Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.3


"世界とは生産と破壊の間を揺れ動いている。

破壊がなければ、新たな生産は行われない。
生産が行われなければ、世界は死滅する。


世界のシステムとは、単純なこの二つの力の均衡で保たれている。


世界は貴方に、何も与えない。貴方は世界に、何も望まない。
そんな貴方を、私は望む。私が、貴方に与える。

未来を生み出す希望を。現実を壊す絶望を――

世界に否定された私だけが、無力な貴方を救える"



 昨日冤罪で買わされた二束三文の赤い本。白紙の頁に記述された奇妙な文章。

この世の理不尽に眠れぬ夜に書いた日記の下に、不気味な誘い文句が並んでいる。

まるで――俺の無念を理解してくれているように。


「ははは、まさか。明らかに俺の筆跡じゃねえか。履歴書で大活躍の太っとい字で書かれているぜ。
――それはそれで痛いだろ、俺。一人ポエムなんぞ末期症状だぞ」


 改めて見比べてみると、上下に書かれた二つの文章の違いが見えてくる。

俺の日記は書き殴られた負の感情、就職活動で味わった屈辱が思う存分に籠められている。

もう一つの文章は理性的な文章表現、読む人への熱烈なメッセージが向けられている。

日記を書き終えた時点で筆を置いたつもりなのだが、付け加えたのだろうか?

明らかに手書きの文章、最初から書かれていたのを俺が気付かなかったという事もあるまい。

確かに購入した時点では万引き容疑で頭に血が上っていて、確認どころではなかった。

念の為に分厚い本をペラペラ捲って見るが、どの頁にも何も書かれていない。

年代を感じさせる書物は無言のまま、静かに眠りこんでいた。

途端に馬鹿馬鹿しくなって本を放り出して、俺はそのまませんべい布団に寝転がる。

ロクに外に干せない薄くて堅い粗末な布団は、俺に何の安らぎも与えてくれなかった。


「"現実を壊す絶望"か・・・・・・中二病、バンザーイ。死ねよ自分」


 考えてみればこんな何も書かれていない古本、ワンコインでも充分高い気がする。

今の時代100円玉1枚でさまざまな日常品、美味しい食べ物や飲み物が買えてしまう。

日記を書くなら普通に新品の日記帳を買えばいい。なのに、あの本屋の店員め――


「――この本、俺の鞄の中に入っていたんだよな・・・・・・? 店員も自分の目で確認して、俺を捕まえた。
俺は確かにあの時、ワゴンに戻したのに」


 俺も今年で25歳、自分の頭の悪さをいい加減自覚している。

昨日・一昨日の淡白な食事の内容は覚えていても、行動の全てを把握していない。

ぼんやりしている時は多々あるし、日々の生活に流されて無意識に行動している時間もある。

――ただ、あの時ワゴンに赤い表紙の本を戻した事は覚えている。断言してもいい。

店員に何度も主張したのに聞き入れて貰えなかった。客を信用しない接客業、ふざけている。

しかし事実として、俺の鞄の中に本が入っていた。どれほど抵抗しても言い訳でしかない。

誰かが俺の鞄にこっそり入れた? そんな事をされる理由が全く分からない。

恋人には縁がなく、家族にも見捨てられた。親しい友人は俺より社会の仲間入りをした。


人間関係が作れないヒキコモリ。社会に適合出来ないニート。恨む価値もないホームレス。


素通りした学生生活、怠惰な日常、無駄に費やすだけの人生。

誰からも認識されない人間なんて、犯罪者より価値がないと俺は思う。

悪を成す努力すらしないのだ、臆病である事も含めて。

どうせ俺なんて――


"この後適性検査を行う予定ですが、一応・・受けられますか?"

『そんな貴方を、私は望む』


 無力な俺を見下ろす社長の嘲笑を、無機質な文字の羅列が上書きする。

人生に成功した社長の生の声よりも、自分が寝ぼけて書いた可能性の高い文章に温かみを感じている。

ワゴンに埋まっていた大売出し品に――誰も手に取って貰えない本に、俺は少しでも救われた。

俺は放り捨てた本を拾い上げて、表紙を撫でる。出来る限り、優しく。


「・・・・・・これも何かの縁かな。大切に扱うよ、お前を。俺だけは絶対に捨てたりしないからな」


 自分でイタい文章を書いてしまったが、この憂鬱な気分が少しでも晴れるのならば。

店員に万引き犯扱いされたのは腹が立つが、そうでもなければこの本を買おうとは思わなかっただろう。

俺は新しい頁を開いて、今この瞬間感じた気持ちを素直な文面で書き記す。

社会復帰への第一歩。自分自身を見つめ直す儀式。

少しでも駄目な自分を変える為に、今出来る事をする。どれほど後ろ向きであっても。



"社会が俺を必要としなくても、俺には俺が必要だ。
この俺を必要としてくれる場所を、俺は自分の足で探してみよう。

一人のままでは、きっと駄目になってしまうから"



