とらいあんぐるハート3 To a you side 第五楽章 生命の灯火 第三十一話







"結界"とは、広大な世界から特定の空間を切り取り、時間と空間をズラす魔法であると言う。

指定する空間を魔法で遮断でする事で、空間内に存在する時間の変化を変える。

人類を含めた世界の存在は、過去・現実・未来――時間の流れに拘束されている。

時間の変質は、世界の変質。

通常空間から特定空間内の時間の位置をズラす事で、内部の人間はあらゆる認識を固定される。

結界の範囲は使用する魔導師の力量・発動する魔法の術式によって変化する。

付属効果が備わる場合もあり、俺やなのはの負傷を癒した魔方陣もその一つらしい。

ユーノ・スクライアは結界魔導師と呼ばれる術者で、最大効果範囲は数十メートルを軽く超えるらしい。

病院全体を覆う結界を張るのは簡単で、俺達は病院関係者に誰一人知られず行動が出来る――


「――でいいんだな、ユーノ先生」

"何か引っかかる言い方ですが、その認識で問題ありません"


 屋上を離れた俺達は階下を走り、病室へと向かっていた。

結界魔導師と呼ばれるだけあって、ユーノの魔法の効果は抜群だった。

歩行だけで苦しんでいた俺の負傷は漲る様に回復し、スキップも可能だ。

一日で完治するとフィリスが不審がるので、ある程度の怪我は残している。

俺は走りながら、必死で後を追いかけるチビッ娘に目をやる。


「……なのは。さっきも言ったが、付き合う必要は無いんだぞ。

泣いて反対しただろう、最初は」


 先輩魔導師高町なのは、結界魔導師ユーノ・スクライア。

俺はこの二人に先程自分の考えを、伝えた。


遂に思い至ったアリサへの道筋――


彼女の笑顔に辿り着く答えを、曖昧だが閃いた。


ユーノから聞いた魔法の説明、献身的ななのはの思い遣り、アリサが託してくれた生命。


一つ一つの欠片はまだ完全に結び付かず、俺は二人に確認を求めた。


結果――二人から大反対された。


なのはは息を切らせて、沈痛な表情で首を振る。


「おにーちゃんが、決めた事だから。

なのはは自分の出来る事を、精一杯頑張ります」

「……分かった。なら、何も言わん」


 最善ではない、それは確実だ。


どこかできっと――間違えている。


仮定の積み重ね、希望的観測の上塗りで塗り固めた脆い答え。

誰かが強固な常識でぶつかれば破局する、ちっぽけなやり方だった。

それを証拠に、ユーノは今でも反対派だ。


"どうしても、今晩中にやるんですか?
貴方の体調だって完全ではありません"

「――やる。多分明日だと、決心が鈍る。
躊躇ってしまう、迷ってしまう。

俺は、自分で思っている以上に弱いみたいだからな」


 決めた事も真っ直ぐに貫けない、蛇行する人生――


孤独を求めているのか、結局他者に縋りたいだけなのか。

正直言えば――アリサの遺志を尊重するなら、やるべき事じゃない。

失敗すれば、あいつに合わせる顔がない。

アリサが託してくれた命や意思を、溝に捨ててしまう結果になる。

俺の我侭だ、分かってる。


「――チビ。お前との融合が必要だ。
素直な意見を聞かせてくれ。

もう一度、出来るか?」


 俺の視線上を飛んでいる小さな女の子が、振り向く。


――泣きたいような、怒っているような……


複雑な感情で、可憐な顔を歪めて。


「貴方は――最低ですぅ……

言いましたよね?

