とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十一話





 支援を募るパーティと聞くと悪い政治的な印象を持ってしまうが、支援パーティーそのものは世界中どの国でも普通に行われている。自分の支援を募る羽目になるとは思わなかったが。

当然というかごく当たり前の話だが、直接俺のような一般市民の名でパーティーを開催しても誰も来る筈がない。よくてお誕生日会レベルで終わってしまうだろう。

支援を募りたいのは、どの勢力も同じ事。特に立て続けに起きたテロ事件で、各国も影響力の悪化を招いている。ここらで、存在を誇示しておきたいところなのだ。


カレン・ウィリアムズが発起人となる、夜の一族の支援パーティが開催される事になった。


「随分と、大きい話になったな」

「四十八カ国もの国々が参加された平和式典の後ですから、各国の有力者達を招くのは比較的簡単でしたわ。その中には当然、夜の一族の分家の方々もおります。
今年の世界会議は次の長を決める重要な局面、世界中が注目しておりますの。今だ後継者が確定されていないのも、注目を集める要因になっておりますわね」

「……自分が支援した者が次の夜の一族の長になれば、出世の道も開けるというわけか。夜の一族も結構俗なんだな」

「人外といっても人の世で生きていく以上、人の理に従わなければなりませんもの。時には、人間の真似事も必要なのです」


 夜の一族は、歴史の闇に生きる存在。人の世に、堂々と生きていける種族ではない。招かれる客の多くは、夜の一族の存在そのものも知らないのだろう。

支援者というのは結局のところ、自分のステータスにすぎない。より多くの人間に支援される者でなければ、王は務まらないのだ。支持があってこそ、民を導ける。

そして、支援の声が発言力ともなる。自分一人の声よりも、多くの民衆の訴えがあれば世界に声を届かせる事が出来る。孤立無援だった俺に訪れた、勢力拡大の大チャンスだった。


「今回襲撃事件が起きた後とあってロシアのマフィア女は欠席しますが、彼女も貴方の支援を積極的に呼びかけてくれるようです。
忌々しいですが、あの女は十の若さで貿易路を開拓した実力者。ロシアは勿論の事、表の顔ではありますが経済界においても名を轟かせております。

彼女の推薦であると喧伝するだけで、貴方の支援を約束してくれる人間も多いでしょうけど」

「ご老公の印籠じゃあるまいし、ディアーナの名を盾にするつもりはないよ。あくまでも、俺個人を売り出さないとな」

「……そう仰ると思っていましたわ……分かりました。パーティにはわたくしも参加しますし、オードランの貴公子やルーズヴェルトの妖精も参席されるそうです。
自分達を支援する方々を紹介しますので、積極的に売り込んでくださいな」

「ありがとう、助かるよ。一応聞くが、あんたは支援を募らなくてもよいのか?」

「愚問ですわね。平和式典開催の成功もあって、わたくしには向こうから支援をお願いされておりますのよ」

「ちゃっかりしているな、相変わらず」


 式典を脅かしたロシアンマフィアの刺客やテロリストの残党捕縛は俺達が捕まえたのだが、自分の手柄にしたらしい。このずる賢さも、慣れてしまうと憎めなかった。

もっとも犯人達を捕まえたのは忍達やローゼの力あっての事なので、俺も自分の手柄にするつもりはなかった。怒る理由もない。

折角の支援パーティなのに彼女は自分の勢力拡大を行わず、俺の支援を募る手伝いをしてくれるのだ。ここは感謝しておくべきだろう。


「支援を募るといっても、有象無象を寄せ集めてはいけません。矛盾した概念ですが、欲望に満ちた権力闘争だからこそ品位が問われますの。
このわたくしが協力するのです、王子様の支援を募る事自体は容易い。ですけど、支援者は王子様自身が選択しなければなりません」

