とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第四十四話







地割れで生じた旋風が頬を鋭利に裂く。

歯を食い縛って絶叫を噛み殺し、突進を緩めず前へ。

巨人の放った剣の一撃は、大理石の地面を簡単に切り裂いた。


攻撃は単調、ゆえに回避は可能。
攻撃は強力、ゆえに回避は不可欠。


俺の背丈を軽く凌駕する剣――振り下ろされれば、生ハムのように切り裂かれてしまう。

正面突撃から左線へ移動。

巨人の剣を回避して、すれ違いざまに胴を薙ぐ。


――襲い掛かる強烈な反作用。


無骨な竹の刀が悲鳴を上げて、鋼鉄の壁から伝わる衝撃を剣士に報いとして与える。

リボンで固定した傷付いた掌は、ガラス細工のように脆く壊れ易い。

骨まで染み渡る痛みに悶えながら、足を止めずに駆け抜けて敵の背後へ。

強力な一撃より生まれた隙を狙った胴の一撃も、相手には何の痛手もない。

鈍重の身体が次なる攻撃を繰り出す前に、体重を乗せた一撃を思う存分背に叩きつける。


「――あ、ぐっ……!」


 焦げた左手の皮が無残に破れる。

血すら満足に出ない手は、無用に痛みだけを与えてくれる。

神経を守る皮も肉も骨も魔力の炎に炙られて、神経は剥き出しも同然。

鉄を叩いた衝撃は半端ではない。


激痛の対象は――無痛。


爺さんやアルフから勝利を奪った渾身の一撃は、悲しいほど現実の壁には無力だった。

次の瞬間、城を守るガーディアンは乱雑な侵入者に拳を振り上げる。


――死の恐怖に、本能が芯から震える。


洗練とは御世辞にも言えない無様な体勢で、俺は我武者羅に右方向へ転換。

次の瞬間、猛烈なインパクトで騎士の鉄拳は俺の居た場所に叩き付けられる。

直撃は避けたが城を揺るがす衝撃で、足が縺れる。

浮き上がった身体は爆風に煽られて吹き飛んだ。


「うわっぁっ――ぐ、がっはぁっ!!」


 楕円を描いて飛んだ俺の身体は失墜して、固い床に叩きつけられて失速する。

耳と頬を何度も擦られて、血糊が一メートル程帯を描いて俺の身体は停止した。


「……くそ、が……グゥっ」


 ベットリ濡れた頬の血。

敵の剣風で鋭利に斬られただけではなく、床との摩擦で完全に皮が破れていた。

触れると生々しい肉の感触がこびり付き、ネットリと血が滲む。


顔を擦ったショックで、治まりつつあった鼻からも出血――


叩きつけられた衝撃で他の怪我も開いているが、無視して立つ。


「ハァ、ハァ……」



 ――フェイト達を見送って数分。


たかが数分、されど数分――絶望的な苦痛を延々と味わい続けている。

泣きたくなるほど、状況は圧倒的だった。

こちらが加えた攻撃は七回、いずれも死を乗り越え続けての束の間の褒美。

凶悪な敵の剣は稚拙だが、鮮烈――

回避した瞬間に攻撃、言うのは単純だが冷や汗が止まらない。

一撃でも食らえば死――そのプレッシャーは絶大だ。


つくづく、凡人。
嫌らしい程勇者として振舞えない、惰弱な精神。


恐怖で呼吸を荒げ、死に肺を縮み上がらせ、気が狂いそうな悪寒を振り切って剣を振るう。

それほどの過酷な難関を越えても、敵には何のダメージも無い。

両手・両足・胴体・背中――いずれも傷一つついていない。


逆に、こっちは痛手が増える一方。


手は剣を振るう度に皮を破り、足は衝撃に耐える度に肉を震わせる。

身体は壁や床に叩きつけられて磨耗し、頭は恐怖で染まり続ける。

汗と血で染まった顔を拭って、視線を前へ。

立ちはだかる敵を見据え――られず、その先の扉へ向けられる。


(……フェイト……アルフ……)


