とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十二話







 "T.K.G"と呼ばれる日本料理があるのをご存知だろうか? ホテルや旅館などでも出される、伝統的な和朝食だ。

多様性のある作り方と、好みに応じた食べ方。ほのかな甘みと醤油の塩辛さを味の基調とし、トッピングによって美味しく咀嚼出来る。

最も簡単で手早く食べる事のできる料理品目の一つであり、学業やビジネスに忙しい人達にも愛される料理。


国を牛耳る権力を持つ名家の御子息・御息女にも、きっと喜んで頂けるに違いない。


「――それが"T.K.G"、是非御賞味頂きたく用意させた」

「"Tamago Kake Gohan"、卵かけご飯ですね」

「簡単に見破られた、だと!?」

「そのまんまじゃない、これ……ボク達が来た途端、慌てて用意してたし」


 卵かけご飯と漬物、お吸い物。俺が咄嗟に想像した朝食がこの卵かけご飯、まるで成長していない。

俺も夜の一族の世界会議の出席者であり、この城に招かれた賓客。どんな料理でも頼めば出てくるのだが、自分で作りたかった。

とはいえ、片腕でしか使えないので作れる料理も限られてくる。で、卵と御飯と調味料を用意させたわけだ。


「そもそも朝食会に招いておきながら、何故何も用意していなかったのですか?」

「……お前らが本当に来るとは思わなかったし」

「これってもしかして、"ピンポンダッシュ"というやつなの?」

「間違えているのに微妙に合っているのが、むかつく」


 フランスの貴公子カミーユ・オードラン、イギリスの妖精ヴァイオラ・ルーズヴェルト。彼らは本当に、朝食会に来てくれた。

彼らを連れて来てくれたルーテシアは、俺の部屋の前で護衛してくれている。要人も居るのだ、今度は聞き耳も立てていないだろう。

招かれた二人は俺がこう言うのも何だが、無防備だった。飾らず、警戒心もなくのこのこ誘いに招かれて参上した。

お召し物も上等ではあるが、普段着だと何となく分かる。仮にも朝食会なのに、まるで友達の家に遊びに来たみたいだ。


「氷室遊、だったかな。そいつが二人を朝食会に招待したと聞いてな、そちらを優先すると思っていた。
俺より前に誘われていたんだろう? 家柄だって全然違うしな」


「……ヒムロ? どなたですか」


「ど、どなたって――本人が、あんたとカミーユを今日の朝食会に招いたと言っていたぞ」

「ヴァイオラ、あの人だよ。この前挨拶に来た、マンシュタイン家の次期当主様。日本人の男性だよ」


 呆れた顔でカミーユが教えると、思い出したのか小さく頷いた。家柄としては同等なのに、この無関心ぶりはどうなのだ。

とはいえ、氷室の根回しが悪かったのではない。この綺麗な御嬢様は、そもそも世界に興味を示していない。仕方が無いことだ。

フランスの貴公子であるカミーユが覚えているのだから、少なくとも面通しには成功している。だからこそ、解せない。


「覚えていたのなら、尚の事行かないと駄目だろう」

「だって彼と朝食を共にしていると、君との約束を破る事になるじゃないか。そんなの、嫌だよ」

「一族の跡取りとなる人間が個人との約束を優先してもいいのか、おい」

「……何故、この子を責めるのですか? 貴方との約束を優先したのですよ」


 問い詰めるつもりはなかったのだが、責める口調になっていたようだ。ヴァイオラに咎められて、素直に反省する。

本当に、分からなかったのだ。俺は、あの男を侮っていない。傲慢極まりない奴だったが、行動力と発想力は恐るべきものだった。

夢見るだけの男に、ドイツの貴族は牛耳れない。マンシュタイン家の次期当主に収まるだけの器は、確かにあるのだと思う。

人間であろうと、そうでなかろうと、金と権力の世界で成り上がるのは、本当に難しい。俺もこうして、悪戦苦闘している。


「君こそどうして、ボク達を朝食に誘ったの?」

「どうしてって、そりゃあ――」


「ボクが"オードラン"でなければ、誘ってくれた? ヴァイドラが"ルーズヴェルト"でなければ、誘ってくれた?

ボク達が何者でもなければ、君は本当にボク達と仲良くしてくれるのかな」


 フランスの大財閥、イギリスの名門貴族、夜の一族の後継者候補。その全てが魅力的な肩書きで、一般人には生涯手に入らない宝石。

彼ら自身の個性に何の関係もなく、看板があるだけで多くの他人が群がる。誰からも愛され、誰もが皆敬ってくれる。

将来を約束された者達――その将来を失えば、彼らは単なる人でなしとなってしまう。

何の見返りもなく、化物と仲良く出来るのか? 二人は真剣な眼差しで、俺に問いかける。


「人との出逢いは、他人に強制されるものではない」

「どういう事……?」

「俺が日本を旅立ち、お前達に会いに来たのは自分の意志だ。それこそ、お前らの肩書きなんてどうでもいい。
俺にとってはむしろ、お高く掲げられた看板は邪魔だったよ。お前ら自身がよく見えないからな。

だからこうして飯でも食いながら、お前らと話したいと思ったんだ」


 高級ホテルに殴りこんだり、マフィアの護衛になったり、爆破テロに巻き込まれたり、婚約パーティに乗り込んだりと、苦労させられた。

権力者達と繋がるのは確かに旨味も多くあるのだろうが、俺にとっては試練の連続だった。人間関係の難しさを、知らしめられる。


「……下心は何もないのだと、仰るのですか?」

「そんな訳ないだろう。お前らが本当に何も持ってない人間ならば、誰がわざわざ誰が苦労して会いに行くか。
ただ俺が興味があるのは金や権力そのものじゃなく、金や権力を持っている人間なんだ。つまり、お前ら自身だよ」


