とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十五話





 吸血鬼は夜を本領とする。異国ドイツで深夜に差し掛かる時刻、世界会議は再開されて俺と妹さんは席に着いた。

長へのアポイント、忍との未知なる技術に関する相談、ルーテシアとの密約、フランスとイギリスとの同盟。休憩時間における、成果。

敗色濃厚だった戦況にも、突破口が見えつつある。まずは、敵の出方を伺おう。


『長が心労により欠席されております。会議の主だった議論は後日とし、まずはこちらが提議した技術について説明させて頂きますわ。
王子様、異存はありませんわね?』


 こちらを名指しするあたり、中断させられたことを根に持っているらしい。言い換えれば、あの中断は痛手だったということ。

流されるままだったらやはり敗北していた。自分の認識の正しさを再確認した上で首肯する。


経済大国で覇を成したウィリアムズ家が提唱する技術革新、一大プロジェクトが語られる。


『人工的に生命を生成する技術、『生命操作技術』。特定の遺伝子を用いて人造生命体を造り上げる技術を指します。
遺伝子調整による生命選択も可能で、月村すずか様は始祖の遺伝子を調整されて現在の成体となられました。
欠点の多いクローン体についても遺伝子の換装が行われていて、確立した生命体を生成出来ております。

将来的には生体と機械の完全融和も検討しており、自動人形の技術を用いた新しい進化形をお見せ出来るでしょう』


 プレシア・テスタロッサが提唱していたプロジェクトF、彼女から聞かされた技術の概念とよく似ている。

長が墓から暴いたとされている遺伝子、太古のDNAサンプルを培養して月村すずかという存在が造り出された。

専門家ではないので技術の骨子は掴みづらいが、成功例がある以上確立しつつあるのは間違いない。


『馬鹿馬鹿しい、聞けば聞くほど胡散臭い! こんな模造品に、一族の命運を預けられるものか!!』

『他ならぬ一族の長が託そうとしたのですよ、氷室様』

『ま、まだそうと決まった訳ではない!』

『ならば確認が取れれば賛同していただけると考えて宜しいのですわね、ありがとうございます』


 そういう流れに持って行くよな、やはり。強引な手腕に氷室遊が型に嵌められている。言い掛かりでは、あの女は倒せない。

理論上の説明だけではなく、彼女は各陣営の端末を通じて、中央の映写機から研究資料を詳細に至るまで公開している。

記載された数値は専門家でないと分からないが、逆に言うと専門家がいれば判断出来るかもしれないのだ。

問題なのは専門家でも何でもない俺達には確認しようがない点。紛い物だと言わせておいて反証し、相手の追求を封じ込める。

議論という形を利用した、上手い説得方法だ。敵であっても、見習わなければならない。


『日本ではクローン技術規制法があるように、世界各国でクローンを禁止する枠組みが出来つつあります。
技術が確立されても、このようなやり方は倫理的な面で多く問題があるのではありませんか?』

『私も到底賛成出来ないね。我々が始祖より受け継いでいるのは血だけではない、血縁だよ。
血筋を通じて多くの成功と失敗を積み重ねて、今日に至った。血も大事だが、同じ血を持つ家族も大切ではないかね』


 カミーユと親父さん、フランス陣営の倫理的かつ人間味あふれる反論。先の会食で、裏のない人達だというのは分かっている。

血を何よりも重んじる、夜の一族。では"血"とは何なのか、彼ら一族の根幹に深く問いかけていた。

始祖の血が在れば何でもいいというのなら、今日までの歩み――歴史そのものを、否定することになる。

俺も人間側としてこの意見をいうべきか考えていたが、結局やめた。妹さんの否定になりかねないし、何よりも――


プレシア・テスタロッサには、通じなかった。


『歴史、家族――命短き人間が考えそうなことですわね』

『何……?』


『そのような古びた考え方が、我々一族を日陰に追いやっているのですわ。人より優れた力を持ちながら、人の影に潜んでいる。
人目を気にし、人の言葉に耳を傾けて、人に知られるのに怯えて生きていく。人と交わる事でしか、生きられない。
人の血を交わることで家族が生まれ、代わりに純度を失ってしまった。一族の数も、減る一方。

