とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第十四話







宮本良介は、『夜天の魔導書』に選ばれた主ではない。

蒼銀の融合デバイス・ミヤはイレギュラーな存在、ユニゾンに成功しても保証にはならない。

行使する力は奇跡を冠した魔法。特異性の高さは逆に警戒を与える。

力加減はおろか制御すら行えず、実現された奇跡の代償に正統な主の可能性が奪われてしまう。

目の前の結果だけに目を奪われず、未来の危険性を考慮した騎士達は優れたプログラムであると言える。

そんな彼女達ヴォルケンリッターに決闘を申し込んだ、我がメイドアリサ・ローウェル。

彼女こそ俺の魔法が生み出した奇跡の結果、優しい人達で紡がれた願いの結晶――


本物が生み出した守護騎士プログラムと、偽者が生み出した幽霊の少女が対立する。


「・・・・・・軽はずみな発言だな、アリサ・ローウェル。
軽挙妄動は貴様の言う主君の名誉を辱めるぞ」


 烈火の将という誉れ高き名を与えられた美麗の騎士が、意気揚々と立ち塞がる相手を見下ろす。

年端も行かぬ少女と、外見だけの評価からの物言いではない。

侮りの見えぬその表情はアリサ個人の戦力どころか、その不安定な存在をも察していた。

守護騎士プログラムと幽霊の少女、存在感の差は圧倒的だった。

それを指し示されて尚、知性に光る少女の瞳に揺らぎはない。


「主の許しを得て、この世に存在を許されている。
生を汚され、強制された死すら超えて――ようやく理想の主と巡り会えた。

そのあたしに今更覚悟を問い質すのか、烈火の将シグナム」

「!」 


 貧弱な女の子から発せられた力ある返答に、シグナムを含めた騎士達全員が驚愕を見せた。

戦わずとも知れた戦力差を見せられて、自身の喪失を恐れないアリサ。

正しくも悲しい少女の覚悟は、主君への溢れる感謝に満ちていた。

地獄より救い出された恩は、第二の人生の全てを捧げて報いる。


地面に這い蹲る男の前で両手を広げて庇う少女の、何と気高き精神か――


無様に頬を叩かれたヴィータさえ、少女の誇りの前に怒りは吹き飛んでいた。

朱色に染まる頬を隠そうともせず、鋭い眼光でアリサを射抜く。


「戦えば、お前は負ける。本当に死んじまうかもしれない。
アタシらは騎士だ、挑まれた決闘には全力で応じる。それでもいいんだな?」

「主君の名誉を守る為に戦う。それ以上の理由が必要だというの?」

「そうか・・・・・・
アタシは鉄槌の騎士ヴィータ、主の敵を排除する義務がある。
そいつにやった事に関しては、絶対に許さない。発言も撤回はしない。

けど――すまねえ、お前の大事な主を傷つけた事は謝る」


 俺への暴力ではなく、暴力を受けた主に対するアリサへの怒りに頭を下げるヴィータ。

俺の存在を否定し続ける小さな騎士に、侮辱や憤怒の感情は出ない。

既に俺の出番はなく、主の名誉を賭けた正統な決闘へと移行している。

俺の無遠慮な発言など、考慮の範囲外でしかない。


「シグナム、彼女の覚悟は本物。敬意を払うべきだ」

「分かっている。
アリサ・ローウェル――貴女への数々の無礼を詫びよう。

貴女を正統な決闘相手として、私から一騎打ちを申し込みたい」