ミヤとの融合は、マイスターの危険に繋がると」

「……」


 はやてが所有する本。

理屈が分からないが、あの本を使用出来るのははやて一人らしい。

真の持ち主以外がアクセスを試みると、持ち主を呑み込んで転生する。

ミヤは唇を強く結んで、


「結局――自分さえ良ければ、いいんですねぇ……

分かってて聞くなんて、卑怯ですぅ」

「……でも、俺は」


 肯定も出来ず、否定も出来ない。

謝罪をしたところで、俺は結局実行に移す。

ミヤが止めても、俺は今晩――


――自分の命を、懸ける。


なるほど、卑怯な奴だな俺は……

ミヤはそれ以上何も言わず、俺もただ俯いて走るだけ。

無言を貫く二人に、なのはは心配げに見つめるで何も言えずにいた。


やがて病室へ到着――


俺やなのはは寝巻き姿だ、外出するには着替える必要がある。

桃子が一応着替えを用意してくれているので、コッソリ着替えて出て行く。

病室へ立ち寄ったのはその為だった。

部屋へそのまま入ろうとしたその時――



「……成功、して下さいです」

「え……?」



 驚いて視線を横に移すと、チビが耳まで真っ赤にして早口で呟いた。


「貴方が成功すれば、何の問題もないです。
本当は嫌で嫌で仕方ないですけど、ミヤも協力してあげます。

だから、だから……絶対、成功させて下さい。


生きて・・・いて、下さいです……」


 ――本当に。


俺にはもったいないくらい、好い奴だよお前は。

約束は、出来ない。


俺はただ――しっかりと、頷くだけだった。


ミヤは頬を膨らませて仕方がないとばかりに、俺の頭に乗った。

俺達を見つめるなのはも、表情を和らげている。


「よし、さっさと着替えて出よう。

――でもその前に。

結界内で動けないんなら、妹馬鹿の顔に落書きとかしてみるか。
油断大敵、とか書いて。あひゃひゃひゃ」

「お、お兄ちゃんに悪戯しちゃ駄目です!?」

"何を考えてるんですか、貴方は!"

「どうしてそんなに低レベルなんですかぁー!」


 ……ち、このマジメっ子軍団め。

千載一遇のチャンスを泣く泣く見送って、俺は着替えを整える。


黒のシャツにジャージ、擦り切れた靴。


愛用の竹刀を持参したいが、あれははやて家に放置したままだったな……



――ん?



「あれ、そういえば。

あの紅いジュエルシード……あの時ポケットに入れっぱなしだった気が……」

"ええ……ええ、そうですよ!

洗濯の時なのはのお母さんに見つかるところを、僕が回収しました!!"


 出来の悪い生徒に、ユーノ先生はご立腹だった。

仕方ねえだろ、あんなボロボロの身体と心でジュエルシードなんか気にかけてられるか!

ともあれ、一安心。

俺は無事に着替え終わり、なのはも――って、おおおおい!?


「カーテンを閉めて着替えろ!? パンツ丸見えだぞ」

「わっ、わっ!?」


 今初めて気づいたとばかりに、なのはは慌ててカーテンを閉める。

たく、ガキとはいえ気を使えよな……

白いカーテンの向こうで、なのはが恥ずかしさに満ちた声で恐る恐る話しかけてくる。


「あ、あの……見ました、か?」

「うむ。ケツのラインまで丸見えだった」

「ふええぇぇぇ……うー、おにーちゃんのエッチ」

「アホか。小学生のパンツ見て、どうなるっつーんだ。

大体、お前と何度も一緒に風呂に入っただろ。

裸が良くて、下着が駄目と言う理由が分から――」


"ちょ、ちょっと待って下さい!"

「今、問題発言が出ましたです!」


 うるさい外野だった。

ユーノは姿を見せないまま、チビは今度は別の意味で顔を真っ赤にして詰め寄る。


"なのはと一緒に風呂へ入ったんですか!? 何て事を!!"

「何だか知らないが、なのはと風呂へ入った事をお前に責められると腹が立つのは何故だ!」

「そうです、そうです!

