とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十七話







 綺堂さくらと正式に結んだ契約、月村姉妹を守る事を条件に大金を得られる。

旅暮らしでは絶対に手に入らない高額の金、失敗すれば信用ばかりか自分の命まで落としかねない。

月村忍が正式に提示した契約、夜の一族の秘密を守る事を条件に月村忍と恋人同士になる。

夜の一族の直系である高嶺の花、良縁となれば将来はほぼ安泰だろう。本人も悔しいが、いい女だ。男にとっては誉れだ。

逆に破棄すれば夜の一族との関係は永遠に断ち切られ、月村に関する記憶まで失ってしまう。


損得勘定で他人と付き合っていた俺は――月村忍との契約を、断った。


「っ……、さ、侍君、あ、あの……む、難しく考えすぎてないかな!?」


 無理のある笑顔、月村忍は痛々しいまでに明るく振舞おうとしている。

顔色が酷く、美しい睫を震わせて……俺の返答をきちんと聞いても、食い下がってきた。


「こ、恋人なんて急に言われても困るよね!? と、友達とかでもいいの……!
契約を結ぶのだって、いつも男と女とは限らないんだからさ!」


 考えてみれば、そうだ。人間と夜の一族、両者が常に異性同士となる事はないだろう。

同姓に無理やり関係を迫られたらたまったものではない。

……まあ、男と女だからといって愛になる訳でもないけど。


「そんな妥協をしてもいいのか、お前。大事な契約なんだろう」

「その契約を侍君は破棄しようとしているんだよ!!