 将の申し出に、耳打ちした狼の戦士や他の騎士達も異論は挟まなかった。

彼女達の表情に最早軽蔑はなく、アリサを過小評価する姿勢も見受けられない。

敢えて一対一を望んだのも、俺のメイドに対する尊敬から生まれた表れだろう。


「ア、アリサ様!? 
あのあの、アリサ様は本当に御立派だと思いますが、シグナムは本当に強いんです!
此処で戦ってしまえば、アリサ様は――」

「黙っていなさい、ミヤ。これは名誉を賭けた決闘なの。引き下がれないわ」


 アリサの凛々しい発言を承諾と受け取ったのか、シグナムは一歩前に出る。

騎士道精神を貫く武人が構えを取った瞬間、戦場を駆け抜けた彼女の愛剣が出現する。


紅蓮の刃が光る長剣――剣の騎士のみ所有を許されたデバイス。


荒廃が目立つ廃墟の中で、場違いなほどに彼女の剣は美しく輝いていた。

見惚れんばかりに輝く剣を手に、シグナムはアリサと対峙する。

尊敬ある敵と正眼に構える女性は、どこまでも真剣だった。

問答無用で斬り殺す結果が待っていても、彼女は躊躇しないだろう。


「リョ、リョウスケ、何をボケっとしてるですか!
シグナムは本気なんですよ、早く助けないとアリサ様が殺されますぅ〜!

ミヤが手伝ってあげますから、早く早く!」

「気持ちは分かるけど、静かにしてろ。俺が口出し出来る場面じゃねえよ。
大体戦うにしたって、お前と融合したら泥沼だろうが。それが原因なんだぞ」

「そ、それはそうですけど・・・・・・どうしてそんなに落ち着いているですかー!
アリサ様は死んでもいいんですか!?

リョウスケにとって、アリサ様はその程度の存在なんですか!」


 ・・・・・・本人が目の前にいるのに何て事を叫ぶんだ、コイツは。

似たような想いを抱いているのか、ヴィータやザフィーラは険しい顔で俺を睨んでいる。

金髪の女性にいたっては、見たくもないと言わんばかりに目を逸らしていた。

アリサへの評価が高まれば高まるほど、駄目な主が際立ってしまう。

彼女達の主人である八神はやてを命の危機に晒し、主君の名誉の為に戦う少女を盾にする――騎士達の目に映る、今の男の姿だ。

弁解はしない。何を言っても無駄だし、言い訳にしか取られない。

実際、力のないアリサが頑張っているのに俺はただ見ているだけ。その事実は覆らない。


誹謗中傷、軽蔑と侮蔑の視線に晒されて――俺は自分でも分かるほど、爽快に笑ってやった。


「アリサ、俺が許す。お前の好きにやれ」

「うん、任せて」


 単純なやり取りに、ミヤは喚く声を止めて視線を左右する。

理解出来なかったのか、騎士達も表情を変えていた。

プログラムに感情は見出せないが・・・・・・恐らく怪訝に思っているのだろう。


あくまで従者の心配をしない主。一言の侘びも口にしない主に微笑む従者――

フン、お前らに理解なんぞ出来るもんか。

友情や愛情、そんな陳腐な言葉で言い表せる関係ではないんだよ。俺とアリサは。


   絆でさえも不要――互いの命で結ばれているのだから。


「・・・・・・リョウスケ、アリサ様・・・・・・」


 心配するミヤもこれ以上の口出しは出来ないと悟ったのか、ハラハラしながら俺の肩で様子見。

――お前って一応、向こう側の存在じゃないのか?

