Ground over 第四章 インペリアル・ラース その7 不穏




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 そよ風が頬に当たって心地良い。

気温は温暖、天候は良し―――

文句のない出港日和だった。

バイクを収納後、待合所の施設で一時間待機していた俺達。

その間港で祝いの式典が簡易的に行われて、町長さんが集まった大勢の人達に挨拶していた。

カスミの話では、予約が必要な入船券は直ぐに売り切れてしまったそうだ。

町長さんのコネが無ければ、俺達も危なかったかもしれない。

もっとも、俺達の活躍があってこそだが。

何にせよ何の問題も無いまま準備は整えられ、今ここに―――


『おおおおおおおおおおおおおっ!!』


 ―――出港となった。

船に乗り込む人に見送る人々。

歓声が高らかに上げられ、順風なる船出を迎える。

俺達も俺達で大変だった。


『本当にありがとうございました』
『何とお礼を言っていいか……』
『もう行ってしまわれるのですか……』
『これからもこの町の為に何とぞ―――』


 ……一言で言えば、もみくちゃにされた。

水ならともかく、人に溺れたのは初めての経験だ。

泣いたり笑ったりと、群集に別れを惜しまれた。

その中で特別なのは氷室さんで、跪いて拝む人で周りを囲まれている。

円の中心に所在なく立っている氷室さんに、不謹慎ながら笑みがこぼれてしまった。

対応には困るが、それでも―――町の人達に向けられる気持ちは本当に嬉しかった。

この世界を認めるつもりはないが、やれる事は出来た。

―――科学に出会えた自分を誇りに思える。

今まで勉強してきた事も無駄ではなかった―――

俺はこれからも探求への道を歩んでいく。

その自信を与えてくれたのは、間違いなくこの人達だ。


「…いい顔をしているな、友よ」

「お、俺がか?」


 押し寄せる人をやんわりどけながら、俺は葵に目を向ける。

葵はしっかりと頷いて言った。


「成し遂げた男の顔だ。友にはよく似合っている」


 ……この場面で、よくそんなクサい台詞が言えるものだ。

呆れを通り越して感心し、台詞の内容に我ながら赤面してしまう。

反論しようにも墓穴を掘るのは間違いない。

だから、俺は一言だけコメントして終える。


「……どうだろうな」


 はぐらかすのが精一杯だった。









 





 見送りの挨拶を終えた俺達は、改めて入船した。

乗船の際に必要な券に証印をもらい、二列になって桟橋を渡る。

船員の誘導で混乱も無く全員が入船し、客は腰を落ち着ける。


「船内は広いな……」

「渡し舟とは言え、これだけの規模の河を渡るのだ。
半端な広さでは危険なだけだ、友よ」


 ……何せ対岸がまるで見えないからな。

日本によくある手漕ぎの小さな渡し舟だと、木の葉のように流されるだけだろう。

100人は乗せられそうな広さの船内を、俺達は歩いていく。

船は比較的新しく、船内は窮屈さを感じさせない。

話に聞くところによると、この船は結晶石を動力源とする船だと言う。

沢山の冒険者を傷つけ―――雨雲の全てを吹き飛ばした石。

結晶石は人工精製は不可能で、宝石以上の価値があるとの事。

それゆえ結晶石を動力とする船は最新式で、安定性が高く速度は段違い。

対岸への移動時間は半日。

交通の便は不便に思えるが、それは俺の世界の常識と照らし合わせているからだ。


「お前達の住んでいた国にも船はあるのか?」


 細い指先をそっと壁にあてて、カスミがそんな事を聞いてくる。


「あるぞ。この船の倍はでかい船がごろごろある」

「……それほどの数の船を保有しているのか。
お前の持つ知識と技術力を考えても、一体どれほどの大国なのか……」


 どんな想像をしているのか知らないが、カスミは戦慄していた。

きっと彼女の頭の中には、大規模製作の映画ばりの帝国模様が浮かんでいるに違いない。

その様子を隣で見ていて何を思っているのか、氷室さんはやや興味ありの顔で見つめている。


「私、船に乗るのは初めてなんですよぉー京介様」


 ご機嫌に俺の周りを飛ぶ妖精。

手で払いたくなる衝動に駆られるが、カスミや氷室さんが居る手前我慢する。


「お前は羽があるから乗らなくていいだろ。
ちゃっかり入船券までもらいやがって」


 何を考えているのか、カスミはこいつの分まで用意した。

キキョウは感激して受け取っていたが、そんな余裕があるなら他の奴に回してやればいいのに。

船内に券を持ってない虫が一匹いようと、密航だと騒ぐ奴がいる筈が無い。





『ッックシュン!』





「?……誰かくしゃみした?」

「いや、誰もしていないぞ友よ」


 辺りを見渡すが、皆不思議そうな顔で俺を見るだけ。

気のせいかな……?

俺らの他に傍には誰も居ないし。

あるとすれば―――



 船員の誰かが放置した通路の奥の樽くらいか。


「……天城さん、そろそろ出港のお時間だそうですよ」

「え?あ、そうなの。
分かった、行こう氷室さん」


 微妙な違和感を感じるが、気にしすぎても仕方ない。

いよいよ船は出発する。

せめて見送りに来てくれた町長さん達に、船上から手でも振ってお別れしよう。

俺達は連れ立って足を運び―――




 
『―――ようやく船を出せる日が来たんだな』 

  『身体が鈍って仕方なかったよ、まったく』
 
 
 
 
 
 ふと聞こえてくる船員達の会話。

お客の邪魔にならないようにと、隅っこで髭面の二人が話している。
 
 
 
 
 
『船長も喜んでたぜ。長い間退屈してたからな……』

『毎日酒ばっかりだったからな。
案外一番喜んでるのは奥さんだったりしてよ』

『あっはっは、ちげえねえちげえねえ。
だがよ―――大丈夫かな、実際よ』

『でぇーじょぶだろ。船長、歳くってるけど俺らより現役だぜ?
俺っちが心配してるのは―――アレだよアレ。
……時期的にそろそろだろ?』

『……げっ、そっか。
キラーフィッシュの野郎、派手に暴れやがるからな……』
 
 



 ―――キラーフィッシュ?

不吉な名前に、何かまた嫌な予感がした。











































<その8に続く>

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