捨て子の俺に、親の概念は存在しない。

別に責任を押し付けるつもりは無いが、優しさに欠けた俺の心も親が居れば少しは違っていたかもしれない。

桃子のような母親がいれば――

温かさに満ちた高町一家の中で育まれば、真っ当な大人になっていただろう。






俺が初めて知った大人は、最悪だった。





『おい、小僧。煙草が切れた』

『……?』

『買いに行けと言ってるんだ、ボケ』



 ――背中を蹴られて、性格を歪められた。



『前を歩くな。邪魔だ』

『いちいち殴るな!』

『シンプルで分かり易いだろ』



 ――竹刀の痛みに、剣の強さを実感した。



『また勝手に外へ出たのか、こりねえ奴だな』

『思いっきり殴られたよ、くそ』

『そのまま死ねば面倒見ずにすんだのに』



 ――御丁寧な言葉遣いが、浸透した。



『クソガキ、これ捨てとけ』

『キャラメル……? まだ中身が入っているぞ、これ』

『飽きた』

『……』



 ――食べたお菓子は甘く、大人に少しだけ憧れた。





自分勝手で傲岸不遜、竹刀で暴力朝飯前。


常に一人で煙草を吸っていた――黒髪の、美女。


笑顔一つ浮かべず、子供にも容赦ない罵詈雑言を吐く。



――けれど、気紛れに……優しくて……



俺は心の底から、あの女が嫌いだった。












とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第五十一話







 突然の母親の来訪――

嫌が応にもあの女の不遜な顔が思い浮かび、苦々しさに舌打ちする。


――口内に強烈な痛みが走り、悶絶する。


アルフとの激戦や巨人兵との死闘で、傷の無い場所は一つも存在しない。

涙目で堪えていると、フィリスは口元を手で覆って俺を見つめる。


「良かったですね、良介さん。
貴方の家族が来て下さったんですよ」

「嬉しくねえよ、少しも!」


 ――どの面下げてやって来たんだ、あの女……


独り立ちして数年、今更母親との再会を喜ぶ年齢ではない。

誰かの世話になるのは嫌だが、特にあんな奴の世話になるのは御免だ。

脱走の罪で糾弾された方が何倍もマシである。


「実の家族が来てもこの有様か……

少しは自分に素直になっても、誰も咎めたりはしないぞ」

「心底、本心だよ! 少しも会いたくないの!
お前らはあの女の実態を知らないから、そんな悠長な事が言えるんだよ」


 家族を糾弾する俺を、むしろ気の毒そうに見つめる恭也がむかつく。

どうせお前の中の母親像は桃子だろ?

甘いんだよ、ボケぇ!

あんな若くて人に好かれ、穏やかで優しい美人の母親なんて普通いないんだよ!?

子供を理解して、大人として一本気に接する理解ある親は、世界でも数人程度しかいないの!

大抵の親は子供の世話を疎んじて家事も適当、食事もインスタントが大半のだらしない親が大半なんだ。


――高町桃子のような母親なんて、普通テレビかアニメの中の存在でしかないんだよ!


くっそー、喫茶店経営している分際で、家事は一人前に子育て上手って反則だろ!?

その上なのはと並んでも姉妹にしか見えない美人だぞ、ふざけんな。


「実態って大袈裟な――少し話したけど、優しい感じだったわよ。
あたしのこと可愛いって、頭なでてくれたもん」

「お前が可愛いって時点で目が腐って――のおおおおおっ!?

腕を握るな、腕を!? 血管千切ったんだぞ!」


 包帯で固定した腕を両手で掴む、御怒りのメイドさん。

可愛いと素直に言っても疑うくせに、どうしろというのか――

やな奴を地上へ戻してしまったと、我ながら呆れてしまう。


「血管を千切ったってどういう事ですか、良介さん!?」


 おおう、ミステイク!?