 なんと、弱い男か――


この期に及んで、助けを求めている。
この期に及んで、まだ信じられずにいる。

どうして来てくれないのだと、心が叫んでいる。

また裏切ったのかと、身体が怯えている。


――あれほど決意したのに。


高町なのは、高町恭也。


才能と努力で満たされた輝かしい光を、自分も手に入れる。

その上で――自分だけの、剣の道を見出す。

固く誓った理想も、所詮目の前の生々しい現実には勝てないのか。


戦い始めて数分。

既に勝敗は決しつつあった。


"逃げて下さい!"

「――!」


 恐怖と迷いに足を止めたのは、刹那。

短く――長い意識の空白。

覚悟を決められない男が生んだ隙は――絶対的だった。

豪快に床を踏み散らかして、爆音を立てて巨人兵が迫り来る。

一tトラックが正面から向かってくるようなインパクトに、心臓が凍てついた。


「あ――」


 ――見上げるしか、出来ない……

ひ弱な俺を覆い尽くす巨人の影。

暴雨風の如き敵の突進に足を止めてしまった、瞬間。

振り上げられた剣は予備動作すら無視して、俺に裁きの鉄槌を振るう。

凍った心臓が思考を止める。

恐怖が心を締め上げる。

迷いが手足を止める。


剣は――そのまま――俺を切り裂い――





(――おにーちゃん)





 浮かぶは、少女の悲しみの面影。

小さな墓を前に、妹のように愛しい少女が涙を流している――



「うっ――おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」



 切ない幻想が、瞳の奥から噴き出た炎で真っ赤に燃え上がる。

激情が喉から吐き出され、死んだ心が弾け飛び、沈殿していた恐怖を簡単に吹き飛ばした。

刹那生み出された気持ちは、シンプル。


「死んで、たまるかぁぁぁ!!!」


 剣が振り下ろされる瞬間――踏ん張って、猛烈な前蹴りを叩き付ける。

蹴り上げた足は、重圧な鋼鉄の前に簡単に跳ね飛ばされる。


そう――身体ごと、跳ね飛ばされた。


剣は再度高級な床に大いなる剣戟の痕を残し――俺は無様に後方へ転がった。

俺は、本気で放った蹴撃から生じた反発で何とか回避は出来た。

瞬間、安堵で全身が脱力した――

肝を冷やしていると、同じ心境の妖精さんが俺を珍しく絶賛した。


"す、凄いです! あれほど僅かな間で機転を利かせられるなんて!

ちょっとだけ、見直しましたですよー!"

"足が震えたよ、正直……"


咄嗟とはいえ――ゾッとする……


(……逃げなかったら――右腕を斬られてた・・・・・・・・な……)
 

 重厚な敵の剣に腕を斬られ、胴体を潰されていただろう。

一秒以下の決断――

死に間際に浮かんだなのはの顔を、今はもう思い出せない。

未練は無い。


――なのはは泣いていたのだから。


鬱陶しく俺に懐いてくるチビッ娘だが、ヘラヘラ笑っている顔の方がまだマシだ。

あの御人好しの甘ガキの事だ、どうせまた俺の帰りを根拠もなく信じて待っているに違いない。

なのはには、玄関先で泣かせた借りがある。

借りを返すまで、俺は死ぬわけにはいかない。

とはいえ――


"キッツイな、これは……
分かっていたとはいえ、竹刀では全く歯が立たないな"


 どれほど良い素材を使っていても、所詮竹で作られた刀である。

気絶させる事は出来ても、死に至らしめることなど不可能。

鍛錬用に作られた偽の武器であり、模造刀でしかない。

魔法兵器として製造された騎士が持つ剣と、比べる事すら間違えている。


"法術は使い方が分からんし、魔導師の魔法は魔力不足で使えない。

――ん……?