マイスターの下着まで脱がしたのに、今度はなのはさんですかぁーーー!」

「あー、やかましいチビッ娘! 小学生の下着を見たくらいで、何だっつーんだ!!
大体、はやての胸程度にブラジャーなんぞ百億年早――」



「……ふーん……、脱がしたん良介やったんか……」



 世界が――凍り付いた。

聞こえるはずのない声が、隣のベットから明らかに聞こえてくる。

俺は驚愕に口をパクパク、チビは顔色を変えて俺のポケットへ撤収、なのははカーテンの向こうで無言。

俺は必死で小声で確認。


"どういうことだ、このニセ教師! 滅茶苦茶動いてるじゃねえか!?
結界の内部では、術者ではない人間は世界から隔離されるんじゃないのか!"

"こ、こんな筈は――!?"


 所詮、ユーノである。

こんな馬鹿信じた俺が愚かだった。

あー、良かった、さっき悪戯しなくて……などと、安心している場合じゃない!

頬が引き攣るのを懸命に堪えて、俺は猫撫で声を出した。


「お、起きてたんっすか……やだなー、ゆっくり休んでればいいのに」

「どっかの誰かの声がうるさくて、目が覚めてしもうたんや」


 だ、だってユーノが大丈夫って言ったから!?

言い訳にもならない戦慄の悲鳴が、喉を詰まらせる。

閉じられたカーテンからにょっきり細い腕が生えて、横に引かれる――怖ぇぇぇ。


カーテンの向こう側からはやての怒りに満ちた顔が――



――驚愕に、変わる。



……?

はやての視線は俺の顔から、俺の服へ――あ。


「こ――こんな夜中に何処へ行く気や!?
フィリス先生に外出禁止やて、言われた筈やろ!」


 ああああ! 畜生、面倒な事態にぃぃぃぃ!!


なのはに助けを求める→カーテンの向こうで知らんぷり。
ユーノに助けを求める→時空の彼方で知らんぷり。
チビに助けを求める→ポケットの中で知らんぷり。


俺のお供は、どいつもこいつも役立たずばかりである。

髪を掻き毟って、俺は必死で言い訳を考える。


「い、いや、寝苦しくてな……

ちょっと着替えて、病院の庭でも散歩しようと思ってただけだ」

「外出禁止の意味、分かってるんか!
眠られへんのやったら、わたしが話し相手になってあげる」

「べ、別にいいよ! ほら、もう寝ろよ。
出て行くのはやめるから、な」

「嘘や!」

「ほ、本当――」


「嘘や! 嘘や、嘘や、嘘や!

良介は、わたしに嘘ばっかり言うてる!!」


「――っ、は、はや……て……?」


 衰弱した少女には似つかわしくない――怒声。


常日頃の弱々しさが仮面であるかのように、はやては激しい感情を見せた。

髪を振り回して、目に涙を溜めて。


「何やねん、わたしは!

良介にとって、わたしは心配されるだけの子供か!?

車椅子やから……足が動かんから、わたしを哀れんでるんか!」

「お……落ち着けよ……誰もそんな事言ってないだろ」

「じゃあ何で、何も言うてくれへんねん!

良介はわたしに、嘘ばっかりや!

優しい嘘で誤魔化して、私の為やって黙ったままで!

私が……何も気づかんと、思てるんか!」


 ボロボロ泣いて、はやては枕を投げつける。

癇癪を起こした子供――じゃない。


息子の嘘を嘆く、母の深い悲しみがあった。


「そんなんやったら――わたしは、安心なんかいらん。

何や、こんな足!

邪魔になるばっかりで、何の役にも立たん!」

「ば、馬鹿!? 無理に立つな!?」


 はやては泣きながら上半身を起こして、ベットから転がり落ちた。

下半身が麻痺している身体は、主人の嘆きにまるで応えない。


されど――その強い意志は、俺に向けられたまま。


はやては震える手で床をつき、足を引き摺る。


「わたしかて、歩ける……歩けるんや。

良介と、良介とずっと一緒にいけるんやから……

う、うう……こ、こんなもん、平気、平気やねんから……グス……平気やねんから!!」


 ズルズル……


必死で重い足を引き摺って、はやては泣きじゃくりながら出入り口へ向かう。

その小さな背中に――小さな少女の声が、重なる。



『本当に…本当に、心からマイスターは貴方を家族だと思っているんですぅ!
貴方が、どう思おうと!