この技術があれば、純然たる王が造り出せる――我々一族のみで繁栄を築き上げられるのですよ』


 猛毒であっても口にせずにはいられない、禁断の甘い果実。実に美味そうに、目の前にぶら下げられている。

夜の一族の悲願が叶えられる。この技術さえあれば願いは叶う。薄っぺらい倫理など、簡単に剥がされてしまう。

金の匂いだけじゃない。この技術はあらゆる可能性を秘めている。生命の生成、神の御業を行える。


『人なくして我々の繁栄はありえなかった。君のやろうとしているのは、まさに歴史の否定だよ』

『そうですわよ。古き慣習を無くさなければ、新たな繁栄などありえない。会議での後継者の選定も諍いの種だったでしょう。

王を生み出すこのシステムがなければ、同胞達による争いがこれからも続くのですよ。オードラン様』

『そ、それは、くっ……』


 歴史は、繰り返される。欧州の覇者、ヨーロッパ大陸の一画を支配する当主は歴史の苦悩を理解している。沈黙するしかなかった。

後継者争いに、終わりを告げられる。この可能性を見出したからこそ、長も手を出してしまった。法に触れると、知りながら。


感情ではなく理念をもって、イギリスの女王が攻める。


『随分と人間を軽んじているが、人間だって馬鹿じゃない。こんなのが表沙汰になったら、ただじゃすまないよ。
あんたが破滅するのは勝手だが、一族の存在そのものが表沙汰となる可能性がある』


 法的機関への要請に俺が否定的だったのは、一個人では組織を動かせないからだ。地方の警察でも相手にしてもらえないだろう。

ただし女帝が動くとなれば、話は大きく変わってくる。この女は国を動かす力を持っている。闇をさらけ出せるかもしれない。


けれど、それは諸刃の剣。自分の権威も失墜しかねない、危ない策であった。


『その点はご心配なく。明るみに出ることはありませんし、むしろ近い将来必要とされますわ。
後継者問題にお困りなのは我々一族だけじゃない。そうでしょう、女王様』

『あ、あんた、まさか……!? こんな技術を流通させたら、世界そのものが変わっちまう。
子供の遊びじゃすまなくなるんだよ、分かっているのかい!』

『よろしいではありませんか。乱世であってこそ、支配は正当化される。力が正義となるのですよ』


 法であっても決定打とならない。狂気に満ちた自信が、女帝の威圧さえもはねのけてしまった。屈服させられず、歯噛みしている。

裏に長けていると、夜より深い闇に飲まれてしまう。人間の醜さを知っているからこそ、人間を信じ切れないのが女帝の限界。

自分のクローンとなれば、自分自身でもなる。子供や孫に相続させるより、権力者は誰よりも愛する自分に跡を継がせるだろう。

王を生み出すシステム。自身を王と自負するのであれば、この技術はある意味人を永遠とする。とんでもない代物だ。


――ロシアからの意見はない。不気味なほど、沈黙を保っている。クリスチーナにいたっては、欠伸をしていた。


ふと、ディアーナと目が合う。何かを訴える視線、綺麗な瞳が切実に揺れていて――逸らされた。

何にしても、口出しする気はないらしい。まずいな……長もいないのであれば、押し切られかねない。


意見は一通り出揃ったが、反対の声が根強い。だが、反論はねじ伏せられている。リスクとリターンに、絡めとられて。


想像もつかない利に目が眩み、底なしの深い危険に怯えさせられている。理性と狂気、どちらにも人は抗えない。

アメリカの経済学を俺と同年代で習得しただけあって、利損で攻めるのが非常に上手い。鮮やかともいえる。


権力者が苦手とする相手。ならば、ここは別の切り口で――


「俺からも、一ついいかな?」

『ええ、勿論。このお話は、貴方に是非とも理解して頂きたいですから』



「あのさ、何をそんなに焦っているの?」



 技術そのものに、大きな欠陥がある。忍と話していて気づいたのだが、この会議を見聞きして、別の疑問がわいた。

艶やかな微笑みは崩さず、カレンは目を細める。


『どういう意味でしょう……?』

「こんな技術持ちださなくても、あんたなら後継者と名乗れるだけの実力はあるだろう。血の濃度はさておくとしても。
幾ら何でも大袈裟だろう、こんな代物。もうちょっと時間をかけてゆっくりやればいいじゃないか。長生きできるんだから」