……理由を、聞かせてよ……やっぱり、血を吸う女の子なんて嫌……?」

「まずは性格から見直すべきだと思うが――正直に言わせて貰うと、気持ち悪いな」


 俺の回答に月村だけではなく、綺堂まで顔から血の気が引いた。青褪めた顔を見て、彼女達の心を傷つけたのだと分かった。

人より優れた能力を持ちながら、人の世で生きていかなければいけない人外の民。

今回ばかりは自分の気持ちを、素直に伝えようと思っている。人としてではなく、俺自身の在るがままに。


「何が美味いのか、さっぱり分からないからな。血を見る事が多い分、嫌にもなる」

「……もしかして、嗜好の意味で気持ち悪いと言っているのかしら?」

「? 他に何かあるのか」


 聞いていた月村が、俺の寝ているベットに突っ伏した。リアクションの激しい女である。


「まぎらわしいよ、侍君!?」

「じゃあお前、醤油瓶一気飲みが主食だと男に打ち明けられて、気持ち悪いとか思わないのか!?」

「何も一気飲みしなくても!? ……気持ち悪いとは思うけどさ……」

「ほれみろ」

「で、でも、醤油と血は全然違うよ!?」

「俺にとっては似たようなもんじゃ!」


 どれほどの血を摂取しているのか知らないが、日々の食事が人の命を奪うほど必要とは思えない。

月村も綺堂も、人を殺せる目をしていない。喜び勇んで血肉を食らう怪物には到底見えなかった。

世界すら滅ぼそうとした女性と命懸けで戦ったからこそ分かる。ならば、好き嫌いの問題だ。


「夜の一族である私が怖いとは思わないの? 人の血を吸う、吸血鬼なんだよ!?」

「幽霊をメイドにした男に聞く事か、それが。御伽噺の醜い怪物ならともかく、お前の見た目なら何も問題ないぞ」


「……それって、私が可愛いって言ってくれてる……?」


「杭に打たれろ」

「途端に、差別発言!?」


 こうしたやり取りも記憶を消されたら全て、俺の中ではなかった事になるのだろう。不安を感じないといえば嘘になる。

過去の記憶があればこそ、今の俺がある。月村の記憶もその一つ、欠落すればどうなるか自分でも分からない。


それでも、変わらないものがあるとすれば――


「理由を聞かせてもらえるかしら。貴方の口振りからすると、私達を嫌っているようには見えないのだけれど。
自分の不注意で秘密が漏れてしまう事を恐れているの?」

「総理大臣の言葉も信用出来ないこの世の中で、俺が言いふらしても誰も耳を傾けたりしないよ。
それこそ映画の見過ぎだと笑われるだけだ。恥かきたくねえ」

「だったら、どうして……!!」

「誤魔化すなよ。これが俺とお前との今後の関係についての問題だろう?」


 吸血鬼というのは正直驚いたが、月村忍より感じていた神秘性に納得出来た気がする。

類稀な美貌、犯罪的に成熟された肢体――夜の一族の血統が、月村忍の存在感を際立たせていた。


「……一族とか関係なく、侍君は……ぅ……私が嫌いって事かなぁ……」

「違う。いや、違わないけど――俺が断った理由は、そうじゃない」


 泣きじゃくる月村に、いつものように嫌いだと言えなかった。なのはやノエルに詰め寄られて、意識しているのか。

きっぱり嫌だと言えればいいのだが……難しい。こいつが相手だと、特に。

月村忍でなければ、恋人でさえなければ契約を検討していたかもしれない。


「俺とお前との間に、余計なものを入れることが気にいらねえ」

「どういう事……?」

「俺と特別な関係になりたいと言ったな。お前にとっての"特別"とは――夜の一族の掟や秘密で繋がる関係なのか?
単純な好き嫌いに人間だの吸血鬼だの、関係ないだろう」


 俺は今まで自分以外の全ての人間を、"他人"として切り捨ててきた。

結局どいつもこいつも似たような人間、つまらない存在と嘲笑って見向きもしなかった。


けど、"他人"を知って――俺は自分の決定的な間違いに、気付いた。


「お前は吸血鬼で、俺は人間。悩むのは分かるし、打ち明けるのも勇気がいっただろう。
偽らずにしてくれて、思った。お前は夜の一族だから――吸血鬼だから、月村忍なのだと。
確かに印象も見方も変わったけど、それはお前の新しい一面を知ったからだ。

他人を知るとはこういう事なのだと、俺はこの町で学んだんだよ」


 この世界でも、別の世界でも、同じ存在は一人としていなかった。びっくりするほど、世界は色鮮やかに描かれていたのだ。

人間であるかどうかさえも、些細なこだわりに過ぎない。幽霊や妖狐、獣人なんてものまでいる。

そうした一人一人の存在を知る事で、俺自身の知らない面にも気付けた。


「分かるか……? お前達にとっては重い秘密でも、俺にとってはお前達という存在の一要素でしかない。
そんなものに人間関係まで持ち込むのならば、断固として断る。

まして『秘密の共有』なんていう形で、お前と結ばれたくない」

「……言いたい事は分からなくもないけど、これは一族の掟なの。曲げる事は出来ないわ」

「だから、俺の記憶を消せと言っている」

「侍君!」


 利き腕が上手く動かないのは、もどかしい。

包帯で固定された手で、月村の白い手を取る。握れない手の平に、想いを込めて。


「俺とお前との関係を、契約なんかで縛るなよ!」

「!?」

「夜の一族の掟が絶対であるならば尚の事、『秘密の共有』を特別に意識するようになるよ。
婚約指輪のように、大事にして――そんなの、吊り橋効果と何も変わらねえだろう。
お前は俺を選んでくれたから、この契約を申し出た。その事はまあ、それほど悪い気はしねえ。
でも俺たちの関係を進展させるのに、契約は必要ない。


大切な事を秘密にするのなら、これ・・で十分だろ?」


「あっ!? 侍君、指が……!」

「!? 動かない筈なのに、どうして――!?」


   これは一体、どんな奇跡なのだろう……? 砕かれた俺の小指が動いて、月村の指と絡み合う。

怪我の具合を確認している綺堂は、珍しく驚きを露にしていた。


子供の頃によくやった、誓い。口約束に等しいが、結ばれた指はこそばゆく温かい――


「これは"契約"ではなく、"誓い"――俺からお前への一方的な約束であって、強制力はない。必要なのは、信頼だ。
月村、そして綺堂。俺はお前らの信頼に足る男だと、証明してみせよう。

