とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第二十話
草木も眠る丑三つ時、高町家。
家族全員寝静まった深夜、真っ暗な居間で電気もつけずにテレビの前に座る男。
片手にDVD、誰にも知られずに一人鑑賞する。
エロビデオを見る小学生とやっている事は変わらんが、中身は世間知らずな金髪美少女モノなので問題ない。
――何故か、余計に変態に聞こえるな。
「う〜、眠くて堪らん。クロノの奴、思わせぶりに渡しやがって……」
アリサ・ローウェル仲介の元騎士達と休戦協定を結び、久しぶりに過ごす高町家の平和な夜。
団欒に付き合うのは真っ平御免だったのだが、早寝早起きの健康的な生活の高町一家は早々と就寝。
昨晩一睡もしておらず苦痛ではあったが、真夜中に一人DVD鑑賞会が行われようとしていた。
上映内容は、異世界を舞台にした作品が二作。
親愛なるフェイト・テスタロッサ出演のビデオレター、時空管理局執務官クロノ・ハラオウン殿直々出演の極秘映像。
関係者以外の閲覧禁止を厳命されているので、孤独なナイトショーと相成った。
明日から二十四時間体制の監視生活が始まるので、今晩しか見る機会が無い。
最近はゲーム機でもDVDが見られるらしいので、なのは先生に教わった方法でセッティングを行う。
早速、一枚目を挿入――
『こ、こんにちは、フェイト・テスタロッサです。
こういうのは初めてで、ちょっと……緊張しています』
――などと言いつつ、なかなか滑らかに話しているじゃないか。
フェイトが編集したとは思えないから、八神はやて分収録後に撮影しやがったな。
経験済みとはやるな、魔女っ娘。
『はやての誕生日と聞いて、私の大切なお友達に御祝いの言葉を――
そして私や母さん、アリシアを救ってくれたリョウスケに御礼を言いたくて、こういう形ですが貴方に送ります』
『おーす、見てるかリョウスケ! アタシだ、アタシ!』
夜中に吠えるなと言いたいが、相手側に非は無いので黙っておく。
黒衣の魔導師フェイト・テスタロッサに、使い魔のアルフ――事件から一ヶ月、二人は元気そうだった。
パンツルックのアルフは元気に手を振っており、快活な笑顔をカメラに向けている。
フェイトは恥ずかしそうだが、モデルのスカウトが殺到しそうな微笑みを浮かべていた。
悲劇は幕を閉じて、孤独に陥った過去からようやく抜け出せたようだ。
『私もアルフも怪我は治り、事情聴取も終えて証言待ちの状態です。
時には悩む事もありますが、クロノやリンディ提督に良くして頂いています。
……母さんの裁判はまだですが、アリシアの事も含めて全て自供したそうです。
自分の犯した罪を全て認めた上で、魔力の大幅な封印処置が先日施されました。
病状も医者が驚くほど良くなっているんですよ。きっと、アリシアが傍にいるからですね』
『しぶといババアだよ、本当に』
死んだ愛娘の蘇生に自分の全てを賭けた女だ、アリシアの笑顔一発で回復するだろうよ。
こっちは体力すら万全ではないのに、いい気なものである。
幽霊なので本来の願いとは程遠いが、本人が満足しているなら問題あるまい。
『私や母さんが集めたジュエルシードは封印状態で、管理局に全て渡しました。
なのはやリョウスケの分と同じく、「回収」という形になるそうです。
――そうしてみせると、クロノが断言してくれました。
ロストロギアの不法所持については、裁判でユーノも証言台に立ってくれるそうです』
『アンタがプレシアを説得してくれたから、平和的に解決出来そうだよ。本当にありがとうね!』
一歩間違えれば世界を滅ぼしかねなかった事件も、終わってみれば呆気ないものだった。
ジュエルシードは全て回収、犯人は自首、次元世界には被害どころか波風一つ立っていない。
……むしろ、俺が原因で被害を被った人間ばかりだ。
事の原因であるジュエルシードも偶発的な事故で海鳴町にばら撒かれたので、犯人に責任はない。
そのプレシアは次元震を起こしてアルハザードへ行く計画を立てていたが、法術に目標を変えたので計画倒れ。
誘拐や傷害は被害者であるレンや俺が水に流して、不起訴。
結局テスタロッサ親娘がやったのはなのはやユーノと同じ、ジュエルシードの「回収」でしかない。
次元犯罪の未遂という盛り上がりの無い結末でも、管理局にとっては理想的なのだろう。
真相を知っている者からすれば、実に強引かつ失笑ものではあるけど。
アルハザードや人造生命の研究等、余罪の追及も含めてプレシアは島流しの刑で裁かれる。
フェイト・テスタロッサは事件解決の協力もあり、罪に問われずに済みそうだ。
勿論管理局への今後の協力は不可欠だろうが、クロノやリンディがいればきっと大丈夫。
『……母さんとはまだ、あまり話せていません』
悲しい事実を、己の今の現実としてフェイトが語る。
ブラウン管越しに映る少女の顔に、絶望や悲しみは無い。
より良い明日を目指して、フェイトは今日を懸命に生きている――
『面会にも制限はありますが、何より母さんとまだ打ち解けられずにいます。
母さんはまだ……私を快く思っていないようです……あ。で、でも!?
