彼女達も立派な注目株だ。見目麗しい事もあり、注目を惹きつけている。カレン達に勝るとも劣らない、立派なパーティの華だ。

俺には自覚がないとか何とか言っているが、あいつらだって十分自覚に欠けている。男にナンパされても知ったことではないが、悪い虫がつかないようにはしなければならない。

妹さん本人の心配は、していない。あの子の深遠なる心に触れられる人間なんて、この世に居ない。


「下僕、忌々しい限りだが私は家畜共の面倒を見に行かねばならない」

「……せめて傘下とか、分家とか言ってやれよ」

「ふふん、私が他に目をかけるのが気に入らないか。可愛い奴め。
安心しろ、私の下僕はあくまでお前一人。これでも殊の外目をかけてやっているのだぞ。

家畜共に餌を撒きにいくだけだ、これも王となる主の務めよ」


 仰々しく言っているが、要するにカーミラも長と共に挨拶回りに行くのだ。こいつも、このドイツには立場がある。それに、こいつなりに先々を見据えて行動している。

それはいずれ、氷室遊達を倒す策にも繋がる。この支援パーティでも、彼女は影で行動する。マンシュタイン家ではなく、カーミラ個人として。


カーミラは顔を寄せて――俺の頬に、接吻する。


「粗野であっても、卑に下るな。いざとなれば、私の名を出すがいい」

「お前の名はそんなに軽くはないだろう。俺の看板で、勝負するさ」

「――その誇りの高さが、家畜共との違いだよ。身体は、私が支えてやる」


 カーミラの血の祝福を受けて、俺は手足の包帯を取って行動している。カミーユも同じ会場内にいるので、傷付いた身体でも問題なく動ける。

支援パーティにおけるサポートは、カレンが自ら申し出てくれた。


「一族の長より、パーティ開催を告げる挨拶が始まります。その後は、わたくしと参りましょう。皆様に、紹介いたします」

「英語だけで大丈夫かな」

「日常会話はもう完璧ですわ。難しい言葉はわたくしが通訳いたしますので、ご安心くださいな」


 セルフィ・アルバレットとの文通やフィアッセ・クリステラとの音楽を通じて、英語の勉強を始めて数ヶ月。海外に来てからは師匠やカレン達による鬼の英会話講座で何とか話せるようになった。

人間、人生や命に関わるとなると苦手な勉強も死に物狂いで頑張れるらしい。此処は異国の地、言葉なんて生き残る最低条件。二度と失敗したくないという気持ちだけで、頑張れた。

語学堪能では、決して無い。日常会話が通じる程度に過ぎないが、言葉の意味が分かった途端視野が広がる感動を得られたのを今でも覚えている。


今では、別荘でも英語で彼女達と喋っている。というか、最低限英語は覚えるように無理やり喋らされた。あの女共、怖すぎる。


夜の一族の長が、壇上に立つ。彼とはさくらを通じて、内密に連絡を取っている。どういう情報網を握っているのか、別荘にカレン達が集まっているのを知って根掘り葉掘り聞いてくるのだ。

クローン事件の事もあり随分と痩せこけているが、少しは立ち直ったらしい。挨拶も堂々としていて、今も健在である事を伺わせた。

支援パーティの開催、最初に俺に挨拶をしてくれたのは当たり前だが支援者ではなかった。


「――おや、何とも場違いな愚民が混じっているな」


 ドイツ代表のマンシュタイン家次期当主、氷室遊。和服で正装した俺とは違い、スタイリッシュなスーツを見事に着こなしている。

取り巻きを連れての参上、世界会議で見かけたカーミラの両親も見える。会場には多くのセレブな男性が集まっているが、この男は彼らの中でも群を抜いている。

同性でありながら艷やかさえ感じさせる、カリスマ性。立っているだけで、社交界のお嬢様方の視線を釘付けにしている。美男子だった。

支援パーティ会場では唯一和服を着ている俺を、頭から爪先まで見下ろして冷笑する。


「ふん、愚民なりに支援を得ようと必死だな。"サムライ"気取りか」

「日本人が日本の服を着て、なにか悪いのか」

「何かと問われれば、全てだな。浅ましく餌に齧り付くドブネズミにしか見えんよ」


 氷室遊だけではなく、取り巻きの品の良さそうなドイツ人達も嘲笑する。衆目の前で笑われながら、俺は自分の和服の袖を掴んで得心が行っていた。

なるほど、世間で大層に騒がれたサムライのイメージだったのか。お世辞かと思っていたのだが、カミーユもそのイメージを感じて褒めてくれたんだな。

俺の態度をどう感じたのか、氷室はますます饒舌になっていく。


「恥をかかない内にとっとと引き上げた方が身の為だぞ、下賎な人間。何なら、会場の料理を持ち帰るのを許してやろう」

「俺の食事より、自分の食欲を心配した方がいいぞ。怪我の具合は大丈夫なのか」

「っ……人間如きと、一緒にするな。僕は、選ばれた存在だ。チンピラ相手に、いちいち必死になるお前とは違う。
餌の取り合いは、馬鹿な人間達が好きにやればいい。僕はただ待っているだけで、チャンスは転がり込んでくるのさ」


