とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三十九話







 海鳴町の知人達による心配音頭もようやく終わったが、病院への強制搬送からは逃れられなかった。ああ、また治療費が……

フィリス先生の厳しい診断の結果、臓器の損傷や胸部の骨折までは至っておらず、どうにか入院せずに済んだ。

身体の各部位への打撲や損傷は酷かったが、名医の治療で問題なく身体は動く。また包帯やガーゼだらけになったけど。


「今後しばらくは毎日、病院へ来て下さい。竹刀の携帯も不許可とします」

「何でだよ!? 俺の身に何かあったらどうするんだ!」

「貴方を襲った犯人は捕まえたのでしょう。護身用の武器はもう必要ありません」


 ――素晴らしい正論である。テーブルクロスの怪人は捕獲、自分の命を自分で守る事に成功。平和な日常に剣は必要ない。

一ヶ月間の入院を経て経過は順調だった怪我も、昨晩の激闘で悪化。重傷にこそならなかったが、顔も身体も酷い有様になっている。

特にファリンを砲弾とした人間砲台による胸部の負傷は、外部からの圧迫で骨が軋んだらしい。呼吸運動に伴って疼痛がしている。

剣を一振りするだけで生じる痛み、昨晩のような死闘では致命的な隙を生む危険性を孕んでいる。


……ようするに稽古もせず、大人しくしておけということだ。


「単独犯とは限らないだろう。俺を狙う第二、第三の刺客が――」

「そんなに危ないのでしたら、警察に保護を求めて下さい! 良介さんは怪我人なんですよ!?
本当は大事を取って入院して頂くのが一番なんですけど、良介さんの意思を尊重して通院のみとしているんです。

……お願いですから、危ない事はもうやめて下さい」


"欠点の多い良介さんが、私は好きなんです"


 愁いを帯びた美貌を見せられて、動揺しない男などいない。

ギュッと手を握られて心配げな瞳を向けられたら、幾ら俺でも頷いてしまいそうになる。

廃墟での心からの告白を聞かされたら尚更だ。暴力で脅されるよりよほど利く。

医者としての義務だけではなく、フィリス個人の心からの心配だと分かるから。

俺を殺そうとした犯人は、確かに捕まえた。傷ついた身体を鞭打ってまで稽古を行っても、大した成果は出ないのも分かっている。

ただ……自分の愛刀"物干し竿"を持っていないと落ち着かないんだよな……


「今の俺には必要なんだよ、刀は。稽古は絶対にしないから。
フィリス・矢沢先生と、その患者宮本良介との約束だ。医者と患者は信頼第一だろう」

「信用出来ません」

「平然と患者にそんな事言っていいのか!? 心に深い傷を負ったらどうする!」

「貴方が相手なら話は別です! 良介さんなら何を言っても大丈夫ですから。
むしろこれくらい言わないと貴方は言う事を聞かないと、最近分かってきました。

今後良介さんに遠慮なんてしませんよ、私は。貴方がきちんと回復するまで見守るのが、私の義務です」


 他人行儀でいいよ、もう。開き直りとは別次元なだけに、対処に困ってしまう。

美辞麗句並べても真剣な思いには無意味。御世辞を口にしても通じないだろう。

考えるんだ、宮本良介。ゲートボールの爺さんにも教わっただろう、相手を諭すなら誠心誠意心を込めて語る。中途半端が一番駄目なのだ。

俺の考え方と、フィリスの主張――二つを上手く結び付けて、新しい可能性を生み出す。


「――携帯するだけだったら駄目か?」

「先程の意見と同じじゃないですか、駄目です」

「襲われでもしない限りは、絶対に剣を振らない。竹刀袋からも出さない。鞘に入れておけば・・・・・・・安全だろう?
頼むよ、フィリス。アリサにもちゃんと見張らせる。今度約束を破ったら、入院でも何でもするから」