「時間も余裕もないんだぞ。それこそ、がむしゃらにかき集めなければならないだろう」

「主義主張が異なる支援者を寄せ集めたところで、いずれは瓦解してしまいますわ。その時責任を追求するのは、貴方です。
焦りを感じられるのは理解出来ますが、くれぐれも早まった真似はしないでくださいな。王子様が下衆共に汚されるなど、我慢なりませんもの」


 カレンの美しい瞳に、暗い炎が揺れ動いている。アメリカの経済界を支配するのは、実力だけでは務まらない。人間の裏の面を見続ける覚悟が必要だ。

幼い頃から大金を動かしてきた彼女は、それこそ人間の醜い欲望を肌で感じてきたのだろう。日本中を気ままに旅してきた俺よりも、世界の醜さを見続けてきたに違いない。

敵ではあるが、こういう権力闘争では彼女の見解は誰よりも正しく勉強になる。全面的な味方ではないのは残念だが、今だけは心強い存在だった。


ふと、思う。


「どうしましたの、王子様?」

「いや、悪い。あんたを笑ったつもりはないんだ。考えてみれば、何というか――あんたは、俺の"支援者"なんだな」

「わたくしとしてはパトロンを気取りたいところですわね、ふふ」


 忍様とは仲良くやれていますのよ、とカレンは悪戯っぽく微笑む。あいつとのコンビなんて、邪悪過ぎる。愛人とパトロンが手を組むなんて、想像したくもない。

支援者は選ぶべき、指摘されて俺も自分の考え方を改めた。孤立無援での戦いが長引いていただけに、勢力拡大に躍起になっていた気がする。

確かにそうだ。贅沢言える身分ではないが、そもそも俺はようやく他人に関心が出てきたばかり。大勢を集めても、支持を得るだけの器ではない。


カレン達の協力を得れば、人をかき集めるのは簡単だろう。だけど、そうして集った人間をはたして俺は信頼することが出来るだろうか?


支持を得た以上、期待には絶対に応えなければならない。俺は支援者全員の為に頑張れるかどうかと言われると、正直自信はなかった。

神咲那美や守護騎士達の期待に応えたいと思うのは、直球で言えば彼らが好きだからだ。単に期待してくれるだけで、俺はここまで頑張れない。


他の人間がどう言おうと、やはり俺は単なる一般人でしかないのだろう。民衆の為の王にはなれない。誰かの為に頑張ろうと思う、人間ではないのだ。


「ですので、皆さんの力もお借りしてリストアップしておりますので少々お待ち下さいな」

「えっ、選別してくれているのか?」

「当たり前ですわ。支援者に問題があれば、紹介するわたくし達の沽券にも関わりますもの」


 ――全くもって、その通りだった。世界を知ったつもりでも、俺はまだまだ分かっていなかったらしい。彼女達が居てくれて、本当に良かった。

権力闘争だの支援パーティだの、汚い政治の世界だと馬鹿にしていたが、なかなかどうして奥が深い。人を見る目が問われる。

手元にある参加者リストを見ると経済界や政界以外にも、国際的アイドルや歌姫、有名な音楽学校の著名人とかも来るらしい。楽しみでもあった。


「それと、わたくし個人での紹介ではありませんが、何としても王子様に推薦したい人間がおりますの」

「……気のせいか、怒っていないか?」

「今思い出しても腹立たしい限りですわ。いつぞやの、花嫁奪還事件を覚えてらっしゃいますか?」

「花嫁奪還とて言われると恥ずかしいんだが……ヴァイオラを空港まで迎えに行った件だろう。あんたが、後方支援してくれた」

「自分の恥を晒すようで、わたくしも恥ずかしいのですが……実はですね、その時イギリス側に経済制裁を幾つか仕掛けたのですが全て破られてしまったんですの」

「経済戦争で、あんたが負けたのか!?」

「アンジェラ・ルーズヴェルトを押さえる事が第一目的でしたけれど、勢力を削ぐべく経済の力を持って攻撃を仕掛けましたの。
速効性を期待出来る策から、遅効性が高くとも効果的な手段まで、数々と――国内的な問題が生じない程度に、資金を投入して打って出ました。

