とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第九十九話







"天下を目指しているって言ってたけど、やっぱり武者修行か何か?"

"おうよ。俺は剣一本で強くなっていくって決めたんだ。
ま、見てろ。俺が本気出せば一年くらいで達人になれる"



 天下無双とは天下に並ぶ者がいないほど、優れている者。天の上にも、天の下にも、この世にも並ぶ者はいない者を指す。

この世に唯一存在が許される強者、それは言い換えるなら誰よりも孤独な人間だという事。一番強ければ、弱者なぞ必要はない。

孤独の剣士、剣を持つ事を決めた俺が目指していた人間像だった。他者に甘んじず、自分のみで生きていける人間になりたかった。


強さを求めたのは、必然だった。弱さを切り捨てたのは、当然だった。他人を拒んだのは――どうしてだろうか?



"……良介さんに……何かあったんじゃないかって、私……
とっても……とても……心配したんですから……ね……"

"フィリス、俺は――"

"もう、知りません……良介さんなんか……

いつも、いつも――心配ばかりさせて……"



 今自分の手の中に在るのは剣ではなく、剣の癒し手。神咲那美はありったけの想いをぶつけて、俺の為に魂を捧げようとしている。

恋よりも甘く、愛よりも激しい気持ち。委ねてしまえば、己の全てが満たされる。欠陥品の心にも、優しさが芽生えるのかもしれない。

友人同士ではなく、恋人同士となって魂を連結する。感情のみならず、感覚を共有すれば壊れた手も多分蘇生する。


剣ではなく、彼女自身を抱き締めて、これからの人生を生きて行く。新しい人生の、始まり。



"私はこいつと共に生きてきた。
竹刀を振る事から始めて、四十年以上――剣に狂ってきたのだよ。

私はね、これでしか物事を成せない不器用な男だ。
自分にとって最善だと思う事をやるしかなかった"

"どんなに言っても、お前のやっている事はただの犯罪なんだよ!
てめえを正当化してんじゃねーぞ、こら!!"

"黙れ! 何も知らない小僧が!!"


 そんな彼女を斬り捨てて、あくまでも自分自身を選ぶ。第二の人生ではなく第一、全より個である事を求めるべきか。

敵は目の前にいる。戦場は国の外にある。戦う準備は出来ていて、共に戦う仲間達がいる。自分自身の手で、人生を斬り開く。

他人には頼らず、自分自身の力で手を治す。勝敗の結果は自己責任、戦場では当然のルールで戦える。

他人ではなく、己の剣を抱いて、自分の道を歩いて行く。自分の人生を、これまで通りに。



"貴方が彼を大事に思うように、私も娘が大事なの"

"その気持ちを少しでもいいから、他の人に向けてあげて下さい!
リョウスケだって、貴方が憎くて願いを拒否しているのではないのです!"

"大人しく負けを認めれば、洗脳なんて真似はしないであげる。

……今こそ取り戻さなければいけないの。私とアリシアの、過去を。


こんな筈じゃなかった、世界の全てを!"



 自分を求めるのか、他人を望むのか。この選択肢は、常に突き付けられていた。この町に居る限りは、絶対に逃れられない。

五月に自分が分からなくなり、他人がもっと分からなくなった。だから六月で自分を知り、他人と接してみようと思った。

結果他人から得られたものは数多く、瀬戸際まで自分自身の事が分からなくなった。覚悟を決めたのに、俺はまだ迷っている。


自分と他人、天秤が吊り合ってしまった。これ以上望むのならば、どちらかに傾けなければならない。



"わたしやフェイトちゃんには魔法の才能が有るって、エイミィさんが教えてくれました。
魔力も桁違いだってユーノ君が褒めてくれて――リンディさんも、心強いって。

魔法は確かに凄い力で……強いおにーちゃんも、傷つけてしまう"

"なのは……"

"――わたしの魔法が普通じゃない力を持っているなら……誰かを、あんな風に傷つけてしまうのなら――
壊したくないものまで壊しちゃうのは、怖いです"



 俺だって、自覚はある。この世に、剣は必要ない。他人を傷付ける道具ならば、他にも沢山ある。剣はもう、異端になってしまっている。

剣一本で天下を取れる時代ではない。こんな物を後生大事に握っていて、何の得があるのだろうか。人を、傷つけるだけだ。

何より、俺に才能がない。戦うことは楽しくても、勝てなければ意味が無い。そうまでして、もつ意味があるのか。


剣は、人を斬る道具。ただそれだけの為に、存在する。だから、平和な世界に必要とはされない。



"強くなるのに理由はいらん。自分は誰よりも強くなれる―――そう信じ込んで、そこから何も生み出そうとせん。
いつまで経っても進歩ないで、そんなんやと"