 自分自身へのメッセージは、自分の未来に向けた手紙のようなものだ。

手紙は今の俺が不安と思っている事を客観的に伝えて、大変な長所に変わる可能性を生む。

その日の自分を冷静に見つめ続けられれば、明るい未来を生み出す感動を与えてくれるかもしれない。


自分を慰めるポエムは夢の中に沈めて、現実に感じた事をそのまま記した。















 無力の俺に与えられた時間は無限大。けれど、命の期限は定められている。

一般的に社会人は月曜日から金曜日まで仕事に行って、土日は休むという絶対的な1週間の生活のリズムがある。

しかし俺のようなニートは仕事にも行っていないので、規則的な生活のリズムが全く適用されない。

期限のない休息は人間にとって天国なのか、苦痛なのか――

先日の面接で明確に屈辱を与えられて、意欲を失った俺は昼間からブラブラしている。


(・・・・・・このままではいけない事は分かってるんだ。でも――くそっ)


 こんな俺でも働いた経験はある。日雇いやアルバイトといった、短期間の職場だ。

履歴書に載せても無視されるだけの、誰にでも出来る簡単な仕事。

当然誰からも評価なんぞ与えられず、金を稼ぐ為だけにただ身体を動かす。

目標も無く生活の為に働く時間はとても苦痛で、早く終わる事だけを考えている。

苦しいだけの時間――疎しくて仕方ないのに、今はその時間さえ恋しい。


(憎たらしい社長でも、今頑張って働いているんだよな・・・・・・
世間的に見ればあんな親父が立派で、俺は駄目人間。ニート野郎。
ガキでも学校に行ってるのに、俺は昼間からスーパーマーケットで安いカップ麺買ってるだけ)


 仕事に縛られる直接的なストレスよりも、何の苦痛も無い時間に何故か耐えられない。

誰も何も言わないのに、社会に追い立てられているような感覚が苦しい。

痛くない腹を探られ続けている気がして、俺は無性に世界の皆に謝りたくなる。

この現代社会での俺の領土は狭くなる一方――いずれは何の為に生きているのか、段々分からなくなるだろう。


(何だろうな・・・・・・この生温い、嫌な感覚・・・・・・
つれえ・・・・・・喜びどころか、このままだと悲しみや苦しみも感じられなくなっちまう。
このまま何もしなければ、ジジイのように枯れ切って死んじまうんじゃねえか?

でも、俺は今何をすればいいんだよ――誰か教えてくれよ)


   無意味な人生を変えたい。目に見えないけれど、確実に立ち塞がる壁を取り除きたい。

何か目標があれば生まれ変わるのに、俺には何にも無いのだ。

せめてもの抵抗として、俺はスーパーの店頭で無料配布されているアルバイト雑誌を取る。

これだけの行動でも「就職活動」、くだらない見栄だけを抱えて俺はカップ麺を入れた袋を抱えて我が家に戻る。


「・・・・・・ただいま」


 深夜になっても、ボロボロに疲れ果てても、誰も居ない寂しいアパート――

誰も“おかえり”と言うことはなく、交わす言葉は何もない。

人間の温もりを感じる事も、気持ちを共有する事も出来ない。

――寂しいと思う反面、一人である事にどこかホッとするヒキコモリ。

人間関係が苦手なのは社会生活を送るのに致命的なのに、改善も出来ない。

自分の家にまで責められているようで、俺は苦々しく買って来た食料をキッチンの棚に片付ける。

俺はカップ麺を一つ取り出してお湯を注ぎ、割り箸を咥えて憩いの空間で食事を取る事にした。

昨日の夜から何も食べていないが、食欲が無い。

味気ない食生活は所詮、今日生きる為の栄養補給でしかない。

このまま腐り果てるのにウンザリして、俺は自分の日記帳を取り出した。

とにかく何かしたかった。何もしない事に耐えられなかった。

かといって、就職情報誌を今読んでしまえば午後からやる事が無くなる。

三分間待つ間何か書いておこうと、仰々しい赤の書を開いた――



"貴方を必要とする世界など、存在しない。今のまま、在り続けるかぎりは。
必要なのは変化。
世界が貴方を変えるのか、貴方が世界を変えるのか――
停滞は選択権を世界に委ね、貴方の運命を強制的に決定させる。
行動は選択肢を世界に広げ、貴方の未来を自主的に掴み取れる。
選ぶのは、貴方自身。

