Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その11 手配






 アリスを部屋に残して、俺は階下の様子を見に階段の傍へ。

出入り口までは見えないが、役人達の物々しい音が階上まで聞こえてくる。

聞き込みにしては荒々しいが、何にせよチャンスだ。

この世界――この国の司法制度は把握出来ていないが、民間人を守る義務程度は存在するだろう。

日本の警察制度と比較するのは問題だが、身を委ねるべきだと思う。

アリスの御守だけならまだしも、昨晩は襲撃されたんだ。

民間人で対処出来る範囲を超えている。

カスミや他の仲間、荷物すらない。

逃げるしか出来ないひ弱な俺に、正体不明なあの娘の騎士は務まらない。

慎重な対応を望むべく、コソコソと階段を下りていき――





「法正第三部隊の者だ。宿帳を改めたい」

「へ、へぇ……あの、うちの宿は――」

「確認を取るだけだ。何か後ろめたい事でもあるのか?」

「か、勘弁してくださいよ。少々お待ちを」





 うーん、役人体質。

何処の世界へ行っても、役所関係が大小あれど民間人にキツい態度をするようだ。

彼らも犯罪防止に積極的なので無理もないが、気の弱い奴には痛い。

宿の親父はノロノロと薄汚れた宿帳を持ち出している様子――


俺とアリスは偽名。


発見されても、眉一つ動かさずスルーするだろう。

別にやましい事はないが、痛くもない腹を探られたくない。


――何か思考が犯罪者寄りになってきた……


早く保護を申し出よう、決意が鈍りそうだ。

階段からは声しか聞こえないので、更に前へ踏み込んでいく。





「な……何か事件でもおありで?」

「男を探している。子供を一人連れている、若い男だ」





 ――足を、止める。


女の子を連れた、若い男……?


嫌な予感に、心がざわめく。


た、確かに俺も該当者だけど――まさかな。


階下で、物騒な話が続く。





「子連れの男……?」

「心当たりはあるか? 若い男は十代、黒い髪。子供は十歳前後の女だ。



手配書もある、見てくれ」


 黒い髪の男、女の子供……?


手配書が非常に気になるが、声しか聞こえない状況では見えない。

ぐ――偶然だ、偶然に決まってる!



……などと、楽観的に考えられる幸せな人生を送っていない。



この世界は、俺にとっては想像を超えた異郷。

安全という言葉は無料では保障されない。

俺は即座に引き返して、足音を立てないように部屋へ戻る。

血相を変えて戻った俺を、アリスは無邪気な微笑みで出迎える。


「おかえりー、どうだった? 
面白そうな騒ぎだったら、アリスも観に行くー!」

「――生憎、そんな余裕はない。逃げるぞ」


 頭の中で危険信号が鳴り響いている。

役人相手になって欲しくなかったが、どうやら事態は思っているより深刻な様子だ。

俺達でなければ、何の問題もない。

保護を求めるだけだ。


だが万が一違えば――かなり面倒になる。


アリスは正体不明、俺はこの世界に身寄りや身元がない。

自分を証明出来ないのだ、捕まれば無罪を主張する材料がない。

安全か、危険か。

どちらかを疑うなら、俺は危険を疑う。

葵の馬鹿と一緒にいる限り、俺に安楽はないも同然だ。

手持ちの荷物が少ないのは、今は逆にありがたい。

驚くアリスを連れて部屋の外へ出て、階段を即座に降りる。





「泊まっているのか!? 何号室だ!」

「へぇ…部屋番号でしたら――」





"入り口は塞がってる……
しかもこっちへ来そうだ、まずい!?"

"どうする! どうする! ピンチだよ!?"

"何か嬉しそうだな、お前は!"


 危険を楽しんでいると、葵のような社会の迷惑になるぞ。

小声で馬鹿やっていると、宿の親父が部屋番号を教えて鍵を渡している。

もたついている間に、御用だ。


"裏口から出るぞ"

"はーい"


 機嫌良く同意する女の子を連れて、俺達は落ち着きなく宿を後にした。
















 街に身寄りもなく、頼る先もない俺達。

昼間から襲撃があるとは考え辛いが、目立たないように行動するべきだろう。

役人の動向も不気味だ。

この街で俺が知る場所はホテルに港、襲撃を受けた倉庫関係の建物。


――後は上空から見た景色だけ。


一刻も早くカスミたちに連絡を取りたいが、行動制限がある。

町中に張り巡らされた細い道を辿って、街中の様子を窺いながら歩く。



――違う。



昨日とは、様子が違う。

クモの糸のように張り巡らされた警戒、街の小さな動揺。

大通りを歩く人達が口々に、何かを噂している。

面白がって隣で覗き込むアリスを、俺は抱き込むように隠す。

最早直感でも何でもない、純粋に彼女の存在が人目につくのは危険。

アリスは少し驚いたように俺を見上げて、紅い瞳を細めてギュッとしがみ付いた。


……静かだからいいか。


俺は身を潜めたまま、騒がしい人達の噂話に耳を澄ます――



「――って、本当かよ」

「ああ、役人共が怖い顔してウロウロしてるだろ。
刺激しない方がいいぜ」

「でも、ビックリだよな……





まさか王女がこの街に滞在してたなんてよ」





 ――!



王、女……



呆然とする俺の耳に、信じ難い話が次々と飛び込む。


「誘拐があったのって何時よ?」

「昨日って話だぜ。滞在していた宿から連れ出されたらしい」


 何だってーーーー!?

視線を落とす。





アリスは俺を見上げて――





――ペロっと、可愛らしく舌を出した。
















































<第五章 その12に続く>






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