とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 最終話







――冷たい地面の中で、じっと息を殺して過ごしてきた。

暖かな季節を待ちきれず、頬を桜色に染めて。

不安と期待の入り混じった、奇妙な心の興奮に気を高ぶらせながら。

新しい世界へと、顔を出した。


求めていた温もりは何もなくて――風も止まってしまって。


海から吹き付ける風は寒くて、切ない。

静謐な空気は驚くほど残酷で、厳しい現実にただ涙する。

地面の上を歩くのは辛い事が多いけど――生命は確かに満ち溢れて、芽吹いている。


春は出会いと別れの季節――


子供は強い大人に夢見て、大人は弱かった子供の頃を思い出す。

新しい季節に、想いを馳せる。

次の季節で自分の何かを捜し、そして見つけていこう。

山と海を旅する、地図を開いて。





世界の向こうへ、飛び出そう――















 目の前に広がる茫洋な世界に、泣きはらした瞳のような光が差し込む。

遠く、波から波へと伝ってきた風が心地いい。

海風が深い眠りから目覚めて、波の肩を揺すっている。

約束の刻限――俺達は海鳴自然公園で、新しい夜明けを目にする。

都会の喧騒を離れた誰も居ない空間で、俺達は誰一人欠ける事無くこの日を迎える事が出来た。

在るがままの自然の空気に身を委ねて、最後の一時を過ごす。



「・・・・・・何だかいっぱい話したい事があったのに、変だね。
フェイトちゃんの顔見たら、忘れちゃった」

「私は・・・・・・そうだね、私もうまく言葉に出来ない。だけど――嬉しかった。
真っ直ぐに、向き合ってくれて」



 高町なのはに、フェイト・テスタロッサ。

二人のの魔法少女が朝陽に照らされて、無垢な横顔を見せている。

複雑に絡み合った因縁や個々の立場、苦しい戦況に流される事なく、素直な心を携えて二人は再会した。

友達になりたい――その気持ちに応える為に、その答えを聞く為に。

ジュエルシードの呪縛から解き放たれた二人は本来の子供に戻って、照れた様子で話している。


「アンタも一緒に加わらないの?」

「分かりきった答えを聞くつもりはねえよ。今の二人は魔導師ではなく、普通のガキんちょだ。
小学生の友情に、俺が入ってどうする。お前こそ行けよ」

「あたしは後で。なのはが待ち焦がれた一時なのよ。
二人っきりにしてあげるのも、友達の義務よ」


 天才少女は場の空気すら読んで、優しい瞳で愛する友人達を見守っている。

離れた場所で俺はそんなアリサと二人で座って、すっかり懐いた久遠の柔らかな毛並みを弄っていた。

久遠も今はフェイトの大切な友達、本人も人見知りの分際で朝早くから乗り気で参加している。


お涙頂戴は、苦手である。


悩み苦しみ時には傷付き涙すら流して、なのはとフェイトは今に辿り着いた。

なのはは辛抱強く訴え続け、フェイトは愛する親に捨てられても求める事を止めなかった。

そんな二人が友達になれない筈がない。

なのははフェイトの口から答えを聞いて、何度も何度も頷いていた。


一方――こっちサイドは空気が重い。


「八神はやて、と言ったね。アタシはアルフ、フェイトの使い魔だ。
今日はどうしても、アンタに謝りたい事があるんだ。聞いてくれるかい?」

「使い魔、ですか? は、はぁ・・・・・・」


 電動式の車椅子に座るショールに身を包んだはやてと看護役のフィリス(俺の場合監視役)、ラフなスタイルのアルフ。

神妙な顔で名乗り出た妙齢の女性に、はやては戸惑いに満ちた顔で見つめ返している。

フィリスは獣の耳と尻尾が生えた怪しい女を見て驚いて――いない? あれ・・・・・・?

はやてと同じく反応に困っている様子ではあるが、奇異な目で見ていない。

事前に説明していたのは事実だけど・・・・・・少しは疑問に思わないのだろうか?

