Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.4


白の書の精霊『イムニティ』――分厚い本の中で"彼女"はそう名乗った。

就職活動の帰りに古本屋で押し付けられた安っぽい書物、万引きの罪を着せたあの店員に見せてやりたい気分だった。

ワゴンセールに埋もれていた一冊の本が、怠惰な俺の日常に変化を与えてくれたのだから。


"昨晩、俺の日記に返事をくれたのは君なのか?"


 ペンを握る手が震えている。奇妙な興奮と――不安に。

所有者の意思を無視して勝手に記述される書物、幽霊や呪いの類を疑って当然。

科学万能の世の中で、決して否定しきれないファンタジックな要素。

現代社会の中で生きていく代償に失う子供心が、今の俺の胸を熱く奮わせる。

本当に、皮肉な話だ。

社会人失格の烙印を押されて、今のこの奇跡を掴んだのだから。


――頁の空白の部分に、流麗な文字が浮かび上がる。


"違うわ。私の呼びかけに、貴方が答えたの。貴方を選んだのは、この私。
私は世界の理を示し、貴方は己の意思を見せた。貴方と私は今、結ばれた"


 俺の心を覗いているかのように、書は疑問の細部に至るまで返答する。

その上で自分の意思を掲げ、己が矜持を明確に主張している。

己に絶対の自信を持った、誇り高き存在であるらしい。

捨てられた古本ではなく、己に相応しい所有者を求めていた赤の書――か……

……あれ?


"君は『白の書』の精霊なのだろう? なのにどうして赤なんだ、この本は"


   題名のない荘厳な表紙、瀟洒な紅い装丁――白の書の名に、相応しくない。

本の意思の意思の誇りを穢すのだと知りながら、俺は質問を記述した。

この本は自分の矜持を隠さず見せている。ならば、上っ面だけの愛想笑いはしない。出来ない。

俺は社会に爪弾きにされた駄目な大人だが、この本にまで馬鹿にされたくなかった。

これ以上否定されるのは、もう沢山だった。

俺は結局怖がっているだけなのだ。社会を、人を――自分の醜さを。


"世界とは、二つの力の均衡で保たれている。生産と破壊――その源は『因果律』と『精神』。
『書』は世界の理を示す象徴。『書』は理に従って、二つの精霊を生み出した。

因果律を司る『白の精霊』、精神を司る『赤の精霊』――

貴方が手にした書は世界の断片であり、大いなる力の一部分。世界と世界――貴方と私を繋ぐ、架け橋なの"


 世界が『世界』である証、世界の理を示す力を持つ書物。

精霊とは世界の理を示す存在で、己の存在を証明して世界の根源を司る。

実に壮大な話だが、古本屋のワゴンセールで売り出されていた本なので安っぽいドラマに感じてしまう。

つまりこの本を通じて、イムニティと俺がこうして話せている。それだけの理解しか出来なかった。

しばらく悩んだ末に、俺は自分の理解の限界を率直に表現する。


"この書の力によって、君と俺が話せているのは分かった。
しかし、君の言う世界の真理とはどういうものなのか、俺には想像も出来ない"


 就職経験はアルバイトを含めて数年、社会人経験なんてごく僅か。

切り捨て当然の派遣職、その日暮らしのフリーター生活は考える知恵も気力も奪う。

一日一日の生活が全てであり、自分の枠の外にある世界になんて見向きもしなかった。

何も見なければ、辛くはない。己さえ見ていれば安心だった――世界を閉ざす行為だと知りながら。

自分の世界に閉じこもるのは、居心地が良いのだ。


その結果がお風呂無しアパート。専用トイレ付・ガスキッチン・収納有の、ボロい城。


目を逸らした結果世界どころか、自分の住む日本――町の人々の顔さえ覚えず、隣人にすら関心を払わなかった。

ゲームやアニメ、ドラマのような虚飾の世界が現実。イムニティの詳しい説明も首を傾げるばかり。

25歳――同じ年齢で社長になっている人間もいるのに、なんと情けない。


"俺にとっては本屋に売っていた本で、君が自分の意思を持った人間のように思えてしまう"


 大人になるというのは厄介なもので、瑣末な事柄でも聞きたい事が聞けなくなってしまう。

履歴書を汚すだけの短い職業経験だが、任された仕事の中で分からなかった事を上司に聞けなかった事があった。

評価が下がるのか嫌なのか、己の見栄が羞恥を生んだのか――

結局自分の判断で進めてしまい仕事は失敗、上の人間の怒りを買った挙句評価は最悪となった。

自己嫌悪は惨めを誘い、萎縮して余計に聞けず失敗の連続。悪循環だった。

――その経験がペンを止めそうになるが、俺は恥ずかしさを飲み込んで書いた。


「分からない」と、言った――子供のように。


"私を『人間』のように扱うなんて、『赤の書』のマスターのようね。
そちらの世界の人間には常識的な考え方なのかしら。


私の全てを、貴方に知ってほしい。私への理解が、貴方の悦びとならん事を願う"


