とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十九話





 実際に部屋を訪れてみると、アメリカのお坊ちゃんは豪奢なベットで伏せっていた。ひとまずチンクの通訳を通じて、カイザーと話す。

血の繋がった姉より狂気の戦略を聞かされて、恐怖で青褪めてしまっている。時折ガタガタと体が震え、魘されていた。


俺が来たことに気付くと顔を上げて、俺の手を強く握り締める――


『お、お前もか……お前まで、姉に取られてしまうのか!?』

「お、おいおい、落ち着いてくれよ」

『あいつはいつもそうだ! 僕の大事なものを全部取り上げて、欲しい物を何でも手に入れる!!

僕はいつも皆の笑い者、姉についていくだけのオマケ。いつもいつも僕をバカにするんだ、クソ、クソっ!!』

「だから落ち着い――」

『友逹だと思っていた連中だって、姉の手下だった! 信じていた大人だって、僕より姉を優先する!
パパも、ママも、僕なんて見もしない……姉が後継者になったら、僕は追い出される。そんなの、嫌だ!!』

「あー、うるさい!」

『ほぎゃっ!?』


 拳は壊れていて使えないが、肘くらいは落とせる。後頭部をガツンとやられて、坊ちゃんはのたうち回る。

資本主義国家アメリカを代表する大富豪の御曹司への暴力、スキャンダル物なだけにやってみると気持ちがいい。

チンクにより表現は柔らかく通訳されているが、世界各国どこの人間であっても野郎の泣き言なんぞ鬱陶しいだけだった。


「さっきから聞いていればぐちぐちと――そんなに姉貴が嫌いならば、戦えばいいだろう」

『何だよ、偉そうに!? お前だってロシアの犬だったんじゃないか!』

「最初から他で雇われていると言っていただろう、俺は」

『そ、それでも、裏切りは裏切りだ! それにお前はどうせ姉に雇われるつもりなんだろう!?
今やあいつが後継者第一候補だ。味方すれば、金でも権力でも何でも手に入るもんな!』