博愛主義の白衣の天使には、人外の使い魔も平等に接する事が出来るようだ。素晴らしい。

強力無比な戦士が足が不自由な少女を前に、旗で見て分かるほど緊張しているのが他人事ながら面白かった。


「アンタとリョウスケを怪我させて、フェイトを連れ去ったのは――アタシなんだ。
大事な家まで壊しちまった・・・・・・本当に、御免よ。
アタシの馬鹿な勘違いで、無関係なアンタまで傷つけてしまった」


 地面に額が激突するんじゃないかと思うほど、アルフは深々と頭を下げた。

胸の奥に溜め込んでいた罪悪感を正直に吐き出して、言い訳一つせず謝罪する。

捻くれ者の俺には到底真似の出来ない潔さだった。

フィリスは襲撃犯の衝撃の告白に息を呑むが、横から口を出さない。

まだ小さいとはいえ、一人で生きてきたはやての早熟さを彼女は信頼していた。


「・・・・・・頭を上げてください。良介から話は聞いてます」

「許して貰える事じゃないけど、せめて謝りたかったんだ」

「許して貰える事ですよ、これは。フェイトちゃんが心配だったんでしょう?
わたしも良介も、大した事もなくこうして元気にやってます。

謝って貰えただけで、ほんまに充分です」

「アンタ・・・・・・」


 自分の家を無惨に破壊した通り魔のような行為にさえ、はやては許した。

優しさや世間知らずと言った、低俗な感情ではない。

死神すら服従させる王の寛容――慈愛に満ちた気遣い。

罪深き者にも穏やかに話せる器量こそが、はやての真の価値。

強力な魔力や天賦の才ですら、八神はやてにとっては副産物でしかない。

なのはと同じ年頃の娘が、おいそれと出せる判断ではない。

狂犬も拳を震わせて視線を落とし、地面を熱い涙で濡らしていた。


「はやてちゃん、立派です!
リョウスケなんてちょっとフェイトさんに冷たくされただけで、ベソかいて八つ当たりしてたです」

「ちっちゃい人間ね、あんたって」

「あーあー、悪うござんしたね。こっちは一般人なんでね」


 なのはも、フェイトも、はやても、絶対子供のカテゴリーに入れるべきじゃないぞ。

俺なんてあの年頃では、鼻垂らして野山を駆け巡っていたぞ。

隣に座るメイドさんや妖精さんも、俺より小さいくせに優れているからな。

俺の味方は、皆の様子を温かく見守る子狐さんだけだった。

天才なんて死んでしまえ。


「はやて、アタシはこれから罰を受ける。フェイトと一緒に。
自分の罪を全部償えたらさ・・・・・・またアンタに逢いに来ていいかい?」

「その時は是非、わたしの家に遊びに来て下さい。良介と一緒に・・・・・・待っています」

「・・・・・・ありがとうね、はやて・・・・・・」


 おいおいおい、本人の意思を無視した約束事がまた増えているぞ!

問い質すべく詰め寄ろうとするが、接近を未然に察したフィリスに止められた。

やんわりと押し戻されて、


「お話の邪魔をしてはいけませんよ、良介さん。
はやてちゃんに新しいお友達が出来たんです。喜んであげて下さい」

「俺がメンバーに入っていなければ、何の不満もなかったんですけどね!」

「貴方の事ですから、はやてちゃんの家に住むかどうか分からないと言いたいんでしょう?」


 長い病院生活を過ごす患者の葛藤を、的確に見抜いている。

やんちゃな子供を諭すように、フィリスは丁寧に俺を宥めた。


「はやてちゃんに迷惑をかけた事を反省しているんでしょう?
口約束くらい果たしてあげて下さい。良介さんは物事を極端に考え過ぎです。
変にこだわるから、高町さんの御家族とも揉めたんでしょう」

「うっ――それは、そうだけど・・・・・・」


 一人に拘ってしまった所為で、意地を張って事態をややこしくしてしまった。

子供達は純真な心が傷付き、大人達には心配をかけたのだ。

迂闊に姿を消すと、面倒な結末にしかならないのは目に見えている。


心配の種はまだ多く残されている――


フェイトやプレシアの裁判、不穏な時空管理局、消えたジュエルシード、制御不能な奇跡の力。

不安定な妖精、死神の魔導書と車椅子の主、月の血と癒しの魂の秘密。

フィリスにも退院後の定期的な通院を義務付けられている、逃げられればヤニ警官が全国指名手配するのは間違いない。

う〜ん、ならばせめて何処か束の間でも一人を満喫出来る場所を探して――


――あっれー?