好奇心どころか、薮蛇を突いて凶悪な大蛇を起こしてしまった。

狼狽えて馬脚を現す前に、鉄壁のガードを張った。


「余計な邪推をするな、馬鹿共! 第一あの女と俺は血が繋がってない。
孤児院で多少世話になった腐れ擁護教員だ。

学校のような上等な教育機関ではない施設で、あの女は俺達孤児の指導をやってたんだよ」

「――孤児院って、それじゃ……良介の親は」

「お前には最初に言っただろ、はやて。
俺は家族も、友達も、仲間も――誰一人居ない。


親は、俺を生んですぐにゴミ捨て場に捨てたんだ」


「――!?」


 絶句する一同。

……ちっ、これだから自分の出生なんぞ言いたくないんだ。

同情や憐憫を無闇に拒絶するほど俺も子供でないが、徒に優しくされても困る。

過去は過去、今は今だ。

親がどうして俺を捨てたのか、昔は考えた事はあったが今はどうでもいい。


いや――違うな……今だからこそ、俺は親に対して過敏になっているのかもしれない。


最近特に、昔のことを思い出す。

親に愛されない――もう一人の少女の存在が、俺の過去を醜く照らし出している。

はやては顔を蒼白にして、口元を押さえて身を震わせていた。


「ご、ごめん……わたし、何て事を聞いて……」

「別にいいよ、昔の事だ」

「――私も御免なさい、良介さん……

貴方に家族がいるのだと聞いて、浮かれてしまった自分が恥ずかしいです」

「お前が浮かれる理由が良く分からんが、別にいいって」


 本当、こいつらは余計な優しさを持っているよな。

フィリスは傷付いた患者や弱った病人の面倒を見るのが仕事だから、適性とも言える。

はやての場合、その弱い立場なのに相手に同情してどうする。

その前にまず、てめえの面倒を見るのが精一杯だろ。

車椅子のチビの甘さに、霹靂して嘆息する。


――甘いのは俺だと思い知ったのは、僅か一分後だった。


車椅子に座って俯いていたはやてが、決然と顔を上げて俺を見る。


「でも――良介も、わたしに謝って!」

「はあっ!? 

てめえ、何で俺がお前に頭下げないといけないんだよ!」


 戸棚の向こう側からガンガン抗議の念話を飛ばすチビが一匹いるが、無視。

男の面子ってもんがある。

無意味な謝罪の要求に応える義務なんぞ無い。

怒鳴り散らした俺に、はやては真っ向から切り替えした。


「家族は一人もおらんって言うたやんか、今! すぐに取り消して!

わたしは――八神はやては、良介の家族や。

誰に何て言われようと、わたしは胸を張ってそう言える。
良介も、一緒にこれから家族になろうって約束した。
その約束を裏切るんやったら、今すぐ謝って!


わたしは、許さへんけどな」


 十歳未満の……女の子だ。

足は不自由で、力も弱く、事件に巻き込まれて今は痩せ細っている。

パンチ一発でぶっ飛ばせる、弱々しいガキだ。


なのに――この威圧感は何だろう……?


少女の幼くも凛々しい瞳は、大人の俺を圧倒する力があった。



"リョウスケ、侮ってもらっては困りますです。

その御方は――ミヤの大切な主、八神はやて様です"



 強大な魔力と非凡の才能を小さな身に宿す、偉大なる主――

無骨な車椅子でさえ、世界の王が座する玉座に見えてしまう。

主を誇るミヤの声は、忠義と尊敬に満ちていた。



「ふふ――貴方の負けね、良介」



 言葉を失くす俺を嘲笑ではなく、心から楽しんでいるような声――

俺が咄嗟に身を強張らせるが、無用な警戒だった。

開いたままの病室の扉から、優雅な足取りで一人の客が訪れる。

気を殺がれたはやてがポカンとした顔を、戸棚の妖精は何故か慌てて中へと隠れてしまう。

家族居ない宣言に何か不満だったのか、ベットの上に乗り上げていたアリサも拳をしまって視線を向ける。


緊張した空間の中で――訪問客はゆっくりと、俺に視線を向ける。


俺は顔を露骨に歪める。

――突然訪れた来客は、女だった。

認めよう、俺はこいつを確かに知っている。


立ち振舞いに凛然とした気品が感じられる、スラリとした長身の女性――


恭也でさえ呆然と見惚れる、美貌。

フィリスが恐縮したように頭を下げると、その女性も丁寧に返礼する。

見る者の溜め息を誘うような美しい女は俺に近づいて、そっと頬を撫でた。


「怪我は大丈夫、良介……?」

"気持ち悪い事言うな、コラ!?"


 表立って抗議する訳にはいかないので、心の中で絶叫すると女は微笑ましげに見つめる。

静かな態度に眉を潜めると――不意に、頭の中に声が届いた。


"うふふ、駄目でしょう。そんな怖い顔をしたら。
可愛い息子を思い遣るお母さんに対して"

"何の真似だ、このボケ艦長!?"


