Ground over 第四章 インペリアル・ラース その12 仲間







何が起きたか――咄嗟には分からなかった。

気がつけば、横転して床に転がっていた。

木製の床が支えてくれたのか、衝撃は少なかったが痛みはある。

不幸中の幸いか、その刺激が俺を現実へ引き戻してくれた。

衝突する金属音――

覆い被さる波――

頭からぐっしょり濡れたまま、俺は押し寄せる水の勢いに流されて壁に叩きつけられた。


「……つぅ……」


 思わず塩辛さを感じて口内から液体を吐き出すが、錯覚だった。

当たり前だ、ここは河のど真ん中なのだから。

ズキズキする頭痛が思考力を奪う。

何が……あった……?


「カスミ殿、カスミ殿!」

「……え……あ……?」


 必死で叫ぶ誰かの声。

耳鳴りがする中、その声がどれだけ必死なのかだけ分かった。

河の水で遮られた視界を、必死で目を擦る事で回復させる。

――そして、俺は知った――



「カスミ殿、カスミ殿」

「……う……」
 


必死の形相で呼びかける葵。

……右肩を……鮮血に染めて倒れているカスミ。

催涙弾を投げた俺。

急下降するキラーフィッシュ。


……俺を……突き飛ばした……カスミは……齧り付かれて……


「―――あの……野郎……」


 俺は知っている――この感情を。

勉学に励み、研究にうちこんだ科学者見習いには似合わない激情。

ルーチャア村で起こった悲劇。

ただ見ているだけだった俺を、心の底から揺さぶったこの気持ちを。


「――葵。カスミを連れて行け」

「気が付いたのか、友よ!?」

「俺の事はいいから早く!」


 感情に身を任せるなんて熱血な真似は、俺には到底あわない。

――だから、今日限りにしてやる。

今日だけは――荒れ狂う波の如く、暴れまくってやる。

脅威の怪物への恐怖を怒りが消してくれる。


「――これを使え、友よ。無装備では戦えない」


 爆裂弾。

俺が葵に託した武器が、再び俺の元へと帰ってきた。

催涙弾を失った俺には心強い。

葵の力強い表情が、少しだけ俺を冷静にしてくれた。


「友の最大の武器は頭脳だ。無理はするな」

「――分かってる」


 ……笑える。

普段は暴走を止めるのは俺の役目なのに、立場が逆転している。

葵に言われているようでは駄目だな。

そのまま何も言わず、出血するカスミの肩を抱いて葵は船内へと帰っていった。

――ごめんな、カスミ。

俺のミスがこの事態を招いた。

責任だけは果たさなければいけない。

最後の武器を手にして、俺は水上の戦場へと視線を向ける。

奴は水中へ舞い戻り、姿を見せていない。

まさかそのまま退散したとは思えないので、再び襲撃をかけてくるだろう。

カスミの血の臭いが鼻につき、俺はこみ上げる感情を抑える。

同じミスは繰り返さない。

今度こそきちんとポイントを絞って、奴の顔面に爆裂弾をぶち当ててやる。

至近距離から食らえば、奴は粉々に吹っ飛ぶ。

……間近で爆発すれば俺もただではすまないが、無視する。

俺は水面だけに集中し、敵の接近を待ち続けた。


1秒―
10秒―
20秒―
30秒―
40秒―
5――


水面が泡立つ。

水中を高速で横切る黒い影を目にし、俺は爆裂弾をかまえる。

さっきは姿を見せた瞬間に、焦って投下したから失敗してしまった。

今度は――

激しい水音。

直立したままの俺。

仲間を一人やられて、不思議なほど腹が据わっている。

全身がずぶ濡れにだろうと、視界が水で遮られようと、俺はただじっと水の変化を見つめていた。

噴きあがる河の水。

瞬間的に出来た水の防壁に隠れるように、大きな魚の影が急上昇する。


「……モンスターだろうが何だろうが、所詮は魚だな」


 鮫以上の迫力を誇る巨体が押し寄せてくる。

剣士のカスミならともかく、一般人の俺は奴にとってはひ弱な餌にすぎないだろう。

分かっている。

その俺の弱さがカスミを傷付けてしまった。


「魚は魚らしく」


 覆い被さろうとする魚を俺は真っ直ぐに凝視する。

そのまま手に持っていた爆裂弾をしっかり掴んで――


「餌にでもなってろ」


 ――薄汚い口内へ思いっきり投入した。

瞬間。

ふんだんに詰めた火薬が効果を発揮し、中空で大爆発を起こした。















「……うわ、ハードに汚れてしまったな……」


 静けさが戻った河。

息も絶え絶えに船尾で横たわる俺の周りには、四散したキラーフィッシュの肉片が飛び散っている。

緊張が解けた俺には払いのける力も無い。

敵を倒せた安心感と、支えていた怒りが消えて、俺は立つ力も無かった。

柄にもない事をしてしまったと思う。

戦いなんて野蛮な事はもうこれっきりにしよう。


「……大丈夫かな、カスミの奴……」


 多分奴が襲い掛かった時、咄嗟に剣で斬りさばいたのだろう。

回避はされたが、お陰で食い千切られずにはすんだ。

浅い傷であることを願いたいものだが……


「とりあえず、船長に脅威は去った事を報告――っ!?」


 途端――襲いかかる振動。

俺は無様に転がされて、甲板を這いずり回される。


「何だ、今の!?――っ。
ま、まさか……」


 もしかして――船底にを何かが体当たりした?

な……何に・・……?

スクラップになったキラーフィッシュを凝視し、俺は戦慄に震えた。

もしかすると、こいつ――


「……い、一匹じゃ……ない……?」


 疲れた身体に、更なる揺さ振りが押し寄せる。

呆然とする俺の脳内で、狂ったようにコンピューターがデータを打ち出す。


催涙弾―0。

爆裂弾―0。

パーティーメンバーの戦力――負傷。



戦闘――継続。


















































<その13に続く>






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