確かに事件は解決し、全て丸く収まった。

謎は残されたが、少なくとも俺のやった馬鹿の後始末は幾つか出来たと思う。

不本意だが人間関係は修復、新しい人達とも巡り会えた。

剣士としても、人間としても、良い一歩を踏み出せたと自負している。


でもさ・・・・・・最初の最初、自分の家を見つけて自立する件は何一つ解決してないよね?


俺はその為に最初行動してたはずなのに、あれれ?

もしかしてこの五月グルっと回って、原点に戻っただけじゃないか――?


「どうしたんですか、あの男。怪我でも悪化したのですか?」

「いえ、いつもの事です。気になさらず、話しかけてあげて下さい。
一人で居るとロクな事を考えませんから」


 悩める患者を置き去りにして、白衣の天使ははやての様子を見に戻る。

アルフは勢い任せに車椅子を豪快に押し、その豪快なスピードにはやてが歓声を上げていた。

すっかり仲良しの二人を前に、辛気臭く男二人が話す。


「いい先生だな。君の事を心配して一緒に来てくれるなんて」

「同行が外出許可の条件だったんだよ。少しも信頼されてねえ」

「何度も抜け出しては、怪我をするからだろう。
事件解決に貢献してくれた君に言うのもなんだが、怪我が治るまで大人しく休んでいた方がいい」


 アースラで着用していた防護服を脱いで、本日の執務官殿は私服で推参した。

黒を好んでいるのか上下で揃えて、美男子ぶりを発揮している。

なのはの好みにピッタリだと思うのだが、あいつは意外に不良好きなのを花見で知った。

顔の良し悪しなんて生まれた時から既に決まっているので、妬みは別にない。

中身がどれほど大切なのか、この事件で思い知った。

この半月間で一番長く話した男、余計な挨拶は抜きにして本題に入る。


「管理外世界との交信なので手間取ったが、正式に許可が下りた。
今から三十分間―ープレシア・テスタロッサと空間モニターを通じて話が出来る」

「本当か!? いやー、頼んでみるもんだな」

「気軽に頼まれたこっちはどれほど苦労したか・・・・・・
彼女も君と話したがっていたからな。少しでも今後の生きる力になれば、と思っている」


   当然のように、犯罪を犯した者の未来を考えられるこいつは凄いと思う。

下手すれば世界を滅ぼしかけた犯人でも公正に対処し、法律に沿った温情を与える。

たとえ自分自身の不名誉になっても、クロノは執務官としての職務を全うするだろう。

正直申し出が通るか不安だったので、頼もしい返答にホッとした。


「エイミィに頼んで、彼女が入院している病院へ繋げる。
一応の規則により、僕も立ち合わせてもらうが」

「犯罪者との面会だから当然だろうな。
ふふ、子供が聞くには少し刺激的な話になるぜ」

「それが言いたかっただけだろう、君は。
凶悪な次元犯罪を取り締まる執務官に、今更何の刺激を与えるんだ」


 迂闊、コイツの管轄は次元世界規模だった!?