アリシアが間に入って、色々お話してくれるんですよ』
『フェイトを無視していると、アリシアが叱るんだよね。
プレシアの奴その度に情けない顔して謝っちゃってさ、あっはっは!』
『アルフ! ……もう』
……自分で説得しておいてなんだが、それでいいのか大魔導師。
親馬鹿なのは一度死なれているので仕方ないが、威厳は0だぞ。
アリサといい、死を体験した少女は逞しいようだ。
『母さん、リョウスケの事をとても気にかけていました。
怪我の容態もそうですが、今何処で何をしているのか聞かれます。
きっと、母さんにとってリョウスケはたった一人の大切な友人なんですね』
『アンタが死ねば法術の効果も消えるという事以上に、ね』
……友達、か……そんなものが俺に出来るとは思わなかったけどな。
プレシアとは命を削り合う過酷な死闘を演じた関係なのに、奇妙な繋がりが生まれている。
――命を狙われていると知れば、脱獄してでも助けに来てくれそうだ。主に、娘の為に。
『アリシアは特にリョウスケに会いたがっていますよ。花嫁に会いに来ないなんて酷いと、怒っていました。
――私も、リョウスケに会いたいです。
お世話になった恩を返したいのもありますけど……変ですね。
理由が無くてもリョウスケに会いたくなる時があります。すごく我侭だと分かっているのに――ごめんなさい』
恥ずかしそうに告白して、白い頬を朱に染める少女。
フェイトの髪に結ばれているなのはのリボンに、手首に巻かれた血の滲んだ白い包帯――
素直な想いを綴る姿は、辛い経験をした魔導師を年相応の少女に見せていた。
『「法律上無罪となっても、君の中に罪を感じる気持ちがあるのなら――
許しを得るこの機会を、絶対に逃してはいけない。
忘れないでほしい――君や君の母親が救われたのは、君達を大切に想う人達が居たからだよ」
クロノは私に、そう言ってくれました。
私はもう一度母を――自分を見つめ直して、これから先の事を真剣に考えます。
リョウスケやなのは、私の大切な友達に胸を張って会えるように』
『はやてやアリサ、あの病気の子にアタシも会いに行くつもりだよ。
迷惑かもしれないし、自分の我侭だけどさ……このままって訳もいかないからね。
――ま、そんな感じでアタシもフェイトも元気にやってるよ。アンタも元気な顔を見せておくれよ』
『あ、あの……待っているね、リョウスケ』
本当に心を許しているからこそ見せられる、の甘えの表情。
二人からの確かな笑顔を別れの挨拶に、DVDは名残惜しく映像を終えた。
――えっ、これ俺の返事が必要なのか!? 俺がそんな良識ある人間だと思っているのか!
ええい、海外へのファンレターの次は異世界へのビデオレターかよ!
シカトしたいが、フェイトの背景には狼の使い魔に鬼母、ゴーストウェディングがいる。
どうせなのは達も返事を出すだろうから、便乗して顔だけ映そう。手でも振っておけば充分だろ。
金髪美少女の愛のメッセージを取り出して、 宇宙刑事からの指令DVDを挿入する。
時空管理局執務官クロノ・ハラオウン、手紙をやり取りする間柄ではないだけに見たくは無いのだが――
『一ヶ月ぶりだな、ミヤモト。怪我の具合は――本人に聞かずとも、元気でやっているようだな。
女の子の誕生日会のセッティングなんて下心見え見えだと、エイミィが笑っていたぞ』
ぶっ殺す! さっさと体力を回復して、貴様の薄汚い顔面を滅多切りしてくれるわ!
