とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十五話







八神はやて誕生日当日、6月4日。

午前0時から凶悪な睨み合いに発展したが、日が昇る前には無事八神家に帰宅。

予想通りと言うべきか――眠い目を必死で擦りながら、車椅子の少女が家族の帰りを待っていてくれていた。


『目が半分開いてないぞ、いいから寝ろよ。夜食は美味しく頂いたから安心しろ』

『喜んでくれたんなら、わたしも嬉しいわ。・・・・・・あれ、ミヤはどうしたん?』

『今晩は曇りで星が見えないと嘆いていたから、雲の上に行けば見えると俺様が助言してやった』

『いいアイデアだってハシャいで飛んで行ったのよ、あの娘。今晩中に絶対帰ってこれないわよ。
空の迷子にならないか、心配で仕方ないわ』

『素直な娘やからね、ミヤは。良介もからかったらあかんやんか!
仕方ないね、わたしの部屋の窓の鍵開けとくわ』


 ――嘘である。魔導書の妖精さんは今頃廃ビルで守護騎士達の話し相手をしている。

決闘は今日の夕方に行われる誕生日会にて。唯一の主を持つ従者の誇りを賭けた真剣勝負。

八神はやてに騎士の誓いを立てるのはアリサとの勝負後、信頼の真偽が確かめられた後である。

よほどアリサに感服したのか、サプライズパーティーに関しても承諾。

人目につかない廃墟に誕生日会開催まで潜み、ミヤ相手に今日に至る経緯を聞き出している。

長年清掃もされず放置されたビル内に身を隠す事に関しては、意外にも抵抗は少ないらしい。

「慣れている」――騎士とは高潔で煌びやかなイメージがあったのだが、落ち武者に身を窶した経験でもあるのだろうか?

苦労人ではあるらしい、知った事ではないが。

奴等のお陰で、俺は小学生レベルのガキに贈るプレゼントを真剣に考えねばならんのだ。


――はやてが喜ぶプレゼントなんて知らねえぞ、俺。


やべえ・・・・・・アリサの奴、俺がバイトに成功して稼いでいると勘違いしているのかな。

日常的な催し会が重大なイベントに発展して、一円も稼いでいない貧乏主は頭を抱えた。

アリサやはやてを先に寝かせ、俺は居間のソファーに座ってテレビをつける。

深夜のテレビ放送に特に期待していない、CM含めてBGM代わりにするだけだ。


誕生日プレゼントね・・・・・・最近の女の子は何を贈れば喜ぶんだろうな。


俺が今一番欲しい物は現金だが、欲の無いはやて相手では半笑いがオチだろう。

はやてが好きな物――本。足が動かない少女の、もう一つの世界。一人ぼっちの心の慰み。

手持ちで買えるので悪くは無いが、誕生日プレゼントとして味気ない気がする。

好きなジャンルは本棚見れば分かるが、最近の図書館は豊富に揃えている。折角購入した本が既読の可能性も出てくる。

読み終えた本を貰っても寒いだけだ、最近発売された本をターゲットにするべき。


――深夜では御馴染み、大衆が好むランキング番組がマヨナカテレビで放映されている。


ベストセラーとなった文学書や芸能人の暴露本、今月発売のコミックスまで。

はやてやアリサが先月俺の見舞いに持ち込んだ少女漫画も、ランキングされていた。


売れっ子の少女漫画家、『草薙まゆこ』。


世俗に興味が無い俺でも、一度は聞いたことのある作者名だ。

ふむ、はやてが好きな本の作者のサインなんてどうだろう?

世界有数のレアアイテムだ。書きまくってたら殺す。

俺に一円の負担もかからず、大喜び間違いなし。素晴らしいアイデアだ、いえーい。


「・・・・・・今日の夕方には誕生日会なんですけどね、あはは」


 作者の家を突き止めて直接押しかけてサインを要求、絶対間に合わない。

幽霊や魔導師、退魔師や変身狐が住んでいる町だ、漫画家の一人や二人居てもバチは当たらんだろうに。くっそー。


――ランキングは分野を変えて、『音楽』部門を発表。


邦楽や洋楽、最近流行のアーティストから海外で活躍するシンガーまで紹介されていた。


「天使のソプラノ」SEENAや、「若き天才」アイリーン・ノア。
ウォン・リーファ、エレン・コナーズ、ティーニャ、クレスビー、アムリタ・カムラン、マリー・シエラ――


流行に囚われない実力派の歌姫達は、国境を越えて華々しく活躍しているようだ。

金とかがっぽり稼いでいるんだろうな、この女共。綺麗な顔していても、腹黒く世の中を渡っているに違いない。

少しは貧乏人に寄付とかしてくれないものか、現時点で困っている日本の剣士とか。


――そうか、歌という手段もあるぞ。


はやての誕生パーティ、あの娘の為だけに歌を披露する。

自分の歌を大勢に聞かせるのは嫌だが、予算は全くかからない。

八神はやてに捧げる曲、気持ちだって篭っている。あいつには恩がある、感謝の気持ちを伝えれば――


「気持ち、気持ちか・・・・・・」


 俺にとって歌は魔法使いになる為の儀式、奇跡を願う祈りの言葉だ。

他の誰かに優しくなれない俺の、唯一のコミュニケーション。

その純粋性を損ねてしまうのではないだろうか?