放送禁止用語レベルは日常茶飯事で耳にしているに違いない。

・・・・・・プレシアとそんな会話に発展したら怖いけど。

馬鹿な事を言うのはその辺にして、俺は連絡願いを出す。

エイミィは結局空間モニターを繋ぐ際にも、顔を出してこなかった。

会えば必ず喧嘩になり、場の空気を悪くするとでも考えられたのなら上出来だ。

俺も別に会いたくない、このまま退場してもらおうではないか。

久遠をアリサやミヤに預けて、俺は二人で話せるように距離を取った。


そして――件の人物と、最後の面会を行う。


『・・・・・・元気そうね。大怪我で入院していると聞いたのだけど』

「傷だらけで、どれがあんたの怪我か分からねえよ」


 病人と怪我人が顔を見せ合って、力のない笑みを浮かべる。

プレシア・テスタロッサ――彼女が見る影もないほど、痩せ細っていた。

血走っていた目は疲労に窪み、血色も悪く、毒々しい唇もヒビ割れて乾いている。

人相が変わるほど頬がこけており、皺が深く刻まれている。

世界を滅ぼそうとした魔女としての脅威は微塵もなく、今の彼女は重病に喘ぐ患者だった。


俺は今日、この人と逢いたかった――


フェイトがなのはを、アルフがはやてを相手に選んだように、俺はプレシアとの再会を強く望んでいた。

同じ悲しみと苦しみを共有した者として、最後に一度だけ。

これから先は、別々の道を歩んでいくのだから。


「刑期はクロノに聞いた。全部罪を認めたんだってな、アンタ自身の口から」

『貴方との約束は守るわ。
どのような結果であれ――受け入れるのが、魔導師としての私の、最後の矜持よ』


 最早、再起は考えていないのだろう。

俺が斬ったデバイスと共に、彼女を願いに駆り立てていた狂気も折れた。

狂おしいまでの妄執も娘の涙には勝てず、彼女は拠り所を失って床に伏せている。


「プレシア、あんたが目指していたアルハザードは――本当に在ったのか?」


 彼女を支配していた狂気は夢から覚めて、消失した。

古代秘術が封印された大地に興味はないが、魔導師としての誇りを取り戻した彼女に一度聞いてみたかった。

夢の世界は妄想の産物か、それとも――


『存在するわ、確実に。古代から続く人類の歴史がハッキリ証明しているの。
無限の欲望が眠るアルハザードが存在する――それは確かな事実だわ』


 アルハザードは存在する――何故か、その事実は胸に強く刻まれた。

狂気に荒れ狂う魔女より、今病気に苦しんでいる筈の彼女に貫禄を感じさせる。

偉大なる先輩は、俺に厳しい目を向けた。


『気をつけなさい。歴史の悪夢はまだ終わっていない。
貴方がもし今後こちら側・・・・に足を踏み入れるならば、愚かな人間の欲望が貴方の奇跡を汚そうとする。

――貴方を大事に思う、あの小さな娘を含めて』


 ! まさか、あの魔導書について何か知っている!?

プレシアが始終俺を監視していたのならありえる。

彼女ほどの大魔導師ならば、魔導書に関しても詳しいだろう。

ミヤや彼女について、何か詳細を知っているかもしれない。

・・・・・・聞きたい気持ちはある、しかしそれはまた彼女達を裏切る事になってしまう。

クロノは信用出来るが、時空管理局の人間――ここでプレシアに尋ねれば、彼女達の存在が明るみに出る。

このまま聞き流すのが無難、けれど何も言わないままだとクロノが怪訝に思う。


「大丈夫。法術に関しては、クロノ達が口止めしてくれてる。
アイツの事も――アリサがこの世に生還した事だって、誰も信じない」

『・・・・・・そうね、ごめんなさい。余計な心配だったわ。
あの娘は、貴方がきっと守り抜くわね』


 俺の思うところを察して、プレシアは深く追求せずに瞳を閉じる。

気をつけて――ジュエルシード、アルハザード、八神はやての魔導書。

関わらなければいいのだが、既に手遅れっぽい気がするんだよな。

怪我人を大人しく寝かせて欲しいものである。


『もし貴方が本当に困った時は――聖王教会へ行きなさい。
全ての始まりは、其処にある』

「教会・・・・・・最後は神頼みかよ。神様には嫌われているんだが、一応覚えておくよ」


 全世界を法で守る時空管理局より、神を崇める教会へ行けと彼女は言った。

警察より、寺へ駆け込めといわれたようで違和感があった。

困った時こそ警察だと思うのだが――やはりプレシアも、時空管理局には疑念を抱いているのだろうか?

