「働きなさい」


 何の前振りもなく、突如突きつけられた御命令。

己が仕える絶対の主ならば畏まりましたと膝を付き、国を治める王ならば謹んで御拝命致しますと頭を垂れる。

けれど命令者が自分のメイドならば、話は別だ。


「やだ」

「浮浪者」

「ぐっ・・・・・・」


 ちょっと反抗しただけで、見た目可憐な少女は容赦なく肺腑をえぐる。

一ヶ月間の入院監禁生活を終えて、ようやく明日退院を迎えた怪我人に何と言う仕打ち。

今朝まで優しく御飯を食べさせてくれた女の子と、同一人物とは思えない。


「フィリス先生にさっき聞いてきたの。
今回の治療費や入院費用――その他諸々含めて、全部先生が負担して下さったそうね」

「あ、ああ・・・・・・入院する前にフィリスから話があった。
退院後の通院まで命じられたんで金がないから無理だと断ったら、払うから絶対来て下さいってよ」

「保険も入っていないアンタの為に、全額負担して下さった優しい先生に何かコメントは?」

「奇特な奴」

「働いて返しなさい!」


 分厚い書籍『経済社会への侵略』で頭を殴打、痛いなんてものじゃない。

お前は世界征服でもするつもりかと言いたいが、激しい頭痛でそれどころではない。

巨人兵戦で割れた額の包帯は取れているとはいえ、何て奴だ。


「良介の生き方をとやかく言うつもりはないわ。過去の詮索もしない。
一人旅に出てこの町に来てくれたから、あたしは良介と出逢えた。

すっ・・・・・・好きになって、こうして一緒に居られるしね」


 恋愛関連はまだ慣れないのか、アリサは頬を染めて視線を逸らす。

幽霊なのに人並みの感情を表現出来るのは、生命の唄の効果だろうか?

この娘のこういう初心な表情を見る度に、変わらず傍に居るのだと実感出来る。


  「でもね、せめて御世話になった人には恩を返しなさい。
あたしが生きているのは良介のおかげ、良介が生きているのは心配してくれた人達のおかげでしょう?
誰かの為じゃない、他ならぬ自分の為――己の心を賎しくしない為に、他人に恩返しするの」