それだけは、変わらない真実なんですぅ…

どうして、どうして…分かってあげないんですかぁ…』



 ――家族……



『お前を、失いたくないって思ってる。

こんな勝手な俺だけど――まだ家族ゴッコを、続けていいかな?

俺も、努力するから』



 努力すると、誓ったんじゃないのか?

今度こそ、自分から家族へと踏み込む決意をした。

逃げないと――はやてを失いたくないと、心からそう感じた。


なのに――また辛い思いを……


嘆息する。

苦渋の決断だと分かっていながら、俺は小さく呟く。


"――ユーノ、なのは、チビ。俺は……"


"なのはも、そうするべきだと思います"

"協力すると、約束しました。貴方の決断にお任せします"

"このままマイスターを泣かせ続ける気なら、協力なんて絶対しませんです"
 

 早くしろと、今日だけの戦友が俺の背中を押す。

一人を望む俺に、優しく差し伸べる手はない。

俺はそのまま立ち上がり――


「わっ!? りょ、良介……」


 ――はやてを、背中に担いだ。

ベストポジション。

俺の今の顔は、はやてに見られずにすむ。

恐々と俺の肩に手を置くはやてに、俺はそっと言ってやる。


「フィリスに電話して、許可を貰うよ。

今晩だけ――俺とはやてとなのはを外出させてくれって。

それなら文句ねえだろ?」

「っ――、良介……

うん、それなら何の問題もなしや」


 そのままぎゅっと、はやては俺の首に手を回す。

柔らかく体重を預けてくる女の子の温もりが、冷えた心を暖かくしてくれる。

自信がなかった俺の決意を、優しく光らせてくれた。

はやてに現場を見られれば、全部バレる。

フィリスに電話なんかしたら、話せなかった最後の魔法関連まで説明する義務が生まれる。


――もういいや、どうでも。


何か……吹っ切れてきたぞ……


高町家を出て行って、アリサと関わった辺りから忘れていたこの感覚――


そもそも俺に隠し事なんぞ、無理。

まして、深く悩めるほどおれの精神構造は複雑に出来ていないのだ。


やってみればいいじゃないか。


不発だったら、次に何か考えればいいだけの話。

ばれたらばれたで、その時また考えようぜ。


そうだよ……何をウジウジ情けなく足踏みなんぞしてやがったんだ、俺は。


世界がどうだの、常識だどうだの、知った事か。


アリサを、取り戻す。


それに奇跡が必要だというなら――



――俺は少女アリサに夢を与える、本物の"魔法使い"になってやる。















 人間という生き物は便利さを覚えると、歯止めが利かない。

俺は文明の利器は持たない主義だったが、今回ばかりは主義変更を考えた。


「ノエルに貰った奴、捨ててしまったからな……」


 なのはに借りた携帯電話を持って、ダイヤルをプッシュ。

フィリスは今日は日勤だったので、今はもう自宅にいる時間帯だ。

結界の効果範囲は病院全域だが、通話は可能――にしてくれた、らしい。

事情を聞くとあの教授はまた長々と話すので、黙って電話。

はやては足の事で私生活でもお世話になっているらしく、自宅の電話番号を知っていたので助かる。

はやてを背負って電話するのは多少辛いので、受話器だけ持ってもらう。

程なくして、本人が出た。


『はい、矢沢です』

「宮本だ」

『あら、良介さん。――え、良介さん!?』


 何だ、そのワンステップ。

受話器の向こうでわたわたしているフィリスが思い浮かんで、苦笑。

からかってやりたいが、時間がない。


「フィリス、突然で悪いが頼みがある」

『どうしたんですか、急に!? 良介さん、今病院でしょう。