ミヤの立ち位置に悩む俺を余所に、二人の決闘が始まる。


先に動いたのは――我が愛するメイドだった。


「! どういうつもりだ!?」


 隙のない完璧な構えで望むシグナムに、アリサは無防備に近付く。

その仕草は自然だが、俺でも分かるほどに隙だらけ。

威圧感だけを頼りにしているとは言い難く、ほんの少しの気紛れで斬られる位置までアリサは踏み込んだ。


「アナタと戦えば、あたしは死ぬ」

「今更臆しても遅い。騎士の情に縋るようであれば、お前を斬る」


 怜悧な殺意に輝く刃は、アリサの細い首筋に突きつけられる。

武人であるシグナムに躊躇はない。

尊敬に値する決闘相手に臆病が見えれば、失望と共に処断される。

戦意と殺意が交差する状況下で、アリサはシグナムを見上げた。


「あたしはアナタ達に決闘を申し込んだ。主君の名誉を賭けて――
では、問おう。アナタにとっての『主君』とは何か?」

「決まっている。『闇の書』が選んだ、我らが主に相応しい人物に他ならない」

「それが『守護騎士ヴォルケンリッター』としての答えであるならば――この決闘、あたしの勝ちよ」

「曖昧な問答ではぐらかすつもりか。それがまかり通るほど、騎士の決闘は軽くはないぞ!」


 口先では百戦錬磨の騎士には通じない。

常識さえも通じない戦場で戦ったであろう強者達、軽い気持ちで挑めば死は確定する。

一字一句のミスが許されない刹那の死闘で、アリサの知性が光る。


「あたしの主君は『宮本良介』唯一人。後にも先にも、あたし自身が選んだ主のみ」

「――!」

「再び問おう、烈火の将。アナタにとっての『主君』とは何か!」

「そ、それは、『闇の書』が・・・・・・くっ」


 『闇の書』(?)が選んだ主――それすなわち、彼女が選んだ唯一の主君ではない。

プログラムゆえに指揮権はなく、与えられた命令を頼みとする哀しき忠義。

その誇りの是非を問うアリサに、シグナムは一瞬の躊躇いを見せる。


「あたし達は今、決闘という誓いの下で戦っている。けれど、それは武力による決着だけを意味しない。
互いの主の名誉を賭けた代理戦争――大切な主の誇りを守る為に、あたし達は存在する。

貴方達が守ろうとする名誉に、誇りはあるのか!」

「・・・・・・しかし! 貴女の主が、我々の主を危険に晒した事実に違いはない。
我らの主を守る騎士の義務は絶対だ」

「義務を与えるのは、主の役目。主の為と誓える?」

「守護騎士ヴォルケンリッターの名に賭けて、誓おう」


 アリサの主張を正しく認めながら、主に危害を加えた男の罪まで誤魔化したりはしない。

ロジカルな理性と感情を排除した義務感、守護騎士プログラムとしては完璧だった。

善悪を覗いた絶対的な線引きに、交渉の余地はない。


「では、決着の在り処はあたし達の主に決めてもらいましょう」

「何だと・・・・・・?」


 ――その完璧なラインを有利に描き直す知略こそが、天才の名を与えられた少女の強さ。


「貴方達は我が主の排除こそ主の為だと、騎士の誇りに誓った。
あたしはこの世で唯一人の主を信じると、己が命に誓っている。
――ならば、この決闘の勝敗は見えている。


貴方達の主が、あたしの主を必要としていればいい。


八神はやてが宮本良介を敵と見なしていなければ、義務と課した騎士の誓いは崩れ去る。
八神はやてが宮本良介を外敵と認識していれば、あたしの信頼は紛い物と化す。

決闘の日は今日、6月4日。決闘場所は八神はやての誕生日会。

我が主が今宵、貴方達の主に『心』を贈る。
その心を受け入れれば、貴方達騎士の敗北。主への無礼を詫び、対応を改めなさい。
八神はやてが拒絶すれば、あたしの忠義は崩れ去る。その時は――」


 シグナムより突き出された剣を、アリサは強く握り締める。

血は流れず――けれど、刃は少女の肌を切り裂いて。

痛みはあれど、主への信頼だけを真っ直ぐに向けて――



「貴方達への無礼を謝罪し、主の不名誉を詫びて自害するわ」



 与えられた第二の人生を賭けて、アリサは守護騎士達に本当の決闘を挑む。

決着は信を置く主に、ただ自分達の存在の証を委ねて。


アリサの心からの覚悟を受け止めて――シグナムは剣を収め、頭を垂れた。


屈辱を微塵にも感じず、アリサの麗しき信頼にただ感服して。

主を持つ偉大な騎士達とメイドは此処に、新たなる決闘の開始を告げる。自分達の主を信じて。



――肝心の主が『心』たるプレゼントすら決めていない事を、知らずに。


















































<続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。


<*のみ必須項目です>

名前(HN)

メールアドレス

HomePage

*読んで頂いた作品

*総合評価

A(とてもよかった)B(よかった) C(ふつう)D(あまりよくなかった) E(よくなかった)F(わからない)

よろしければ感想をお願いします











[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]



Powered by FormMailer.