Corporate warrior chapter.1 -permanent part timer- story.14


 引き篭もっている間、常に将来への不安に襲われていた。

同年代の連中が社会に出て働き、出生している中で――俺は家の中でずっと安息に包まれ、座り込んでいる。

ネットで自分より劣った人間を見つけては安心し、窓の外では自分より優れた人間が多くて震えてしまう。

自分はやれば出来る人間だと思っていた。本気を出せば、何でも出来るのだと。

生まれてきて一度も、努力らしい努力をした事がないのに――


「――っ!?」


 高速で紡がれた呪文が解放される。瞬間的に視界が灼熱に染まり、身体中が燃え上がるような激痛を発する。

魔法攻撃だとゲーム脳が答えを出した時には遅く、俺は闘技場の床に転がっていた。

あまりの痛みに涙が溢れ、理不尽に襲われた怒りは敵への恐怖に屈服し、負の感情だけが身体中を暴れ回った。


(イタイ、くるしい、痛い――何でこんな目に……死にたくない、助けて)

「容赦はしないわよ。パルラ!」


 いっそ死ぬか気絶すれば楽だっただろう。だが、世界の救世主は愚者の現実逃避を許さなかった。

炎に炙られて咳き込んでいる俺の視界に、拳大の光弾が数を成して襲い掛かってくる。

認識出来た訳ではない。脳より早く身体が怖がって、回避行動を取らせた。

縺れた足で立ち上がって駆けるが――着弾した地面より噴き上がった衝撃に吹き飛ばされる。


「パルス」


 オートバイが激突したような、強攻撃。地面に足がつかないまま、俺は宙を舞う。

既に意識は手放しつつあるのに、苦痛が現実世界へ押しやろうとする。

皮肉にも瞳に映る空だけが青く――平和だった。


「沈みなさい――パルス・ロア」


 火傷と打撲で痛めつけられた胴体に少女の足が突き刺さり、俺は血反吐と唾液を吐き散らす。

そのまま勢いに乗って宙を舞う俺へ、救世主候補の冷徹な宣告がトドメとなった。


生じる、巨大な爆風――


時には冷たく、時には優しい風が、今日この日は暴力と化す。

暴風に巻き込まれた身体は血飛沫をあげて、俺を巻き込んで暴れ狂う。悲鳴一つ上げる余地はない。

全てが終わった時、俺は自分が血を流して地面に転がっている事に気付いた。

――血に沈む自分が、痛みと共に嫌というほど認識出来た。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっーーーーー!!!』


 地鳴りのような歓声が上がり、闘技場は爆発的な歓喜の渦に包まれる。

鼓膜を貫かんとする観衆の叫び、祝福と憎悪が戦いの場に木霊した。

破滅の将を倒した救世主候補――善と悪が鮮やかに分けられていく。


「救世主様!? 救世主様の誕生だ!」

「見て、あの麗しい御姿! ああ、救世主様!」

「殺せ! 殺せ! 破滅を殺せ!」

「何人の人間が死んだと思ってるんだ! 八つ裂きにしろ!!」


 不思議なもので愛を唱える唄よりも、悪を憎む呪いの方がよく聞こえる。

人間が一人死のうとしているのに、誰一人非難を上げようとしない。大勢の人間がこぞって、死を望んでいた。

どれほど謝罪や言い訳を並べても、群衆の怒号にかき消されてしまうだろう。俺は、無力だった。


「終わりね」


 熱気に包まれた闘技場の中で、美しき救世主が堂々と君臨している。

人々の希望を浴びて頬が高揚しているが、見上げるその瞳は冷たい憎悪に染まっていた。

血と熱に染まった世界の中で、凛々しい女の子の姿だけがハッキリ見えている。


「し……じにだく、なぃ……」


 段々痛みが感じられなくなっていく。全身から少しずつ熱が冷める感覚が、怖くて仕方がない。

治療も何もされていないのに、身体が悲鳴を上げるのをやめる――命を放棄する。

声が恐怖でひび割れ、焼けた瞳から生暖かい涙が滲み出た。


「――そう、誰も死にたくなんてなかった。貴方達が滅ぼしてきた人達が皆、生きたかったの。
私を生んでくれた故郷の人達だってね、今のアンタのように絶望して死んだのよ!