何を掴んでいるのか釈然としないが、きっと意味がある。

聖王教会か――そんな日が来なければいいと切に願うが、覚えておこう。

シスターや牧師に日頃の悩みでも相談しようかな、主に人間関係について。

プレシアの今の発言は聞き逃せなかったのか、クロノは疑惑の目を向けた。


「プレシア・テスタロッサ、貴方は何を――どこまで知っている?」

『人の心の闇、世間の厳しさを味わった大人の意見よ。
貴方も気をつける事ね、執務官さん。
時空管理局もまた、絶対的正義ではない。其処を間違えると足元をすくわれるわよ。
・・・・・・フフ、問題発言だったかしら?』

「多少は。けれど、肝に銘じておきます」


 今回の管理局の動きに思うところがあるのだろう、人生の先輩として重く受け止めている様子だった。

キナ臭い話はここまでにしておこう。

未来の不安より、今この瞬間を大切にする方が建設的だ。


「俺達の心配をしてくれるのはありがたいけど、あんたは自分の心配をした方がいいぞ」

『御蔭様で厳しい監視はついているけど、身体の調子はいいのよ。
こんなに落ち着いた時間を過ごすのは久し振りね』

「やっぱり・・・・・・完全に回復するのは難しいのか?」


 誤魔化しても意味は無く、本人も自分の状態は分かっている。

プレシアは小さく息を吐き、静かな双眸を向けて頷いた。


『病状は落ち着いているけど、魔力の衰退は止められない。
生命を削って魔法を酷使した代償ね、私の身体の殆どが損傷している。
身体を少しずつ治していくのが精一杯、魔法は二度と使えないわ』