チビ、お前が使える魔法とかってないのか?"

"……ごめんなさいです、使えません……

融合している今は、貴方に依存していまして――"

"――だったな、すまん。元々助けられてる身だった"


 俺とミヤは互いを補う形で、当初融合化した。

俺はミヤを通じて魔法を行使して、ミヤは俺を通じて魔力を使用する。

魔法を構成するには、魔力が不可欠だ。

どれほど速い車でもガソリンが無ければ動かない。

高性能なエンジンを保有していても、本体が屑ならば無意味だった。

疲労に蝕まれる足を引き摺って、敵と距離を取る。

油断無く相手を警戒しながら、なけなしの勇気を振り絞って対策を練る。


"お前、魔法兵器とかに詳しかっただろ。 
あいつの弱点とか分からないか?"

"スキャンが使えないので絶対とは言えませんが――"


 心の中のミヤの意識が、俺とリンクする。


自然に俺の意識は相手の後頭部――正確に言えば、首から背中へ向けられる。


穢れの無い舌足らずな声が、的確に指示を飛ばす。


"先程貴方が背中を斬った時、魔力の乱れを確認しました。
首回りから脊髄に当たる部分に、恐らく魔力を出力するコアがあります。
魔力を蓄える核を破壊すれば敵は沈黙します"

"剣士だから弱点は背中か……ハッ、イヤミな構造だぜ。
まあいい、弱点さえ分かれば――"

"待って下さい! コアを破壊するには魔力攻撃が必要です!
竹刀でコアは破壊出来ません!

頑丈な鉄の身体は、文字通り身を守る鎧です"

”――くそ、振り出しに戻るってか。
魔力攻撃が必要なら、俺の竹刀に魔力を流して斬るのはどうだ"

"武器に魔力を注入するには、専用のデバイスが必要です。
なのはさんのレイジングハートや、フェイトさんのバルディッシュがそうです。
貴方の持っている竹刀では、魔力は通りません。

――方法は無くもないのですが、今の貴方ではとても無理です"


 竹刀で倒せる敵なら、先程の一撃で鎮圧出来ていた。

結局、倒せないのは俺自身が原因に他ならない。


決定的な攻撃力不足―― 
圧倒的な防御力不足――

剣の腕は未熟、鋼鉄を斬る実力は無い。

魔法の腕は論外、身を守る術すら持たない。

魔力は皆無、コアを破壊する力は無い。


何もかもが不足していた。

あらゆる要素が――世界の全てが、俺に死ねと宣告していた。


前へ踏み出す足は鈍い。

フェイトやアルフの裏切りに怯えるビクついた心が、心身を縛り付ける。


――心を持たない人形にも、学習能力はあるらしい……


単調な攻撃では倒せないと踏んだのか、巨大な剣に魔力が練り上げられている。

魔法の効果範囲は、傘と鼻の骨を代償に身体が刻んでいる。

慌てて逃げ足を取るが――疲労と迷いが、最後まで俺の足を引っ張った。


剣から放たれる、業火の嵐――


直撃は避けた。

避けた、だけだった。


瞼を焼き尽くされて、高度な魔力に枯葉のように身体は舞って――柱に叩きつけられた。


「ゲホッ!!」


 ギシギシと嫌な音を立てて、肋骨が軋む。

激突して割れた頭から血を撒き散らしながら、俺は床に転がった。


骨が……イッた……


割れた額から血が毀れて、眼球を真っ赤に染める。

くぐもった咳が絶え間なく吐き出されて、血と奇妙な色の液体が口から零れた。


「・・・・・・ウゲ、ゲハ・・・・・・グハ・・・・・・オゲェェ・・・・・・」



 もう・・・・・・目もよく見えない・・・・・・



生きているのが不思議だった。

ただ、死んでいないだけだった。

何故か分からないまま、俺はまだ死んでいなかった。


――か細い呼吸に飲み込まれそうな意識。


目を閉じれば、あっという間に優しい死へ辿り着けそうだった。

そんな俺を支えてくれているのが――


"し、しっかりして下さい! 絶対、絶対に死んでは駄目です!