 ――今から、一ヶ月ほど前。

現在入院している海鳴大学病院の中庭で拾った石から、忌まわしくも悲しい事件が幕を開けた。


ジュエルシード、自分の願いを叶える宝石。


見返りは人間の欲望の具現化、世界を食らい尽くす暴走。

真価を発揮すれば次元世界を破壊するロストロギアが、異世界への扉を開いた。

世界の向こう側よりやって来た魔導師や使い魔、そして魔女。

死闘に次ぐ死闘で心身ともに深い傷を負った俺を助けてくれたのは――俺自身が拒絶していた仲間達。

今まで俺は彼女達を邪険にして、利用した挙句傷付けた。

そんな俺を・・・・・・彼女達は見返りも何も求めず、救ってくれた。

彼女達が居なければ、俺は命を落としていた。

アリサは彼女達の好意にただ甘えず、今こそ一人の人間として応えるべきだと唱えている。

その方法が金というのは実に分かりやすく、俺好みだった。

彼女達の思いに報いるとか、真人間になるとか、そういう精神的な感謝を示す行為は蕁麻疹が出てしまう。

人の想いの価値は先月の事件で分かったが、この社会で生きていくにはやはり金でしょう。


「良介だって、いつまでも誰かの御世話になるのは嫌じゃないの?
あの廃ビルを自分の家にしようとしたのも、一人暮らしする為だったんでしょう」

「まさか、幽霊が住んでいるとは思わなかったけどな」

「結構噂になってたのよ、あそこ。あたしが来る人皆追い返してたからだけど。
良介が初めてだったんだよ、怯えず普通にあたしに話しかけてくれたのは」


 ・・・・・・嬉しそうに言いやがる、こいつ。


「小娘一人に怯える俺じゃねえよ」

「ふふん、良かったわね。こんな可愛い子がメイドになって」

「最初は文句ばかり言ってたじゃねえか。拾ってやった俺に感謝しろよ」

「本当に感謝してるけど、そう言われると腹が立つわね・・・・・」


 容姿端麗、頭脳明晰と数ある才能に恵まれた女の子だが、生意気な性格が困りものである。

苦労している分大人びているし、何より俺に惚れているので理想的なメイドとは言えるのだが。

恩返しというのもあるが、金稼ぎは確かに必要だ。

アリサをメイドに雇ったのも、月村のような大金持ちを目指す意思表示。

正確に言えば金そのものが目当てではなく――金を稼げる・・・・・人間を目標に。

地位や名誉、権力を自分の力で手に入れた人間は、大衆を魅了する強いオーラを放っている。


時空管理局執務官のクロノや宇宙戦艦の艦長リンディ、大魔導師プレシア・テスタロッサ。


年齢や性別を問わず彼らが凄いのは、自らで成果を勝ち取って生きてきたからだ。

自分独りで生きていける強さ――最終目標を目指すには、絶対に必要となるものだ。

その上で弱い人間を否定せず、人間を知る努力をしなければならない。

強さと弱さ――両方を養うのは難しいが、それを忘れない限り俺は俺でいられる。

一年経とうが、十年経とうが、好きになれる自分でいる――そうだよな、フェイト。


「話は分かった。桃子やフィリスには生活面でも世話になったからな。
金を返して礼の一つでも言えば、あいつ等も安心して御節介焼く事もなくなるだろ。
大手を振って、旅に出れるかもしれないしな」

「家といえば――明日退院したら、何処に帰るつもりなの?
まさかとは思うけど、あの廃ビルに戻らないわよね」

「お前が嫌だろ、あそこは。迂闊に近付いたらまた不運が降りかかりそうだから、俺も嫌だ」


 それに、アリサにもう過去の事件を思い出して欲しくねえしな。

――入院中、リスティが見舞いに来てくれた事があった。

手土産は捜査報告、アリサを陵辱して殺した犯人が遂に判明した。


犯人達は複数――全員死亡していた。


事件の経緯や背後関係も洗い出せると言ってくれたが、俺は断った。

死んでいるならそれでいい、俺の身勝手な復讐は終わりだ。

アリサを殺しておいて幸せを満喫しているなら断じて許せんが、死んだのならとっとと忘れる。

次にアリサが死ぬのは俺が死んだ瞬間だ、あの世でアリサが脅かされる事はない。


――両親にも、友達にも恵まれなかったIQ200の天才少女。


アリサの今後を考えれば、俺の行く先も自然に決まってくる。

俺はアリサの親代わりにはなれないし、御主人様を友達扱いされても困るからな。


「しばらく桃子の家で部屋を借りるしかないな。
なのはや桃子本人にも、退院したらまた一緒に暮らそうと誘われてる」

「ハァ、この考えなし・・・・・・はやてはどうするのよ。また独りぼっちになるわよ」

「しまった、あいつがいたか!?」


 ――ほぼ毎日見舞いに来る車椅子の少女。

高町家を飛び出した際偶然知り合い、孤独を共感した天涯孤独の女の子。

数日間の生活だったが、仮初の家族として助け合う事を約束した。


「明日の退院、夕飯は御馳走にするって張り切ってるわよ。
ミヤと一緒に空いている部屋を片付けて、あたしと良介用に準備してたわ」

「逃げられねえじゃねえか!? いや、逃げる気はないけど・・・・・・厄介な」


 八神はやてと彼女の所有する魔導書、本より生まれたユニゾンデバイスに大きな借りがある。

魔導師としての才能がない俺に、力を授けてくれたミヤ。

融合により俺の少ない魔力をミヤが活用する事で、俺は魔法使いになれる。

力を求める代償は八神はやての命――主ではない人間とのユニゾンは使用者のみならず、主自身にも危険が及ぶ。

融合事故の可能性は常に高く、失敗すれば俺もはやても死ぬ。

無断で何度も融合して、はやてや死神の怒りを買ったが、何とか仲直り出来た。

これからという時に俺が出て行けば・・・・・・辛いだろうな、やっぱり・・・・・・


「なのはの家は家族が多いけど、はやては独りだからな。
チビスケもうるさいだろうし、しばらく住むのはいいけど――あの家、大丈夫なのか?
食い扶持増えたら、日々の生活まで圧迫されるだろ。親がいねえから収入もないしよ」