 翡翠の髪を揺らして耳打ちするリンディに、俺は小声で抗議。

――素直に感情を見せる俺のメイドは、見つめ合う俺達をどこか寂しげに見つめている。

少しは俺を休ませてくれよ、頼むから。















 そもそも、母親から説明があったと聞いた時点で気付くべきだった。

本当の事情を知らない限り、大勢の関係者を納得させる説明は難しい。

機転を利かせるにしても、嘘偽りだらけでは見抜かれてしまう。

風の噂で俺の所在を聞いたところで――あの女が、海鳴町で起きている事件を知る術は無い。

心配していたフィリス達を納得させるのは、到底無理だろう。


――今回の事件で、余計な影響を受け過ぎているのかもしれない。


実の娘を失って、嘆き悲しんだ母親。

狂気に堕ちて尚愛娘を救わんとするプレシア・テスタロッサに、俺は毒されてしまった。


……そもそもあの女を母親などと勘違いする俺は、正直どうかしていると思う。


あの女だって、俺を息子とは絶対に思っていない。

あいつにとって俺は、孤児院に放り込まれた捨て子の一人でしかないのだ。

愛情を向けられた記憶も無ければ、可愛がられた思い出も皆無。

気に食わなければ竹刀で殴られ、それ以外は命令か無視だった。



俺に対して――微笑みかけてくれた事なんて、一度も無かった……



確かに、俺の今の所在を知ればあの女は追って来る。

俺が孤児院を出た理由を、あいつは既に知っただろう。

出て行った後で気付いても後の祭りだが、舐められっ放しで済ませる奴じゃない。



――俺を殺しに来る・・・・・、必ず。



俺にとって母親は、決して子供を大事にする存在ではない――


「――そうですか……本当に、息子が御世話になりました。
実を申しますと、先生の御話は息子から聞いております。

とても優秀で優しく、親身になってくれる良い先生だと」

「そ、そんな事を良介さんが……!? 御恥ずかしいです。

私はただ患者さんが少しでも早く良くなるように、一生懸命なだけで――

息子さんは子供達にも好かれる優しい子で、私も励まされているんです」


 ――あ〜もう、好きに言いやがれ。

身勝手な評判を明らかに面白がって聞いているアリサを前に、俺は投げやりに嘆息する。

美人艦長の"母親"の巧みな話術に、フィリスは楽しそうに談笑。

最初は確か俺の事情説明に熱心になっていた筈なのに、いつの間にか俺の入院生活話にスライドしている。

恭也も最初こそ緊張した面立ちだったが、少ない口数ながらに会話に参加していた。


二人の心を掴んだのは――俺の本音・・


リンディが今考えた、真っ赤な嘘。

俺の人柄や思考を把握した上で、病院内の空気や一見した人間関係を前提条件に会話を構築。

二人が興味を示す話題を、事情説明が必要な俺を軸として提供する。

勿論最初はジュエルシードや魔法、フェイトやプレシアの背後関係を削除した説明を実施――

事件性が明るみに出ないように巧みに誤魔化しながら、血生臭い要素から俺本人の話題へずらしていく。

リンディも事件関係者から、母親モードへ移行。


息子から聞いた関係者の評判を、流麗な口調で一人一人懇切丁寧に伝えていく――


世話焼きなフィリスや面倒見の良い恭也、俺を慕うはやてやアリサが喜ばない筈が無い。

特に俺が普段皆には冷たい態度を取っているので、この効果は絶大だった。

フィリスなんて、日頃俺が余計なお世話と介護を否認していた分、良い先生だと言われて感激しているようだった。

俺を見つめる眼差しが、明らかに愛情に潤んでいる。


――今後ますます、俺が完治するまでお節介を焼く事は間違いない。


リンディの魔の手は、はやてやアリサにも及ぶ。


「可愛い女の子達ね……良介のお友達かしら?」


 こんな幼女共を友人にする十七歳はやばいだろ!?

思いっきり言いたいが、この空気を壊せばフィリス達の事情聴取が続行されてしまう。

リンディの優しい微笑みに、アリサとはやては紅潮して姿勢を正す。



「あ、アリサ・ローウェルです!

