とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十五話







 屈辱だった。一人の女の子を助ける結果となったのだとしても、この悔しさはぬぐえない。

他人の為に命懸けになれる人間の気持ちが、心底分からなくなった。自分より他人を優先して、どんな利点があるというのか。

所詮剣も握れない剣士が勝利を求めたのが間違いだったのかもしれない。完全なる、敗北だった。


俺はチンピラ共に取り押さえられて――無傷で・・・攫われてしまった。


「……よりにもよって、此処かよ……」


 真夜中どれほど騒いでも――どれほど悲鳴を上げても、決して助けの来ない魑魅魍魎の魔城。

立ち入り禁止の札が無意味に感じられる、鬱屈とした廃墟。人の温もりが感じられない廃ビルが、そびえ立っている。

独特の雰囲気を放つ異空間、月明かりをスポットライトとした舞台が決戦場だった。


「どんなに大声を上げても助けなんて来ねえぞ。此処は普段立ち入り禁止の上に、幽霊まで出る噂があるんだ。
実際に何人も見た奴がいてよ、町の連中もブルって近付かなくなっちまってる」

「……知ってるよ」

「聞いた話じゃ、男を恨む女の怨霊が漂っているみたいだぜ。男が近付くだけで、誰これかまわず襲い掛かってくる。
てめえを縛り付けて此処に放置してもいいかもな?

可愛い女の子の為に、我が身を差し出したヒーローさんだ。呪われずにすむかもよ、へっへっへ」

「……もう既に呪われてるよ」


 嘲り笑う男達の戯言を、俺は適当に返答する。真剣に答えるのも馬鹿馬鹿しい。幽霊なんて、此処にはもう居ない。

深夜のコンビニでのチンピラ達との喧嘩で、俺は神咲那美を人質に取られてしまう。苦境に立たされた俺の思いを感じ助けに来た、彼女を。

見捨ててしまえばよかった。助けに来たのはあいつの勝手、だったら見捨てるのも俺の勝手だった。


簡単な二者択一、自分と彼女のどちらか――俺が選んだのは自分ではなく、神咲那美だった。


「大体テメエ、何であの子帰しちまったんだよ。残酷ライブ拝ませて、巫女さんが泣き叫ぶ姿が見たかったのに。
いきり立っちゃうよ、俺? 犯罪上等でレイプマシーンに変身する自信あるよ?」

「だってよ……」

「……なあ?」

「――ちっ……何だったんだよ、あのガキ……」


 男達が神咲那美を解放した理由、俺が屈辱を感じている原因、その全てが――少女騎士に由来する。

八神はやてを守護する騎士、ヴィータ。古代より生まれし誇り高き少女は、俺との約束を守ってくれた。

身柄を拘束された俺を見向きもせず、囚われていた那美を保護してそのまま歩み去っていった。


ヴィータは男達に何も言っていない。言葉からの脅迫も、気配からの恫喝も、何一つしていない。


鉄槌の騎士は自分から要求せず、自然に歩み寄っただけ。それだけで男達は黙って人質を解放し、彼女の後も追わなかった。

殺意も見せず、戦意も感じさせずに、彼女は全てを成し遂げた。俺とは、次元そのものが違う。


戦う必要もない・・・・・・・、それほどの高みにあの少女は存在する。


「連絡つけたぜ。久しぶりの『生放送』に観客が沸き上がっちまってる。
最近のガキ共は夜中でも起きているから、呼び込むのも早いぜ。腕自慢のメンバーを、此処へ寄越してくれるってよ。
この男の携帯写真一枚見せたら、一発だった。ゲーセンでの乱闘でボコボコにされた奴らも来るらしいぜ」

「うっへー、こいつ終わったな。両腕どころか、足腰立たなくなっちまうんじゃねえか?
しかもそんな無様な動画流されちまったら、怪我が治っても生きていけねえだろ。

折角可愛い巫女さんにいいとこ見せたってのに、こいつもついてねえなあ」

「生放送だと……?」

「そうさ、久しぶりの賞金首だ。最近は暇してる連中も多くてな、ここらでいっちょ刺激が必要になったのよ。
今の世の中撮影機材なんぞ、簡単に手に入れられる。此処でてめえをボコボコにして、阿鼻叫喚の絶叫ライブを撮るんだよ。