「両親の財産を管理する遠縁がいて、生活の援助を受けてるみたいよ。
遺産もはやてが一生困らない程あるそうだし、あたし達で助け合えば大丈夫でしょう」

「退院後は高町家とはやての家の往復に通院、修行に金稼ぎ――忙しくなりそうだな」

「フラフラしている方が不健全よ。フェイトとも約束したんでしょう?
目標を見据えて毎日一生懸命頑張れば、成果は必ず出てくるわ」


 確かに放浪していた数年間何もなかったが、ここ数ヶ月だけで劇的に変化した。

世の中には凄い人間が沢山いて、スケールの大きな舞台があった。

死にかけたが密度の濃い戦闘経験を積み、挫折を味わって自分の駄目な部分も分かった。

何故強くなりたいのか、強くなるにはどうすればいいのか――

それが分かっただけでも大きい。


ま、まあ、こうしてアリサも見つけられたしな。


「そうなると金を稼ぐ方法か・・・・・・カタギで働けないんだよな、俺」

「社会不適合者だもんね」


 ――この小娘は、本当に俺が好きなのだろうか?

間髪入れずに発揮する毒舌に閉口してしまう。

睨み付けるが鼻で笑われた、大物め。


「今時、17歳で身元保証もなく働ける所なんて少ないからな。学歴もねえし、連絡先も不定だ」

「あたしも死んでいる身だから、戸籍上死亡扱い。
ごめんね、良介。結婚出来なくて」

「メイドの分際で何言ってやがる。アホか」

「・・・・・・一応言っておくけど、アンタの方が立派にあたしを傷付けてるからね」


 メイドの乙女心まで熟知する余裕はありません。

働き先ね・・・・・・真っ当な職場を選ぶ社会的権利はないし、後悔もしていない。

自由を選んで社会から飛び出し、他者の干渉を拒んだ。

学歴社会だの何だのと言われているが、要するに社会人として真面目に生きてきた人間が社会の恩恵を受けられる。

不真面目に生きている奴が図々しく、社会から金を貰おうなんて虫が良すぎる。


「桃子さんの喫茶店はどう? 事情を話せば雇ってくれるかもしれないわよ」

「何で恩返しする人間に、恩を返す手伝いを頼まねばならんのだ!」


 自分の努力を見せ付けるのは好かない。

てめえの頑張りなんざ、自分で分かっていればそれでいい。

過程も大事だが、この世界で望まれるのは結果だ。

最後の最後で不幸のドン底に落ちれば、プレシアのような悲劇が起きてしまう。

退院後の先行きに悩んでいると、アリサが不意にベットに乗り出した。


「良介、あたしが仕事を探してあげる」

「お前が・・・・・・? ハローワークにでも行くのか」

「違うけど、似たようなものかな――いい?
あたしが良介に出来そうな仕事を探す、いわば職業紹介の窓口ね。
良介は請け負った仕事を完璧にこなして収入を得る、簡単な仕組みでしょう?
今の良介の力量は概ね把握しているから、出来そうなのを見つけてあげるわ」

「簡単に言うけど、お前に仕事なんて探せるのかよ」


 世間一般大人より優れた頭脳を持つが、まだ生まれ変わったばかりの子供。

この一ヶ月間勉強のみならず、色々動き回っていたのは知っているが、社会は厳しい。

英字新聞を余裕で読んでいるビックリ少女でも、不安だ。


アリサは心配する俺に――とびっきりの笑顔を見せる。


「御主人様を助ける事が、メイドの仕事よ。任せて」


 ――アリサがいれば、俺は大丈夫。

人生に一度だけ望んだ奇跡がアリサであった事を、俺は誇りに思った。

そして俺はアリサと共に今、新しい月日を迎える。





悲しみと――血の雨が降る、六月を。





















































<とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 『星たちの血の悦び』 ―開幕―>








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