とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第三十八話







 ジュエルシード事件。次元世界崩壊の危機に陥れた、恐ろしくも哀しき悲劇。

最悪こそ逃れたが、最善とは到底言えない結末に終わった。俺の浅慮な選択と、無知な行動によって。

別に後悔はしていない。どれほど大勢に迷惑をかけても、俺が望む結果となったのだから文句は無い。

ただ、反省はした。選択肢を間違え、事態を迷走させ、徒に事件を長引かせたのはマイナスだ。

反省材料を心の傷に変えず、成長の糧とする。それでこそ人間のあるべき姿であろう。凡人でも背伸びすれば大きくなれるのだ。

石橋をいちいち叩いていてはキリがないが、落下確実の吊橋を無理やり渡る必要はない。向こう岸に確実に渡れる準備をすればいい。


――慣れない事はするものではなかった。


「師匠、こっちです! 俺、日が昇る時刻に来るように言われてて……そしたら――!」

「お姉様、リョウスケが大怪我したというのは本当ですかぁー!?」

「朝早く呼び出して悪いね、フィリス。この馬鹿を看てやって――おやおや、野次馬がこんなに」


 誉れなき陰鬱な戦闘の夜もようやく終わり、暗がりの廃墟にも日の光が青く差し込める。

梅雨の晴れ間の空は初夏の色に染まり始めており、湿り気を残した雲が飛んでいた。

自然が目を覚まし始める時刻、放置された廃棄世界に人が集まり出した。

俺の予想と――予想外の人達。薄汚いビルの中で腰掛ける俺を見て、顔色を変えて駆け寄って来る。


「宮本、無事か! どうしたんだ、その怪我は!?」

「酷い傷ですぅ……ふええ〜、アリサ様、ヴィータちゃん。シャマル〜〜〜!
リョウスケが、リョウスケが大怪我してるですー!?」

「大変!? 良介さん、フィリスです。分かりますか!?
どうしてこんな酷い事に……良介さん、少し我慢して下さい。私が必ず助けますから!」


「――とりあえずお前ら、大袈裟過ぎ」


 血と汗と雨で全身ずぶ濡れ、傷と泥だらけの無様な有様を晒しているが、笑える気力は残されている。

長雨の冷たい夜を孤独に過ごしていたが、身体も心も温かかった。


月村忍の微笑と、神咲那美の笑顔が思い浮かぶ――孤高の血と治癒の魂が、俺を優しく労わってくれた。


「大袈裟ではありません! 貴方は先月まで骨折していたんですよ!?
また胸部を殴打しましたね……臓器損傷を伴ってはいないと思いますが、慎重に対処しなければならない損傷です。

リスティから事情は伺っていますけど、病院には絶対連れて行きますからね!」


 フィリス先生の診断結果、ファリンとの戦闘で負った傷は打撃による負傷と人間砲台による胸部打撲。

脅威の外力により胸壁を強打した怪我が酷いが、時が経過して少しは痛みは和らいでいる。

交通事故に多い負傷を人間砲台で味わうとは笑い話にもなりはしない。

食らった時は車に撥ねられたと一瞬錯覚してしまったからな……本当に女の子なのか、疑ってしまう。


「――フィリスを呼んだのはてめえだな、不良警官」

「救急車呼んだ方が良かったのか? 事情聞かれて困るのはお前だと思うけど。
どうせ遅かれ早かれ、フィリスにはバレるんだ。早い方がいいだろ」

「朝一番に襲撃犯を捕らえた連絡をしただけなのに、何故ポリスと一緒にドクターまで飛んでくるんだ!
この町は110と119が直結でもしているのか、この野郎」

「僕なりに気を使ってやったんだぞ、むしろ感謝しろ。どうせ怪我していると思っていたからな。
殺人未遂にまで発展し掛けた事件をどう処理するか、こっちだって頭が痛い。全部お前のせいだ。

