とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四十七話







 ――忘れていた気がする、この感覚。



敵の策略とか自分の理想とか、難しい事をゴチャゴチャ考えずにただ殴る。


気に食わないから――幼稚な理由。


たとえ完膚なきまでに勝利したところで、相手を倒したという事実が残るだけ。

呆れるほどシンプルで、ガサツな手段。

アルフや巨人兵との戦闘に比べれば、強さすら手に入れないだろう。

馬鹿馬鹿しいだけだ。

俺には他にやる事が山ほどあるはずだ。


一刻も早くレンを病院へ連れて行き、攫われたなのはを助けて、フェイトやアルフの裏切りを糾弾して――


少し考えるだけで、膿が沸いて出るように増えてくる。

立ち止まっている余裕なんか無い。



なのに――



「グォォ……て、てめえ、花瓶を投げるのは反則だろキーク!!」

「ゴホ……い、椅子を振り回す奴に言われたくないわよ、パーンチ!!」


 俺の蹴りが女の腹に、女の拳が俺の胸に突き刺さる。


攻撃のタイミングはほぼ同時――


細い腕から放たれる手馴れた打撃に肺を抉られて、俺は床に転がってヘドロのような唾液を吐き出す。

花瓶の激突で治療された額がまた割れて、水と血で髪が前髪が濡れていた。

女も女で家具入れに頭から激突して、腹を押さえて苦しげに呻いている。

椅子を駆使した俺の逆襲を腕で受け止めたのは見事だが、利き腕を打撲で痛めていた。


小奇麗に整頓されていた部屋は、見るも無残な惨状だった――


お互い殴って殴り飛ばされて、腕に掴んだ物を振って、掴んで、受け止めて、投げる。

ベットが骨格が歪み、布団が引き裂かれて綿がはみ出している。

枕は女の汗と血で濡れて、カバーが破れていた。

机は引き出しが全て剥ぎ取られ、お互いの貴重な武器となった。

面で殴り、角で突き刺す。

引き出しの中身は戦利品、目潰し等に大変役に立った。

全力全開で攻防戦を行い、壁や天井に激突して綺麗な表面をクレーターばりに歪めている。



――俺達の身体も同様だった。



白い包帯は鮮血と返り血で染まり、皮膚には打撲傷の数々。

投げ飛ばされた衝撃でアバラが痛み、修復された骨が軋んでいる。

顔なんて、引っ掻き傷と裂傷で醜い形相を晒しているに違いない。

俺の拳を食らった女もそうだ。

愛嬌のある顔立ちが青痣と腫れで、悲惨な様子を見せている。

着こなしていた制服も破れて、可愛らしいブラと白い肌を覗かせていた。

荒々しい息を吐いて互いを睨みつけていたが――



――どちらともなく、そのまま床に仰向けに転がった。



「ゼェ、ゼェ……くそったれ、怪我してなきゃ瞬殺だったのに……」

「ハァ、ハァ……け、怪我人だと思って手加減し過ぎちゃったわ……」


 無我夢中で大暴れした。

ただ相手を叩きのめす事だけを考えて、女でも容赦なく攻撃した。

柔肌を犯す事に何の抵抗も無く――相手も、俺が怪我人である事なんて考えてなかっただろう。

腫れた瞼の奥から、天井をぼんやりと見上げる。



……普通、ガキの頃にこんな喧嘩するんだよな……



子供社会に、男も女も関係ない。

大人のように建前や整然とした理由は必要とせず、自分の正義で戦った。


理由なんてちっぽけで――とても純粋で……


あの海と山に囲まれた優しい町に辿り着く前までは、俺はいつもそういう戦いをしてきた。

自分がどうとか、他人が何だとか、重々しい理屈なんて無かった気がする。


……何で、こんな事になったんだろう……


レン、なのは、フェイト、アルフ、はやて、アリサ――アリシア、プレシア。


願いを叶える石、願いを叶える魔法――他人の想いと、命。


喧嘩に理由を求めた時から、重い宿命が常に圧し掛かるようになってしまった。

考える事を放棄して他人を傷付けて、考える事を始めて責任が生じるようになった。



もう――訳が分からねえ……



「……それで。

ちょっとは、落ち着いた?」

「あん……?」


 仰向けに寝転んだまま顔を横に向けると、同じ姿勢の女の目とぶつかる。


――初めて、女を女として認識した気がする……


改めてみると、女の視線に怒りは充満しているが歪みは無かった。


「前後不覚になってたでしょ、あんた。
レンちゃんを攫ったとか、なのはちゃんを襲ったとか――あたし達は悪の手先か!」

「……違うのかよ」

「全っ然、ち・が・い・ま・す! 