ビデオレターを送ればあのクソ女も見るだろうから、絶叫確実の恐怖の怪談を大音量で録画してやる。
メスゴリラにはお似合いだぜ、わははははは。
『……今君が何を考えているのか、手に取るように分かる。当人同士の問題だが少しは仲良く出来ないのか、君達は』
考える事などお見通しだと、黒の執務服を着た少年が画面の向こうで苦笑いしていた。
DVDの映像から察するに、この前のミーティングルームで一人撮影をしたようだ。
ジュエルシード事件の対策会議で使用した部屋に酷似している。
……今だに、自分が次元空間を航行する艦に乗った実感が湧かない。
『本当は君と直接会って話したかったが、アースラ本艦は現在任務に就いている。
ジュエルシード事件の裁判や調査も控えていて、僕自身も動けない状態だ。
……通信は訳あって危険なので、このような形となった。すまない。
このDVDも見終わったら処分してほしい』
安心しろ。空間モニターなんぞというテレビ電話は、ハイテク技術サッパリな俺はちと苦手だ。
周りから余計な茶々が入る事も多いので、クロノが一人説明してくれる方が話が早い。
一方通行の会話に、俺は黙って耳を傾ける。
『君の協力により、ジュエルシード事件は何とか事なきを得た。
自首したプレシアも事後調査に協力的で、罪を償う姿勢を見せている。
本人の回復も早いので、彼女の供述を元に裁判に必要な資料や判断材料を固めているところだ』
結局死人は出ず、次元世界に影響は無いまま、身内のトラブルに止められた事件。
俺にとって崖っぷちだったが、踏ん張る努力をした事は評価してくれるようだ。
事後報告を聞くと、事件もようやく終わったのだと実感出来る。
……クロノの奴、なんか浮かない顔しているな。
『ただ次元犯罪で厄介なのは、犯人逮捕が終着点ではない点にある。
次元間や次元世界そのものに関わるような事件ともなれば、犯罪に至った経緯や原因を厳しく追及しなければならない。
――プレシア・テスタロッサの研究内容を、君は覚えているか?』
"『フェイト』とは、人造生命研究の職に就いていた頃に名づけられたプロジェクト名。
アリシアを人造的に復活させる為の鍵だったわ"
一人の少女が壊れた瞬間――永遠に忘れられない、残酷な真実。
あの時こそまさに、運命の折り返し地点だった。
『"プロジェクトF.A.T.E"――記憶転写型クローンを作り出す研究名。
基礎概念を設立した人物は別に居るが、プレシア・テスタロッサが研究を引き継いで完成させた技術。
アリシア・テスタロッサを蘇らせる為に手を出した、禁断の果実だ』
アリシアの代わりとして生み出された、フェイト・テスタロッサ。
是非はあれど、生命を創り上げた技術は確かなものだったのだろう。
フェイトは今、自分の意思で生きているのだから。
『プレシア・テスタロッサを改心させた君には、本当に感謝している。
彼女の証言が無ければ、"プロジェクトF.A.T.E"の早期解明は不可能だった。
先日の調査で――プレシアの研究が一部流出している事が判明した』
「何だと!?」
つい声に出してしまい、停止ボタンを押して慌てて周囲を見渡す。
物音一つしない、平和な家庭の夜――安堵の一息。
雲行きが早くも怪しくなってきて、渋々再生ボタンを押す。
『クローン技術そのものは珍しくは無い。
体細胞を材料とするクローンは農業や園芸、動物研究等で利用されている。
問題は人道上許されない、心を持つ生命のクローンだ。クローン技術は悪用されると、社会制度の崩壊にも繋がる』
世界を管理する責任の一端を担う、執務官としての顔。
次元世界の未来を真剣に考えるクロノの苦い表情は、子供としての側面を映さない。
声が届かなくとも、俺は口に出して茶化さなかった。
『たとえ研究者でなくても、"プロジェクトF.A.T.E"を求める人間は多い。
特にプレシア・テスタロッサのように……大切な存在を失った人間は切望する。
秘術を手にした人間達による、更なる研究――必要なのは、同一の起源を持ち、均一な遺伝情報を持つ素材。
それこそあらゆる世界から集められ、禁忌の人体実験が行われた』
たとえ身代わりであったとしても、家族や恋人を喪った人間には"プロジェクトF.A.T.E"は救いなのだろう。
一ヶ月前なら未練がましいとせせら笑っただろうが、失った経験のある俺に否定は出来なかった。
当たり前のようにアリサが微笑んでくれる現実を、俺は選んだのだ――自分でも女々しいと分かっているんだが、吹っ切れなかった。
『この一ヶ月研究の実績や施設を丹念に調べ回った。その結果――
"プロジェクトF.A.T.E"の研究対象に、君の世界が含まれていた。
時空管理局の捜査が及ばない管理外世界、彼らは其処に目をつけた。
法の目の届かない場所で極秘に研究を行い、目星をつけた環境で育まれた特殊な遺伝子を利用したらしい。
嫌な言い方だが――未開の地なら万が一発覚しても、容易く放り捨てられる。
失敗作とされた、クローン人間であっても』
……ボク達の地球は夢の島か!? 簡単にポイポイ捨てるな!