蓋を開けてみれば、全敗。多額の資金を持っていかれる始末、大損でしたわ!」


 こ、こいつが経済で負けるなんて……固唾を飲んでしまう。かくいう俺もこいつを倒す策を実行しているが、正面からやり合う愚行は避けたのだ。

アンジェラ・ルーズヴェルト、あの女帝はこいつの経済概念すら上回るのか。各分野に秀でているだけだと高を括っていただけに、衝撃は大きかった。


ところが、俺の懸念を当の本人が否定してしまう。


「女帝ではありません。わたくしの策を見破ったのは、彼女の第一秘書ですわ」

「第一秘書……? あの女の、側近か」

「しかも最近雇われたばかりの人間というのだから、余計に腹立たしいのです。事前に知っておけば、何としても抜擢しましたのに!」

「他国の優秀な人間まで把握できないだろう、流石に」

「甘いですわよ、王子様。我々のような人を動かす立場の人間は、常にアンテナを高くして情報を収集しております。他国の優秀な人間も、把握しておかねばなりません。
ところが、その者はどの国の情報網にもかからなかった逸材。突如として表舞台に上がり、才覚を発揮したのです。

今ではアンジェラ・ルーズヴェルトの寵愛を受けて、女帝の後継者として一身に期待を背負っておりますの。実の娘よりも、可愛がっているようですわ」


 あの女らしい話である。夜の一族でありながら血を重んじず、才能だけを重視する。実力でしか物事を測らない、現実主義者。信頼だの愛情だのに、唾を吐く人間。

海鳴で学んだ強さを真っ向から否定する敵に、舌打ちをする。かつての自分を見ているようで、吐き気がする。共感も覚えるだけに、余計に苛々させられた。

自分に似た面を持っているからこそ、怒りを感じる。近親憎悪もまた、人間の持つ醜い一面なのだろう。倒す以外に不快感は拭えない、お互いに。


「経済の流れを的確に把握するのは、頭がいいだけでは駄目なのです。膨大な知識を前提とした、自身の勘やセンスも問われます。
どういう感覚を持っているのか、その者は市場動向を鋭く読み解いているのです。死に筋を的確に見極めて、確実に大金を稼いでいる。
ダミーが全て看破されたのに気付いた時には、寒気がしましたわ」

「まさか――そいつを、俺の支援者にしろと?」

「わたくしも含めて、各国の有力者達がこぞって引き抜こうとしているのですが、ナシのつぶてなのです。
是非とも、王子様の器でその者を味方にして下さい。そして出来れば、わたくしに紹介してくださいな!」

「出来るか、そんな事!?」


 カレン達が提示した魅力的な条件に見向きもしない人間を、俺がどうやって引き抜けというのか。金も権力も何もないんだぞ、俺は。

信頼を得るにしても、取っ掛かりもないのでは難しいにも程がある。カーミラ達だって信頼関係を築くのに、それこそ血を流す思いをしたのだ。一夜では無理だ。


とはいえ、無視も出来ない提案だ。完全にやりこめられたのに、この熱烈な勧誘――カレンほどの女でも惚れさせる才覚を持つ、人間。


そいつの支援を得られれば、たった一人でも盤石であろう。権力者達を魅了する人間が支持に回るのだ、俺の注目度も俄然上がって発言力も飛躍的に高まる。

加えて、アンジェラの影響力を多大に削げられる。自分の後継者を敵に奪われるのだ、女帝への失望は並大抵のものではない。


出来れば、の話だけど。


「なかなか表には出ないのですけれど、このパーティでは女帝の代理で出席するそうです。チャンスは、その時しかありませんわ」

「俺では話も聞いてくれないだろう」

「何としても、機会は作りますわ。写真も入手しましたのよ、ほら」

「そうは言っても――ぶっ!?」



 写真に写っていたのは、思いっきりアリサだった。
















<続く>








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