Corporate warrior Corporate warrior chapter.2 Ruin training story.2


 召喚器となったイムニティとの契約、オルタラ召還で触れた赤の書の断片。

二つの要素が俺に戦う力と、生き残る手段を与えてくれた。

何の努力もせずに25年を過ごした俺には過ぎた奇跡、たとえ自分の破滅を招くのだとしても感謝したい。

とはいえ、本物の強者との壁は厚い。


「くっ、ダメージも無いのか!?」


 召還術を利用して天井へ叩き付けたが、赤の書の精霊は傷一つついていない。

平然と宙に浮かんでいるのも驚きだが、天井が崩れるほど叩きつけても無傷とはあまりにも理不尽だった。

赤の書の精霊オルタラ――世界の理を管理する存在は、俺の常識を遥かに超えていた。


「――逃がしません」

「イムニティ!」


 平和ボケなど微塵もしていない。冷徹に告げられた瞬間、自分の最愛の武器を呼んだ。

放たれた光弾が俺に直撃する前に、白の書の精霊が滑り込んで相殺。

守られている事に甘えず、オルタラとの距離を取って生き残る算段を練る。


「主を呼ばないのか、赤の書の精霊。こちらは二人だぞ」

「必要ありません」


 頭数を並べても実質の戦力差は大きい。挑発にもオルタラは微動だにしなかった。

俺は元ニートのひ弱な人間、イムニティは復活したばかりで力は戻っていない。

相手は白の書の精霊、今の俺達では二人がかりでも太刀打ち出来ない。


「あら、呼ばないのではなく『呼べない』のでしょう。貴女にはマスターがいないのだから」

「必要はないと言いました」

「貴女の主となる人は、この世界には来ないわよ。運命は、私の主が切り替え始めている」


 運命が変わっている? 俺がこの世界に来た事で、何か影響が出始めているのか。

やはり俺にはまだまだ足りないものが多い。世界を変える力も、世界を知るための情報も、何もかも。

今のままでは根の世界に埋もれるだけだ。運命に流されるままで終わってしまう。

何もしない事に後悔するのは、もう嫌だ。たとえ結果が無残となっても、必死で足掻いてみせる。


「可哀想なオルタラ。神の奴隷として、永遠に働かされるがいいわ。あはははは!」

「……」


 戦況はこちらが不利なのに、イムニティは意地悪く笑っている。御満悦な様子で俺の傍に寄り添う少女は、文句なしに可愛かった。

一度は自らの過ちで喪ってしまった存在――二度と手放さないようにする為にも、俺は強くならなければならない。

肉体的にも、精神的にも、そして人間的にも。これから歩まんとする道は、確固たる意思が無ければ果てには辿り着けない。

古く歪んだシステムに支配された世界を、破滅させる為に。



「イムニティ、オルタラを全力で足止めしろ」

「!?」



 感情無き美貌が、驚愕に染まる。赤の書の精霊たる少女が息を呑み、俺を非難の眼差しで見つめている。

当然だ。今のイムニティでは絶対に、オルタラには勝てない。一度は滅びかけた存在、こうして在るだけでも奇跡に等しい。

これ以上力を使用すれば、今度は完全に消滅する危険を孕んでいる。勝利はおろか、足止めも果てしなく困難だ。

引き篭もりだった頃の自分では絶対に出来なかった、無慈悲な命令。自分の安全の為に、道具のように使い捨てようとしている。


「お任せください、マスター。何人たりとも、貴方に近付けさせませんわ」

「任せたぞ」


 イムニティの忠誠は本物。俺が死ねと命じれば、即座に己の命を断つだろう。

かつては主を得られなかった慙愧の念も後押しして、その身を主専用の武器と化している。

武器に対する過剰な気遣いなど、切れ味を無くすだけだ。危険な戦場で振るうからこそ、その刃は美しく輝く。

決して折れはしないと信じているからこそ、この命を預けられる。


「さあ、久しぶりに遊んであげるわ。おいで、オルタラ」

「……そんな余力は貴女には無いはずです」


 やはり白の書の精霊は同類を殺す気は無いようだ。イムニティとオルタラ、異なる主を立てて殺し合う関係。

勝ち残った精霊を従者とするマスターこそが、世界を制する権利を持つ。救世主と破滅の関係に似ている。

神の構築したシステムに従って対立する、二人。戦わされる二人がお互いをどう思っているのか、気になった。


もしもこの先分かり合える事があれば――絶対なる世界の法則を一つ、破壊出来る。


少なくともオルタラは、イムニティに悪い感情を持っていないように見える。特に、今のイムニティはイレギュラーな存在。

赤の書と白の書の精霊、オルタラとイムニティ。救世主と破滅の将、リリィ・シアフィールドと俺。

殺しあう事を神に義務付けられているのならば、自ら率先して逆らってやる。


「その為にも、絶対に生き残ってみせる。誰を犠牲にしようとも」


 イムニティの死を笑った民衆に、俺は破壊の魔法を行使した。大勢の人間の頭上に、隕石を降らせた。

力の制御は確かに出来ないが、暴走ではない。俺はきちんと自覚をして、魔法という暴力を振るったのだ。許される事ではない。

そして、許しを請うつもりも無い。何一つ後悔せずに、俺は自分が犯した罪を受け入れて生きる。

幸いにも、現時点での追っ手は白の書の精霊のみだったらしい。一目散に走り抜けて通路を飛び出し、闘技場の外へ。



目の前に――"アヴァター"が、在った。



「此処が根の世界、アヴァター。地球とは異なる次元にある、世界――」


 日本では決して見られない、異なる文化に染まった町。構造物の一つ一つが珍しく、目を惹く風景が広がっている。