良介は、友達というか――命の、恩人です……」

「――。

そう、貴方が……」



 ――なのはやフェイトに、復活の儀式に関して聞いたのだろう。

誤魔化したところで、いずればれてしまう。

時空管理局とやらの組織がどれほどなのか知らないが、他の世界に干渉出来る力は少なくとも持っている。

なのはやフェイトはその辺の大人よりしっかりとしているが――それでもまだ、子供だ。

問い詰められて怯む事はないが、俺を助ける為とでも言われれば拒絶出来ない。


――人類初の、生きる"死人"。


沢山の人達の生命の結晶体に、リンディが一瞬複雑そうな顔を見せる。

――正直、余計な事を少しでも吐いたら追い出すつもりだった。

どれほど偉いのか知らないが、アリサは俺が望んでこの世界へ回帰したのだ。

俺は弱い、それは認めてやる。


それでもアリサの為なら――剣を振る事は、出来る。


あいつの居ない世界にどれほど苦しんだかを思えば、どれほど手強い相手でも苦でも何でもない。

リンディは瞑目して、そっとアリサの頭を撫でる。


「……アリサちゃん。
息子は貴方の事を、心から大切に思っているわ。

嘘偽りない純粋な気持ちで、貴方の事を思い遣っている。

貴方の事をきっと手放したりしないから――仲良くしてあげてね」

「……あ……は、はい……!」


 アリサは口元を押さえて、涙を堪えるのに必死になっている。

俺が儀式の前に決意した想い――


家族も、友達も――神様さえ見捨てたお前を、俺は決して手放さない。

リンディの口から言われるのは癪だが、本人を前に俺が言えたかどうかは怪しい。


アリサへの気持ちを、母親という偽りの形を通じて伝えてくれた――


リンディの真心に、俺は少しだけだが頭が下がる思いだった。

ずっと一人ぼっちアリサだが、俺がいる限り二度と悲しい思いはさせない。

他人の人生を面倒見るなんぞ本当は御免だが、アリサは俺のメイドだからな。

主人として、召使いを養うのは当然なのだ。

頃合を見計らって、はやてがおずおずと名乗り出た。

今までずっと一人で誰とも関わらず生活してきただけあって、多少ぎこちない。


「初めまして、八神はやてと言います。
良介とは……」


 はやては、誤魔化さない。

たとえ相手が母親であっても、決して――

ミヤが主と定めた女の子は、世間体すら覆す強さを秘めていた。


「良介とは家族として、これから一緒に生きていくと約束しました。
子供の癖に変な事言うてると思われるかもしれませんけど――私の本心です。


二人で、決めました。わたし達の事、許してください」


 お前はどこの婚約者だ!?

拙い説明だが、真剣な気持ちを語って頭を下げている。

世間の男共でさえ、相手の親にこれほど威厳を見せて頭を下げられる奴はそういないぞ。


まだ子供だが――将来、末恐ろしい奴になるんじゃないか……?


肝の据わった子供に、恭也やフィリスも驚いた顔をしている。

――多分、恭也は別の意味でも驚いていると思うけど。

フィリスもフィリスで、この短期間のはやての成長に目を見張っている。

幼い子供でしかなかったはやても俺と出会い、事件に巻き込まれ、悲しい思いをして成長を遂げたのだ。


俺とは比較にならない、段違いの速度で。


見上げんばかりの高みに向かって、少女は今決意を見せている。

剣には恭也に負けて、魔力ではなのはやフェイトに――心は、はやてに負けてしまった。

何度も何度も間違えてばかりの俺とは、大違いだった。

本当に、分からない。


――俺と、こいつらの違いは、何なのだろう……?


  はやての気持ちは嬉しいが、悔しくもあった。

年齢を考えれば俺が上の立場になるはずだが、誰が見ても立場ははやてが上だった。

貫禄が俺とは別格――俺は所詮、下っ端でしかない。

リンディですらはやてに圧倒されていたが、彼女も一隻を預かる艦長である。

美しいラインを描く腰を屈んで、はやてに視線を合わせる。

彼女なりの――敬意の表れだった。


「私は良介と血は繋がってないけれど……それでも、この子は私の大切な息子なの。

心配ばかりかける、不甲斐ない子だけど――見守ってあげてね、はやてさん」

「はい、勿論です。ほんまに……ありがとうございます。
突然こないな事言うて、きっとビックリされたと思いますけど」

「ふふ。息子が受け入れた関係なら、何も文句はないわ」


 俺とアンタの関係も、大概怪しいですからね。

お前らの世界では普通でも、現在日本で翡翠の髪を持つ女性が育ての母親って相当違和感あるぞ。

リンディの柔らかな物腰や堂々とした姿勢が、周囲を惹き付けているので成立しているけど。

とはいえ、何とかなったので俺も息を吐いた。


"貴方の周りは――優しい人達に恵まれているわね"

"……お節介な連中だらけだからな"

"先走ってごめんなさいね。本当に母親がいるなら、貴方に迷惑をかけてしまうわ"

"そんな上等なもん、いねえよ。捨てられた身だ"

"そう……

……状況を合わせるだけのつもりだったけど、本当に自分が貴方の母親のように思えてきたわ。

貴方の放つ空気がそうさせるのかしら、不思議ね"

"やめろ、気持ち悪い!?"