「そもそも、お前から雇用条件とか全然聞いてなかったんだけどな」


 こいつの気持ちは分かる。十代で億単位の金を余裕で稼ぐ姉がいれば、弟はさぞ肩身の狭い思いをするだろう。

慎ましい性格ならば仲良くなれる余地もあるが、あの女は傲岸不遜。世界を我が物にせんとする、支配欲の強い女だ。


奪われ続ければ、卑屈にだってなる。俺も何度も負けて奪われたから、こいつを笑えなかった。


「分かっていないな、お前」

『な、何がだよ!?』

「俺を雇ったのは姉貴よりも、お前の方が先なんだぞ。姉よりも、人を見る目があるじゃないか」

『! そ、そうかな……?』

「おうとも、世の中早い者勝ちだ。先に誘われた以上、後から誘われて尻尾を振る訳にもいかないな」

『そうか……そうだよな! お前はもう、僕の家来なんだもんな!? うんうん、そうだよ!』


 うーむ、分り易い奴である。典型的なお坊ちゃんというべきか、カイザーなんて名前負けしている気がする。

でも、こういう奴ほど思いの外化けるもんだ。心情的にも何とか勝たせてやりたい。俺の目的とも一致する。


カイザー・ウィリアムズ、この少年をアメリカの次期当主とする。そうすれば、カレンは権力を維持出来ない。見えてきたな。


「よし、こうしよう。姉貴を倒すのに、俺が全面的に協力してやる」

『えええっ!? それって、協力するから僕に姉を倒せということか!? む、無理だ!』

「最初から諦めてどうするんだよ。いいか、経済での戦いになればこっちは万に一つも勝ち目はないんだ。格が違いすぎる。

あの女を倒すにはこの場、世界会議でしかありえない。ここでなら、勝負になる」

『姉はもう後継者に一番近い立場なんだぞ!? 実権も何もない僕に、ここからどうやって逆転しろというんだ!』

「だから、俺と手を組むんだ。いいか、あの女が切り札にしている研究については俺が何とかしてやる」

「へ、陛下!?」


 それまで黙々と通訳してくれていたチンクが、突然異議を唱える。俺の宣言に信じられない、といった顔をしていた。

しばし立ち尽くし、思い切ったように声をかける。今までにない、厳しい目をして。


「今の話、陛下はまさかご自身の手で研究を破綻させるおつもりですか!?」

「? 何でお前が研究のことを――」

「お答え下さい!」

「……まあ、そうなるだろうな。あの技術が、こいつの姉の切り札なんだから」


 自分で口にして、己の真意を知る。なんだ、あれこれ悩んでいたくせに結論はもう出ていたんじゃないか。

他人と話すというのは、いいもんだな。こんなに簡単に、答えを出せる。結局、俺は――"海鳴"を、裏切れはしない。

俺の答えにチンクは目を剥いて、握り締めていた拳を震わせる。


「そんな……陛下が、ドクターの研究を否定なさるなんて……お考え直し下さい、お願いします!」

「――お前、もしかして研究者を知っているのか?」

「私はただ、陛下に分かって頂きたいんです!」

「い、いまいち話が通じていないけど――悪いな。もう、決めたことだ」


 チンクの話は要領を得ないが、それだけ必死なのだろう。真剣だと分かったから、俺も曖昧に誤魔化さず誠意を持って伝える。

あの女と契約すれば、血は得られるかもしれない。組めばリスクもあるが、リターンも大きい。世界の半分というのも、過言ではない。

だけど――海鳴で得たものは全て、喪われるだろう。それだけは、出来ない。

那美をこれ以上、悲しませたくない。騎士達は今でも、俺を待っていてくれているのだから。


「――陛下の御考えは、よく分かりました」


 チンクの無機質な瞳が、鋭く細まる。俺は坊ちゃんを背に庇って、松葉杖を構える。

雰囲気が、変わった。空気が、張り詰めている。驚いたのはチンクの変化ではなく、自分自身の反応の速さ。

師匠に戦いを禁じられたというだけで、危機を察する感覚が野生動物のように鋭くなっている。狼ではなく、羊であるのが情けないが。


「やる気か……? 力ずくでは何も変えられないぞ」

「陛下が選択を誤ったのであれば、諌めるのが臣下の務め!」


 扉が、音を立てて開かれる。ドレススカートをなびかせて、吸血鬼が地を蹴って飛びかかる。

チンクがすかさず振り向くが、一足早く少女の蹴打がチンクの手先を素早く払った。

チンクがコートから取り出したのは、一本のナイフ――いや、ダガーか。鋭利な刃物の切っ先を、俺から逸らした。


「陛下の護衛か」

「剣士さんに手出しはさせません」


 部屋の外で見張りをしていた妹さんが、危機を察して飛び込んでくれたらしい。この子の危機察知能力には、いつも驚かされる。

チンクは、ダガーを構える。奇襲で手元を払われたというのに、武器を取り落としてもいない。


「陛下の護衛を務めるには力不足だな。卓越した運動能力はあっても、下地も出来ていないお前の攻撃は軽いぞ!」