もしも破滅の将ではなく救世主として呼ばれていたら、俺はこの異世界を目にして感動していただろう。

それほどまでに……アヴァターは優しかった。救世主と破滅の戦争が起きているなんて、とても信じられない。

殺伐とした都会とは違い、純朴で温かさが感じられる。観光でもしたら、一日中でも楽しめる。


「俺は……この世界を破滅させるんだな。自分自身の、我侭の為に」


 平和を実現させる開拓ではない。人民を安心させる改革でもない。俺が望んで実行する、神殺しの手段だ。

多分、イムニティの為ですらないだろう。世界平和実現の為に生贄にされた時、俺の中の理想は崩れ落ちた。

就職して一人前の社会人になる。真面目に働いて、まともな人間になる。ささやかな夢も、空しく消え失せた。

シアフィールドは言っていた――全ては自分の責任、何もしなかったから何も掴めないのだと。

その通りだ。だからこそ俺は、自分の手で掴み取る。他人の命を奪う事になっても、己の望みを叶える。


その覚悟が――試される。


「止まれっ!!」

「こ、この声は――!?」


 新しい世界に一歩踏み出した瞬間、横手の方から男の怒号が聞こえてきた。

覚えのある声。異なる世界の住民に友人なんていないが、知っている人間はいる。

そんな筈はないと言い聞かせても、冷たい汗が流れる。無視すればいいものを、わざわざ足を止めて視線を向けてしまう。


「両手を上げて地面に這い蹲れ。抵抗する素振りを見せたら、速やかに抹殺する!」

「……まさか、あんたが追って来るとは思わなかったよ」

「言った筈だ。処刑場に連れて行く事が――お前の死を見届ける事が、私の仕事だと」


 一人の兵士。救世主でも破滅でもない、普通の人間。何度か言葉を交わした、牢屋番の男だった。

名前も知らない、赤の他人。親しい付き合いはなく、公開処刑を執行するべく俺を連行した。

憎しみはない、けれど愛着もない。奇縁であり、今この時を持って――宿命となった。


「抵抗しようとしまいと、俺はどのみち殺されるだけだ。無意味な要求はやめてくれ」

「お前こそ抵抗はやめろ。私がお前を、殺さなければならなくなる」


 物々しい武装はしておらず、剣を一本抜き放っているだけ。拳銃ではない抜き身の刃が、殺意に曇っている。

日本刀ではなく大剣、仰々しい武器は現実感を無くす。出来のいい玩具のように思えるのは、結局のところ現実逃避なのだろう。

物々しい武装はしておらず、兵士の服に剣一本だけ。風格のある汚れのついた服の内側は、鍛えられた肉で盛り上がっていた。

距離はあっても逃げようとすれば詰められ、一刀両断されるだろう。


「俺はあんたに、恨みはない」

「俺もお前には、恨みはない」


 俺は手の平を、兵士に突き出した。兵士もまた剣を構えて、俺を鋭く見やる。

どうしてこうなったのか――運命に問う必要はないだろう。俺が自ら歩んだ結果なのだから。

傷だらけの身体が痛みを訴え続け、俺の感覚を鋭くしてくれる。


「だけど俺の前に立ち塞がるのなら、俺はあんたを倒せなければならない」

「お前が抵抗するのならば、俺もお前を殺さなければならない」


 話は全く噛み合わず、要求をただ告げるだけ。一方通行のやり取りは、分かり合う余地を与えない。

いっそ顔も知らない他人であれば、良かった。何の躊躇も無く、敵と認識する事が出来た。


仲良くなんて無かった筈なのに――ニートの心はこんなにも弱く、震えてしまう。


「黙って見逃してくれ。俺はあんたを、攻撃なんてしたくない」

「大人しく降参しろ。今、ここで死にたくはないだろう」


 男が見せた一瞬の躊躇い、それは牢屋での束の間の対話が生んだ心の隙。

自分から歩み寄っていれば、何かが変わっていたかもしれない。そう思わせる、ほんの少しの優しさ。

運命はなんて残酷なんだろう。人はどうしてこんなにも――


「死にたくはないさ――俺は、生きたい!」


 平和に埋もれず、運命に流されず、自分で生きていく。自分の本当の望みを、俺は自分の声で伝えた。

それほど大きな声では無かった。それでも、彼は静かに聞き届けてくれた。


「……いい目をしているな。生きようとしている、確かな意志が感じられる。
牢屋では死人のような顔をしていたのに、皮肉なものだ。

自分が破滅と自覚して、生を感じるようになるとは――

何の罪もない人々を攻撃したその罪、万死に値する。ここで必ず、お前を捕らえる」

「無実の人間が死ぬ姿を笑って見ていた者達に、罪がないだと……?
ならば、認めさせてやるまでだ。愚かな人間達に、罰を与えて」

「神にでもなったつもりか!」


 不遜な物言いが気に障ったのか、男は激昂して向かってくる。

恐るべき速度、完璧な立ち振る舞い。確かな剣速を持って、切りかかってくる。


――けれど、俺の方が速い。


「オスクルム・インフェイム!」


 俺の全身が青き光に包まれ、視界が急速回転。風より速い速度で、敵に突撃する。

悲鳴すら速さに飲まれ、兵士は吹き飛ばされた。残されたのは結果だけ。

赤の書の精霊の技――ド素人が見様見真似で放った術は、相変わらず制御が利かない。

着地なんて利かず、同じように地面に転げ回ってしまった。

痛む身体を押して立ち上がり、俺は男の手からこぼれ落ちた剣を掴む。そのまま気絶した男へと歩み寄り、



「――悪いな」



 そのまま、突き刺した。













































to be continues・・・・・・







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