一口に地球と言っても多種多様な人間が居て、それぞれの環境に適合した細胞が育まれる。
中には八神はやてのように、古代の魔導書に選ばれる優秀な遺伝子を持つ人間もいる。
特別な細胞を持った人間なんて特に喜ばれる――え……?
眠気が、吹っ飛んだ。
他者の願いを叶える能力、法術。研究を完成したプレシアが注目した人物――
――最近誰かに狙われている、管理外世界に住んでいる男。
『次元犯罪の発生はロストロギアが原因ではない。それらを扱う人間が起こしている。
ミヤモト、君の事はジュエルシード事件の調書には「捜査に協力した一現地民」としている。当然、素性は口外していない。
だが……君が封印したジュエルシードが盗まれたのもまた事実。
身内を疑いたくは無いが、失われたジュエルシードと共に君の情報が漏れた可能性も0ではない。
まさかとは思うが――最近君の周りで、何か変わった事は起きていないだろうか?
――あくまで可能性の一つだ。考え過ぎであれば、それに越した事は無い。
危険を煽るようで申し訳ないが、どうしても聞いておきたかった。
君の身に何かあれば、僕達管理局の責任だ。安全を保証する義務がある。
この件に関しては、今も全力で捜査を行っている。
地上にも連絡を取ったんだが、この案件に強い興味を示す部署が――』
この先は管理局内の捜査情報云々で続くのみだった。具体的な対策を言ってくれよ、ボーイ。
まあでも、捜査情報をここまで明かしたくれただけでも相当の冒険だったのだろう。
だからこそ、DVDという遠回しな連絡手段。
知人として、執務官として――その境界線を絶妙のバランスで、提供出来る範囲の情報を提供してくれたのだ。
確かに現段階では、極端な可能性だ。
プレシアに深く関わったからといって、その研究に俺を選ぶ等という発想は心配からしか生まれない。
警告というより、注意に近い話。クロノも予想だにしていないだろう。
――俺が今、本気で狙われている事に。
おおーい、帰って来てくれアースラの皆さーん! 保護対象が此処に居ますよー!
常識ではありえない街灯投擲攻撃も、魔導師なら可能だ。
くっそー、遺伝子情報が欲しいなら精子バンクにでも行きやがれ!
馬鹿じゃねえのか、この犯人。法術はミヤが――あの魔導書の力が無ければ、使えないんだぞ。
制御不可な能力で、俺自身は何の才能も無いのに。
俺の願いは何一つ叶えない能力で、何で俺が狙われなければならんのだ! 理不尽だ!
ハァ、どうしよう……犯人の動機は分かったけど、犯人そのものは相変わらず正体不明。
やっぱり、アリサの策に乗るしか現状手立ては無いようだ。
……寝よ。
DVDを回収して、俺は疲労困憊な身体を揺らして立ち上がる。
大きな欠伸をして、眠気に襲われた頭の中でふと思った。
――アリシアとフェイト、同一の細胞を持つ姉妹。
地球上で生まれたクローンもまた奪われた特別な遺伝子から生まれた、誰かに似た存在なのだろう。
男だろうか? 女だろうか?
そいつは今も……孤独なのだろうか?
<続く>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.