 人間に、興味がある。それこそ笑っちゃう話だ、その人間を容赦無く斬るのが剣士であろうに。俺の在り方は、既に狂っている。

このやり方を突き詰めれば、俺の剣はどうなっていくのか全然分からない。強くなるのか、弱くなるのか、どちらにせよ変わる。


一つ言えるのは――昔よりも、剣は好きになれる。自分も他人も、好きになれると思っている。


「会議に招かれたのであれば、貴方は夜の一族を御存知なのでしょう。私達は、ヒトではない。
私達と深く関わっていけば、貴方自身も闇に飲み込まれてしまうかもしれません。日常に戻れなくてもよいのですか」

「戻るさ、必ず。俺には、帰りを待ってくれるお人好し共がいるからな」


 闇に触れても、闇には決して取り込まれない。自信もある、救い上げてくれる人達が海の向こうで待っていてくれている。

いずれ孤独になるのだとしても、今は自分から関わっていく。独りに成るのにも、他人が要るのだと分かったから。

そう言ったら、貴公子殿に無邪気に笑われた。


「変だよ、それ。一人なのに、一人じゃないって」

「おいおい、俺は人の血を吸う連中と関わろうとする男だぞ。こんな奴が、まともな筈がない」

「ええ、貴方は本当に変わった人だと思います。日本人だからではなく、貴方がとびきりの変人なのでしょう」

「……お前の婚約者、大人しい顔して辛辣だな」

「でしょ? でもね――赤の他人に、こんな顔は見せないんだよ」


 そう言うカミーユも、俺を正面から見つめてニコニコご機嫌だった。男だと分かっていなかったら、騙されそうな可愛さだった。

俺はきっと、間違えている。こいつらの血を奪うのであれば、氷室のように取り入らなければならない。根回しだって必要だ。

先程の問いも下心はないのだと、表面上であっても言わなければならなかった。友情や恋愛も、所詮は騙し合いなのだ。


なのに――打算のない思い遣りを海鳴町で教えられてしまい、今更嘘がつけなくなった。陳腐に思えて、仕方がなかった。


「別に、珍しくはないんだよ」

「何がだ?」

「ボク達を利用しようとする、人間。ボクにもヴァイオラにも、子供の頃から沢山の大人が近づいてきた。
言葉巧みで迫ってきて、ボク達を持ち上げてくれる。氷室さんのような人は、珍しくもないんだ。

食事一つにも、お誘いはそれこそ大量に来るよ。縁談とまではいかなくても、ボク達との交流を求める人が大勢いる」


 ――こいつ、ただのお坊ちゃまじゃなかったのか。氷室の思惑には多分気付いていないのだろうが、下心があるのは見抜いていた。

カミーユも、ヴァイオラも、気にした様子もない。氷室遊を軽蔑もせず、特別嫌っているようにも見えない。

権力者達の世界では、嘘こそが当たり前なのだろう。正直者が、馬鹿を見る。


「だからかな、ボクは君と一緒に朝御飯が食べたい」

「……? 日本語はちゃんと話せ、前後で繋がりが見えてこないぞ」

「私達は、卵かけご飯が好きだということよ」


 何だ、その結論!? 日本語が喋れるのなら、日本人に分かる言い方を――



敬語、じゃなくなった……?



「あっ、美味しい!? 噛んでいるうちに甘味が増すんだ、すごい!」

「冷めていても、美味しく食べられるのね。おかわりも、頼めるのかしら」


 贅を尽くした料理でもないのに、舌鼓を打つ。食事マナーに長けた上流階級の人間ではないのに、楽しく喋っている。

久遠や夜天の魔導書の事を問い詰めるつもりだったのに、毒気が抜かれてしまった。二人に混じって、一つのテーブルを共にする。


夜の一族の城――権力闘争にあけくれる豪華絢爛な舞台で、卵かけご飯を頬張っている。何をしているのやら。


仮にも貴公子や妖精と名高い美男美女が、卵やら醤油やらで口をベタベタにしていていいのだろうか?

でも俺はドレスを着飾っているより、今の二人の方が身近に見えた。


「リョウスケ、ボク達――きっと、仲良くなれるよね」

「なれるか、ボケ。久遠を返せ、コラ」

「凄いわね、この人。この会食を全否定したわよ」

「お前も、本を返せ! 返却期限が過ぎているんだぞ、おい」

「……ヴァイオラにこんな口の聞き方をする異性を、ボク初めて見たよ」


 恐らくこの城の他の場所では、交渉や駆け引きでそれぞれの一族が動き出しているのだろう。頂点を、目指すべく。

世界会議が行われるのは、今夜。今はまだ朝だが、時間なんて足りないくらいだ。会議で主導権を握るべく、裏工作する必要がある。


俺は結局、こうして他人と交流を深めただけだった。駆け引きも何もない、単なるお喋り。


マンシュタイン、ボルドィレフ、オードラン、ルーズヴェルト、ウィリアムズ。後継者候補達と、仲良くしただけ。

氷室の根回しと、俺の交流――あまりにも違う駆け引きの結果が今晩、明らかとなる。



世界会議が、開催される。













 


















































<続く>







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