貴方達破滅が命乞いした人間を、一人でも許したの!?」


 狂気の熱気が徐々に引いていき、闘技場は冷たい殺意に凍りつく。

この世界に生きる人達は怒っていた。悲しんでいた。泣いて苦しんで、救いを求めて此処へ来た。


勘違い、していた――


俺が此処で死ぬ事には、大きな意味があった。俺の命はこの瞬間だけ、価値があった。

このまま燃え尽きる事が、"アヴァター"にとっての平和であり、俺の命が最大限生かされる事になる。


――死ぬ事で生かされる命。俺は死ぬ為に、生まれて来た存在。


「お、れ゛は、なにもじでいないのに……」


 就職活動で挫折する度に、自分自身がどうしようもない駄目人間に思えた。

日が沈むのを見る度に息苦しくなり、何もせず年を重ねていくのが苦痛でしかなかった。

俺だって、少しは努力した。もっとまともに生きようと、苦心したのだ。


なのに――俺が死ぬ事で、皆に喜ばれるなんてあんまりじゃないか。


「……そうね、アンタは"何もしていない"わ。
生き残る努力もせず、戦う事を放棄した。何を考えているのかと思ったけど、どうやら何も考えていないようね。

破滅の将かどうかより、アンタは人間としても最低だわ」


 これほど直球に言われた事はない。けれど、社会に出た多くの大人から遠回しに馬鹿にされてきた。

25歳にもなって働きもせず引き篭もり続けるニートを――目で、声で、態度で、嘲笑した。

反感を覚えた事は、一度や二度ではない。心の中に浮かぶ自己弁護は、馬鹿にしてきた人の数以上にある。


そして何も言い返せないまま、言葉も気持ちも腐って沈んでいった――


「この期に及んで、誰かが助けてくれると思ってるの? それとも、破滅の仲間が来るのを期待しているのかしら?
少なくとも、あの娘は貴方を助けるつもりはないみたいよ」


 ――世界でたった一人の、俺の味方。俺を求めてくれた愛しい精霊は、いない。俺の勝手な妄想だった。

闘技場で今も座り込んでいるのは、俺を破滅へ導く悪魔。悪魔は死者を笑うのみだった。

彼女の姿が見えないが、顔を上げる気力もない。俺が自ら彼女の手を振り払ったのだ、不要と断じて。


それとも――助けが来る事を、今も待っているのか? だとしたら、本当に救い様がない。


「誰が助けに来ようとも、破滅は全て私が滅ぼすわ。何人来ようと、どんな強大な敵だろうと、滅ぼしてみせる。
仮に私が倒れても、私には仲間がいる。私を支えてくれる家族がいる。見守ってくれる、多くの人達がいる。

この世界全てがあんた達の――アンタの敵なのよ」


 絶望は感じなかった。俺の味方なんて、最初から誰もいない。世界がどれほど理不尽か、よく分かっている。

どれほど辛くても、神は決して俺を助けてくれない。唾を吐いたのだから。


そうさ――こんなの、自分の世界でも同じ事だ。


思い切って外へ出ても、目に映る人皆が陰で悪口を言ってるように思えていた。

耳にイヤホンをつけて、心地良い音楽を聞いて自分の中に閉じ篭っていた。


「……何よ、その目。その顔!? ああ、もう……アンタを見ていると、本当にイライラするわ!
生きようとする努力は何もしていないのに、死のうとも思っていない!