「格闘戦技(ストライクアーツ)――"蹴撃刀勢"」


 目を見張る。上段から繰り出されたチンクの斬撃に対し、ダガーの棟に蹴りを加えて衝撃を弾き飛ばした。

クイント・ナカジマの教えか、独学か、それとも忍が面白がって見せたアニメや漫画の影響か。奇抜だが、見事な技。

信じられない……これが一ヶ月前まで、戦い方も知らなかった少女なのか!? 天才にも、程がある。


勝負は、決した。


「お前如きが……私の動きを、読んだというのか?」

「――」

「だとしても、やはり子供だな。遊戯の域を、出ていない」


 妹さんの攻撃に、チンクは微動だにしていない。先手は取れても、敵の油断くらいで埋められる差ではない。

チンクは、戦闘のプロ。妹さんは職業意識が高く、護衛としての心構えも出来ているが、力量が追いついていない。



どれほどの才があっても、たった一ヶ月では――子供は、大人になれない。



「先程もお伝えしましたが、陛下を狙う輩がおります。もう少し、腕の立つ護衛を雇うべきです」

「……っ」

「あれやこれやと差し出がましいやつだな、お前は。さっきから、お前の言っている事がさっぱり分からん」

「陛下がドクターの研究を否定なさるからです!」

「否定なんかしたっけ?」

「し、しかし、先程は――」

「研究を阻止するのはあくまでカレンを倒すためであって、研究そのものは否定も肯定もしていないぞ」


 クローン技術の否定は、妹さんの否定に繋がる。先の会議でも、倫理面からの否定はしなかった。

別に賛美しているわけでもないんだが、少なくとも妹さんをこの世に生み出してくれたことには感謝している。

護衛を務めてくれているのもあるが、この娘との出会いも俺を変えてくれた一因なのだから。


俺の心境を理解して、チンクはダガーを投げ捨ててその場に平伏した――えっ、土下座!?


「申し訳ありませんでした! 私の理解不足で、よりにもよって陛下に刃を向けるなんて!」

「いや、俺よりも妹さんに――」

「このような不敬、許されるはずもありません。かくなる上は――」

「自害とかしなくていいから、通訳を続けてくれ。坊ちゃんが怯えている」


 妹さんとチンクの立合いに飲まれてしまい、ひっくり返っている。組む相手としては不安だが、どうにも憎めない。

とりあえず頬を叩いて目覚めさせ、状況を説明して落ち着かせてやった。やれやれ。


「妹さん、助けてくれてありがとう――妹さん?」

「……いえ、失礼致します」


 一礼して、妹さんは退室する。表情は特に変わっていなかったが、どこか気落ちしているように見えた。

チンクに言われたことを気にしているのだろうか? 普通の少年少女ならありえるが、妹さんの心はそれほどヤワではない。

確立された精神が求めるのは反省や後悔ではなく、進化。むしろこの失敗すら、次なる成功への糧でしかないのかもしれない。

妹さんはチンクに、何も言い返さなかった――ならば、俺が口出しするのは野暮ってもんだ。あの子ならきっと、見返せる。


頑張って、成長しような。二人で、一緒に。


『あ、姉を倒すと気軽に言うが、一体どうすればいいんだ……?』

「俺に考えがある。ただし、お前が主軸となって動いてもらわないといけない」


 策としては単純、戦略としては稚拙。凡人ならではの、ありきたりな策。誰でも思いつくからこそ、実現すれば当然のように実る。

歴史の教科書を読んでいれば、小学生でも思いつける。必要なのは、人脈と発言力。

世界会議で必死で頑張ってきた今だからこそ、実行できる。坊ちゃんに詳しく説明する。


『ぼ、僕なんかに出来る訳がない!?』

「当面でいいんだよ。今必要なのは、"そうなった"結果なんだ」

『だ、だって、僕が失敗したら――お前は、死ぬんだぞ!? こんな真似したら、お前は絶対殺される!』

「いいんだよ、それで」

『何でだ!? どうしてお前は、僕なんかをそんなに信じてくれるんだ!』


 人を信じる。簡単なようで、難しい。血の繋がりもない人間を、信じろというのも無理な話。

だからこそ今まで皆が信頼してくれた分、今度は俺が――他人を、信じるんだ。



「俺の血を、お前にやる。だからお前の血を、俺にくれ。血と酌み交わし、兄弟となろう。
弟を信じない兄貴はいないだろう?」

『!?』



 アンジェラ・ルーズベルト、カレン・ウィリアムズ――お前らの敗因は、家族を道具とした事。

海鳴流の戦い方を見せてやる。家族を蔑ろにしたことを、思う存分地獄で後悔しやがれ。


俺は金も力もないけれど――そんなもんより価値がある物を、もう手に入れている。















<続く>








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