こ、この前――この前死んじゃえって言ったのは、嘘です!

生きていて下さい!"


 ――冷たい死の孤独に、何という温かい言葉なのだろう……

歴史のどれほどの偉人より――世界の偉大なる神々より――

運命の女神より――俺は、一人の妖精の言葉に救われた。


"・・・・・・わる、い・・・・・・迷惑ばっか、かけて・・・・・・"

"何言ってるですかー! 頑張って下さいです!"


 死にたくない――死ねない・・・・・・


なのはが、待っている。

こんな俺でも死ねば、あいつは悲しむだろう。

フェイトが、来てくれる・・・・・・

アリサが――はやてが――フィリスが――月村が、心配している・・・・・・


帰りたい・・・・・・


俺は――手を差し出した。



"・・・・・・ミ、ヤ・・・・・・

イタイ、んだ・・・・・・サムイ、んだ・・・・・・

たの、む・・・・・・


俺を、一人に――しないでくれ・・・・・・"


"こっ――此処にいます!
ミヤはずっと、ずっと――いつまでも、貴方の傍にいますです!

貴方は一人じゃないですよ、グス・・・・・・

ミヤは・・・・・・貴方の味方ですから"


 ――狂おしいほど、愛おしく思った。

愛しく思う少女への想いが、死にぞこないの身体を支えてくれた。


生きてやる――

どれほど見苦しく愚かで無様でも、這い上がってやる!


竹刀を床に突き立てて、震える手を握り締めながら身体を支える。

膝が完全に笑っている。

視界が段々暗くなってくる――

立つ事すら億劫な身体は貪欲に眠りを求め、身体が鉛のように重くなる。

血で濡れた前髪を掻き上げて、俺は真っ赤に染まった眼差しを前に向けた。

死ぬ間際の身体に、鞭を打って。


"・・・・・・ミヤ。
武器に魔力を流す事は無理でも、俺の身体になら魔力は流せるよな?"

"それは勿論です。微弱でも、貴方の魔力なんですから"

"重ねて聞くけど――俺の身体なら流せるんだな?"

"は、はいです・・・・・・で、でもどうしてそんな事聞くんですか?"


 ミヤの問いにあえて答えず、俺は深呼吸する。

不確定だが・・・・・・一つだけ手がある。

追い込まれた俺だからこそ出来る、非情の手段。

失敗すれば――いや、失敗しなくても俺はほぼ間違いなく死ぬ。

助かる確率は、完全に他人任せ。

昔の俺なら断じて取らない、馬鹿馬鹿しいにも程がある戦術。

俺は血の混じった唾を吐く。


かまうもんか。


いい加減踏ん切りをつけろ。

オドオドとみっともなく顔色を窺うような萎えた心に、活を入れてやる。

信じると決めた。


フェイトを、アルフを――好きになった人達を。


俺を信じて待ち続けるなのはに、家族として案ずるはやてを安心させる為に。

俺を選んでくれたアリサやアリシアに、見せてやろう。

都合の良い童話なら、敵に追い込まれた時こそ勇者は新たな力を発揮する。


俺は凡人――


恭也やなのはのような、他者を魅了する輝きを持っていない。

才能も無い弱者。

持っているモノを全部使うしかない。


フェイト・・・・・・これが、俺の信頼の証だ!