夜の一族の誇りをかけて、俺から記憶を奪ってみせろ」

「まさか、抵抗するつもりなの!? 無駄よ、一族の掟に逆らえた人間はいないわ」

「だろうな。でなければ、とうの昔にお前達の存在が明るみに出ていただろう。
原理のよく分からない、それこそ魔法のような力で根こそぎ記憶を消されてしまう。

歴史ある一族が世界の闇に潜んでいる事実、人外の者達にとっては命取りになりかねない重い秘密――

一族の秘密を知りながら、契約を結ばなかった者達をそのまま放置している。記憶の消去は、確かなものなのだろう。
だからこそ抗う事が出来れば、何よりの証明となる。

月村と過ごした時間が――夜の一族の歴史にも負けないのだと」


 魔法使いを甘く見るなよ、夜の一族。この身は、沢山の他人の想いで支えられているんだ。

アリサは殺されても、強い無念でこの世をさ迷っていた。アリシアは一人残される母を心配して、夢の中に留まり続けていた。

命すら消えても、思いは残る。記憶が消えた程度で、何もかも無くしてたまるか。

アリサやアリシアに出来た事が、俺に出来ない筈がない。二人は俺を、好きだと言ってくれたのだから。


「……私達の秘密を話すつもりがないのなら、表面上でも契約を結んでも問題ないでしょう。
私達は貴方を信頼しているから、全てを打ち明けたの。契約による束縛はないわ」

「月村は真剣に、俺に告白してくれたんだ。いい加減に応えるつもりはない。
納得もしていないのに、上辺だけハイハイ言うような奴に自分の姪を守らせるのか」

「やっぱり、貴方は……!」

「一族の掟に従うつもりはない。俺が従うのは依頼主であるあんた自身だ、綺堂さくら。
あんたも夜の一族、立場があるのは分かっている。契約破棄によるペナルティは、大人しく受けよう。
そこから先は、俺自身の意志だ。

夜の一族と対等・・な人間もいるのだと、あんた達に教えてやるよ」


 契約そのものは互いに平等かもしれないが、そもそもお互いの関係に契約なんて入れる事自体がおかしい。

恋人だろうが、友人だろうが、本当に対等だと思っているのなら――信頼しているのならば、契約をする必要はない。

世界のバランスで考えれば数で勝る人間が上でも、個々で見れば能力で勝る夜の一族が上。

個人として――宮本良介として、これから先も月村達と対等に付き合っていきたい。信じるという言葉だけでは、駄目なんだ。

綺堂の言う通り無駄な足掻きかもしれないが、俺にだって譲れない事がある。


これが出来て初めて――夜の一族の女王たる器を持つ月村すずかの剣と、なれる。


「……いいでしょう、貴方の記憶は私が消します。手心は一切加えないわよ。
自覚していないのでしょうけど……忍はこれで、永遠に貴方を忘れる事が出来ない。

記憶を喪った貴方を、いつまでも待つでしょう。それがどれほど残酷な事か、貴方に分かる!?

すずかだって、貴方の事をどれほど……わたし、だって……!」

「俺は必ず、戻ってくる。記憶を失っても、自分の脳みそ引っ掻き回して取り戻してやる」

「これほど誰かに期待させられた事も……失望させられた事もないわ。なんて酷い人なのかしら。
貴方の脳が焼き切れるまで、記憶を奪い尽くすわ。それでも戻って来るのならば――