「……、分かりました」

「! 本当か!?」

「ただし、条件があります」

「条件……?」


 御人好しなフィリスにしては珍しい交換条件。白衣の天使にこれまで対価を求められた事はなかった。

治療費だってまだ未払いなのに、一度も取り立てようとしない。態度どころか、口にも出さないのに。

フィリスは正面から俺に向き直り、俺の目をじっと見つめて初めての対価を口にする。


「自分を、大切にしてください。貴方を心から心配している人がいるんです」

「!?」

「この条件を守って下されば、良介さんは必ず強くなれます。自分の身体と心と毎日向き合って、健やかに生きて下さい」


 フィリスは柔らかに微笑んで、医務机に置かれていた竹刀袋を手に取る。袋の口を丁寧に結んで、俺に渡してくれた。

ははは……何が俺を信用出来ません、だよ。契約書も何も交わさず、ただの口約束じゃねえか。

フィリスは何も求めなかった。俺が元気に生きてくれれば、この女は嬉しいのだ。心から喜びを感じられるのだ。

この結び目を解く事は――俺には絶対に、出来ない。フィリスの信用を斬るには、俺はまだまだ弱すぎた。

もしも、次にこの結び目を解く時は――


「分かった、その条件は果たそう。ふう、毎日病院へ来るように強制されたらどうしようかと思った」

「それは義務ですよ!? ちゃんと来て下さいね、良介さん! 聞いているんですか、もう!!」


 ――この笑顔を、こんな笑顔を浮かべられる誰かを守るなのかもしれない。


昨晩、騎士達の名誉を守ろうとした時のように。

自分以外の何かの為に剣を振るう、これ以上不本意な事はない。

だからこそ自分自身の雑念に囚われず、純粋に剣を振れるのかも知れない。 











 朝日が昇り、6月の新しい日が始まりを見せる。此処海鳴大学病院にも医療関係者だけではなく、何人かの患者や来客の姿が見えている。

開局前のフィリス先生による個人診断もようやく終わり、俺はロビーへ。

アリサがフィリスにお礼を述べている間、俺はお節介な連中に自分の怪我の具合を説明。

高町兄妹やリスティは診断結果を聞いて安心したらしく、帰宅。無理はするなと、何度も俺に念押しして日常へ戻って行った。


「お前も早く帰れよ、晶。今日は飯炊き当番だろう」

「流石にまだ覚えていますね、高町家の当番制。やっぱり帰ってくる気はないですか?
桃子さんやフィアッセさんも、出て行った良さんの事心配してるんですよ」

「いつまでも居候は出来ないからな。俺としてはいい加減旅に戻りたいんだが――

――おい。なんだ、その「良さん」ってのは?」

「へっへっへ、俺助手になりましたからね。良介さんというのも堅苦しいと思って。
良さんってそういうの、嫌がるでしょう?」

「……確かに変に持ち上げられても鬱陶しいだけだけど、馴れ馴れしいのも御免だぞ」

「良さんだって、『晶』と呼んでくれているじゃないですか。
俺の事、助手だと認めてくれているんですよね!? やったー!」

「抱きつくな、いちいち! 前も名前で呼んだ事はあっただろう、ただ適当に呼んでただけで」

「今は適当じゃないんでしょう! うし、俺一生懸命頑張って良さんに頼られる助手になります!
探偵の、助手か……カッコいいな、俺……、くうう、やるぞ〜〜〜!!」