  お前が地獄を見るのは今夜だけじゃねえ。明日にはてめえをボコった動画が流れて、世界中に広まるのさ」

「何が世界中だ、この田舎者。テレビ撮影じゃあるまいし、そんな事が出来る訳がねえだろう」

「田舎者はテメエだよ、時代遅れの剣士さんよ。その様子じゃ、ネットも知らねえようだな……?
有名人になれるぜ、お前。悪い意味で、だけどな。ケケケ」


 ハッタリで言っているとは思えない。ネットだか何だか知らないが、本当に動画を世界中に流す手段があるらしい。

そんな真似をすれば完璧な犯罪なのだが、特定されない方法でもあるのだろうか。

俺の居場所を突き止めて、一介の剣士の情報を値千金に買えた女――情報を武器にするあの女が、背後に居るのか?

何にしても、無事に帰れそうになかった。不幸中の幸いなのは、捕縛されてはいない事。

俺が大人しく連行されたのもさる事ながら、両腕の怪我が奴らを油断させている。自由を奪う必要はないと思っているのだろう。

何より、無抵抗な俺をリンチにするだけでは飽き足らないのだ。ゲームセンターでの敗戦が、彼らのプライドを激しく傷つけた。

少しでも戦える状態にしておいて、俺に惨めに敗北させるのがこの公開殺人ショーの本当の狙いだ。



「へっへっへ……来たぞ」



   今晩に限って、夜空が見えるのが憎らしい。廃墟から見える空は梅雨に濡れても、血には乾いているようだ。

バイクの群れが唸りを上げてやって来るのかと思いきや、意外にも自転車や徒歩で連中ははるばる廃棄世界へと来襲した。


平和な田舎町に住んでいる、純朴な若者達――昼間は青春を謳歌する連中が今宵、刺激に餓えた獣と化す。


興奮に目を爛々と輝かせて、大勢の人間が集まって俺を中心に輪を作る。驚いた事に、若い女の子が多い。

暗がりでよく見えない俺とは違って、簡易撮影ライトを浴びせられた俺が連中の目に浮かび上がっている。

月の幻想は消えて、人工的に照らされた光が舞台を照らし出していた。


廃ビルを背景にした、石造りの舞台――テーブルクロスの怪人と戦った廃墟で、俺は強制的に戦わせる。


大量に集まった人間の輪が、戦闘領域。注意も指示もなく自然に囲いが出来上がっている。

異常な興奮が伝わってくる。忍や那美くらいの若い女の子が、鼻息すら荒くして熱狂的に俺に喜色に染まった罵声を浴びせる。


人間一人を嬲り殺す事への熱気、平和な常識を破る事への背徳めいた快感――多分、俺が初めての公開処刑対象。


赤信号も皆で渡れば、怖くはなくなる。集団ならではの狂喜が、倫理を超えてしまったのだろう。

水でもぶっかければ頭も冷えるだろうが、連中が求めているのは冷たい水ではなく温かい血だった。

撮影用のライトを用意した面々が、レンズ越しに俺を見つめている。俺はこの時、観念した。

これでもう、勝っても負けても……海外行きの話は完全に無くなる。警察沙汰になったら、町にもいられなくなるだろう。


踏ん切りが、ついた。


「よお、てめえ……俺の事を覚えていやが――ぶげっ!?」

「お前なんぞ知るか」


 ニヤついて歩み寄る男の腹に、蹴りを入れる。涎を吐き散らして、面白いように吹っ飛んで行った。

本当は覚えている。事の発端となった男達、すずかを庇うアリサを怖がらせた連中の一人だ。先制攻撃してやらないと、気が済まなかった。