私の選ぶ選択肢は唯一つ――貴方だけ。

世界も、自分も、必要ない。私は貴方だけを選ぶ。
どんな貴方でも、私は喜びを持って受け入れよう"



 俺は日記帳に選んだ本を机に落として、驚愕と共に後ずさる。

最早間違いない――この本自身が、俺の日記に応えている。

俺の留守中に誰かが書いた可能性なんて、考慮するだけ無駄だ。現実を否定するに等しい。

俺の鞄に入ったのも古本が自ら飛び込んだのか分からないが、禍々しい紅に染まった本はただの古本ではない。

言葉で上手く説明は出来ないが・・・・・・オカルト的な産物だ。

どうすればいい? 高名な神社か、名の知れた霊媒師か――

この手の怪談話だと、本に眠る霊に答えれば魂を取られるか、本の中に閉じ込められてしまうとか、色々ありえる。

誰も居ないアパートの一室、残されたのは血に濡れた本――開いた頁に、恐怖に染まる俺の顔。

怖すぎる、絶対に関わるべきではない。落し物として警察に届けるか、いっそ燃やすべきか――


"・・・・・・これも何かの縁かな。大切に扱うよ、お前を。俺だけは絶対に捨てたりしないからな"


 ヒキコモリのニートが、一人部屋で呟いたメルヘンな約束。キモい戯言。

皆に馬鹿にされるだけの自己満足だが、俺はそれでも約束をした。約束をしたじゃないか。


――そうだ、かまうもんか。今の俺にどんな未来がある。守りたい生活も無いのに。


この上自分の命を大事にして、何があるというのだ。ただ生きているだけで、こんなに辛く哀しい。

無目的に生きていくくらいなら、幽霊に殺された方が箔が付く。

それに――


"世界も、自分も、必要ない。私は貴方だけを選ぶ"


 ――お前だけは、俺を必要としてくれるんだろう・・・・・・?

いいさ、呪うのならば勝手に呪え。この命だってくれてやる、自由に使え。

案外お前が生きた方が、この社会にはありがたい事かもしれないからな。実に、建設的だ。


"俺も君を選ぶ。君がどんな存在でも、喜んで迎えよう。好きにしてくれ"


 魂を奪われるのなら本望、本の中なら喜んで招待されてやる。

自暴自棄な選択、本能は恐怖を訴えてペンを取る手先が震えている。

なけなしの勇気を振り絞り――俺は本の意思に答えた。

日記帳は広げたまま、俺はその場から動かず凝視する。

ラーメンなんて既に視野の外、伸びてしまうが気にもかけない。

本当に本自身が何かの意思を持っているのなら、今までの法則だと何か反応してくれる。

自分の意思を書き記すだけだった日記が――相手に届く、本物の手紙に変わるのだ。


メール友達が一件増えるより遥かに、心がときめく。


「・・・・・・いるんだろう、そこに? 何か反応してくれ。
お化けでも、幽霊でも何でもいいんだ。答えてくれ!!」


 就職相談センターや御立派に成功した大人達より、俺は不気味な本に縋っていた。

ニートな自分に歯痒く思っていても、誰かに相談して否定されるのを恐れる――大人になれない、惨めなガキだ。

だからこそ、俺は自分を変えたい。変えるための何かが、したいんだ!

就職活動で内定を貰う事より多分、今俺は死に物狂いで願っている。

変わる為の第一歩。ヒキコモリ生活から抜け出す為に取った、他人には理解されない行為であれど――


――高揚する俺の心に共感するように、真っ赤な本が身震いする。


開かれた頁が白銀の光を放ち、真っ白な頁に新たな意思が記載された。

俺の汚い筆跡ではなく、流麗で躍動感あふれる筆跡で――


"お化けだなんて失礼ね、冬真 泰。私は白の書の精霊――『イムニティ』。
世界を定める物理法則やルールに叛旗を翻す・・・・・存在。

私を選んでくれてありがとう、マイ・マスター"


 迎え入れた変化は、破滅の存在。その絶望さえ受け入れて、俺は今こそ歩みだす。

この先に待ち受けるのは希望か、絶望か――それとも全く別の何かか。

社会に見向きされないニートに分かりようも無かった。















to be continues・・・・・・







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