「だから、お前はあくまで臨時であって――駄目だ、こいつ。話を聞いてねえ」


 体育会系の熱血少女は拳を握って、暑苦しいやる気を出している。どうやら昨晩の俺の修羅場で、より一層義務感に燃えているらしい。

朽ち果てた廃墟でテーブルクロスを着た怪人との死闘、非日常な匂いと異常な事件性が晶の心をこれ以上ないほど魅了したようだ。

問題は城島晶が少年漫画に憧れる少年ではなく、思春期を過ごす少女だという事だ。

恋に恋する女の子が燃える展開じゃねえだろう、絶対。

これで見た目が野郎にしか見えないブサイクならともかく、少年らしさのある面立ちの女の子にしか見えない。

異性なので声変わりもなく、空手で鍛えているが華奢な体つき。男達と一緒に平気で遊んでいても、中性的な物腰が見え隠れしている。

心は少年、身体は少女。女の子らしい服装は嫌がり、好んで着る男の子の恰好が驚くほど映えている。

それが俺の新しい助手となった変わり種、城島晶という少女だった。

――探偵の助手が少女というのもお決まりかも知れないが、言うと絶対に喜ぶのでやめよう。


「メイドの次は、助手――意外と節操がないわね、あんた」

「こいつが勝手に申し出ているだけだ。給料はいらないらしいから、こき使ってやってくれ」

「はいはい、分かりましたご主人様。ちゃんと挨拶してなかったわね。

あたしはアリサ・ローウェル。この万年怪我人さんのメイドを務めているの、宜しくね」

「俺は城島晶です。宜しくお願いしま――メイド……?」

「そう、こいつはこんな麗しの美少女をメイドに誘う変態なの。注意してね」

「誘いに乗ったお前は何なんだよ!」

「へ、平気っすよ! 良さんは探偵なんですから!」

「何だ、その納得!? 探偵だったらメイドを雇うのかよ!」


 いや、待て。それだとメイドを雇うのが変だと認めるのと同じだ、落ち着け俺。アリサをメイドに選んだのは正しかったんだ。

――そ、そうじゃねえよ。あくまで必要だったのはメイドであって、アリサはたまたま選んでやったんだ。たまたま。

目をかけてやった事に感謝してもらいたいのだが、こ奴は早速晶と楽しげに俺の悪口を言っている。おのれー、後で覚えていろよ。


「病院の中でうるさく騒ぐな、お前ら! それより手続きが済んだのなら帰るぞ。
あの廃ビルに置いて来たファリンを回収して、綺堂に渡さなければ報酬は貰えないからな」

「あ、俺、運ぶの手伝いますよ! 良さん怪我しているんだし、こういうのは助手の務めっすから!」

「……学校行きなさいよ、ちゃんと」


 置き去りにしたファリンは廃ビルに閉じ込めてある。

説得の手間こそかかったが、フィリス達は俺に一任してくれた。俺が被害者だからこそだろう。

いい加減意識を取り戻しているかもしれないが、テーブルクロスで縛り上げている。

高級テーブルクロスはそこらの紐より頑丈、あの頑強さで無理に解こうとしても破れるだけだ。姿を晒すのは望んではおるまい。


「怪我、大した事がなくて良かったわね。病院の中までは騎士達も立ち入らせないようにしておいたわ」

「連中を素直に納得させるお前が凄いよ。昨日の今日だ、シャマルとか文句を言わなかったのか?」

「――知ってた? 湖の騎士シャマルは補助系の魔法が得意なの。騎士達の中でも随一の使い手らしいわ。
彼女ほどの魔導師ならば、今の良介の怪我を回復させる事だって出来る」


