とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第九十七話







 6月も終わりに近付いたある日の事、綺堂さくらが見舞いに訪れた。忍とすずかの護衛任務後、彼女とは何かと会う機会が増えている。

俺の怪我を労る気持ちは純粋なものであり、可愛い姪を庇った事への罪悪感でもある。それを表面に見せない程度に、彼女は大人だった。

敢えて謝罪を口にせず、さりとて疎かにもしない。単なる見舞いの回数ではなく、誠意をもって見舞う彼女の姿勢が真摯な心を見せていた。

成熟した女性であるさくらとの会話は、回を重ねるごとに童女のような可憐さを見せ始めている。


「フィリス先生から聞いたわよ。限度を超えたリハビリを毎日続けているそうじゃない。駄目よ、無理したら」

「利き腕はどうしようもないけど、もう片方の腕はただの怪我だからな。
海外へ出発する日までに、何とか片腕だけでも動かせるようにはするつもりだ」

「大怪我しているのに元気ね、良介は。可愛い護衛が付いていても、まだ不安なのかしら」

「……自分の姪が、そんなに可愛いですか」

「ええ、勿論。貴方には勿体無いからあげないわよ」


 さくらはそう言って微笑む。彼女の可愛い姪は今日、護衛の仕事は休んでいる。昨日腕を酷使してしまい、フィリスに止められたのだ。

妹さんは当然納得しなかったが、夜の一族の王女も海鳴大学病院の天使には勝てない。逆に説得されて、自宅療養させられている。

月村すずかの怪我の経緯を聞かされたさくらは怒るよりも呆れ、呆れる事も億劫になって何も言わなかった。


「忍も今日は来させなかったわ。

……あの子には聞かせられない話をしないといけないから」

「――本人には今日、俺の口から打ち明けるつもりだ」

「出来れば私が直接会って、正式に謝罪をしたいのだけれど……」

「電話でも言っただろう、さくらは何も悪くはない。責任を感じる必要性もないんだ。あいつだって、その辺は察している。
さくらが直接会って謝ったら、余計に気を使うよ。胸は張れないだろうけど、堂々としていてくれ。

この戦は、さくらが大将なんだ。敵大将の首を取る事だけを考えていてくれればいい」

「……ごめんなさい。近頃貴方に頼りっぱなしね、私は」


 月村安次郎による、神咲那美の誘拐。湖の騎士シャマルと自動人形ファリンの協力を得て事なきを得たが、事件そのものは消せない。

表に出る事はなかったが、裏には歴然とした事実が残る。事が発覚する前に、俺はさくらに全てを打ち明けた。

夜の一族とは何の関係もない人間が巻き込まれたと聞いて、綺堂家の女傑も目を見張っていた。この策略は、彼女にも読めなかったらしい。


神咲那美に会いたいと何度も要請を受けたが、俺が説得して止めた。さくららしい、そして綺堂らしくない行動だったから。


「あのおっさんはさくらや忍じゃなく、俺に直接喧嘩を売ってきたんだ。俺とあのおっさんの、ガチンコだったんだぜ」

「でも、私が良介に依頼をしたから起きた事よ」

「依頼を引き受ける選択をしたのは、俺だ。詫びるのはあんたじゃなく、むしろ俺だろう。
本人は気にしていないと言ってたから許されるもんでもないけどさ、これは俺と那美の二人の問題なんだ。

今日学校帰りに見舞いに来てくれるみたいだから、ちゃんと話しておくよ」

「……分かったわ。そういう事ならば、貴方に任せた方がいいわね。
来月海外で行われる会議であの男に引導を渡して、貴方の腕をきちんと治してから――三人で、話しましょう。