"お前、この前は強くなってるって―――"

"うちが今指摘してるのはあんたの中身。はっきり言うたろか?
毎日こうやって戦ってるけど負けるとは少しも思わんよ、うちは。

あんた―――何も怖くないもん"



 剣は、俺とよく似ている。他人を斬る事を肯定する自分、そんな人間をこの世は必要とはしないだろう。

社会に生きて行くには剣ではなくペンを、自分だけではなく他人と向き合って生きていかなければいけない。

今までずっと、考えようとはしなかった。剣士であることに拘って、剣を持つ意味を知ろうとはしなかった。



"わ、汚い竹刀……コレ、拾ったの?"

"血と汗と涙が滲んだ竹刀を、汚いとかぬかしたな!?
俺はこいつで――天下を取るのさ"

"強くなりたいって事なのかな。それとも天下布武……?"



 頑張って、頑張って、強くなって――他人を傷付ける事に、上手くなる。剣士として成長するという事は、人でなしになるという事。

世が世なら、人でなしにも価値はあった。一人殺せば犯罪者でも、百人殺せば英雄になれる。百人斬りは剣士の誉れだ。

人である事を捨ててまで、剣にしがみつく価値はあるのか? そこまでして、剣を持たなければいけないのか?

才能がないと分かっていて、剣に価値はないと知っていて――那美を傷付けると分かっていて。



"世界はいつだって、こんな筈じゃないことばっかりだよ"



"ずっと昔からいつだって、誰だって、そうなんだ……。
そんな筈じゃない現実から逃げるか――それとも立ち向かうか、それは個人の自由だ"



"――だけど。


自分の勝手な悲しみに無関係な人間まで巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!"





それでも自分を、選ぶのか……?















「……それでいいんです、良介さん」

「――ごめんな」


 感情の共有、言葉を超えて――本当の気持ち・・・・・・が、相手に伝わる。

神咲那美は、笑って許してくれた。俺は泣いて、謝った。





自分に、嘘はつけなかった。















「……後悔しているのか?」


 ベンチに座り込んだままの俺に、一匹の狼が声をかける。周囲に騒ぎ立てる他人はいない、もう――誰も。

悩み疲れて億劫になっていたが、ずっと俺を待っていてくれた武人を黙って返すような真似は出来ない。辛くとも、向き合わなければ。


そうしなければ、何の為に――優しいあの子を、斬り捨てたのか。


「後悔なんて、してないよ」

「酷い顔をしている。


――子供である事をやめた、大人の顔だ」


「……やめてくれ、気休めは。本当の大人ってのは、大事な人を守れる存在だろう?
俺はあの子を、守ろうとはしなかった」

「馬鹿な選択をしたな。愚か者には絶対に出来ない、本当に――馬鹿な決断を、した」


 那美は最期まで笑っていた。ただひたすらに、俺の選んだ選択を祝福してくれた。心の絆を、断ち切らなかった。

なんて優しい子なんだろう。なんて、強い人間なんだろう。自分を否定した存在を、彼女は肯定したのだ。


俺には、到底出来ない。俺は最後の最後まで、自分が可愛かった。


「ザフィーラ、俺は……海外に、行く」

「……我が許さなくとも、か」

「そうだ。俺は絶対に国を出て、この手を治す。他の誰でもない、自分の為に。

あの子の想いを踏み躙ったこんな自分を貫く為に、俺は行かなければいけない」


 今更変わるなんて、許される筈がない。神が許しても、俺が絶対に許さない。

変わる事を望むのならば、どうしてあの子を否定した。神咲那美を肯定する事が、自分を変える何よりの方法だった。


「……強く、なりてえ……自分を貫けるほど、強く……!」


 ……那美。無理に笑いやがって、この馬鹿……お前とは、魂が繋がっているんだぞ?



俺だって、お前の本当の気持ちが分かるんだよ!!!



「狼は、吼える事を恥じたりはしない」

「……ザフィーラ」


「大声で泣くのも、悪くはない」


「うっ……うああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!」



 誰も助けられず、誰にも勝てずに――6月は、終わった。
























































<最終話へ続く>







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