思いの欠けた願いの歌で人の心を動かせるとは到底思えない。

はやてを祝う気持ちはあるが、決闘を意識してしまい、想いを向けられないかもしれない。

――何より、俺を踏みつけた連中に歌を聞かせたくはない。


「だったら、フィアッセにバースデーソングを依頼すれば!」


 プロに依頼すれば莫大な金が必要になるが、あいつは歌手の卵であり知人。頼めば喜んで引き受けてくれる。

俺個人の評価だが、あいつの歌声は海外で活躍する歌姫達に負けていない。きっと、最高の誕生日会になる。


「俺様の手柄に繋がらないですけどね、ふはははは」


 ・・・・・・俺が頼まんでも勝手に歌うだろう、あの天然魔人なら。

誰が頼んでも引き受けるなら、俺のプレゼントと主張するには弱い。

演出すれば可能かもしれないが、心が篭っているとは言い難い。


「どうしよう・・・・・・金がかからなくて、女の子が喜ぶものって何だ?」


 結局、最初の疑問に戻る。

何処にも答えが見つからない難題に、真夜中の八神家で俺は天を仰いだ。

いい加減ダルくなって来たが、投げ出せばアリサが死ぬ。

騎士達の使命感は本物、法など関係なく主の障害を排除する。

アリサは俺を守る為に自分の魂を賭けた、あいつは俺への信頼に殉じるつもりだ。俺の為なら、本気で死ねる。

あれほどのメイドに代わりは利かない。主人の俺が期待に応えなければ。俺自身の全てを賭けてでも。

だとすると、八神はやてに贈るプレゼントは――



俺は、自分の手を見つめた。















「怪我の次は疲労――どうして貴方は大人しく休めないんですか!」

「鼻血が出るほど何に集中していたんだ、このエロ男」


 怒り心頭の白衣の天使に、憎たらしく笑っている国家の奴隷。

シルバーブロンドの髪が美しい女性二人に見守られて、俺は昼間から診察室のベットで点滴を打っていた。

一睡もせず周りも見えないほど努力した剣士を、少しは労わってもらいたい。達成した瞬間卒倒したんだぞ。

朝早く起きたアリサが気付いて後始末してくれなければ、ばれていたかもしれない。

本当はそのまま眠っていたかったのだが、約束がある。訪問先は海鳴大学病院、傷付いた身体を休める場所。

大変ご立腹のフィリス・矢沢先生は、グッタリする俺の額に冷たいタオルを乗せてくれた。


「看護士さんが『陸に上がったクラゲ』が私を訪ねに来たと言うので、まさかと思えば――
順調に回復していたのに、怪我以外の部分を悪化させないで下さい。だから、心配になるんです!」