"お母さんって言ってみてくれる?"

"やだよ、ふざけんな!"

"うふふ。
クロノは真面目な息子だったから、貴方のような子は新鮮だわ"


 余計な事をのたまう艦長殿に猛烈に抗議してやりたいが、念話は基本的に相手が主体。

俺は一方的に送られてくるメッセージを、相手の承諾を得て返信しているだけだった。

俺が魔法を自由に使えない以上、会話を成立させているリンディが切れば終わりである。

リンディは恭也達と話しながら、俺と念話を行う。

よく混乱しないものだと、感心してしまう。


――内容は馬鹿馬鹿しいの一言だが。


いい加減俺がゲンナリしていると――リンディは俺を、沈痛な表情で見ている事に気付いた。


"? 変な顔してどうしたんだよ、急に"

"後で正式に伝えるつもりだったけど――今、貴方に話しておくべきかもしれないわね。


――良介さん。貴方はもう、ジュエルシード事件から手を引きなさい"


"――な、何だと!?"

"今回の事は全て忘れて、この世界――優しい人達のいる日常に戻りなさい。

きっと、それが一番貴方の為になる"

"ざけんな! 今更ここで――!"


 言葉に、詰まる。

俺の怒りを削ぐような――優しく、悲しい眼差しが胸を貫いた。


"ハッキリと言うわ。――ここから先は、貴方が介入すべきレベルの話ではなくなる。
自分の身体を、よく見て。


――壊れかけているのよ、既に。


これ以上戦えば、貴方の命が危ないわ"


 ――傷付きすぎた、身体。

意地を張って、間違いばかり犯した主の無茶を貫いて――崩壊の亀裂が生じている。

全身大火傷に血管が破損した腕、鼻と胸骨の骨折。

片目が見えず、顔や腕・足に至るまで酷い打撲、無茶な酷使で筋肉や骨が悲鳴を上げている。


レンを背負って歩いただけで――倒れてしまった。


"そして――貴方を慕う、周りの人達にまで悲しみの輪は広がっていく。
思い知った筈よ。

貴方が事件に関わって――関係のない人を、巻き込んでしまった"

"――!?"


 心臓病に苦しむレン。

事件に関わらなければ、誘拐される事は無かった。

悲しみのどん底に落とす事も無く、平穏な世界の中でレンは手術を受ける意思を固められたかもしれない。

親友たる晶もいる、レンは決して一人ではなかった。

あんな無茶な説得を行わなくても、晶達がレンの背中を押していただろう。


忘れるなよ――宮本良介。


時空管理局が救助しなければ、レンは死んでいたのだ。



――孤独の闇に喘ぐはやて。



ジュエルシードの暴走に巻き込まれ、闇に沈みかけた。

俺が融合を繰り返す事で、はやては常に命の危機に晒される。

ミヤが警告していた。

融合化を繰り返せば――無理に外部から操作をしようとすると、持ち主を呑み込んで転生してしまう。

無力な俺が戦う度に、何も知らないはやては意味もなく死にかけるのだ。

次も上手く行く可能性が何処にある?

何時だって、死に掛けているじゃないか。



――そして、何より。



無理に戦って俺が死ねば、アリサは消えてしまう。

折角の皆の気持ちが、無駄になってしまうのだ。

たとえどれほど否定しても――俺を思い遣ってくれる人達がいる。

俺が死ねば、悲しむだろう。


俺が無事戻って――フィリス達は泣いていたじゃないか。


"ごめんなさい、やっぱり急だったわね。
でも、よく考えてみて欲しいの。

貴方を想う、多くの人達の価値を"


俺は独りじゃない。



その事実が――俺の足を止めているならば、俺は……



リンディは決して、意地悪で言っているのではない。

彼女の気持ちが、俺には痛かった。





独りでは何一つ出来ない――自分の無力が、悲しかった……


























































<第五十二話へ続く>







小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。

お名前をお願いします  

e-mail

HomePage






読んだ作品の総合評価
A(とてもよかった)
B(よかった)
C(ふつう)
D(あまりよくなかった)
E(よくなかった)
F(わからない)


よろしければ感想をお願いします



その他、メッセージがあればぜひ!


     










[ NEXT ]
[ BACK ]
[ INDEX ]