Ground over 第六章 スーパー・インフェクション その9 振分






 過去、皆瀬葵は超常現象を求めていた。科学では説明出来ない現象、有り得ない奇跡を求めて彼は国中を旅して回っていた。

科学理論で証明出来ない現象に俺は興味はなかったが、その情熱だけは認めていた。腐れ縁でも縁、断ち切らない理由はあった。

正直、この男を馬鹿にする人間は今も昔も多かった。お伽話に憧れるのは幼稚園まで、いずれは現実を見なければならない。

俺も馬鹿にしていた類だが、正面から堂々と悪口を言っている。文句を言うだけで何もしない人間よりは、こいつの方がマシだ。


心の片隅で、ずっと思っていた――この男がもし本当に冒険に出れば、馬鹿にしていた連中の何百倍も努力するだろうと。


「葵様、お願いですから行かないでください! 皆で一緒に頑張ればきっと、どんな事でも可能になりますぅー!」

「……彼女はどうやら誤解しているようだ。友よ、説明してあげてくれ」

「お前が自分で言えよ」


 わんわん泣いている妖精を前に、流石の葵も困り果てていた。見捨てられるとでも思ったのか、縋りつく勢いだ。

カスミと共に"ナズナの森"へ向かう決意をした葵、異世界へ召喚されて初めての別行動だった。

これまで別れる事はあっても、一つの作戦上の事や事情があっての成り行き。バラバラになった事はない。

俺達は今こそこうして冒険が出来ているが、立場上は異世界の迷子だ。カスミやキキョウが居なければ、今も命があるか怪しい。

自分の世界の常識が通じないとは、恐ろしい事だ。自分の意志で行動するだけでも、勇気がいる。


「葵様はこれまで困っている人達の為に、一生懸命だったじゃないですか! この村の人達も、助けてあげて下さい!」

「このヤブガラシ村が貧窮に陥っている根本的な原因は、彼らにある。冷たいようだが、自分達の力で立ち上がらなければならない。
吾輩も同じだ。この世界で生きて行く為には、力が必要なのだ」

「――やっぱり、修行が目的か」

「うむ、当然で迷惑をかけるが許してほしい。レベルアップに勤しんで来る」


 ロールプレイングゲームと勘違いしている節はあるが、一応冒険者なので正しいとも言えるかもしれない。

やはり別行動する目的は、修行。ナズナ地方の森林地帯は、人の手の及ばない領域。モンスターが蔓延る、魔の空間である。

法の手が行き届いていない森には盗賊が隠れ住んでいる可能性もあり、旅人は遠回りしてこの村を通りすぎていく。


危険と知りながらわざわざ立ち向かうのは、危険すら楽しむ冒険者くらいだろう。


「やっぱり未練があったんだな、お前。カスミと一緒なら心配ないだろうけど」

「思わぬ長居となりそうなのでな、吾輩も自分の目的を果たしてくる」

「で、でもでも、危ないですし――」


 俺は積極的に賛成はしないけど、反対もしない。家族ではないのだ、必要以上に心配する事もあるまい。

無論危ないのは承知しているが、剣の師匠も傍についている。心配するだけ損というものだ。

キキョウだけはそう思わないのか、心配と不安を顔に出して必死で止めようとしている。


やれやれ、いつもこれだ。俺がどうして仲間同士の調整をしなければならないんだ、全く。


「カスミも了解しているんだ、行かせてやれ」

「京介様、そうは言いますけど、あの森にはモンスターさんだけではなく、盗賊さんも――」

「葵も承知の上だ。それにこいつが森へ向かう決断をしたのは、お前を信頼しての事なんだぞ」

「ふえっ!? ど、どういう意味ですか!?」

「キキョウちゃんなら、この村を救える――吾輩はそう信じているからこそ、安心して自分の事に邁進出来る。
修行に専念する決意が出来たのは、キキョウちゃんの決断あっての事。お互い、頑張ろうではないか!」