根拠のないプライドだけじゃない。今目の前に起きている現実さえ、夢心地でいるでしょう!?」


 少女の身に着ける手袋が輝き、倒れた俺の顔を殴打する。顔の中心が拉げる感覚がした。

痛みは鈍く感じるが、神経は切れたように刺激を与えてくれない。彼女の言う通り、頭の中が真っ白な霧で霞んでいた。

救世主は自分の手が血で濡れるのもかまわず、俺を無理に起こされる。


リリィ・シアフィールド、彼女は涙を滲ませて叫ぶ。


「何か、言いなさいよ!? 少しは行動に出なさいよ!
こんなくだらないのが、破滅の将!? こんな連中に――私は一度、何もかも奪われたの……!!」

「……」


 戦いの舞台へ引き摺り上げられて、観衆の目に晒される。

煮え滾るような怒りの視線――憎悪に凍る瞳が、大量に浮かんでいた。

救世主の慟哭に感化されて、俺に非難を浴びせる。殺せと、叫んでいる。


――死にたくない。



「ご……ごめん、なざい」



 泣いた。俺は心から泣いて、哀れみを乞う。

自分は無実とか、世界は理不尽とか、もうどうでもよかった。


何でもかまわないから――許して欲しかった。


「あ、あやまりまず、がら、許し――で、くだ……ざい」

「――」

「もう……いえに、がえりだい……」


 力なく、振り解かれた。立ち上がる元気もなく、俺は血に濡れた闘技場の地に横たわる。

鼻血を流し、唾液を吐いて、しくしく泣き出した男を、救世主は冷めた目で見下ろしていた。

その瞳にもう、憎悪はない。憑き物が落ちたように、気だるげな表情を浮かべている。


魔導の少女は、大きく息を吐いた。


「……泣いたって、無駄よ……アンタは此処で死ぬ」

「ぅぅ……」

「自業自得でしょう。アンタは自らの行いのせいで、罰せられる。
――私も、もういいわ……復讐は終わり。アンタなんか、憎む価値もない。
過去を振り返るのは、やめにするわ。これからは、自分と自分を必要としてくれる人達の為に生きる」


 少女は一つの区切りを付け、俺は人生が完結しようとしている。

血の匂いに溺れそうだった。死ぬのが怖くて、苦しみのあまり胸が張り裂けそうだった。

家の中で一人怠惰に生きる事に飽き、慢性的に死にたくなっていた頃とは圧倒的に違う。

悶え苦しみ、生に喘いでいた――どうして、どうして!


「アンタにはいないでしょう、そんな人。
どうせ才能がないとかどうとか、努力なんてやっても無駄とか思っていたのでしょう。

――私は、努力した。アンタは、努力しなかった。これが、その結果」

「そ、んな……!?」


 話はそれで打ち切られる。人々が見守る中で、正義の処刑が行われようとしている。

勝者として人々に敬われるリリィ・シアフィールド。敗者として人々に嫌われる俺。


その差が努力であるのだとすれば――悔やまれてならない。


泣き叫びたくなるほどの、後悔。どうしてもっと頑張って生きなかったのか?

人が死に際に走馬灯を体験すると言われるが、愕然とするほど何も思い出せない。

必死で思い出そうとしても、断片的にしか浮かばない俺の過去――良い思い出も、悪い思い出も、何一つない。


なんて寂しい、つまらない人生だろう……? 俺は自分で、自分の価値を貶めていた。


人々に嘲笑されて当然だ。生きる気もないニートを褒める人間なんて、いない。

当然の事なのに、全く気付けなかった。

チクショウ……生きたい。今度こそ、今度こそ、ちゃんとやり直したい!

救世主は引導を下そうと、優しくも残酷な手を差し伸べる。



「ヴォルカ!」

「くそう……"イムニティ"!!」



 !? 今、俺、なんて……?

咄嗟の事だと心の何処かで言い訳しようとしても、現実は物語る。


電流を浴びて倒れる、精霊――


強制的に呼び出された少女が盾となり、目を見開いたまま倒れる。

目の前で起きた出来事は、自分で起こした悲劇。

俺は自分が何をしたのか、この瞬間さえ理解しようとしなかった。


命よりも先に――大事なものを喪っても、尚。













































to be continues・・・・・・







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