絶体絶命の危機に陥った俺を笑う為に、わざわざ声をかけたのだろう。数の暴力を背景にすれば、俺が攻撃しないと高を括って。

甘いとは言わない。俺だって、十分に甘ちゃんだった。下手を打って、アリサが用意してくれた栄光への道を台無しにした。

この戦いに勝っても、成長なんてしない。汚名だけがついて、町中に広まるだけだろう。

悔しさすら、もう消え失せた。残っているのは、覚悟もなかった昔の自分。


他人を斬る事だけを考えていた、野良犬だった。


「豚が何匹喚いてもうるさいだけだぞ。家畜は黙って人間様の餌になれ」

「気取ってんじゃねえ!」


 下品な人間達の宴、正当なリングと違ってゴングはない。罵声を開始の合図に、殴り掛かる。

男は青筋立てて真正面より拳を振り上げる。俺は懐深く潜り込んで、胴の中心に膝を突き刺した。

悲鳴も上げずに、男は地面を転げ回る。ノックダウン、輪の中から頬を腫らした男が進み出る。

何か喚いているが、耳には入らなかった。この男の一挙一動を目にして、次の行動を予想する。

利き腕は固定されて使い物にならず、もう片方の腕はコンビニ前での喧嘩で無茶して痛みが酷い。

剣も持ってきておらず、素手のまま。そして、腕も使えない。戦える状態ではない。


「ウゼえんだよ、お前! 大人しく、地べた這い蹲れやぁぁぁ!」


 それでも、俺は剣士だった。剣も無く、腕は使えなくても、俺は剣士として戦えていた。

敵が間合いに入った瞬間に、身体を動かす事が出来ている。剣の間合い、剣は使えずとも手よりも長い足がある。

剣を振るう要領で、足を動かす。敵を斬るイメージで、足で胴を薙ぐ。敵を一人一人、着実に斬っていく。


相手を傷つけているのに、俺は喜びを感じていた。公開殺人に熱狂する観客より、俺の方がよほど狂っている。


神様は意地悪だった。剣が無くても戦える術を教えてくれたのは、戦いを否定する優しい人達ばかりなのだから。

物干し竿で戦うレンとの訓練、拳を握る晶との特訓、剣を振るう兄妹との見取り稽古。その全てが、生かされていた。

男達は拳を握り、声援を上げる。女達は頬を染めて、黄色い歓声を上げる。


この廃墟は、やはり異界だ。彼らはいつの間にか――敵である俺を、応援していた。


「……ハァ、ハァ、ハァ……次!」

「――な、何なんだよ、あんた・・・……何で、そんな身体で、戦えるんだよ……?」


 俺は、恭也達とは違う。人を守る正義の味方を目指さなかった。だから、こんなにもカッコ悪い。

足で戦えたとしても、両腕を怪我している事に違いは無い。俺がまだまだ弱い事に、変わりは無いのだ。


一対一の喧嘩、その繰り返し――とはいっても、無傷ではいられなかった。少しの狂いが隙を生み、相手の攻撃を許してしまった。


顔をどれほど殴られただろう? 胴をどれほど嬲られただろう? 足をどれほど痛めつけられただろう?

全身の痛みを歯を食い縛って耐えて、俺は立っていた。マットに沈めば死ぬ、足が震えていても決して膝は折らない。


病院から抜け出しておいて――心配するフィリスを裏切っておいて、寝るなんて許されない。俺が許さない。


「……畜生、畜生、畜生、畜生、畜生ぉぉぉぉぉーーーー!

おい、遊びは終わりだ。全員でこいつをフクロにするぞ!!」


 ニット帽の男が口から唾を飛ばして、叫んでいた。見た事がある、ゲームセンターでメンバーに号令をかけた男だ。こいつが、頭……?