 気安い言葉は相手への侮りとも取られがちだが、白の書の精霊の言葉は俺への理解である事を意味している。

自分の無知を伝えた事でイムニティもまた寛容を見せ、飾らない心の一面を見せてくれた。

白の書の精霊とは誇り高き存在、ゆえに相手を侮る事もせず広く受け入れる器を持つ。

見下ろす事が自分の優位を表す行為ではない事を、知っているのだ。

俺が今まで出逢った「本当の大人」とは比較にならない、高位の存在――

尊大な態度で面接をした昨日の社長より――そんな社長の態度をいつまでも根に持つ俺が、ちっぽけに思えた。


"『書』とは『導きの書』、召喚士の始祖ラディアータ・スプレンゲリの書いた魔道書よ"


   ――作者への追求は止めておこう。感動を呼ぶ名作なら覚えておく気にもなるが、中身は真っ白である。

むしろ知名度を表す冠名が、自分の目を引いた。

『召喚士』――地球のどの就職斡旋所にも紹介されない、職業名。


"神が創世した世界の真実を後世に伝えるために書かれた、失われた幻の書――それが『導きの書』。
書には『赤の精霊』と『白の精霊』が存在して、世界の理を世に示すの。

『精神』、生きとし生けるモノの心を司る赤の書の精霊。
『因果律』、世界の物理法則やルールを司る白の書の精霊、それが私。

白の精である私の象徴であり、役目――だったの"


 世界の真実を書き記した『導きの書』、存在は一つだが内容は何冊もあるのかもしれない。

本という観点から見れば、不思議でもなんでもない。

物語で構成される書物なら、連載という形で完結まで何冊分も書かれる。

ましては世界の真理が書かれているのならば、数十冊数百冊でも足りない。

どれほど詳しく書かれているのかによるだろうが、最低でも二冊――『赤の書』と『白の書』は確実に存在する。


彼女は白の書の精霊でありながら――『赤の書』として、俺に語りかけている。それは何故?


"『導きの書』には世界の真実が記されている。ゆえに、『書』は所有者を自らで選ぶの。
世界の真理を知るに相応しい、器の持ち主。

この世の全てを背負う、『救世主』を見つける――それが精霊の真の役割"

"『救世主』を探す?

まさか世界の真実ってのは――終末を意味しているのか!?"


 ゴクリと、唾を飲む。馬鹿馬鹿しいと一笑出来ない実感が、この本には確かにあった。

世界の真実の重さは、矮小な俺にでもよく分かる。

いや……社会人失格のニートだからこそ、この現実社会がどれほど重苦しいのか、実感として感じられるのだ。

知れば知るほど苦々しく、夢も希望もない世界――

人は幼い頃の万能さを忘れていき、現実との折り合いをつけていく。

世の中の厳しさに目を瞑って楽な方向に逃げるのは……現実の辛さを、ある意味で理解しているからだ。

そんな重さを全て背負えるのならば――まさに世界を救うに足る、偉大な存在だ。


"ラディアータ・スプレンゲリは、ミシェル・ド・ノートルダムではないわ。
彼は神の代弁者として、世界をありのまま記しただけ。

精霊が選び出すのは『救世主』に相応しい器の存在――その将来性を持つ、候補者。

書を通じて世界の全てをその身に背負う事で、書に選ばれた者は真の救世主となる。
その者は、全ての世界を自分の思うがままにできると言われているの。

すなわち――全世界の王よ"


 古ぼけた本に落ちる水滴――自分が汗を流しているのだと、自覚する。

唇がパリパリに乾き、滲み出る震えが止まらなかった。

彼女が何を言いたいのか、薄々分かり始めてきたのかもしれない。

自分の手の中に、「導きの書」がある――白の書の精霊が、選んだと言っている。

つまり、俺は――この子に……


"俺が、救世主に、選ばれたのか?"


 字が酷く乱れる。唾を飲んでも、喉の渇きが止まらない。

これは喜びなのか、不安なのか――それとも別の何かなのか……?

強烈に溢れ出す思いが、俺の世界の全てだった部屋を歪めて見せる。

俺が「救世主」――世界の真実を知り、世界の全てを握る存在。

俺を苦しめ続けた世界が、俺に屈服するのか――



"いいえ"



 ――馬鹿な。



"私は、世界に否定された存在"



 ――大人になったのだから、分かるだろう?





"私は殺されたの。自ら真の救世主とならんとした、ダウニー・リードによって"





 ――そんな御伽話なんて、この世の何処にも存在しないと。














to be continues・・・・・・







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