――ま、長い付き合いになるんだ・・・・・・・・・・。お互い仲良くやっていこうじゃないか、うん?」

「くそっ……何で生活安全・・・・なんぞに――」


 一つ目の布石、リスティ・槙原。警察の民間協力者であるこいつに、先日頼み事をしていた。

テーブルクロスの襲撃者がファリンだと推理した俺は、警察署でリスティに捜査の打ち切りを願い出る。

その上で犯人が身内の知り合いである事を説明して被害届けを下げて、犯人を誘い出す計画を二人で相談した。


守護騎士達の監視を一時解き、敢えて独りになったところを誘い出す――昼間の城島晶の言葉をヒントにした、囮作戦である。


これまでの襲撃のタイミングや俺に向ける殺意の深さを考慮して、遠くない範囲で嗅ぎ回っている可能性は高い。

油断した俺の喉笛に食らいつく為に、涎を垂らして待っている。

シャマル開催の八神家第二回家族会議は正直予想外だったが、昨晩俺は元々一人で行動する予定だった。

散歩なり剣の修行なり、理由は幾らでも付けられる。監視は美貌の死神を推薦、夜天の魔導書なら外見は本なので監視とは思われない。

――まさか変態呼ばわりされて追い出されるとは、本当に思っていなかった。ちょっとだけ落ち込んだ。

後は犯人の尾行を確認した後に廃ビルへ誘い出すだけ。

成果が出るまで日を分けて続けるつもりだったが、初日に現れてくれてある意味助かった。

――おかげでこんなヤニ女に貸しを作ってしまい、先日の不機嫌の原因対処に翻弄される羽目になったが。くそう。


「病院の先生が来てくれていたんですね、良かった……
言いつけ通りに朝此処へ来た時、怪我して倒れていたのでビックリしました」

「――お前の叫び声で目が覚めたよ、俺は」


 先日警察署でリスティと捕縛作戦を計画した後、城島晶から連絡が入った。

知人友人の聞き込みは結局成果を上げられなかったらしく、新しい助手は電話越しに落ち込んでいた。

別に黙っていてもよかったが――やる気が空回り気味の空手少女に作戦を説明、朝この廃墟へ迎えに来るように言っておいたのだ。

ファリン捕縛成功時は少女の面倒を押し付け、失敗時は剣解禁祝いに空手との実戦訓練を行うつもりで。

結局ファリンとの戦闘は何とか勝利を収めたが、一晩八神家を追い出されている事実は変わらない。

放浪生活の長い俺に野宿は苦痛でも何でもなく、屋根があるだけで安らかに寝られる。

折角の探し人を逃がす訳にはいかないので、テーブルクロスを利用して身動きを封じておいた。


そう――このテーブルクロス、結局脱がせなかったのである。


死後硬直を疑うほど、気絶したファリンの両手がテーブルクロスを握り締めて離さなかった。

無理やり引っ張る元気も無いので、俺はウンザリしてやめた。本人が見つかった以上、顔を知る必要はない。綺堂に突き出して終わりだ。

どうせ清楚なメイドのノエルとは似ても似つかない、性格の悪さが滲み出た不細工に違いない。

疲れ果てた俺は、怪我と疲労の回復を兼ねて廃墟で熟睡した。

血と泥だらけで廃ビルに寝転がる俺を見て、晶は仰天したようだ。


――リスティと同じく、実に余計な人材を呼んでくれた。


「救急車を呼ぶならともかく、何でこの二人を連れて来たんだお前?
瀕死の俺の介錯でもさせるつもりか」

「し、師匠は怪我の手当てとか上手ですし、とにかく……俺、もう必死で――
良さん・・・が犯人に返り討ちにあったんじゃないかって!」

「何故、俺の勝利を信じてくれる人間がいない!?」

「その怪我で何を言っている。事情は定かではないが……単なる喧嘩ではないようだな、宮本」

「救急箱を持って来たんですけど、先生がいらっしゃるなら必要ないですね。よかった……
血だらけで倒れていると聞いて、恭ちゃんと慌てて来たんですよ!」


 早朝稽古支度の二人、高町兄弟。走り込みにでも行く所で、晶に呼び止められたのだろう。

流石は兄妹と言うべきか、俺の顔を見た瞬間似た顔で安堵の息を吐いている。

恭也は床に転がる竹刀を拾って、俺に手渡してくれた。


「また何か面倒にでも巻き込まれているのか? 毎月、毎月、一体何をしているんだ。
先生の言い分ではないが、ようやく退院出来たのに無茶をするな」

「……一方的に喧嘩売られたんだよ。交通事故を予測できる人間はいないだろう。
まあ、お前らの道場から借りている竹刀を女に振るったのは悪かったけど」

「俺が心配しているのは、お前の身体だ。
女性であっても……暴漢相手に振るった剣を非難する強さを、俺は持っていない。
自分の身が危うい状況で、高町の剣を頼ってくれた事に文句は言えない」

「……私は女ですけど、性別で真剣勝負に手を抜いて欲しくありません。
あの、答えになっていないかもしれませんけど――宮本さんは剣士として、間違っていないと思います」


 お前ら、俺が高町の剣を――暴力に使ったとは、思わないのか?

