Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.1


   子供の頃から本は好きで、学校の図書室や市内の図書館を利用して読み耽っていた。

無類の本好きとまでは言わず、実用書や参考書の類は苦手、漫画や小説等の物語系をごく一般的に。


何も知らない子供が、一番最初に手に取ったのは――『図鑑』だった。


子供の教育に最適と、訪問販売のセールストークに踊らされて母親が購入した十冊セット。

高価な値段に見合った立派な書籍で、後にも先にも一番値段の高かった誕生日プレゼントだった。

物の価値も知らぬ時分――多くの子供が嫌がるであろう勉強道具を、俺は無邪気に喜んだのを今でも覚えている。

ファンシーなキャラクターグッズや毎日遊べる玩具よりも、図鑑は驚きと楽しさに溢れていた。


弱肉強食の法則に生きる、動物の世界。
静寂に満ちた深遠の理想郷、水の中の世界。
本能に従って己が生を全うする、虫の世界。
母なる大地に恵みをもたらす、植物の世界。

そして――子供と大人が共存する、人間の世界。


今日の生活を支えてくれる地球の構造、人間社会で必要とされる道具や乗り物、子供達の理解の外である仕事と暮らし――

進化した自然物や人造物に絵画・写真を並べ、丁寧な解説がつけられた「博物学書籍」が俺の宝物だった。

購入した漫画や小説、教科書や参考書の多くは捨ててしまったのに、あの図鑑だけは今でも俺の部屋で眠っている。


――図鑑の中に、世界の全てが記されている。


そして、全十冊の図鑑を所有する俺こそが「世界の王様」だった。















 ――懇意にしている古本屋で店頭販売されていた、一冊の古ぼけた赤い本。

手垢のついた実用書や黄ばんだ文庫類に埋もれていて、値段も在庫処分価格。

背表紙にも文字のようなものは見えず、題名も何も記載されていない。

特に興味は無かったが――偶然、自分の手に取って見た。



《みつけた》



 ぎょっとして、背後を振り返って見る――誰も居ない。

紅に染まる分厚い本を興味本位で手にしたが、別に買うつもりはない。

誰かがこの本を探しているのなら快く譲るつもりだったが、気のせいだったようだ――



《みつけた・・・・・・がある者》



 本を手にした瞬間響き渡る、中性的な声――

涼やかな音色は驚くほど透き通っていて、小さくとも確かな存在感を示している。

内容はハッキリと聞こえなかったが、空耳では断じてなかった。


(この本・・・・・・? はは、まさかね)


 小中学・高校、大学と無難な学歴を刻みながらも、勉学を疎かにしてきた自分。

頭の中身は言語の境界を越えて使用される数字より、日本語で描かれた幻想の物語で詰まっている。

親の脛を齧り続けて学校を卒業させて貰ったのに、二十五歳を迎えた今でも社会の仲間入りを果たしていない。

こんな子供じみた自分にとって、ファンタジカルな現象だと簡単に決め付けて受け入れようとしている。


――それが、何よりの自分の弱さだと知りながら。


  「店頭販売の安売りだとありそうだと思ったんだけど・・・・・・ないな。
折角古本屋に来たんだから、就職関連の本でも探してみるか。

今日の面接は大失敗だったからな――くそったれ」


  "この後適性検査を行う予定ですが、一応・・受けられますか?"
 

   面接を請け負った社長の横柄な態度と、投げやりな言葉が胸に突き刺さっている。

社会的価値が低いと自認しながらも、滑稽なプライドが今日の面接で受けた屈辱に歯軋りしていた。

適性検査を受けても、どうせ不採用だけどね――社長の心の声が、明確に聞こえた。

絶対に、後悔させてやる。

二度と会うのも御免だが、少なくともあの男より高みに立って鼻で笑ってやる。

就職氷河期は脱しつつあるものの、年々俺のような無職やフリーターの数は増え続けている。

怠惰な生活に飽き、理不尽な現実を呪い、駄目な自分を恨む者達――泥に塗れた鬱屈は、この厳しい世界の破滅すら渇望する。

全員集まれば社会を起こすなり、世界を滅ぼす事さえ出来るかもしれないのに。

欲する欲望を満たせない渇きに喘いでいるのは俺も同じだが、仲間入りするつもりは無い。

その為には、社会的地位を確立。あんなチッポケな会社など比較にもならない、大企業に転職する――

今日の面接は面接官にも問題があったとはいえ、悪い印象を与えた俺にも難は抱えている。

学歴や経歴が無いのなら、別の何かで企業に切り込むしかない。

就職関連の書籍は今の時代大量に販売されている、使用済みの本は幾らでもあるだろう。

古本で安売りしている分質が悪い可能性はあるが、どの本がいいのか区別すらつかないのだ。

どんな本でも少なくとも今の俺の中の自己満足な理論より、参考になる事は記されているだろう。

今まで就職さえすれば不要となるので、就職関連の本の購入は金をケチって控えていた。

だが同じ屈辱を味わうのは御免だ、今日という今日は必ず買おう。

今は学歴は貧弱、経験も資格も何もない無職――この世界に何の価値も無い、ニートの称号を持つ小市民。

そんな俺がこの社会に入るには、風穴を開けるしかない。

社会の中枢へ飛び込める、突破口――


――未知なる世界へ誘う扉を開くための、書。


俺の人生を切り開く本を求めて、俺は意気揚々と古本屋の中へ足を踏み入れた。

持っていた赤い本は必要ないので、ワゴンへ放り投げる。



一瞬ゾクっと背筋が凍りつくような何かを感じたが――気のせいだろう。















「やりがいのある仕事こそが、天職へと導く!」
「苦手だった上司へのわだかまりが消して、関係を修復しよう!」
「人間関係のトラブルが解消して、職場が自分の居場所となる!」
「仕事が心から楽しくなり、仕事のストレスも消える!」
「不安や恐怖から開放される秘訣。毎日が楽しく、喜びの生活が送れる!」
「鬱状態から脱却して、社会復帰しよう!」
「心労が無くなる方法、明るい性格になれる!」