それに、どうして私の家の電話番号を――』

『説明する暇がないので、簡単に言う。
緊急の用で外出したいので、俺とはやてとなのはの外出許可をくれ。
今すぐ』

『な、何を言ってるんですか!? 今何時だと――』

「悪いけど、それを説明する時間もない。
緊急なんだ、本当に。
人一人の命がかかってるんだ」


 背中で、息を呑む気配――


はやてにも後で事情を説明するので、今だけは騒がないで欲しい。

フィリスは大いに動揺したようだが、流石は才女。

頭の回転は俺とは比べ物にならないほど速く、精神も強い。

俺の声色から嘘ではない事を察したのだろう、真剣に返答する。


『――仰りたい事は分かりました。
ですが、良介さんとはやてちゃんだけの行動は絶対に認められません』

「悪いな、フィリス。
いつも迷惑ばかりかけているけど、今日の事だけは本当に――」

『――ですので、私も同行します。
病院の玄関で待っていて下さい、すぐに向かいます』

「すぐにって、お前――あ」


 通話音が消える。


俺の話を最後まで聞かず、即効で電話を切ったお医者様。

せっかちな奴である。

あいつの家が何処にあるのか知らんが、待たないと駄目なのか?


急ぐと言っても何時間かかるんだよ、あいつ――


無視して行こうとしたが、はやてに叱られて断念。

確かに口で言う程、急ぐ事態ではない。

今晩中だと拘っているのは、俺自身の勝手な見解でしかないからだ。

フィリスには何度も世話になり、恩義もある。

渋々俺はなのはを連れて、はやてを背負ったまま一階へ。

ユーノの話では関係者以外が結果内に外部から入るのは不可能に近いらしいので、病院の外であいつを待――


「御待たせしました、良介さん」

「えー!?」


 正面玄関からこっちへ走って来る人影に、天才剣士ともあろう俺が情けない声を上げてしまう。

間違いない、フィリス本人である。


――ちょっと待っててくれ、ガール。


"ユーノ、貴様を今日から法螺吹き小僧と呼んでやる。
何が僕の結界には簡単に入れない、だ。嘘つき"

"ちょ、ちょっと待って下さい!? 
今彼女、空間を飛び越――"

"男のくせに、言い訳するな! なのは、一言"

"嘘ついちゃ駄目、ユーノ君"

"あううう……"


 ユーノを懲らしめたところで、別の疑問を当人に。


「お、お前……病院にいたのか?」

「いいえ、良介さんの電話を聞いて慌てて――」

「――家ってお前、この辺に住宅とかない筈なんだが」


 海鳴大学病院の周辺は優しい緑と、最寄の海に面した土地柄である。

近隣のマンションから走ってくるだけでも、相当距離がある。

電話を切って一分経ってないぞ、おい。

俺の鋭い指摘にきょとんとした顔をして――あっと口を塞ぐ。

見る見るうちに顔を青褪めた後に、必死で手を振った。


「ち、違うんです! あの、えと……そ、その!

そ、そうです! 病院にいました!」

「さっきは違うって……」

「勘違いです! 人間、誰だって間違いはあります!」

「その格好で勤務してたのか、お前……」


 ピンクのパジャマの上から白衣、洗い立ての銀髪は温かな湯気を立てて。

整った美貌に焦りを滲ませてやって来た女性。


明らかに今、家を出ましたという姿だった。


夜更けに美人のフィリスがそんな悶絶ものの格好で歩いてたら、十秒で襲い掛かられるぞ。

自分の今の服装にようやく気づいたのか、フィリスは顔を真っ赤にして胸元を整える。


「や、やだ、私……み、見ないで下さい!?」

「見たくないわ、そんなもん」

「そ――そんなものとは何ですか、そんなものとは!