襲撃して来たのは向こうだと、現時点で差し出せる証拠は何もないのだ。

俺は剣に崇高な信念を抱いていない。ただ思うがままに振るっているだけだ。


そんな俺の剣を――同じ剣士でありながら、強さも理念も違うこの二人にはどう映っているのだろうか?


誰かを傷つける剣を鍛えながらも、他人を気遣える二人が眩しく見えた。

俺には抱く事の出来ない、正当な剣。彼らの剣を、この時は――そう思っていた。


「フィリス先生、本当にすいませんでした。治療費の事も含めて、後で相談させて下さい」

「ア、アリサちゃんが頭を下げる必要はないのよ!? 良介さんは私の患者さんですから。
本当に困った人ですけど、怪我の治療には力を尽くします。安心して下さいね」

「はい、ありがとうございました。御迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします。
――良介はよく言い聞かせておきます・・・・・・・・・ので」


 地獄の鬼も震え上がるような冷酷な眼差しで、アリサは瀕死の剣士を見下ろす。

今回私怨を抱くファリンがなかなか俺に手出し出来なかったのは、常に傍に奇妙な外人達が存在した為。

ヴィータにシャマル――二人も俺を監視していたのだが、外見や行動で目立っていたので近づけずにいたのだろう。

長期戦を想定していたアリサの策は見事に通じていたのだ。


――俺が勝手に作戦変更しただけで。


「待ち伏せする話は聞いてたけど、一人で正々堂々と戦ってどうするのよ!
先月まで大怪我して入院していたのよ、分かってるの!?」

「勝ったからいいじゃないか。御主人様の大勝利だぞ」

「ボロ雑巾」

「お前、あの世に追放してやろうか!?」


 本日のアリサさんはご機嫌ナナメ。守護騎士達への寛大な態度は微塵も見られず、くってかかる。

俺が怪我するなんていつもの事なのに、子供のように感情的に怒鳴っている。

あー、うるさい、うるさい。フィリスに手当てして貰った包帯やガーゼを擦り、俺は聞き流す。


"――アリサ様は昨晩一睡もせずに、雨の中一人だったリョウスケの身を案じていたんですよ"