俺は口を開いて――






――腕の血管を食い千切った・・・・・





皮を破り、肉を裂き、歯を濡らして――夥しい血が噴出する。

ドロドロと濁った、生々しい血液が濃厚な香りを垂らして。


"あ・・・・・・あ・・・・・・"


 ミヤは絶句している、当然だ。

人体を支える大事な血管を幾つか千切り、俺は竹刀の前に腕をかざす。

大量に腕から零れる俺の血に刀身が染まっていく。


赤く、紅く、アカク――


 自分の武器を、人体に見立てる・・・・・・・

俺の汗と涙と皮と肉と――熱い血潮が流れている己が武器。

無機物を臓器として騙す、愚かな欺瞞。

猛烈な眩暈と嘔吐感に身悶えしながら、俺は無理やり意識を繋ぎ止めて叫んだ。


「ミヤ、魔力を流せ!」

"貴方は・・・・・・貴方という人は・・・・・・!"

「早くしろ、俺がくたばる前に!」

"うう〜〜、本当に馬鹿です、貴方は!!"


 ――黒煙と血臭に染まった空間を、虹の光芒が切り裂く。

紅の刀身を包み込むように、七色の光が輝いていた。

根拠はないが、失敗はしない予感はあった。



とびっきりの美女の血だもんな、月村さんよ。



シャツを切り裂いて止血処置を行うが、血管を切った以上完全には止められない。


割れた額に肉まで裂けた頬、折れた鼻。

両手の平の火傷に千切れた血管、骨までイカれた身体――


よく生きているものだと感心する。

俺一人では絶対に生き残れなかっただろう。



俺に心をくれたなのは。
俺に輸血してくれた月村。
俺に魔法をくれたミヤ。
俺に家族をくれたはやて。
俺に癒しをくれたフィリス。

俺に――信頼をくれたフェイト。



死に掛けているのに、身体の芯が燃えるように熱い。

心が不思議なほど満たされて、全身を包む血が勝利を求めて滾っていた。


"やれば出来るもんだな、人間ってのは"

"普通やらないです、絶対やらないです!
長い魔道の歴史においても、こんな強引な手段を用いた人はいません!!


腕の血管を切るなんて、何を考えているんですかー!!


これでは・・・・・・これでは、もう・・・・・・勝っても、貴方はもう――"

"死ぬだろうな・・・・・・少なくとも、自分の足で帰る体力はねえ。
 
フェイトとアルフが助けに来ない限りは"

"――!

貴方は・・・・・・馬鹿です、本当に、馬鹿です・・・・・・!

どこまで素直じゃないんですか、もう!"


 俺の真意を汲み取ったのか、ミヤは泣きじゃくって文句を言う。


――そう。


あくまで信じ切れないのなら――信じるしかない状況を作るまで。


生温い希望が足を引っ張っているなら、絶望に叩き落せばいいだけだ。

剣に魔力を流し、その上で迷いを断ち切るまでに血管を切った。

人間の身体は三割か四割程度の血液を失えば死ぬ。

止血はしたが、傷を縛った程度で回復なんぞしない。

ミヤが全力で身体を支えてくれていても、確実に死は訪れる。


――血なんぞ関係なく、もうくたばりかけてるけどな・・・・・・


何にせよ、これでフェイトとアルフが来なければ死ぬ。

俺はもう信じるしかなくなったのだ。


清々しかった――


自己満足大上等である、笑って突撃してやるさ。



――敵もどうやら準備完了のようだ。



こっちがバタバタやっている間に構成したのか、剣に紅蓮の炎が宿っている。

今度は直撃はおろか、多少の回避でも飲まれて終わりだ。

もとより、逃げるつもりなんぞないが。

俺はあえて敵魔法の射線上のど真ん中に立って、虹の光を放つ剣を構える。

俺の血を存分に浴びて生まれ変わった竹刀――

最早、単なる竹の刀ではない。


俺の綺麗な理想と汚い現実――海鳴町で出会った多くの人達の思いが宿った剣。


俺はこの血刀を、彼女に捧げる。

俺と同じく弱い心を振り絞って、残酷な死と戦う友人へ。

お互いにもう一度、笑ってこの世で会う為に。

小さくも大きな――その強さを受け継ぐ意味をこめて。

彼女が使っていた愛用の武器の名を、この剣の誉れとする。

血が流れ続ける腕を剣と共に掲げて、名を名乗った。



「このくそったれな現実を――切り裂け、"物干し竿"!!!」

"こうなったら、やけくそですー!"