男の号令にメンバーは奮い立つどころか、困惑気味に周囲を伺っている。観客達が、怒声を上げた。


「ちょっと、卑怯じゃない!? その人・・・、大怪我しているのに一人で戦ってるのよ!」

「というかさ、今更だけどこれって犯罪だよね? もうやめようよ。
サイトの情報だとさ、両腕に酷い怪我して入院してたんでしょう? 無理やり連れ出してきたんじゃないの、あんた達!」

「一人相手に本気とか、マジダッセー。お前らが死ねって感じー」


 耳鳴りが酷く、彼らが何を言っているのかよく分からなかった。戦う事しか、考えられなかった。

男達と女達が、派手に揉めている。優勢なのは女性陣、劣勢な男性陣は萎縮気味だった。

俺は呼吸を整えて、額の汗を拭う。安心なんて、これっぽっちもしない。此処は平和な日常ではない。


「う、うるせえんだよ、馬鹿女共! お前らをボコって動画流すぞ、コラ!
おい、お前ら。獲物持て、獲物。こいつを一気に畳み掛けるぞ!!」


 文句を並べる女性陣を力ずくで追いやって、男達が棒立ちする俺を一斉に囲い込む。

感情では納得出来なくても、一対一では叶わないと無意識に理解。逃げ場無く周りを囲んで、総攻撃する。

コンビニ前でのリンチの再開、今度は仲裁する騎士もいない。絶体絶命だった。


卑怯だとは、思わなかった。勝つ為ならば、何でもやる。俺もそうして生きて来た。


「……気にいらねえな、その目……言っておくが、容赦しねえからな。半殺しじゃすまねえ。
二度と、病院から出れないようにしてやるよ」

「やってみろ」

「この野郎……ぶっ殺せ!」


 血の混じった唾を吐いた。決定的な敗北を悟りながらも、俺は逃げずに最後まで立ち向かう。

勇気や正義なんて立派なものではない。精一杯最後まで生きる、死に物狂いで足掻いてやる――その程度の、気持ちだった。

強がりな言葉も、虚勢じみた不遜な態度も、もう必要ない。俺は弱い、なのに強く見せてどうする。

本当に強い人間は、胸を張って生きている。俺の脳裏には、赤い髪の少女の勇姿が在った。


ヴィータ、あいつは本当に――カッコよかったよな……





「それ以上の狼藉は許しません!」

「だっ 誰だ!?」





   濃厚な血の臭いが漂う男達の戦場には似合わない、可憐な少女の制止。チンピラ達の戦意を殺ぐ轟きが、場に木霊する。

声に、聞き覚えがあった。自分の死さえ覚悟してきたのに、笑いさえこみ上げて来る。狙ったのだとしか思えない。

誰だ? 誰と聞いたのか、お前達? 本当に馬鹿だな、お前らは。

こんな状況で出てくる奴なんて、決まってる。


「わたしは、お前達悪の野望を打ち砕き――人類の平和を守る為に、大自然がつかわした正義の戦士!」


 いつの間に駆け上がっていたのか、廃ビルの屋上に仮面をつけた少女が立っている。

空に浮かぶ綺麗な月に見劣りしない、凛々しき姿。エプロンドレスを着た、正義の味方。


彼女はビルの天辺から――飛び降りた。


驚愕の声すらも上がらない、息を呑む美しさ。人間なら絶望的な高さを、羽毛のように舞って地面に着地する。

天より舞い降りた可憐な戦士は輪の中に降り立って、俺に歩み寄ってくる。


周りには見えないように、仮面をずらして俺を覗き込む――可憐な素顔を、覗かせて。


「……すいません二号、遅くなりました。でも、もう大丈夫です!

今夜は――貴方とわたしで、ダブルライダーですから」

「台詞を真似るな」

「はぅ!? い、いきますよ、二号! わたしの背中を、貴方に預けます!」


 今夜は本当に、どうかしている。かつて此処で戦った敵同士が、力を合わせて戦おうとしているのだから。

ふと、上を見上げて気付いた。先ほど彼女が立っていた場所に、誰かが座っている。


――赤毛の少女が、欠伸をしていた。


憎たらしい演出。結局、最後の最後までいい所を取られてしまった。

お礼を言っても無駄だろう。きっとカッコよく、あいつはこう言うに決まっている。





"監視をしていただけだ"――てな。

































































<続く>







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