そ、それはフィアッセやリスティに比べたら、見劣りしますけど……酷いです!」

「そうや、良介はほんま酷いと思う!」

「女の子は、いつでも気にしてるんですよ!」

「ここぞとばかりに口を出すな、ガキ共!?」


 背中のはやてや、隣のなのはが強気に不平不満を述べる。


この話題から離れたい、いい加減……


散々文句を言われている内に、フィリスの不可解な到着について忘れてしまっていた。














 何はともあれ、フィリスの同行付きで許可は貰えた。

最後に、俺はユーノに確認を取る事にした。


この手の話にはお約束の、アレだ――


'ユーノ。魔法の事を一般人に話すのは禁句になるか?

部外者に話したら命は無いとか、記憶を消去するとか、目撃者を抹殺するとか'

"何処の悪の組織ですか、それは!?
魔法の存在を民間人に話すだけならば、特別な罰則は設けられていません。

――勿論、全面的な容認はされていません。

科学技術と同じで、魔法も扱い方を間違えれば悲劇を招きます"


 この世界を根幹から支える科学技術でも、人々に恩恵だけを与えてはいない。


人を殺すだけの兵器、自然を荒廃させる技術――


万能な科学で人は死に、欲望と狂気を誘発させている。

ユーノはこう締め括る。


"魔法を伝える事が犯罪なら、なのはや貴方に教えた僕も犯罪者になります。
ただ貴方やなのはを信用して、魔法を説明したと言う事を忘れないで下さい"


 結局は信用問題、法を定めた人間の拠り所に縋るしかないか。

多分ユーノから伝わった魔法をなのはや俺が悪用すれば、ユーノにも厳しい処罰が下されるのだろう。

これまでの話から推測すると異世界には高等な文明や人間社会が存在し、人間を律する法が存在する。

魔法を管理する警察や自衛隊のような組織も、多分在る筈だ。

俺としてはこの事件さえ解決すれば後はどうでもいいので、面倒事さえ無くせば万事良し。

これから話すフィリスやはやては、信用出来る。

はやてはガキだが面白がって話すような奴じゃないし、フィリスは善良の見本。

俺のような悪党とは別次元の人間だ、問題あるまい。


病院を出た俺達は、まず今後の事を話し合う。


フィリスやはやては何も知らないのだ、一刻も早く事情を聞きたい所だろう。


「お話をお聞きする前に――

良介さん、どちらへ向かわれるのですか?」

「えーと、此処からだとちょっと遠いな……はやてを担いで歩く必要があるし。
うーん……」

「タクシーを呼びますか? その方が――」

「いや、下手に事情を勘繰られるとまずい。
見た目だけでも怪しいからな、俺達」


 なのはや俺は私服だが包帯、はやては寝巻き、フィリスはパジャマの上に白衣。

乗車拒否されるぞ、この面々。



――仕方無い、か……



フィリスやなのはに断って場を離れ、なのはの携帯電話を取り出す。

別に、移動手段はある。


ただ――正直、気が進まない。非常に進まない。


今の関係で電話して迎えの要請なんて出せば、険悪化する恐れがある。


でも――――何時までも目を背けられない、よな……


一秒だけ瞑目し、躊躇を捨てる。

俺は携帯を操作して、ある電話番号をプッシュする。


――流石、コールは一瞬。


程無くして、本人が電話に出る。


『何方ですか』


 覚えの無い着信番号、警戒するのは当然だ。

携帯越しに聞こえる無機質な声に、俺は息を呑んで話しかける。


「俺だ、ノエル」

『……宮本様』

「まだ、俺を様付けで呼んでくれるんだな」

『……』


 "宮本様――どうぞ、忍お嬢様を宜しく御願いします"