 魔導師が魔法を奪われるというのは、剣士から剣を取り上げられるのと同じ。

自分の半生を支えた力を失い、彼女は辺境での生活を余儀なくさせられる。

それが罰だというのならば、未練はなくとも重い枷を背負う事になる。


『そんな顔をするのはやめなさい。これは私の責任で、背負うべき罪よ。
生命が残されているだけでも感謝しないといけないわ』

「その気持ちを忘れない限り、アンタはきっと大丈夫だよ」


 俺の剣の道もまたスタートを切ったばかり、ゴールは果てしなく遠い。

無事に辿り着ける保証もなく、途中で躓く可能性は高い。

今回の事件でも何度も死に掛けて、今は入院している。

プレシアのように重い病気にかからなくても、取り返しのつかない怪我を負って剣が振れなくなるかもしれない。

剣を失えば、俺の人生は閉ざされる。

少なくとも、今見据えている未来は二度と見れないだろう。


『ええ、魔法を失っても、私はきっと生きていける。
貴方が気付かせてくれた、今の私に必要なモノ。

魔導師としてではなく――』


 いずれその時が訪れた時、剣に代わる大事なものがあれば。

魔法や剣の重みに匹敵する何かをこの手に抱けば、俺達はきっと生きていける。

俺には、俺の隣を歩く女の子が居て――


『――母親として、私は人生をやり直すわ。
本当にありがとう。貴方の御蔭で私も――



この娘も、救われた』















『リョウスケ、逢いたかったよ〜!!』















 ――彼女には、愛する我が子が傍に居る。

プレシアが身を横たえるベットの傍で、一人の少女が元気に手を振っている。

輝く金髪を湛えた、美しい女の子。

滑らかな磁器らしき白い肌に端正な顔立ち、美少女は顔を綻ばせてニコニコしている。


『おにーちゃん、聞いて聞いて! 皆、酷いんだよ!
わたしは恋人に会いに行きたいだけなのに、遠いからやめなさいって怒るの。
レディを子ども扱いするんだよー!』

「大人でもこっちの世界には簡単に来れないの!
そういう台詞は、お母さんに背丈が追いついてから言ってくれ」

『リョウスケは、愛する花嫁さんの味方じゃないの〜!?』

「悪い。お前の母親に反対されたから、結婚は破談ね」

『ええぇぇぇぇーーーー!? うえ〜ん、おかあさ〜んー!』

『アリシア、貴方にはきっと素晴らしい恋人が出来るわ。
今から妥協なんてしないで、素敵な男性を見つけましょう。お母さんも手伝ってあげる』


 仮にも自分と自分の娘の恩人の前で言いたい放題か、魔女め。

アリシア・テスタロッサ、プレシアが保存していた彼女の遺体は――



――クロノ達時空管理局に回収された後、丁重に埋葬された。



プレシア・・・・の願いは叶えない、それが俺の意思であり責任だった。

アリシアには夢の世界で眠る魂と、死後保存された肉体があった。

条件的には適していたが・・・・・・俺はその願いが本当に叶うとは思えない。


  死者の蘇生なんて夢物語、アルハザードと共に未来永劫眠らせればいい。


俺は約束を果たすだけだ。

高町なのはとの約束――この事件を平和に解決する。
フェイト・テスタロッサとの約束――共に、新しい自分を始める。
八神はやてとの約束―ー家族を大切にする。
アリサ・ローウェルとの約束――フェイトを、笑顔にする。


ミヤとの約束・・・・・・皆を、幸せにする。


穢れなき少女達は自分以外の誰かを思い、想いを願いに変えて俺に託した。

全ての約束を果たす為の願いが―ーアリシアの願いに結び付き、奇跡は満たされた。


友達になりたい―ーその願いを、生命の唄に籠めて。


今のアリシアは立体映像・・・・、願いの頁より映し出された夢の具現化。

願いを奏でる友人達、もしくは術者の俺が死ねば消える儚い幻影。

想いだけが美しく輝き、停止した時間の中で活動している。

アリサと似たような存在だが、結晶化していないので触れる事は出来ない。

プレシアの願いとは程遠い存在だが、万が一本当に願いは叶っても彼女が幸せになる事はなかっただろう。

彼女が夢見る世界は遠い過去――過ぎ去ってしまった時間だ。

たとえ過去へ戻れても、過去の自分はもう戻れない。

家族も友達も同じ――人間関係は互いに育まなければ、進展する事はない。

今はまず自分を認識する事、プレシアに必要だったのはそれだ。


「前もって教えてくれていたからどうにかなったものの・・・・・・
アリシアの存在が公にならないように根回しするのは、本当に大変だったんだぞ」

「幽霊です、では無理だった?」

「アリサのように、この世界での生活を望むならば隠し通せる。
だがアリシアがプレシアとの母娘関係を希望するならば、話は格段に変わってくる。
辺境での隔離生活でも、管理局の目が届くからな。
君の能力を隠蔽し、尚且つ事故死した人間をどのように認可するか――
法律をこれほど調べて回ったのは試験以来だよ、フフフ」


 自虐的に笑うなよ、怖いから。

執務官にも司法試験のような合格率の低い難関があるようだ。

どれほど違法と合法の合間を潜ったのか、聞くのは怖いから止めておく。

今度会う機会があれば、酒でも奢ってやろう。


『おにーちゃん、フェイトがお母さんと私に会いに来てくれたの!
お母さんが嫌な顔したら、コラって怒ったんだよ。

うふふ、私おねーちゃんだもん。妹を守ってあげなくちゃ!』

『・・・・・・教育を間違えたのかしら・・・・・・私を怒鳴るなんて、ううう』


 まだ満足に教育してないだろ、アンタ。

安心してください、貴方の娘は妹を思い遣る優しい子に育ってますよ。

元気が空回りしているけど。


『それでね、それでね、フェイト凄いんだよ!
髪を結んでいたリボンを解いてね――』


 ! まさか、あいつ・・・・・・答えって、もしかして!?

ピンと来るものがあった、当然だ。

他ならぬ俺が一番に察せなければ、可笑しい。


「お母さんの手をぎゅっと握って、自分の手と結び付けたの。
ビックリしてお母さん離そうとしたんだけど、フェイト絶対離さなかったんだよ!