たく……自分は弱いとかどうとか、情けない事ばっかり言ってるから、自分に自信がもてなくなるのよ。

クロノ君の冷静さを少しは見習って欲しいわ」


 クロノ君クロノ君と、先程から煩い奴である。

こいつの知り合いなのか、相当信頼を置いているらしい。

俺には……生涯誰かに寄せられる事は無いであろう、他者からの贈り物。


――それさえあれば、フェイトやアルフも俺を裏切る事は……


女に殴られた傷よりも、胸の奥がズキズキ痛む。

治り始めていた怪我を土足で踏み躙られた感じだった。

真っ白になっていた頭が、ドス黒い炎に染まっていく――


プレシアの手先じゃないだと……?


誰がそんな事信じるか。

俺は信じて――裏切られたんだ。


「……ほんと、幻滅……あたしの感動を返してって感じよ。

次元世界を七色に照らした光を、よりにもよってアンタが生み出したなんて……」

「七色の光って――アリサを取り戻した儀式の奴か。

さぞ喜んだだろうな、お前らのボスは」


 海鳴町で知り合った人達の純粋な想いで実現した、奇跡の夜。

生命の聖歌を詠唱して、俺の持てる全てを願いに変えて祈りを捧げた。


廃墟で儚く微笑む、幽霊の女の子――


アリサを取り戻す為に、俺は全身全霊で儀式を行った。

彼女の声を聞いた時の感動は、今も忘れられない。


――その純然たる気持ちを、こいつらは薄笑いを浮かべて眺めてやがったんだ。


怒りに震える俺を見つめて、女は深く嘆息した。


「――貴方を捕捉したのはあたしよ。
アースラ巡航中に奇妙な反応を感知して、観測したわ。

どうせ、あんたに言っても分からないだろうけど――

次元間の変動は次元世界全体の歪みに繋がるから、あたし達は慎重に扱ってる。
針路を変更して、貴方達の世界を――貴方の光を捕捉したの」


 荒れ果てた部屋の中で、ボロボロになった俺達は力なく横たわっている。

乱闘騒ぎを起こしたのが嘘であるかのように、室内は静まり返った。

不思議な静寂の中で――女の声だけが響く。


「……不思議な光だった……


世界と世界を結ぶ、光の架け橋――


明らかな次元干渉なのに、世界は乱れる気配も無い。

次元震のような世界を破壊する力ではなくて、世界を癒してくれそうな魔力――

混沌に染まった次元空間を、七色の光で照らし出していた。


貴方の光に導かれて、あたし達は貴方の世界にやって来たの」


 ――俺達はあの時、奇跡を奏でていた。

あの世で安らかに眠る少女に、この世から呼びかけていた。


世界の果てまで届くように――


「連なる次元世界の干渉を管理するのが、あたし達『時空管理局』の任務の一つ。
次元空間次元の狭間を貫いて、世界間の干渉を行った貴方の力を放置出来なかった。

――魔法及び魔力の分析と古代遺産の関与、そして次元世界に及ぼした影響。

入念な事前調査を終えて出た結論は、貴方の力が失われた過去の力『法術』であるという事。

資料にしか残されていない、希少中の希少技能――

管理外の世界で発見された事実に、提督も驚いてた。


その希少技能者の魔力の平均値が100以下には、別の意味であたしも驚いたわ。
最初からそれじゃあ才能0だもん、あっはっは」

「……褒めてるのか、馬鹿にしているのか、どっちかにしろコラ」


 俺は……なんで耳を傾けているんだ……

死闘の果てに女と殴り合いして、とうとう頭がイカれてしまったのか。

世界がどうだの、管理するだの、荒唐無稽な話に聞き入ってどうするよ。


でも――女は真剣だった。


「だから……逆に証明されたんだけどね。

祈願実現型の魔法――法術。
魔力ではなく、『想いの強さ』が願いを具現化して――奇跡を生み出す。

素敵な力だけど……怖いね……


……正直に言うね。


あたし達は、貴方を危険視してた。
早急に貴方の能力を封印すべきだと判断したの」