……ありえない事ね。自分の浅はかさを、悔やみなさい」

「待って、さくら」


 月村忍の瞳に曇りは無かった。俺の答えを聞いて、こいつなりに理解してくれたのだろう。

やれやれ、本当にとんだ事になってしまった。こんな仕事、引き受けなければよかったかもしれない。

この女と付き合うのは、これだから困る。姉妹二人ともまともに相手に出来るのは、俺くらいなものだろう。


「本当にヒネくれているよね、侍君は。契約はしないけど、私達の事は忘れないなんて」

「お前なんぞに気を使いたくないんだよ、馬鹿馬鹿しい」

「あーあ、変な人を好きになっちゃったな……女の子に酷い事ばっかり言うのに。

――大事な時だけ、期待以上の事をしちゃうからタチが悪いよ。ここまでカッコつけられたら、誰だって好きになっちゃう」

「もうすぐ全部、忘れるかもしれないけどな」

「意地悪……さよならなんて、言ってあげないから。んっ――」

「――むぐっ」


「ふふ、ファーストキスあげちゃった……これで、忘れられないね」


 自分の唇に人差し指を当てて、恥ずかしそうに笑う。叔母に見られた俺の方がちょっと気まずい。本気の本気で消されるな、これは。

月村忍、こいつとの思い出はほとんどない。これから記憶を消されるというのに、感傷に浸れなかった。

道端で会って、喋って、適当に過ごして、別れる――思い出せるのは、怒ったり笑ったりしている月村の顔だけ。

男と女なんて、そんなものかもしれない。映画のような劇的なドラマはなくても、関係は成立する。


「――では、私達夜の一族に関する全ての記憶を消します」


 刀一本、想い一つ。綺堂さくらから目をそらさず、静かに息を吐いて心を落ち着けていく。

抗う事は必要だが、抵抗は無意味。受け入れた上で、立ち向かう。

ユニゾンデバイスであるミヤとの融合と同じ、精神を強く保つことが大切。


深く、より深く、自分に埋没していく。自分の中に在る、他者より受け取った想いを灯火に――




綺堂さくらの狼の如き瞳が――脳味噌を白く、染め上げた。















「……あれ?」

「! 気が付いたんですか、良介さん!」


 時間が逆行したような感覚に襲われて、疑問が口に出る。嫌気がさすほど、馴染んだ部屋に寝かされていた。

必要以上の光を漏らさせない為の、薄手のカーテンがかけられた窓のある病室――

照明は落とされていて、月の光に部屋の中がぼんやりと照らし出されている。


一ヶ月前まで寝込んでいた、病院。世話になっていた医者、フィリス・矢沢。


「動いては駄目です! 緊急手術は先程終わったばかりで、麻酔もまだ利いています。
はやてちゃんの家にも連絡しましたから、今は大人しくしていて下さい」

「手術って……うっ、この手!?」


 月明かりに照らし出されたフィリスの横顔が、憂いを帯びている。彼女の綺麗な手が、俺の利き腕に乗せられていた。

海鳴大学病院が治療してくれた利き腕、痛々しさを感じさせる包帯と薬の匂いが怪我の具合を明確に物語っていた。

手は痛みすら感じさせず、指先に至るまで神経が麻痺している。


「先程匿名の方から通報があって、両腕を大怪我した良介さんがこの病院に運び込まれたんです。
幸い救急車が駆けつける前に丁寧な処置がされていましたから、命の危険には至りませんでしたが……

だから、怪我が完全に治るまで危ない事はしないで下さいと言ったんです!

もう、どうして良介さんはいつも、いつも……」


 何人もの患者を診る医者には不適切な、態度。深刻な怪我だと告げんばかりの、重い涙。

手術が無事に成功したからこそ安堵して、完治は程遠いからこそ悲嘆に暮れている。

他人との距離の近さは相変わらずだが、今日この時ばかりは詫びるしかなかった。


「悪かった……患者の前で泣くなよ……」

「良介さんが泣かせているんじゃないですか! 一体、何があったんですか!?
病院に通報して下さった方は貴方を安全な場所に安置して、現場を立ち去ったようなんです。

この傷は事故ではありません、第三者による故意の負傷です。何か覚えていませんか?」


 剣も握れそうにない利き腕を見つめ、俺は頭の中を整理してフィリスに伝えた。















「……分からない。何も・・覚えていない・・・・・・

































































<続く>







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