 不意に耳に飛び込む、可憐な横槍。顔を上げると、廃ビルの窓の外で妖精が遠くから見つめている。

俺とアリサの間に決して踏み込まず、遠目で様子を見守ってくれていた。

嘆息して視線を向き直ると、アリサはまだご立腹の様子だった。やれやれ――


「心配してくれたのか、俺のこと」

「しっ!? 心配というか、その……あたしは良介のメイドから当然でしょう、そんなの」


 アリサはプイと顔をそむける。子供というより、年頃の女の子の表情――

6月に入って仕事を正式に始め出し、その才能を発揮している天才少女。歴戦の騎士達が一目置いているメイド。

その正体は……少し素直じゃない、可愛い女の子だった。ちゃんと病院には行っておくかな。


――そして最後に、全く俺の心配をしていない奴が介入して来た。


「闇の書とミヤがせっつくから、主と一緒に朝飯作ってたシャマルと来てやったけど……
何だよ、全然元気じゃねえか。あーあ、馬鹿馬鹿しい」

「欠伸までしやがるか、てめえ。さっさと帰れ、コラ」


 ……最後の誤算が、夜天の魔導書である。朝晶の叫びで目が覚めた時、手元に本が存在しなかった。

慌てて廃墟内を探したのが、結局見つからず。はやての誕生日を境に自由に行動出来るので、先に帰ったのだと思い込んでいた。

一体どういう気まぐれだろう……? 彼女はアリサ達に俺の怪我を伝えたらしい。

ミヤを先頭に八神家先鋒隊がやって来たのを見た時、俺は彼女の意思だと気付いた。


本当……ここまで作戦が狂うとは、俺はつくづく頭脳労働に向いていないらしい。


リスティが援護、晶が助手で作戦を完遂させる予定だったのに、これほどの面々が集まるとは。

しかも中には、俺の心配なんぞ全くしないチビまで嫌がる。


「そうする、まだ眠いしな。ファア〜……

……戦ったのはアイツか……よく勝てたな。お前の実力じゃ殺されると思ってたけど。
お前が死んでたらシャマルが喜んでいそうだな、はは」


 人の不幸を嘲笑うというより、俺の不幸を純粋に楽しんでいるハンマー少女。

眠そうな顔を綻ばせて、ファリンに殴られて腫れた頬をペシペシ叩く。何という屈辱か。

廃ビルの片隅に転がしている怪人を一瞥し、用は済んだと言わんばかりに背を向ける。



「――ユニゾン、しなかったな」

「あん……?」

「てめえのその間抜けヅラ見れば、どれほどの戦いだったか分かる。

お前は――闇の書を頼らなかった。自分で落とし前つけた。

それだけは、認めてやる。シグナムもザフィーラも――シャマルだって、ちゃんと分かってるぞ」



 鉄槌の騎士ヴィータはその場にいた誰とも触れ合わず、悠々と立ち去った。清々しいほど、立派な背を見せて。

自分の手で決着――特に堅苦しく考えていたつもりは無かった。

あの時書が手元にある以上、彼女の力を借りる事も出来たはずなのに。

ヴィータに指摘されるまで、俺はそんな事実さえも忘れていた。

シグナムもザフィーラも、分かっている……か。俺は俺自身が、分からないのによ。


何で俺は、お前らの事でムキになったんだろうな――


「あら、貴方も良介さんの御友人ですか? 確か先日の誕生日会にもいらしていましたよね。
良介さんでしたら、きちんと病院へ連れて行きますので御安心下さい」

「ち、違います!? 私はただ――

あの、先生。一つお聞きしても宜しいですか?」

「はい、何でしょう」


 廃ビルの外から、女性二人の会話が聞こえる。壊れた窓から聞こえるだけで、姿までは見えない。

――昨晩人間砲台で破壊された窓だと次の瞬間気付き、胸が痛んだ。

リスティはミヤを珍しげに手に取り、アリサや晶と何やら会話中。

俺は高町達と話し込む傍ら、興味の無い会話がただ自然に耳に届いた。


「すいませんが、先ほどの会話を聞かせてもらいました。迷惑に思わないのですか?
真夜中に乱暴な事をして怪我した人の為に、こんな朝早くに呼び出されて」

「……」

「他の皆さんもそうです。彼の事は、皆さんがよくご存知でしょう。
これ以上付き合うべきではないと、私は思います。皆さんの為になりませんよ」


 誰か知らないが、いい事を言った! そうだ、もっと言ってやれ。俺にこれ以上関わるなと。

――心が冷める度に、身体を包んでいた温もりが消えていく。痛みが急に襲い掛かってきて、俺は歯を食い縛った。


月村? 那美? 闇夜の孤独を癒してくれた想いが、急に消えた。――何故?


会話が急に途切れる。恭也が厳しい顔をして窓の外を見ている。

美由希はぎゅっと拳を握り、決心したように立ち上がる。おいおい、何処へいく気だ!?


「……そうですね、良介さんには本当に困っています。お世辞にも、褒められた人ではありません。
いつも良介さんには悩まされてばかりですね」

「でしたら――」


「そんな良介さんだから、私がちゃんと看て上げなければと思っています」


「――えっ、ど、どうしてですか!? 貴女が迷惑しているのなら――!」

「迷惑だと思った事はありませんよ? 良介さんは私の患者さんですから。
欠点が多いのなら、治せばいい事です。問題がある人を見捨てるなんて、医者のする事ではありません。

それに、人間・・・誰でも問題の一つや二つあります。

欠点があるからこそ――人間らしいんじゃないですか」


 息を、呑む。フィリスの言葉に感動したからではない。

彼女の訴えかけ一つ一つに、慈しみと――どうしようもない、哀しみを感じたから。

まるで人間に憧れている・・・・・・・・かのような、哀切。話している誰かも言葉一つ漏らしていない。


「私は自分が完璧な人間だと思っていません。良介さんにだって色々教えられているんですよ。
これは内緒ですけど――


欠点の多い良介さんが、私は好きなんです」


 ……丸聞こえだよ、バカ……

フィリスの返事を聞いて、話し相手がどう思ったのかは分からない。

ただ友情でも恋愛でもない、人間としての純粋な「好き」だからこそくすぐったい。

見ろ、このギャラリーの顔を。アリサやリスティのニヤニヤが死ぬほど腹が立つ。

勇ましく立ち上がった美由希まで顔を紅くしているじゃないか! 撤収じゃ、撤収!



本日は雨雲漂う曇り空。俺の溜め息もまた重く、湿っぽい。













































































<続く>







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