Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その10 工夫






 科学者に冒険者、妖精に護衛、そして一般人。共に旅していた仲間達が初めて、別々の目的を持って別行動を取った。

キキョウはヤブガラシ村の復興、葵は師匠のカスミとナズナの森で修行、氷室さんは自分の将来に悩んでいる。

この成り行きに驚かされはしたが、振り返ると一致団結出来ていた事が不思議に思える。十人十色、個性的な面々ばかりなのに。

元の世界へ帰る旅路、歩く道は同じだが目指す先は微妙に異なっている。俺達は家族ではない、永遠なる関係なんてありえない。


分かっていた筈なのに、俺は分かっていなかったのかもしれない。一人になって、寂しさめいたものを感じているのだから。


「やっぱり燃料が供給出来ないのが痛いな……思い切ってエンジン機構を改良してみるか」


 全員別行動となった今、俺は一人休暇を取っていた。早く王都に向けて出立したいが、皆自分のやるべき事に専念している。

手持ち無沙汰とはいえ、誰かの手伝いをする気も起こらず、俺は村で腰を下ろしている。旅に出れないのなら、休んでいた方がいい。

本当は港町で休むつもりだったのに、一国の王女を救うべく女王との情報戦を繰り広げたのだ。科学者にも、頭を休める時間は必要だ。

ただ村人が引き篭もっている村で辛気臭く寝てられず、手持ちの道具でバイクの整備を行っている。


「……自分の将来か……今まで一度も悩んだ事はなかったな」


 バイクを弄りながら、氷室さんの事を考える。彼女は今、主のいない宿の客室で資料類を読んでいる。

魔法なんて代物が成立する異世界なんぞ絶対に認めないが、存在まで否定しても仕方がない。安全に旅するには、情報が必要だ。

護衛であるカスミがいるからといって、甘えてはいけない。いざという時、自分の身は自分で守らなければならない。


氷室さんから受けた進路相談、将来の夢がなく悩んでいる彼女に俺は異世界の情報を提供した。


町から町へと旅して集めた文献類、人々から聞いた話を自分なりに整理したレポート関係。データ収集と分析は、科学者の必須スキル。

言葉どころか概念そのものが異なる世界で生き残るには、まずは知らなければならない。常識以前に、生きる為の知恵を。

科学者以外の道を考えたこともない俺に、彼女から相談を受けて話せたのは、自分なりの考え方だけだった。


『自分に出来る事を探すのなら、まずは知らないと駄目ですね』

『勉強、という意味でしょうか……?』

『有り体に言うなら、社会勉強かな。自分の知らない世界の仕組みを学ぶんです。
異世界になんて来てしまったけど、本来俺達は学生なんだから。何か興味のある分野とかは?』

『……そうですね……しいて言えば、この世界にしかない"術"に興味はあります』

『うーん、その辺は全然詳しくないですが――自分なりに整理した資料とかはありますけど、よかったら読みますか?』

『ありがとうございます、よろしくお願いします』


 氷室さんは異世界の魔法に興味があるらしい。科学とは異なる概念、個人的には嫌っている分野である。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなんて言うつもりはないけれど、複雑である。憧れのマドンナであるだけに、余計に。


しかし考えてみると、科学と魔法のどちらに興味があると問われたら、大体の人間は魔法と答えるだろう。俺の世界の人間ならば。


自分には持ち得ないからこそ、憧れを抱く。人として当然の感情であり、そうした好奇心が科学を発展させてきた。

葵は特殊な例だが、あの男も冒険者に憧れている。彼らから言わせれば、鎧よりも白衣が好きな俺の方が変わり者なのだろう。

氷室さんが魔法使い――黒衣の美人大賢者を想像して、深い溜息を吐いた。妄想してどうする。



「偉そうに色々言ったけど、俺はどうしようかな……?」



 自分の将来ではなく、目の前の事を考える。一人で過ごす時間は本当に久しぶりで、何だか落ち着かない。

葵とカスミは修行、キキョウは治療、氷室さんは勉強。どれも手伝えるのだが、積極的に関わる気がまるで起きなかった。


一番の理由はやはり、自分自身に関わりがないからだろう。彼らの目標は彼らの為であって、自分には結び付かない。


誰も聞いていない言える事だが、彼らの誰かが困っているならば助ける。憎たらしいが、葵だって力にはなってやる。

だが、今回の場合誰もが皆困っていない。キキョウは村の復興に悩んでいるが、言ってみればあいつのお節介だ。

危機的状況でなければ動けないというのもどうかと思うが、そもそも危機が続く日常がおかしいのだ。

今が平和であるならば、それに越した事はない、安寧であることに感謝して、過ごせばいい。


――なのに、この落ち着かなさは何なのだろう……? 考えて、すぐに答えは出た。


「引き篭っているのだと変わらないな、今の俺は」


 目の前に、答えはあった。努力するのが苦痛で、楽な方ばかりに逃げている村人たち。

働いても何も変わらない。努力しても身にならない。結果が出せないのならば、出そうとしなければいい。


今の俺も同じだ。努力しても元の世界に急には戻れないから、ボンヤリと先送りにしている。


出来る事なんてない、本当にそうなのだろうか? 思考停止は、科学者にとって害悪でしかない。

俺は冒険者じゃない。けれど、科学者だって立ち止まっているだけの存在ではない。篭って研究しているだけでは、新しい発見は出来ない。


科学者として何をするべきか、俺自身が何をしたいのか――脳髄まで絞り込んで、考えてみる。


「元の世界に変えるにも、研究するにも、資金と資材が必要。そのどちらも、充分ではない。
提供を得るには、名声と実績が不可欠。その為には、キャリアを積まなければならない」


 村おこし、剣の修行、魔法の勉強――最先端科学の探求。バラバラなそれらを、一つに結びつける目標。

仲間達の努力と成果、彼らの目指す別々の目標が、俺自身の進むべき先に繋がる。頭の中で、全てが一つとなった。


胸が、緊張と期待に高まる。脳が、可能性に震える。視界が一気に広がり、全身に、力が漲る。


科学者である自分ならではの、覇業。一国の支配者相手に情報戦を挑んだ時の、克己心。

自分の今やらなければならない、事。元の世界へ最短で変える為の、努力。



それは、葵でいうところの――レベル上げ。俺は急ぎバイクに跨り、ヤブガラシ村を出る。













































<続く>






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