「葵様、そこまで信じて下さって……! ううう、感激ですぅ……!!」


 馬鹿とアホが揃うと、相乗効果で感動が生まれるらしい。男泣きに感動の嵐で、二人は互いに抱き合っている。

カスミめ、自分が直接言いに来なかったのはこの光景を見たくなかったからだな。俺も飯がまずくなりそうだ。

馬鹿馬鹿しさの極みにウンザリするが、当人達は覚悟を決められたらしい。お互い、止める気はないようだ。


「必ず、この村の人達を救います! 葵様もどうか、頑張って下さい!」

「任せておけ。妖精の祝福があれば、冒険者たる我輩に怖いものなどない!!」


 見送る気にもならないので、俺は適当に手を振って送り出してやった。キキョウは村の外まで送るつもりなのか、一緒に出て行く。

賑やかな連中が去って一人、部屋の中。やる事もなく、静かに天井を見上げる。


――引き篭もった人達、過疎に陥った村、生きる気力も奪われる地――自分の泊まった宿の主の、自殺。


テレビで見れば歯牙にもかけないであろう、世界の何処にでもある貧困。一部のみ変えても、どうにもならない。

キキョウは何としても手助けするようだが、一時しのぎにしかならないだろう。結局のところ、自分達でどうにかするしかない。


「自分のやりたい事、か――」


 俺は科学者を、葵は冒険者を目指している。己の将来に疑問を持った事など、一度もない。

世間一般的に勉強は苦痛だろうが、俺は子供の頃から進んで学んだ。知識は大きくなるにつれて偏ったが、得意分野を自分で作れた。

夢は憧れるだけでは、決して叶えられない。どれほどの天才であっても、何も無ければ創りようがないのだ。

この村の人間には生きる活力、夢を見れる余裕もない。この異世界に、何の希望も持っていない。


「だったら……いや、何を考えているんだ俺」


 アイデアというほど立派なものではないが、おぼろげに思い付いた事を頭の中から追い出した。どうかしている。

この地に長く留まるつもりはないのだ。キキョウが諦めて、葵が満足するまでの辛抱。俺は少しの間、休むだけ。

先日の女王との情報戦は、己の人生と仲間の命運をかけた人生最大の戦いだった。しばらくは、厄介事に関わりたくはない。


一人であれこれ考えていると、不意に扉からノック音。主の居ない宿で礼儀正しく振舞うのは、一人だけ。入室を、促す。



「――天城さん。突然で申し訳ありませんが、御相談したい事があります。今、よろしいですか?」

「相談? かまいませんよ、ちょうど今暇していたので」



 自分の通っていた大学のマドンナと同じ部屋で、二人っきり。男なら意識しない方がおかしい。

気を聞かせて美味しい御茶でも振舞いたいが、最低限の家具しかない部屋では美人を歓迎する事も出来やしない。

残念極まりないが、氷室さんもその手の事を気にする女性ではないので、せめて真摯に話を聞く事にした。

特に緊張した様子もなく、氷室さんは淡々と話し始める。


「皆瀬さんが、カスミさんと共に冒険に出られるという話を聞きまして」

「ええ、冒険者気取りな男ですからね。修行に行くと、張り切っていました」

「御立派だと思います。天城さんもこれまで、沢山の方々を救ってこられました。

キキョウさんも今、村を救うべく懸命に――私一人が、何も出来ておりません」

「いや、そもそも氷室さんをこんな危険な世界に招いてしまったのは――」


「どのような環境に置かれようと、天城さんなら自分らしく振舞って事を成すでしょう。
天城さん、私は貴方のような立派な人間になりたい――この世界で、自分に出来る事を探してみようと思ってるんです。


ですから、私は――」


 ――仲間達の、それぞれの決意。自分なりの目的を掲げて、自分達はそれぞれの役割を果たす。

キキョウの決断、カスミを共にした葵の冒険、氷室さんの相談事。そのどれもが一致せず、別々の道を進んでいく。



俺達は今、変わろうとしていた。













































<続く>






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