その時は私にも、その子の事を紹介してね」

「ああ、分かった。明るいニュースならば大歓迎だ」

「ところで、その子は貴方の恋人なのかしら?」


「ちっ――ち、違うわ!」


「――反応がいつもとは、違う。冗談半分で聞いたつもりなのだけど……真剣に、対策を練っておくべきかしら」

「怖いから、人の反応で勘繰るな!?」


 意識したつもりはないのだが、冗談でも関係を聞かされると上擦ってしまう。心に残らなくとも、魂は常に彼女の存在を感じている。

月村忍とすずかの記憶を取り戻す為、那美本人を助ける為と、俺は彼女と魂の連結を行って来た。


そして先日、神咲那美は俺との繋がりを肯定した――それにより第二段階、"感情の共有"に至ったのである。


喜びや悲しみ、怒りや憎しみが魂を通じて伝わってしまう。今は強い感情のみだが、この先些細な乱れでも感知するだろう。

俺に何かあればあの子にすぐ伝わるし、あの子に何か起これば俺にも伝わる。意識するなという方が無理だ。


これで俺まであの子との繋がりを肯定すれば、第三段階――感覚の共有に達する。それはまずい。


「十代の男の子が女の子との関係に悩むのは健全だけど、良介の場合は極めて異常な事に見えてしまうわ」

「……あんたも最近言いたい放題言うな、ちょっと変わったぞ」

「これも人間関係による、変化の一つなのかしら? 他人との関係を通じて、自分を健全化していくなんて面白いわね。

私も貴方ぐらいの頃あまり他人とは話せなかったから、変化があるのはむしろ遅いくらいよ」

「俺との関係で、あんたが変化する可能性もあるのか?」

「意外そうな顔をしているわね……私も普通の人間ではないけれど、物事を考える脳と心を持っているわ。
人との繋がりに損得が絡むのはこの社会では当たり前だけど、貴方との関係はそれだけで完結するのは惜しいと思っている。

貴方はまだ万人に認められる存在ではないけれど――月村と綺堂にとっては、特別なのよ」


 綺麗な女性から特別だと言われて心高ぶらない男なんていないが、彼女の気持ちはもっと純粋なものだ。

巷に蔓延する恋や愛ではなく、存在を肯定した好意。男性ではなく、個人として特別に思われている。

ただ告白されるよりずっと、頬が紅潮するほど嬉しくて。彼女に名を許されている事に対して、誇りに思える。


「貴方とアリサの海外行きについての手続きは全て整えたわ。後は貴方の身体と、心次第。意思は変わっていないかしら」

「当たり前だ。生まれ変わるつもりで、俺は海外へ行くよ」

「問題は何も無い? 何かあるようならば、私がいつでも貴方の力になるわ」


 問題はない、けれど障害は残されている。海外行きを阻む、堅牢な盾が立ち塞がっている。

ヴィータにシャマル、シグナム、彼女達は口を揃えてこう言っていた。


自分達は四人揃って、守護騎士なのだと――八神はやてを守るのに必要なのは剣ではなく、盾なのだと。


ザフィーラは俺の海外行きを認めていない、のではない。むしろ最初に俺を受け入れてくれたのは、あの男だ。

私情で主の決定を曲げたりはしない。八神はやてが許可を出したのなら、騎士は黙って受け入れる。


それでも立ち塞がるのは、俺の意思を尊重してくれている。認めさせるといった俺の挑戦を、あの男は承諾してくれたのだ。


ならば認めさせてみろと、あの男は立ち塞がる。単なる敵ではなく、一人の武人として。

悔しいけれどあいつは今まで出逢った事のない、真の男だ。単純な敵だったシグナム達とは別の意味で、厄介。

言葉ではねじ伏せられない。実力では決して勝てない。感情では動かない。今までの対応では、通じない。


だからこそ、



「何の問題もない。来月必ず、さくらと一緒に海外へ行く」

「……分かったわ、頑張って」



   一人の男として、ザフィーラに認められたい。この女性にかつて抱いた憧れと、似た感情を胸に抱いて。

何の事情も知らないのに、さくらは声援を送ってくれた。認められたとはいえ、まだまだ勝てそうにない。なのに、悔しさもわかない。

子供はいつだって、大人に憧れる。そして――大人を乗り越えるために、大人になろうと努力をする。



盾の守護獣、ザフィーラ。彼は今日も病院の外で、俺の挑戦を待ってくれている。
























































<続く>







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