カッコイイよね、フェイトって」


 絶望に堕ち逝くフェイトを離さない為に、俺が使った手段。

魔導書で強制的に繋がれた時から始まった、奇妙な関係――

一度は離れ離れになったが、今度は俺の意思で結ばれる事を望んだ。

自分の気持ちに素直に、相手との絆を求めて。


『フェイトね――


"私は、アリシア・テスタロッサじゃありません。貴女が作った、ただの人形なのかもしれません。
だけど、私は――フェイト・テスタロッサは、貴女に生み出してもらって、育ててもらった貴女の娘です。

私はこの先、世界中の誰からも、どんな出来事からも、貴女を守る。
私は、貴女の娘だからじゃない。
――貴女が、私の母さんだから。

今はまだ私の勝手な気持ちだけど、いずれ必ず本当の家族になりたいと思っています"


――そう言ってたの』

『くだらないわ・・・・・・私はあの娘を、絶対に認めない』

『フェイトに直接言わないと意味無いよ、その言葉』

『う、それは――』


 見事に判定負けですよ、お母様。

相手の気持ちを顧みないのは、アンタだって同じだろうに。

少なくとも、フェイトは自分の志を表明したのだ。

好き嫌いは個人の問題、作り物の奇跡が入る余地はない。

フェイトはようやく自分のスタートラインに入ったのだ。


「・・・・・・話し込んでいるところ悪いが、そろそろ時間だ。
言い残している事があれば、今の内に」


 立会人のクロノが時間を確認して、別れの時を告げる。

苦しい時間はとても長く、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

俺には教養がない。心を打つ言葉なんて分からない。

言いたい事だけを、真剣に伝える事にした。


「プレシア・・・・・・たとえ社会が、世界が、神様がアンタを否定しても、俺は何度でも肯定する。
アンタは、絶対にやり直せる!