約束を簡単に破った、俺――

舌の根も乾かぬ内に月村を傷つけ、ノエルとの誓いを無惨に踏み躙った。

時間が経過した約束ではない、ほんの数十分前なのに。

月村から、事情は聞いているだろう。

正直、このまま電話を切られると覚悟していた。

大切な主を傷受けた愚かな男を軽蔑すると、俺は心のどこかで諦観していた。



――ノエルは、ただ待ってくれている。



何も言わぬ冷たさ、電話を切らない暖かさを示して。


最後の、チャンス――


今から話す俺の言葉次第で、未来永劫月村との関係を切られる。

電話越しでさえ、この明晰なメイドの声を聞く事は生涯叶わないだろう。


俺は息を吸う。


「ノエル、月村。

俺はお前達を、復讐の道具にするつもりはなかった――と言えば、嘘になる」

『……っ』


 きっと、電話の向こうで――アイツも、耳を傾けてくれている。


「アリサの無念を晴らしたかった、俺の悲しみを癒したかった。

犯人が、憎かった……」

『……』

「だから――犯人を探して、復讐をする。

今夜アリサを取り戻して、あの娘の前で土下座させる」

『――えっ』


 やっぱり……聞いていて、くれた……

電話の向こうで一瞬聞こえた疑問の声に、感謝する。


「俺は、捻くれた人間だから――うまく謝れない。
素直に言える言葉だけを、伝える。


月村。


今まで――ありがとう。あの時助けてくれて、嬉しかった。
嫌われて、悲しかった。

仲直り、して欲しい。


ノエル。


もう一度だけ――俺に、チャンスをくれ」


 俺は、人とは関われない存在。


人の温かさが煩わしく、人の優しさが苦しく感じる。



でも、悲しかった。


月村に軽蔑されて、心が苦かった。
ノエルに敬遠されて、心が苦しかった。


一度でいい――見届けてくれ。



最初で最後・・、俺が人を救う瞬間を。



『……宮本様』

「うん」

『お嬢様からの、言伝です』


 固唾を飲む。

言いたい事は全て、言い終えた。

気持ちが届かなければ、諦めるしか――ない。

仕方がない、俺が悪いんだ。


ノエルは間を置かず、静かにこう語った――


『"録音するので、もう一度"、と』


 ――即座に、切り替わる。


「二度と言うか、馬鹿。
いいから、海鳴大学病院に早く車を出せこの野郎と言え」


 素に戻る俺。

やっぱり駄目だ、こいつとの間でシリアスは維持出来ない。

他人から見れば、さぞ俺は慇懃無礼に見えるだろう。

だけど俺達の関係は――


――他人になんぞ、容易く踏み込めない。


『宮本様、少々御待ちください。
忍御嬢様が、

態度がでかいよー、反省の気持ちが無いよー

とお話しながら、着替えておられますので。……フフ』



 ――え……?



今、お前――笑った、よな……?



月村の口真似をするのも、初めて聞いたぞ。


『海鳴大学病院の前ですね、私もすぐに支度を致します。

――宮本様。

どうぞ、忍お嬢様を宜しく御願いします』
 


 ノエル――



「期待は、裏切らない」



 ――ありがとう、チャンスをくれて……



清々しく伝わる爽やかな気持ちを胸に、俺は電話を切った。

きっと、成功する。

そんな根拠の無い確信を抱かせるほどに。

電話を黙って聞いていたはやては、感受性が高いのかもらい泣きをしている。

案外、チビと似た者同士かもしれない。

電話を終えた俺はそのままなのは達の所へ戻り――


「あれ……? フィリスは、何処行った」

「はい。リスティさんにお願いしてみると、電話をしに行かれました」



 ――何て言った、今!?



「ば、馬鹿! よりにもよって、あの不良警官に!?」


 冗談じゃない、これ以上ギャラリーを増やしてたまるか!

俺は慌てて病院へ駆け戻ろうとしたが――



――戻ってきたフィリスの善意に溢れた笑顔を見て、時遅しとガックリ膝をついた。



















































<第三十二話へ続く>







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