・・・・・・。



 こうした謳い文句――叱咤激励、美辞美麗が並ぶ本を見ていると、胡散臭いものを感じてしまう。

お金や時間も使ってこの本を読んで、一体俺は何をやっているんだ――後で後悔しそうである。

就職の失敗談・成功談が書かれた本を読むと、確かに内向きだった心が外へ開放されそうな気はする。

自分と同じ失敗をした人がこの世に居る――仲間意識を持つ事で、心の傷が少し癒されるのだ。

人間の心とはどういった構造になっているのか分からないが、案外単純なのかもしれない。

「プラス」と「マイナス」の心――愛と、恐怖。

本能で生きる野生の動物は、行動の理由や原動力に愛や恐怖が生まれる。

人間の心がどちらに傾いているのかは人それぞれだろうが、針を傾けているのは間違いなく欲望だろう。

一度参考書類の戸棚から離れて、俺は嘆息する。

当たり前だが、明確な解答を記している本は無かった。

履歴書や経歴書の正しい書き方、面接での受け答え、内定確定に至る順序と方法――

本を読む度に勉強になったり、疑問を抱いたりと、頭の中がこんがらがってしまった。

俺が必要なのは真っ暗闇な人生を照らし出す何か――自分の行く先を示す、懐中電灯。

今は分岐点どころか、自分が今歩いている道さえ見えないのだ。

暗闇を道標も無く彷徨うのは、強い不安と焦りを感じる。

こっちを照らせば、あっちから闇が来て、あっちを照らせばこっちが暗くなる――闇雲に歩いても迷子になるだけ。

悲しいほどに時間には余裕がある、俺はとりあえず片っ端から就職教本を読み漁る。

とりあえず書類関係の記述方法は却下、こういうのはハローワークや転職サイトにある見本で充分。

面接関係は我が身を振り返らされて心を抉られるが、引き締めて読破していく。

教養も度胸も無い自分に面接は苦行だが、乗り越えなければ世界にすら入れない。

一冊一冊読んでいって、多数の本で推奨されている行為があった。


――日記を書く。


どんな生活を送っているか、どんな会社に応募したか、どんな想いを抱いたか――その日の自分を、客観的に分析する。

自分の長所・短所を知るのみならず、過去の教訓を元に経験を積み、観察力や分析力を磨く訓練となる。

出来れば第三者に見せるのが望ましいらしい。そういう意味では、報告書と言い換えてもいい。

自分以外の視点を入れる事で、自分の人生に修正を入れられる。

日記と聞けば最近はインターネットのプログ等を連想させるが、俺はどちらかと言えば古いタイプの人間。

ペンを握り自分の手を汚して、毎日を記していく――魅力を感じる。

少なくとも面接の失敗に落ち込んで、社長を影で毒づくよりは余程建設的だろう。

何も目標がないまま、毎日暇な時間を費やすだけの人生はもう嫌なのだ。


「よし、日記帳を買おう。就職関連の本より役立ちそうだ。

・・・・・・ただ、見せる相手が居ないんだよな・・・・・・ハァ・・・・・・」


 第三者に見せるのが効果的との事だが、生憎該当する人間は誰も居ない。

家族は問題外、付き合いの浅い友人に該当する人間はなく――恋人には縁が無い。

空しい人生だが、せめて一つでも何か自分の出来る事をしたい。

今日の就職活動は大失敗に終わったが、建設的なアイデアを日常に取り入れられただけで気分が晴れた気がする。

戸棚から離れて心なしか足取りも軽く、古本屋から出て行く。

早速文房具屋に寄って、新品の日記帳を購入しよう――



「お待ち下さい、お客様!」

「えっ!? 何、俺の事か?」



 大手古本屋共通エプロンを着た店員が、血相を変えてこちらへやって来る。

本屋の前は人通りも多く、注目の的となる。

人込みが苦手な俺は慌てて足を止めて、店員が来るのを待った。


「お支払い無くお待ち帰りされるのは、困ります!」

「も、持ち帰るって・・・・・・別に、私は何も買っていませんけど?」


 敬語になってしまうのが情けないが、主張はしておく。

就職関連の本を購入しようとしたのは事実だが、日記帳という光明を見出したからには必要ない。

弁明したが、何故か店員は強気で迫り来る。


「とぼけないで下さい! 私はハッキリと今、見ていたんですよ。
店頭にあった本が、貴方の鞄の中に入った・・・のを!」


 鞄に本だって!? 

俺は慌てて就職鞄を持ち直して、半開きになっているチャックを全開にする。

全然、見に覚えが無い。

あまり鞄の中は見せたくないが、無実を主張せねばなるまい。


しかし現実は予想外で、不可思議だった。


「そっ――そんな馬鹿な!? この本はさっき、ワゴンの中に入れた筈だぞ!?」

「何を仰っているんですか! 現に今、貴方の鞄の中にあるじゃないですか!」


 ――俺の鞄の中にひっそりと収められた、赤い本。

禍々しい赤に染まった本は威厳高く、堂々たる存在感を見せ付ける。



不気味なほどに、強く。















to be continues・・・・・・







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