「……」


 怒り狂うべき場面だろう。

何処のどいつだか知らないが、我が物顔でやって来て力を奪うというのだ。


叶えた奇跡を――アリサの笑顔を再び消し去るつもりなんだから。


拳を振り上げられないのは、怪我の状態が酷い為か。

女の浮かべる表情が――俺の胸を奇妙な感情に引き裂いている為だろうか……


「結論を出したあたし達が、貴方との接触を試みた時――ようやくこの世界で起きている事件に気付いたの。
笑ってくれていいよ。
次元世界の平和とか、他の事ばかり考えていて……貴方自身の危機に気付けなかった。

貴方の現在位置に特定していた病院へクロノ君が向かった時には――何もかも、手遅れだった。
関係者のなのはちゃんやユーノ君に事情を聞いて、慌てて捜索に出て……


……病気の女の子を連れたフェイトちゃん達と、遭遇したの」


「――! 嘘を、言うな……!!

フェイトもアルフも……俺を裏切って、レンを見捨てたんだ!」


   疲労や負傷で動けない身体を、無理やり起こす。

そんな筈は――ない!

あいつらは――あいつらは、俺を見捨てた。

プレシアへの愛と天秤にかけて、俺を犠牲にしたんだ!! 


拳を床に叩きつけて叫ぶ俺に――女は悲しげに見やった。


「……本当だよ。
フェイトちゃんとアルフは、貴方との約束を守った。

なのはちゃんやフェイトちゃんが助けに戻った時は……

……貴方も、瀕死の重傷を負っていた……」


 記憶と、同じ――

戦いを終えて意識を失う直前、俺が見た光景と……


……そんな……


「病気の女の子も、貴方の怪我も――あの世界の医療技術では助けられない。
その場限りの回復魔法では、到底間に合わない。
クロノ君は止むを得ず、貴方と彼女を此処へ転送したの。


次元空間を航海する艦船――時空管理局・次元空間航行艦船『アースラ』に。


医療スタッフの懸命な処置で、二人は何とか助かった。

――それが、今の現実」
 

 辻褄が、合っている。

女のデタラメな世界背景は別にして、事件との接合性は取れている。

施設のような建物だと認識したのも、頷ける。


だけど、だけど――


「……信じられないって顔、してるね」

「当たり前だ! お前が敵じゃない可能性なんて、どこにもねえ!

時空だの何だの言われて、挙句の果てに船の中だと!?

馬鹿馬鹿しいにも程がある!!」


「あんたが取った行動は馬鹿馬鹿しくないって言うの!?」


 今までの殊勝な態度や口調が一気になりを潜めて、女は顔を上げる。

痛々しい表情に、度し難い怒りを俺に向けていた。

切れて血が流れる唇を震わせて、女は叫んだ。


「……事情も説明せず、貴方を医療室に寝かせたままだったのは悪かったわよ。

でもね――彼女達のために、言わせて貰うわ。

なのはちゃんもユーノ君も、フェイトちゃんもアルフも――皆、貴方を心配してた!
三日三晩付き添って、誰一人寝ないで貴方を見守ってたのよ!

――助けて下さいって、泣きながら……フェイトちゃんもなのはちゃんも頭を下げて懇願したの!」


 エイミィは大喧嘩でズタズタになったスカートを引っ張って、立てない身体を引き摺る。

鼻先が触れるほど接近して、激昂した眼差しを俺に向けた。


「それなのに、あんたって男は……!

さっきの台詞はどういう意味!?

あたし達だけならまだしも、あんたは自分の仲間も信じられないの!
だから、弱っちいって言うのよ!」

「お前に……お前に、裏切られた気持ちが分かるか!!」

「分かる訳ないでしょう、そんなもの!」


 鋭い音を立てて、俺の頬に平手が飛んだ。

倒れる事こそなかったが――痛かった……

今までの攻撃の中で、一番きいた。


「グチグチ情けない事ばっかり言ってる奴の気持ちなんか、分かりたくもない!

あんな小さい娘に――あんたは、何を求めてるの!?