 別に嫌味で言ったつもりはないのだが、要人テロ襲撃事件での醜態を必死で反論してくる。俺は言葉にはしなかったが、こいつに感心していた。

図太さは言うまでもないのだが、何より激高しても周囲に決して悟らせない様に気を配っている。感情が完璧に制御できている証拠だ。

支援パーティでの失態は、文字通り死を意味する。こいつはそれが骨の髄まで分かっているために、いかなる隙も見せない。

自分を選ばれた人間などと自負しているようだが、少なくとも王になるべく努力はしているということだ。その点が、チンピラである俺とは違う。


「カレン・ウィリアムズ様も、ご機嫌麗しく。まだこの男に肩入れしているのですか」

「わたくしの事など、気になさらないでくださいな。
殿方同士、心ゆくまでご歓談なさって下さい」


 カレンの薔薇のような美しい微笑みを向けられて氷室はご満悦だが、俺は冷や汗をかいていた。一緒に住んでいたからよく分かる。話しかけるなボケ、と言ったに過ぎないのが。

俺も口が悪いほうだが、アメリカのお嬢様にはとても敵わない。美しく彩っているだけに、薔薇の猛毒が際立って感じ取れる。

こんな恐ろしい女を敵にする俺も、どうかしている。泣いて謝りたくなかった。男とか女とか関係なく、こいつは本当に手強かった。


だからこそ。


「いや、俺の方も別にこいつと話す事はないよ。行こう」

「はっ、逃げるのか」


 カチン、とは来なかった。事実、こいつはすごい男だと思う。頭も切れる、人望もある、野心もある、金も力も持っている。女にだって、好かれるだろう。

特別な存在なのだろうけど――


「ああ、そうさせてもらうよ。生憎と敵には恵まれていてね――あんたと戦っている程、俺は暇じゃない」


 ――意外でも何でもなかった。特別な存在なんて、俺の周りには腐るほどいる。天才に埋もれて、俺は生きている。

随分と遅くなってしまったけれど、気付けたんだ。自分が、本当に恵まれているのだと。特別な人間と出会える幸運を、あの町で与えられたのだと。

俺にとって特別は、自然なのだ。だからこそ、区別できる。こんな男にムキになる暇があるのならば、カレンやアンジェラ相手に本腰で取り組むべきなのだ。


別に、この男を馬鹿にしているのではない。事実を言っている。戦うべき相手は、本当に腐るほどいるのだ。自分よりも、はるかに格上の相手が。


守護騎士達の期待に、応えたい。俺の母を名乗り出たクイントや彼女の同僚にも、自分を認めさせたい。命を救ってくれたクロノやリンディ達を、驚かせてやりたい。

敵には恵まれている――こんな事を嬉しく思う自分は、やはりどうかしている。けれど、悪い気分ではない。こんな自分の生き方に、今では胸を張れている。


「俺は、この難儀な敵の攻略に忙しいんだ。後にしてくれ」


 両肩に手を置かれたカレン・ウィリアムズのその時の表情の変化は、見ものだった。ぎょっとして、目を白黒させている。

誤解させたかもしれないが、いちいち解くつもりはなかった。彼女は女だが、乙女ではない。俺の言葉の意味に、すぐに気付く。ほら見ろ、余裕を取り戻して俺の手を握ってくれた。

彼女の手を取って立ち去ろうとすると、背後から猛烈な殺気。最早、周囲の目を誤魔化せていない。


氷室遊は目をむいて――牙を、生やしたのだ。


「貴様、殺してや――!!」

「おい、見ろ。ヴァイオラ様も来られているぞ」

「嘘だろ……最近では、どのパーティ会場でも姿を見せなかったのに」


 騒ぎ立てる取り巻き連中の視線は、パーティ会場に現れた一人の女性に釘付けになっている。あの氷室でさえも俺に牙をむくのを止めて、呆けてしまっていた。

フランスの貴公子に連れられて、ヴァイオラ・ルーズヴェルトが支援パーティに参席。この世のいかなる花も色褪せて見える、神秘的な美に皆が魅せられている。

あの子を泣かせたと知られただけで、世界中から非難を浴びそうだ。彼女とのトラブル劇を振り返るだけで、乾いた笑いがこみ上げてくる。

カミーユには会場の麗しき女性方が、ヴァイオラには社交界の男性陣が一挙に群がった。見栄えも大事なのだと、思わされる。どうにもならんが。


"リョ、リョウスケ、助けてよ……!"