 高らかに宣言すると同時に、逡巡無き走りで正面から突撃をかける。

気力充分なミヤの叫びと共に、物干し竿に魔力が練られる。

俺の中に備わる100の魔力が眩しき光を放った。


――敵から放たれる、炎の烈風。


視界を隅々まで焦がす業火が迫り来るが、逃げずに突っ込む。

フェイトへの信頼を心に満たして、


「はあああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 灼熱の炎を切り裂かんと、剣を振り下ろす。


――激突する魔力。


大理石の床が荒れ狂う魔力の余波で砕かれて、溶解していく。


「ぐううぅぅぅぅーーーーー!!!」

"はぅぅぅ〜〜〜!!"


 圧倒的な熱量と暴風――

強力無比な敵の炎の魔力に、ちっぽけな光が易々と削り取られていく。

魔力の桁が違い過ぎる、認めざるを得なかった。

熱波が突風のように正面から襲い掛かり、踏ん張るのが精一杯だった。

掲げた剣で何とか守られているが、剣に帯びる魔力が消失していく。


俺に――ミヤに焦りが生じる。


剣による支えがなければ均衡は破られ、紅蓮の光が俺を飲み込むだろう。

そうなれば――


"――仕方ないですね"

"ミヤ・・・・・・?"


 その声は、場違いに澄んでいて――



"本当に・・・・・・最後まで、駄目な人でした・・・・・・

ミヤがいなければ、何にも出来なくて――苦労ばっかりでした"

"――! まさか、お前!?

やめろ、やめろーーー!!"


 はやての心から生まれた孤独の闇。

中庭で放り出されて飲まれそうになっていた俺を、ミヤが助けてくれた。

あの時ミヤは自分の魔力を使って――



――消滅しそうになった。



"本当は――わたしはこの世に誕生しない存在でした。
守護騎士と管制人格、二つの大いなる力が主の剣となり、盾となります。

書の一部として、私は機能を全うするだけの道具でした"


 心の中なのに――ミヤの微笑みが見えた。

何の迷いもない、綺麗な笑顔を俺に向けている。


"この世にイレギュラーで生まれたわたしは、貴方にミヤと名付けられて――


――本当に、楽しかったです。


迷って、悩んで、苦しんで・・・・・・それでも頑張る貴方が、ちょっとだけ・・・・・・好きでした"



――ありがとう、良介――



 安らぎの世界に消えていった廃墟の少女。



――リョウスケに、生きて逢いたかった――



 天国のような優しい草原で、悲しい涙を流す女の子。



いい加減にしろよ――

誰かに命を託されて、誰かに思いを託されて。


自分勝手に、皆離れてしまうのか・・・・・・?


――ふざけんな!!


"駄目だ、絶対に駄目だ!!"


 強制された運命に、俺は罵倒する。

戸惑いに怯むミヤを捕まえるように、俺は畳み掛けた。


"一緒に居るって言ってくれただろう?

お前の願いを叶えると――約束しただろう!

俺達はいつまでも一緒だ、今も。そして、これからも!"


 剣を覆う魔力が今、完全に消えようとしている。

俺の命を――ミヤの運命を灰にする炎が眼前にまで押し寄せている。


・・・・・・いつまでも舐めてんじゃねえぞ、運命の女神・・・・・・


"お前には守られてばっかりだったけど――今度は俺がお前を守る!"

"だ、駄目です!? それ以上の負担は――!"

"魔力の限界? 才能がない? だから何だってんだ!!

俺はまだ、生きている!!"