フェイトちゃんはね、まだ心も身体も幼い女の子なの。
なのはちゃんと同じ――子供なのよ!」


 なのはと、同じ――


女の言葉に、俺は愕然とする。

理解はしていた、フェイトがなのはと同じ年頃だと分かっていた。

強いところも――弱いところもあると、知っていた。

でも……


なのはと同じように、見ていたのか……?


女は両手を広げて俺の頬に手を当てて、正面からまっすぐに見やる。


「……子供なんだから、間違える事だってあるでしょう。
それとも、何……?

一回や二回間違えたら、もう許さないの?

一方的にあの娘を責めて偉そうにしてるけど、あんたは誰も傷つけずに生きてきたって、胸を張って言える!?」


 ――言えない……言える筈がない……


高町の家を出て、大勢の人間を傷つけてしまった。

沢山の人達を泣かせて、巻き込んで――何もかもを、台無しにした。

フェイトも……


心に猛っていた熱が引いていく中で――頬の手だけが、熱い。


「答えなさい。

フェイトちゃんを信じられないの? だったら――


これ以上事件に首を突っ込むのも、フェイトちゃんに関わるのもやめなさい。


……あの娘も、貴方も、傷つくだけよ」


 そこまで言い切って、女は辛そうに息を吐いて――俺の肩にもたれかかった。

彼女もまた、熱が引いてきたのだろう。

喧嘩の余熱が冷めて、痛みと疲れが押し寄せてきたに違いない。


――俯いた顔のまま……女はそれでも、俺に語りかけてくれた……


「……たとえどれほど間違えても……裏切ったとしても――

それでも最後まで信じられる人間こそ――友達でしょう。

疑いを持つ事だって必要だけど、罪を赦す気持ちだって大切だよ」

「――」


 俺は本当に……何を、していたんだろう……

女の言葉と拳で、目が覚める思いだった。


何が起きても信じると、誓ったんじゃないのか?

たとえ何度裏切られても、俺はフェイトを信じると固く心に決めたはずだ。


彼女が――フェイト・テスタロッサが、好きだから。


目の前に振り回されて、周りがまるで見えていない。

多少強くなっても――何度か修羅場を潜っても、性根は全然変わっていない。

答えなさい、か……



――答えはもう決まってるだろう?



「フェイトに――会わせてくれ。

信じるかどうかは、それから決める」

「むぅ……煮え切らない答えね……」


 グッタリしたままの女だが、俺の返答に大層不満なようだ。

俺はようやく――笑顔になれた。


「お生憎様。
男を容赦なく殴り飛ばす女の言う事を素直に聞けるほど、俺はお人好しじゃない」

「女を容赦なく殴った男が、目の前にいますけど」

「女じゃなくてメスだろ、分類的に」

「あんたはオスよね、野蛮だし」


 こういう奴……俺の身の回りにいなかったよな……

嫌いじゃないけど、鬱陶しい。


仲良くなる気は全然ないけど――どこかこう……意識してしまう存在。


「へっ……俺は宮本良介。あんたは?」

「ふん……エイミィ。エイミィ・リミエッタ」


 女――エイミィは少しだけ回復したのか、俺の肩から離れる。

室内の鏡を見て、青痣と腫れた頬に苦々しく顔を引き攣らせた。


「どうするのよ、この顔……回復魔法だって万能じゃないのよ!
制服だってボロボロ。うわ、下着まで見えてる。

こんなところ、艦長やクロノ君に見られたら……」

「俺だってボコボコだよ、畜生。
包帯だってズタズタ。うわ、血まで派手に出てる。

こんなところ、なのはやフェイトに見られたら――」





『……あのね、君達』
『うふふ……そんなに怒っちゃ駄目よ。仲直りしてるじゃない』
『……お、おにーちゃん……本当に、本当に、元気なおにーちゃんだ……』
『リョウスケ……本当に、良かった……』



「「――え……?」」




 ――部屋の中央に浮かぶ、魔方陣。


大きな光のサークルの向こう側に、憮然な顔の少年と優しく微笑む女性。



そして――



――泣き崩れる少女と、安心したように涙を濡らす女の子がいた。



恥ずかしい話だが――俺はようやく、掴めた・・・のだと実感した。


























































<第四十七話へ続く>







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