"綺麗どころばかりでいいじゃないか。その中から、結婚相手を選べよ"

"こんなの、単なる見世物だよ。ボクは、君という友達がいるだけでいいのに"

"友情を選ぶあたりまだまだお子ちゃまだよ、お前は。見ろ、彼女はちゃんとあしらっているぞ"


 表沙汰にはなっていないとはいえ、カミーユとヴァイオラの婚約が上手くいっていないのは周知の事実。結婚や婚約のもつれこそ、意中の相手を奪い取る絶好の機会。

色恋沙汰の醜い人間関係は、何もドラマの中だけの話ではない。むしろ、人の欲望が渦巻く権力闘争内では日常茶飯事に等しい。男達が群がっている。

男達の中心であるヴァイオラはそっと俺を一瞥して、心静かに返答する。


「申し訳ありませんが――心に決めた人が、おりますので」


 男達には今も尚婚約中のカミーユと誤認しているのか、貴公子に嫉妬じみた視線を向ける。困り顔のカミーユに、俺は手を合わせた。

誤認か、それとも事実か。ヴァイオラの覚悟、婚姻という名の血の誓い。契約が正式に果たされるかどうかは、俺にかかっている。

アンジェラ・ルーズヴェルト、あの女を倒さなければ全ては元の木阿弥となる。この支援パーティは、本人こそ居ないが彼女との戦いでもある。

それが証拠に、



「来ましたわ、王子様。彼女がアンジェラ・ルーズヴェルトの第一秘書であり後継者、"アリサ・バニングス"様です」



 ヴァイオラのような美しさはない。カレンのような華はない。あるのは――賑やかなパーティ会場を一瞬で静寂に満たす、暴力的なまでの知性。

凡人とは一線を画する、天才性。吸血鬼達の宴に招かれた、人を凌駕する存在。華美なドレスを着た少女の来訪に、権力者達すら一瞬で黙らされてしまった。


アリサ・バニングス、鬼籍に入った不幸な少女に授かった名誉ある名前。イギリスを征服した女帝を親代わりとする、正統後継者。


少女の傍らには、眼鏡をかけた年上の女性がいる。少女ほどの才はなくとも、少女に仕える事を許された才女であるのは明白。

頭が良いというだけではない。人間とは、知性を磨くだけでこうも美しく輝くのだ。吸血鬼すら、威圧される程に。


人が、人外を圧倒するというありえない光景を目の前で見せつけられた。


「彼女が何者であるか、まだ情報は多く掴んでおりません。ひとまず立ち振舞を見て、様子を伺いましょう」

「弱腰だろう、それは。支援を求めるのであれば、積極的に行動しないとな」

「お、お待ち下さい、王子様。迂闊に接触するのは――」

「ちょっと挨拶するだけさ」


 堂々と歩み寄っていく俺に、氷室遊すら道を開けてしまう。明らかに無謀だと、階級違いであると周囲の目が訴えかけている。

世界中の重鎮が集う華々しいパーティ会場で向かい合う、俺達。アリサは俺が目の前に現れても顔色一つ変えず、無感情な眼差しを向けてくる。

彼女に仕える女性が一歩前に立ち、俺に明らかな警戒の目を向ける。一挙一動に気を配るその姿勢に、アリサに対する絶対の忠誠を感じさせた。


周囲が見守る中で、俺が先に口を開いた。ようやく身に付けた、英語で。


「初めまして、アリサ様。宮本良介と申します。失礼ながら、何度かお目にかかったことがございまして、御挨拶をさせて頂きたく」

「お噂はかねがね伺っておりますわ、宮本様。大変なご活躍をされているようで、我が主アンジェラ様もこの場で貴方様とお会いできず残念に思っておりましたの。
主に代わって、御挨拶を申し上げますわ。あの方の秘書を務めております、アリサ・バニングスと申します」


 初対面ではあるが、初対面ではない。夜の一族の会議で散々顔を合わせているが、挨拶もしていない。親密な関係ではあるが、表沙汰に出来る人間関係ではない。

あらゆる背後関係を全て承知の上で、俺達は握手を交える。礼儀正しい挨拶、形だけの社交辞令。

けれど――握られた手はとても強く、見上げる眼差しはとても熱い。


「よろしければ少し、お話させていただきませんか?」

「かまいませんわよ。イリス、少し席を外すわ」

「お、お嬢様!? この男は、アンジェラ様の――!」

「下がりなさい、イリス」

「……はい」


 唖然呆然の衆目と、憎々しげな目で睨み付ける女性に見送れる形で、パーティ会場を出てテラスへ。束の間の憩いを許された場所、人の目もない。

それでも他人の目がないか十分に確認した上で――


アリサが表情を崩して、吹き出した。こら!


「英語下手すぎ、敬語似合わなさすぎ。笑いを堪えるのが大変だったわ」

「うるせえ! てめえこそ何だよ、あの仰々しいお芝居は」

「ロシアンマフィア相手にブルってた人に言われても」

「な、何故その事実を!?」


「うししし。あんたの事は、あたしが一番よく分かってるもんねー」


 そのまま満面の笑顔で、アリサは俺の胸に飛び込んでくる。感動の再会というには勢いの強過ぎるタックル、咳き込んでしまう。

鬱陶しいので髪の毛掴んで離そうとするが、腰をがっしり掴んでくる。ぐぬぬ、と馬鹿馬鹿しくせめぎ合ってしまい、何もかも台無しだった。


めまぐるしく世界が変わっても、俺達は何も変わらないようだった。
















<続く>








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