「まさかとは思っていたんだね、フィリスも・・・・・・やれやれ。相変わらずだね、お二人さんは」

「うるせえ、やりたくてやったんじゃ、ねえ――あ〜、だりぃ」


 口を開くのも億劫で、説教や嫌味は聞き流して脱力感に身を任せていた。

二日に一度のフィリス先生の診察が、今日ほどありがたいと思った事は無い。まだ二度目だけど。

無料診断の結果は騎士様の暴行によるかすり傷程度の怪我と、極度の疲労・・・・・――

栄養満点・疲労緩和の点滴が緊急処置として準備されて、今身体を休めている。

八神はやての誕生日会は参加者の時間的都合を考慮して、本日の夕刻より行われる。

一ヶ月以上縛り付けていた包帯は一時的に取れて、目立たない状態で治療してくれた。

彼女も立派な功労者、両親のいないはやてを気遣ってくれた人。誕生日会の賓客として、御招きさせて頂いている。

今日は俺の診断と同時に、彼女本人を迎えに来た都合もあって病院に訪れていた。

正直、誕生日会当日に俺が出来る事は殆ど無い。

招待客は未成年が殆どだが良識を持った人間、俺が立ち回らなくても不都合は無い。

誕生日会の準備全般は高町家が進んでやってくれている、素晴らしき家族の団結力。なのはの新しい友達の為に。

招待客の連絡や当日の段取り等は、我が優秀なメイドが全て行っている。

監視を含めたはやてとの相手役もあるので大変だが、アリサはむしろ楽しそうだった。

誕生日会の結末次第では自分の死が待っているのに、何の不安も見せず生に励んでいる。


懸念材料は二つ――守護騎士ヴォルケンリッターの存在と、俺の誕生日プレゼント。


前者は、小さなアシスタントが面倒見の良さを発揮。

コッソリ我が家に戻り、卒倒して食い損ねた俺の朝食オニギリを全部強奪。

今頃、廃墟の中で騎士達とピクニック気分だろう。絶対殺す。

和気藹々と過ごしてくれる分にはかまわないが、俺への敵意は少しも薄れないのが頭痛の種。

結局のところ、誕生日会の成否は後者に委ねられる。


「フィリス、このままベットを借りていいか? 昨日は徹夜で、一睡もしていないんだ」

「当たり前です、寝ていて下さい! 折角の御誕生日会なんです、貴方が祝福してあげなくてどうするんですか。
元気な顔でお祝いしてあげて下さいね。

――良介さんの誕生日プレゼント、絶対に喜んでくれますよ。
私も今からお披露目が楽しみです」


 時間も無く金も無かった俺は、昨晩思い悩んだ末――プレゼントを一つ、用意した。


自分を誇れる才能を持たず、他者に与える気持ちを持たない男。

求められるのは奇跡ではなく、笑顔。

必要とされるのは人を斬る剣ではなく、お姫様の心を奪う魔法だ。

剣士でも、魔導師でもなく――宮本良介として、八神はやてに贈るつもりだ。

拒絶されても後悔は無い。本当に嘘偽りのない気持ちだ、その時は潔く身を引こう。

危険に晒されても、騎士達に媚びたりしない。


八神はやてに堂々と自分の気持ちを贈り、フラレた――その結果を血で汚したりはしない。


失恋と同じだ。否定されたほろ苦さはあるが、良い思い出にきっと出来る。

アリサを死に追いやるのなら、俺はどこまでも戦ってみせよう。生涯勝てない相手であれど、己が心を主張し続けてみせる。

胸を張って言ってやるさ。


これが自分の選んだ、最高のプレゼントだと――


  「意外だな、リョウスケがここまで一生懸命になるなんて。よほど大切なんだね、その娘が」

「そのニヤニヤ笑いを即刻やめろ。早く仕事に戻れよ、サボリ警官」


   成すべき事を終えて心地良い疲労感に包まれているのに、コイツがいると気分が悪い。

フィリス・矢沢との親しい友人、リスティ・槙原。名目上は警察側の人間、正確に言えば民間協力者。

過去のアリサ誘拐事件の真相究明をしてくれた優秀な女性だが、性格の悪さも一級品である。

時空管理局が飼い慣らすゴリラ女もそうだが、俺はどうも法的な立場に居る人間と相性が悪いようだ。


「ん〜? 美人先生との個人診察を邪魔されたくないか、少年よ」

「警察特権で、この診断を今日限りにしてもらいたい」

「あっはっは、リョウスケの事になると過保護だな。もう一生面倒を見てあげれば」

「・・・・・・最近真雪さんに似てきましたよ、リスティ」


 生真面目に相手する気力を失ったのか、呆れた顔でフィリスは自分の椅子に座る。

リスティは火の付いていない煙草を手で回して、立ったまま。

美人は何気ない仕草一つで華となるのが、妙に悔しい。

気分を害す執拗な冗談もせず、リスティは自然に話を切り替える。


「休憩がてら立ち寄ったのもあるけど、フィリス個人に用があって来たんだ。収穫は無かったけどね」

「ごめんなさい、力になれなくて。でも、本当に――そんな事が?」

「ああ。ボクも実際に見るまで信じられなかったけど、事実。
事故とは考え辛いから、余計に厄介なんだよ」


 ――何か事件があって、医者のフィリスに見解を求めに来たのか。人為的被害でも出たのだろうか?

先月世界の命運を賭けた事件を解決したばかりなので、その手の話はご遠慮願いたい。

意外にも真面目な用件だったので、迂闊に聞き出したことを後悔。これ以上触れないでおこう。

リスティは珍しく苦笑いを浮かべていたが・・・・・・ふと、綺麗な瞳をこちらに向ける。


「――そういえば、お前は大丈夫だった?」

「何が?」

「街灯」

「ああ、アレ・・か。直撃したら怪我じゃすまないだろ。この通り、無事だよ。
・・・・・・今は、病院のベットに御世話になってるけどね」


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 二人揃って目を見開き、お互いに見つめ合う。何なんだ、一体?

怪訝に思っているとリスティは煙草を箱に戻し、フィリスは仕事中のカルテを引き出しに直す。

二人が漂わせる奇妙な緊張感の正体に気付いたのは、迂闊にも宿敵の公僕様の次のお言葉だった。


「――何気に聞いてみただけだったんだけど、まさかビンゴとは。
道路に突き刺さった街灯は、お前を襲った凶器だったのか」


 あっ――しまった!

事件に関わるのが嫌で、あの時現場を離れたんだっけ!?

騎士達の一件で、街灯飛来事件なんてすっかり忘れていて口が滑った。

事件の手掛かりを掴んで、リスティは舌なめずりしそうな顔で近付いて来る。


「・・・・・・良介さん。貴方はまた、嘘をついた――」


 嘘はついてないだろ、嘘は!?

老母の看病に疲れ果てた娘の表情で、涙を滲ませるフィリス先生が怖すぎる。



誕生日会前に早くも信頼を失った俺――前途多難である。


















































<続く>







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