 ついに――魔力が消失する。

あっという間に刀身が炎に飲まれて、柄ごと両腕を炙る。


結んでいたリボンが燃え上がって―― 




「これが俺の、生命の輝きだぁぁぁぁぁ!!!!!」




 ――星空のような光を放つ。


灰となって千切れ飛んだリボンの欠片は粒子となって、俺の両腕に付着する。

真っ黒に炭化した俺の腕に仄かな雪のように、白く柔らかに降り積もる。

業火の炎を優しく洗い流す光は瑞々しく輝いて――



――俺の両腕に、輝かしく装着した。



「これは――籠手か!?」


 戦国を生き抜いた武者の美。

死に絶えた腕を、まるで手を繋ぐように優しく包んでくれている。

白銀に輝く光の籠手は見事なまでに、俺の両腕に完璧に装着されていた。


"凄い、凄い、凄い!

貴方のバリアジャケットです!

籠手だけですけど、完璧なイメージですよ!"

"俺が・・・・・・バリアジャケットを・・・・・・?"


 信じられない思いだった。

魔力不足で出来ないと、完全に諦めていたのに。

白銀の籠手は眩い光を放ち、憎悪の業火を遮断している。

俺が緊迫した状況下で、思わず見惚れてしまう。


これほどの、籠手を・・・・・・俺が・・・・・・?


"貴方が、イメージして下さったんです。


ミヤを守る――守り通すという固い意志を。


・・・・・・感激しました・・・・・・"


 俺は――強い自分をイメージ出来なかった。

己の弱さを、世界の強大さを知って戦意が消失していた。

才能がない事を気付かされて、戦う意思を見失っていた。

誰と戦っても負ける気がした。


そんな俺が・・・・・・ミヤを守りたいと、心から願った。


その思い――願いが、バリアジャケットを構成した。

――でも多分、それだけじゃない。

籠手だけとはいえ、俺の魔力で出来る代物ではない。



"リョウスケにあげる。わたしからのプレゼント"



 ――ありがとうな、お嬢・・・・・・



「行くぞ、ミヤ!」

"はいです!"


 白銀に輝く籠手で剣を握り直し、俺は炎の渦を切り裂いた。

視界を焼く極光をものともせず、俺達は光の奇跡を描いて突撃する。



二つの魔力が、フロアに白と赤の螺旋を描く。



力場が荒れ狂い、強固な壁や天井を破壊して、インテリアを暴風に飲み込んでいく。

朽ち果てつつあった俺の身体も例外ではない。


知った事ではない――!!


全身を切り刻まれて、血と汗すら灰にして、俺は前へ進む。


「運命なんざ――くそくらえ、だぁぁぁぁぁ!!!!」


 轟音を立てて、炎が吹き飛んでいく。

台風の目のように一瞬消失した空間内を走りぬけて、隙だらけの敵の懐へ。

無骨な足から胴体、肩、頭へ駆け上がって、更に蹴って頭上へ!!



「これが俺達の――!!!」



 狙いは、無防備な背中。

残り全魔力を注ぎ込んで、俺達の全てを剣へ――!!!





「全力――!!」

"――全開!!!"





 全身全霊の一撃が、敵の背中を頭上から一閃――!

堅牢な鋼鉄を縦横無尽に切り裂いて、中に眠っていたコアごと両断する。


――左右真っ二つに切り裂かれて倒れる、巨人兵。


全体重を乗せた俺はそのまま床に叩き付けられて、今度こそ動けなくなる。



――崩壊する身体・・・・・・



手から零れた物干し竿が、コロコロと床に転がっていく。

切ない音を立てて、光の籠手が消えていった。

血も肉も骨も――魔力すら失って、異常な蒸気を放っている。





薄れ行く意識の中で・・・・・・





・・・・・・開かれた扉より見える金髪と栗色の髪に俺は苦笑し、力なく瞳を閉じた。



























































<第四十五話へ続く>







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