 晶に聞こえないように耳打ち。雰囲気を察したのか、晶自身も距離を置いてくれた。俺より年下なのに、人間が出来ている。

――それにしても、シャマルはミヤやユーノのようなタイプの魔導師なのか。確かに荒事が得意には見えない。

俺の監視が恐ろしく正確だったのも、シャマルの魔法が優れている証拠だろう。尾行だけでは追えない場面も観察されていたのだから。

強力な古代魔導書より誕生した騎士団に隙はないらしい。戦うだけが取り柄ではない。

あの女が俺の為に力を使うなんてあり得ない。アリサに告げられてもショックはなかった。


「ミヤは同じ本から誕生した存在、シャマルの能力も知っていたの。それで何度もシャマルに頭を下げたんだけど――」

「……別に、あんな女に頼るつもりはねえよ。こんなもの、舐めとけば治る」

「せめてフィリス先生に診て貰えれば大丈夫、と言いなさいよ――話は最後まで聞きなさい。
ミヤの心からの頼みに、シャマルはこう返答したの。


『私達守護騎士の力は、主の為にあるの。他の人間には使ってはいけないの、絶対に。
他の誰かの為に生きられる存在ではないのよ、私達は』


――そう締め括って、良介の回復を拒否したわ」

「? ようするに、俺の為に力を使いたくないという事じゃねえか」

「……騎士達には偉そうに言うけど、アンタだってまだまだ他人を理解出来てないじゃない」


   既に死んだ幽霊なんぞに、深々と溜息を吐かれた。生意気な奴め。

睨みつけてやったが、逆に睨み返されるだけに終わった。一度俺の為に死んで本当に強くなったよな、こいつ。

アリサは仕方がないと言わんばかりの態度で、答えを出してくれた。


「ミヤははやてが家族として認めている良介の為に、回復魔法を使って欲しいと頼んだのよ。

シャマルの返答は、ミヤの願いに対する答えになっていないわ。

『宮本良介は八神はやての害となる存在』、この主張を押し通せば良かったの。昨晩からの流れなら充分通るわ。

聡明な湖の騎士がそのような誤答を出す筈がない。


――考え始めているのよ。主第一に定められたプログラムに従うのではなく、自分自身の心で人間を見定め始めている。


守護騎士プログラムは完全でも、人間は決して完璧ではない。そして――夜天の魔導書に選ばれたのは、八神はやてという人間。
この矛盾を主の絶対性で今まで誤魔化して来たのでしょう。魔導書に選ばれる人間は優れた能力を持つ、ゆえに完璧な存在であると。

その絶対性が揺らいでいる。完全な人間である八神はやてが選んだのは、不完全な人間である良介。
良介が不完全である証明まで見せたのに、はやてもミヤも捨てようとしない。
むしろ不完全な部分があるから、主を始めに他の人間に慕われている。それが理解出来ないの。

そして――それを理解しようとする時から、関係は始まっていく。シャマルはやっと少し歩み寄ってくれたのよ」


 人間が持つ不完全な部分、醜い心の内を探ろうとする。それは相手自身を見つめている事に繋がる。

顔色を伺う様な上っ面ではなく、相手の内面を知ろうとする行為――その人自身を理解しようとする事。

好きになれるかなれないか、共感出来るか出来ないか。知らなければ何も始まらない。

俺自身を知った上で、俺が嫌いだと言うのならば――俺はきっと、受け入れられる。

仲良くなれなくても、あの女自身は少しは認められると思う。


アリサは優しく頷いて、それ以上何も言わないでくれた。後は俺達の問題だから――


「さくらさんに会う前に、はやてに無事な顔を見せてあげなさいよ。あの子が一番心配してるんだから。
騎士達に落ち着かせるように任せているけど、それでも気が気でないと思うわ。分かった?」

「はやてというと、この前誕生日のお祝いをした子ですよね?
ちょっと話したんですけど、なのちゃんと同年代の優しい子でした。
先に帰った方がいいですよ、良さん。絶対心配してますって」

「うるさい奴が二人に……はいはい、だったら先に家に帰るよ。お前も一旦高町の家に帰れ。落ち着いたらまた連絡する。
――たく、ファリンが逃げたらどうするんだ」



「その心配はないわ」



 海鳴大学病院の正面口から出たその先に停車する、一台の高級車。

見覚えのある黒塗りの車から一人の女性が降りており、俺達の前に気品ある立ち振る舞いを見せる。


「アリサちゃんから今朝、連絡を受けたわ。御仕事の経過報告と苦情を受けて、申し訳ないけど先回りさせて頂いたわ。
これほど早く依頼を達成するなんて思わなかったけど……酷い怪我をさせてしまったようね。

本当にごめんなさい、宮本君。今度は私が答える番ね」


 『ファリン・K・エーアリヒカイト』捜索の依頼人、綺堂さくら。

彼女が運転する車の後部席を見ると、テーブルクロスを着た少女が横たわっていた。

先回りしたとはそういう意味か――面白くはないが、事を荒立てるつもりはない。

むしろ俺に対して今、高貴な彼女が頭を下げている。その事実が――俺には気に入らなかった。

認めさせようと思っていたのに、何故か腹が立つ思いだった。


「……俺は別にいい。アンタからの依頼だ、荒事があっても仕事として割り切れる。
ただその後ろに寝ている奴は、俺の居候先に迷惑をかけたんだ。納得出来る理由を聞かせてもらうぞ」


 きっと、あんなドロだらけの弁当を食ったせいだ。こんなバカな事で怒っているのは。

早く家に帰って、はやての作った温かい朝御飯が食べたい。

そうすればきっと、いつもの自分に戻れると思うから。


































































<続く>







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