Ground over 第五章 水浜の晴嵐 その9 潜伏






 闇夜の中、迫り来る足音。

単なる通りすがりで片付けられるほど、平穏な人生を送っていない。

人気の全くない夜の港で、平然とこちらへ向かってくる人影に不信を抱いて当然だ。

俺はアリスの手を引いて走る。


「こっちだ!」

「キョウスケ――うん」


 聡明な少女は素直に従い、俺は町の灯りを目印に突っ走る。

港の警備員を頼りたいが、この町の警備体制がどれだけ万全か分からない。

助けを求めるにも、人の気配が全くしない。

静寂な夜の河川に木霊するのは、俺とアリス――そして不穏な足音の数々。

場慣れしていないので正確な察知は出来ないが、足音は複数聞こえる。

加えて、明らかに友好的に感じない切羽詰った迫り方だ。

逃走という判断は、決して過剰な警戒ではない。

何より、心理面で俺はこの特殊な状況下に怯えている。

町の灯りが遠い静まり返った港。

恐ろしいほど穏やかで、真っ暗な川。

不気味に立ち並ぶ人気のない倉庫の数々。

――孤立した環境。

今まで・・・俺の周りには、常に誰かが居た。

頼りになる人達――この世界で出会った仲間。

熟練した冒険者であり、気高く聡明な戦士のカスミ。

能天気で御人好しな妖精、俺の傍で暖かく励ますキキョウ。

寡黙だが、清廉な存在感が安心する氷室さん。

そして、馬鹿一名。

英雄気取りの腐れ縁、俺に無類の信頼を寄せる葵。

一癖ある人間ばかりだが、そんなあいつ等だからこそこれまで一緒にやって来れた。

ろくでもない事ばかりだった旅も、あいつらが居て頑張れた気がする。

俺一人でこの狂った世界に放り出されたら――既に正気を失っていただろう。

元の世界の価値観が通じない、異常な環境が適応される世界。

孤立して、俺は再び強く認識させられた気がした。

科学者気取りでいられたあの世界より、切り離された今。

立たされたこの世界が、今の現実であるのだと――


「・・・はぁ、はぁ・・・」


 着陸地点より全力で離れ、港の大きな路を選んで走る。

倉庫と倉庫の間にも細い道が続いており、隠れる場所もありそうだがパス。

行き止まりだったら最低である。

自ら袋小路に陥る危険性は、全力で回避しなければいけない。

俺はわざと人目につきやすい道を選んで走った。

大通りであればあるほど、町へと続く道に繋がる可能性が大きい。

到底自慢にならないが、俺は体力がない。

盗賊団やら人食い魚やら倒したが、俺個人が強くなった訳でも何でもない。

奇策を弄して、俺に有利な戦況へ導いた結果にすぎないのだ。

戦いは相変わらず苦手で嫌いであり、腕力や体力はからっきし。

研究や開発で知識が蓄えており、連日連夜集中出来る持久力は自信があるがそれだけ。

葵の好きなゲームで例えるなら、レベル1以下の一般市民でしかない。

この世界で生きていくには強くなる必然性を確かに感じるが、それはこの世界への適応を意味する。

冗談ではない。

悪党やモンスターを倒す強さなど、科学者には必要ない。

俺は俺のままでいい。

――が、今のこの状況では俺のそうした頑なな考え方は何の有利にも働かない。

足音が完璧に俺達を追ってくる。

乱れのない追跡は、ヒシヒシと俺の背中にプレッシャーを与える。

捕まったらどうなるかなど、考えたくもない。


「はぁ、ぜぇ・・・ア、アリス・・・まだ走れるか・・・?」

「うん、平気だよ」


 それなりに全力で走っているつもりだが、平走するアリスは元気そのもの。

汗一つかかず、天真爛漫な笑顔を俺に向けてくる。

・・・ゼェゼェしてる俺って・・・

強さは必要ないが、体力だけは養うべきだろうか?

子供以下の体力に、先程までの意地がぐらつくのを感じる。

背後の連中も疲れた様子もなく走ってくる――


「ぜぇ・・・しつこい連中だな・・・何か心当たりは?」

「きっと、わたしが可愛いから追いかけてくるの。ポッ」

「――じゃあここでお前を置き去りにしたら、連中は満足するんだな」

「ひどーい、おにーちゃん! 
誘拐魔! 変質者!!」

「何で俺がそこまで言われなきゃいけないんだ!?」


 言い争っている間にも、正体不明の人影は追いかけて来る。

足音が近づいているところを見ると、相手の方が速そうだ。

気ばかり焦るからか、手立てが思いつかない。

追撃を避ける有効な手段を考えたいが・・・


「ゴホ、ゴホッ!
・・・は、は・・・騒いでて余計に体力使った・・・
とにかく、町まで逃げるぞ!」

「まだ走るの? わたし、また空を飛ぶよ」

「駄目」

「むー、走るの飽きたのにー」

「相手の素性も分からないのに、目立つ行為はしたくないの。
連中が此処を察したのも、飛んでいた俺達を追って来たんだから」


 結局目的が分からないんだよな・・・

相手が上空を飛んでいた俺達を補足したのは、まず間違いない。

出なければ、こんなタイミングで俺達を追える筈がない。

聞き出したいが、友好的な相手かどうかは怪しい。

何しろ声をかければすむ話なのに、相手は無言で追って来ているのだ。

用があるなら声くらいかけるだろう、普通。

なのに、無言――何も言わず、ただ迫るだけ。

逃げるなというほうが無理だ。

情報を聞き出したいが、その後の対応が思いつかない。

聞いて答えてくれるかは怪しいし、安全に返してくれる保証もない。

恐る恐る振り返って、確認。

――駄目だ、闇が濃すぎて見えな・・・


ん・・・?


一瞬、何か違和感を感じた。

追ってくる人影――そのシルエット。

気のせいじゃないなら、あれは・・・

思い悩んだその時――!


「――ぅ、げ!? アリス、空を飛べ!?」

「え、で、でも・・・!」

「いいから早く!」


 俺は素早く背後を向き直る。

先頭を走る人影が、暗闇の向こうで手を掲げている。

歪曲に描かれた、一本のナイフ。


投擲――!?


押し寄せる圧迫感と恐怖。

俺は反射的に目を瞑り――


――急上昇する空気を瞼の向こうに感じた。


「――大丈夫、キョウスケ? もう平気だよ」

「・・・」


 耳元をくすぐる可愛らしい声も、今の俺には空ろにしか響かない。


――殺す気だった・・・


その事実だけが、俺を完璧に打ちのめしていた。
















































<第五章 その10に続く>






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