昨日までどれほど不幸だったとしても、明日はきっと素晴らしい日になる!
俺は・・・・・・信じてる」


 プレシアにはこれから長い隔離生活が待っている。

不自由な生活に、重い病気に蝕まれた身体――明日の保証もない人生。

それでも、俺は願っている。



「どうか――幸せに、なってくれ」



 不幸のまま終わるなんて、絶対に認めない。

俺達は間違えてしまったけど・・・・・・清算が必要な罪が沢山あるけど、逃げないでくれ。

その先にきっと、本当の願いがあるから。

かつて世界を滅ぼしかけた魔女の目から――温かいものが。


『・・・・・・ありがとう、本当にありがとう・・・・・・
私はこれまで多くのものを失ったけど、大事なものは見つけられたわ。

遠い異界の地で、こんなに素敵な友人が出来た』


 俺が最後まで否定したもの――

家族や仲間、同じ目標を持つ同志を受け入れて、たった一つだけ手に入れていないもの。

俺達はもう大人、こんな時どうすればいいのか知っている。



「また逢おう、プレシア・テスタロッサ。元気で」

『また逢いましょう、宮本良介。元気で』



 人生という旅路の無事を祈って、再会の約束を誓う。名前を、呼んで――

それは友人としての儀式であり、聖書より価値のある魔法の言葉。

泣くのだけは堪えて、笑顔で見送る。



『おにーちゃん、元気でね! 絶対、絶対逢いに行くから!』

「素敵なレディになれよ、アリシア」



 名残だけを惜しんで――俺達は別れた。

空間モニターが消えても、まだ宙を見つめている自分に驚く。

どれほど立派に別れられても、悲しみは胸を震わせる。

・・・・・・さようならは言わないからな、ディアフレンド。


『彼女の事は心配いらないわ。私達も力になるから』


 俺が落ち着くのを待っていたかのように、翡翠の美女が励ましてくれた。

母親のような温かい声に、悲しみも少しだけ癒えた。

彼女達が居れば大丈夫、そんな気持ちにさせてくれる。


「クロノ、リンディ、二人にも世話になった。ありがとう」

「本当に――と言いたいが、遣り甲斐のある仕事だったよ。
君の協力には本当に感謝している」

『貴方の頑張りで事無きを得たもの。貴方の世界が無事で、本当に良かったわ』


 職務としてではなく、自分以外の他人や世界に一喜一憂出来る人達。

本当にジュエルシード事件を解決したのは、彼らだ。

心から、そう思う。


「ここは管理外世界と言ってたけど――この世界に来る事はもうないのか?」

『あら? 名残惜しんでくれるの?』

『意外だな、もう少し淡白な男だと思っていた』


 貴様ら・・・・・・最後の最後くらい別れを惜しんでやろうと言う、俺様の心意気を茶化すとは。

さようなら、最後の良心。おかえりなさい、孤独な俺の心。

別の意味で別れの挨拶は絶対しないと、決心する。


「今度逢ったら、作法でも叩き込んでやろうと思っただけだ。
戦艦に茶室を持ち込む物好きだからな」

『ふふ、そうね。今度一緒にお茶を飲みましょう。
エイミィもクロノも、毎日忙しくて遠慮ばかりするのよ〜』

「部下が忙しいのに、上司が茶なんぞ呑気に啜るな。
まあ世話になったし、茶の相手くらいいいけど」

『本当に!? 本気にしちゃうけど、それでもかまわない?』

「茶の相手くらいで大袈裟な。暇だったら付き合うよ」


 この時せめて一度きりにしておけばよかったと、俺は後々後悔する羽目になる。

クロノが珍しく喜びの歓声を上げた時点で気付くべきだった。

負担・・の減ったアースラクルーの信頼度を大幅に高めたが、嬉しくも何ともない。


それはさておき――先ほど告げられたように、時間である。


それぞれのわだかまりが解けた人達が、一箇所に集まってくる。

黒いリボンをつけたなのはと、ピンクのリボンを結んだフェイト。
はやてを肩車するアルフ、別れに涙する久遠をあやすフィリス。
自分の定位置を主張するように、俺の隣とポケットに従者達が帰って来た。

その光景を見るだけで、彼女達の事件が解決したのだと実感した。

願いを叶える石は悲しみと苦しみを与えたが、呪いの石すら人生の転機にした彼女達に敬服する。

流されてばかりだった俺とは、大違いだ。

アルフは俺の顔を見るなり、何か言いたそうにモジモジしている。

感謝か、謝罪か――いずれにせよ、どちらもふさわしくない。


俺は自分の利き腕を差し出した。


彼女は目を丸くするが、晴れやかな笑顔で握り返してくれた。

言葉なんて必要なかった。剣と拳で、ぶつけ合ったのだから。


――固く握られた手に、白い手のひらが乗せられる。


金髪の少女が魔導師の殻を脱ぎ捨てて、子供のように泣いていた。


「リョウスケ・・・・・・貴方に出逢えて、私は勇気を持つ事が出来ました。
貴方に出逢えなかったら、私・・・・・・何も出来ず、俯いていただけだと思います。

うっ・・・・・・本当、に、ぐす・・・・・・本当に・・・・・・」

「違う、フェイト。ちゃんと立ち上がれたのは、お前が頑張ったからだ。
俺の方が、お前に色々教えられたよ」


 出逢った頃は、俺と同じく一人ぼっちだった少女。

一人では満足に生きられないのに、俺達は強がって無様に躓いてしまった。

立ち上がれたのは、きっと――手を差し伸べてくれた誰かがいたからだ。

少女の長い髪に、可愛いリボンが揺れている――


「卑屈になる事なんてねえ。自分を誇っていいんだ。
今のお前の周りには、こんなに沢山の友達がいる。
皆一生懸命なフェイトが好きになって、仲良くなりたいと思ってる。
この出会いを大切にしろ。魔法よりもずっと、価値がある。
これから先も辛い事は沢山あると思うけど、一つ一つ乗り越えて――


好きになれる自分に、なろう」


「・・・・・・はい!」


 俺達がそれぞれ歩く人生は重なり合う事はないけれど、交差する瞬間はきっと何度でもある。

今、こうして結ばれた手のように――

フェイトに続き、一人一人が自分の意思で手を重ねていく。

温かみと重さが増した手が、不思議と心地良い。

全員が一つに――全員? 全員だよな、うん。



何一つ失う事無く全員が一つなった喜びを――不器用な俺は唄にした。










――君の行く道は 果てしなく遠い
   だのになぜ歯をくいしばり
  
   君は行くのか そんなにしてまで――










――君のあの人は 今はもういない
   だのになぜ 何をさがして
  
   君は行くのか あてもないのに――










――君の行く道は 希望へと続く
   空にまた 日が昇るとき
  
   若者はまた 歩き始める――










 見えない明日へ、俺達は歩き始める。




















































<第六楽章へ続く>







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