 多分同年代から、俺がこの中で唯一人庶民だから気づくことが出来た。発想がでかすぎて、正直ついていけなかったのだ。

例えばカレンが俺と同じ立場ならば分かる。何の後ろ盾もない、文無しのチンピラならば手を出すだろう。


カレンは違う。大富豪の親を持ち、己が才で財を築き上げている。危ない技術に手を出す必要はない。


『人間らしい、悠長な考え方ですわね……経済戦争に、停滞はない。そんな考え方では、時代に置いていかれますわよ』

「わざわざ時代の最先端に行く必要があるのかよ、おたくらは」


 強者の理論としては、カレンが正しい。のんびり生きていこう、なんて向上心のなさが伺える発言だ。

ただ、このやり方はあまりにも異端。技術が広まってしまえば、人間の倫理観が狂ってしまうかもしれない。


こんなやり方をしなくても、カレン・ウィリアムズという女はのし上がっていけるはずなのだ。


『王女様のみならず、わたくしの心配までして頂けるなんてお優しい方なのですね。それとも、私の血が目当てなのかしら』

「お世辞を言えば血が与えてくれるほど、あんたは軽い女じゃないだろう。それに、この技術には大きな欠陥がある」

『伺いましょう』


 微動だにしない。やはり、この女は気づいている。このまま指摘するのは、墓穴を掘る事にはならないか?

……駄目だ、思い浮かばない。どう吟味しても有利になるのは俺だ。反論しようがない、はずなのだ。

嫌な予感はするのだが、このまま見過ごせない。戦って勝たない限り、あの女から血は得られない。


俺は、腹をくくった。


「妹さん――月村すずかを造ったのがこの技術であるというのならば、後継者には不適格だ。生成されたクローンに、心は宿らない。
当初妹さんを後継者に認めなかったのはこの会議の参席者全員であり、カレン――あんたも、その一人なんだぜ」


 心無き少女を否定したのが彼らであるのなら、この技術を受け入れる道理などない。技術で生まれた人形に、心はなかったのだから。

カレンもその一人である以上、我が物顔で技術に手を出す資格なんかない。すずかとファリンを蔑ろにしたのは、今でも許せない。

反論できるものならしてみろ。最新型の自動人形だって怪しいものだ。心なんて持っていないのだろう、どうせ。

道具に心は必要ないなんて言わせない。自動人形は、古代の遺産なのだ。制御不能な兵器なんて、危ないだけだ。


ノエルとファリンを見てきたからこそ断言できる――自動人形に、"心"は必要不可欠なパーツだ。



『実はそうなのですわ』



「は……?」

『研究所でもその点はなかなか克服できず、研究自体も頓挫しかけておりましたの』


 は、反論しない、だと……!? えっ、まさかのまさか、負けを認めるのか? 必死で考え込んでいた俺が馬鹿みたいじゃねえか!

会議場が大いにざわついた。欠陥品と知りながら何故提唱したのか、意図をはかりかねているのだろう。俺も、さっぱり分からん。


程なくして、答えは出た。


『ですが思いがけず、この欠点を解消できましたの』

「どうやって……?」

『それが、分かりませんの』

「おい、ふざけているのか」


『ふざけてなどおりませんわ、教えて頂いておりませんもの。

月村すずか様とファリン・K・エーアリヒカイト――クローン体と自動人形に心を与えた、貴方から』

「なにーーーー!?」


 さっき会議で嫌にしつこく俺に聞いてくると思ったら、そういう意図があったのか!? 俺頼みなんじゃねえか!

ど、どうりで必死で考えても分からないはずだ。客観的な視点がかけている俺に、自分の事まで考慮できていなかった。

カレン・ウィリアムズは、手を差し伸べる。


『わたくしと手を組んで頂けるのであれば、世界の半分を貴方にさし上げましょう』

「断る!」

『わたくしの血もさし上げると、言ったら?』

「うっ……」


『ガジェットドローンは、試作機が完成しておりますの。この娘に是非、貴方が心を与えてあげて下さい。
この試作機こそ、ガジェットドローンシリーズの要――いずれ数千、数万を超える全機体を支配する、"指揮官型"。

機械兵士達の王――生みの親である『博士』でも手に負えない暴れん坊を、教育して下さいな』


 最新型自動人形ガジェットドローンの、指揮官――全軍を操作出来る、大将機。

ガジェットドローン全軍を支配できる怪物、生み出した親の言うことも聞かない暴君。



機械仕掛けの悪魔が、俺に託されそうとしていた。













 


















































<続く>








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