リリカルなのはS外伝 第2話「二人と遺跡」
翌日、シンとハルカは身支度を整えて『アフメド遺跡』へ向かうことにした。
今回はいつもの任務、ガジェットの破壊・捕獲、だけでなく遺跡の内部調査も
任務に含まれている。そのため、魔術師の基本装備である『デバイス』
『バリアジャケット制式仕様』の他に管理局製『探査任務セット』も用意してある。
ただし、有料であり、レンタルした日数だけ容赦なく給与から引かれていく。
できればレンタルしたくなかった、そんなありがたくない代物である。
「あたし、これの講義選択してなかったんだけど?」
これとは言うまでもなく『探査任務セット』のことである。
「ああ、心配すんなって。前の配属先の先輩に教えてもらったことあるから」
ちなみにこれを初回で使いこなせるルーキーはいないらしい。
扱いが難しいわけではない、現に前に一度先輩にレクチャーしてもらった際には
1時間程度で大半の道具をある程度使いこなせるようになった。
その先輩が言うには「カリキュラムが悪い」とのことだ。確かにそうかもしれない、
なんせこの講義3回に2回は休講になるのだから。
仲の良かった同級生から聞いた話では、講師の家庭の問題とのことだ。
荷物をジープに詰めこみ、遺跡の位置と方角を確認して車を出発させる。遺跡に到着するまでは
まだ1時間近くかかるはずなので、隣で黙って座っている相方に声をかけた。
「あのさ」
「何?」
「連絡とか、いいのか?」
そういって視界を車のフロントガラスから一瞬だけハルカのほうを向いて聞く。
自分で聞いておいてなんだが、少々お節介だった気がする。
「別に・・・・・・」
「・・・けどさ・・・」
「わかってるわよ・・・・・・それくらい」
訂正、大分お節介だったようだ。
シン・アスカは天涯孤独の身である。管理局で保護された子供の大半は親や兄弟を失くして
いる、彼もその一人である。3年前のオーブでのあの『市街地戦』で彼は一瞬のうちに
何もかもを失くした。いや、片身である妹の『携帯』があるので厳密には全てではないのかも
しれないが。戦争とは理不尽なものである。偉い人たちが自分たちの『理念』や『正義』
といった言葉を掲げて駒である兵士たちを戦わせる、それが戦争である。
なぜ、理不尽なのか?それは戦争で最も被害を受けるのは『偉い人』や『兵士』ではなく
関係のない大多数の民間人だからである。彼らにそこまでの罪があるというのだろうか?
生きて話ができるうちに仲直りはしておいたほうがいい、そう言おうかとも思ったが
それを言ってしまうのは卑怯だと考え、口に出すのをやめた。
そう言われてはハルカは何も言い返せないからである。
それに彼女の二人の姉、スバル・ナカジマ、ギンガ・ナカジマ、について彼女の口からは
名前と簡単なプロフィールくらいしか教えてもらっていない。
何をどう悩んでいるのかも、正直なところさっぱりなのだ。
なので、自分から振っておいてなんだが、シンは別の話題に切り替えることにした。
「昨日のアレ、美味かったの?」
「アレ?・・・あー、リョクチャとか言う飲み物?」
「・・・・・・ミルクと砂糖、入れてる時点で別のもんだけどな」
「えっ!? 入れないの!?」
シンは、誰に吹き込まれたかは知らないが、ハルカの間違った日本文化の解釈に多少の
頭痛を感じながら、遺跡につくまでの間、ひとつひとつ丁寧に訂正していった。
まぁハルカも「分かった」と言ったそばから「次は蜂蜜が良いかな」などと考え始めてる
時点でシンの懸命な努力が実を結ぶのはまだ当分先かもしれない。
「そろそろ見えてくるかな――っ?!」
周囲に、自分たちへの敵意を多数感じ取って、シンはジープの急ブレーキを目一杯踏み込む。
それほどスピードを出していたわけではないが、やはり急激にかけた減速の反動か、
車体の前方には相当量の砂塵が舞う。
シンは車の停止を待たずに、本来ならば開閉して使用するはずのドアを、ハードルを飛び越える
要領で、ドアにかけた右手を支点にして一気に飛び降りた。
そして、周囲に展開している敵意の群れを一瞥した。
ざっと見ただけで『ノーマル』15機、岩場や砂場に隠れている伏兵を考えても
20機程度であろう。この数なら、『マザー』がいる確率が0といってもいい。
「ハルカっ!」
「わかってるっ!」
お互いに緊急の戦闘状態への切り替えの必要性を確認し合いながら、二人は各々のデバイス
を取り出した。
「焔(ホムラ)っ!」
シンはそう叫びながら、携帯型デバイスに自身の魔力を付加させる。
焔(ホムラ):管理局の魔道師は普通、管理局から支給された制式デバイスを使用することが
義務づけられているが、Bランク以上の魔術師に限り、専用のデバイスとジャケットを
調達・使用しても良いこととされている。この『焔』もそのひとつである。
非戦闘時はただの携帯でしかないが、所持登録者の魔力を一定量流すことで
携帯部分が黒色の柄となり、装飾者の魔力で形成された刃渡り90cm程度の白光する刃をもつ
『日本刀型』アームドデバイスに変化する。
「いつも通り、突っ込むからなっ!」
シンは返答を求めない、叩きつけるような一言を放って、先手必勝といわんばかりにガジェット
の群れの1つに突っ込んでいった。そのまま、休むことなく、動きが悪い、と勝手に判断した
1機に向かって急接近、先程展開した『焔』を加速をつけて相手の中心部分に突き刺した。
「っ!!」
その動きの悪かった1体を仕留めた瞬間に周囲に展開していたガジェット3体からの
砲撃のうち1つが至近に着弾する。他の2つは狙いが甘かったのか、かなり的外れな
場所へ着弾した。
ガジェット『ノーマル』の攻撃方法は極めて単純である。目標を確認し、自身の武装の
有効射程まで近づいてレーザー、というよりは簡易術式の貫通魔法、を対象に向けて放つ。
それだけである。『ノーマル』は確かに動きは早いとはいえないし、防御性能も魔法はおろか
マシンガンなどの通常兵器ですら跳ね返せないほどに低い。だが、このレーザー砲だけは
その低い性能とは裏腹にかなりの威力を持つ。
管理局の魔術師は誰でも『シールド』と呼ばれる障壁魔法を使うことが出来るように
養成学校で指導されている。そしてこの『シールド』の強度は通常、魔術師ランクに
比例して高くなるといわれている。Aランクほどの人間が張る障壁ならば
通常兵器は一切有効ではないとまで言われている。
だが、このレーザー砲は貫通、とまでは言わないものの完全に遮断することができない。
それは魔力要素が大半を占めるからである。
そのため、たかがガジェットと侮って、レーザー砲を相殺し切れずに重傷を負ってしまった
高ランク魔術師は実はかなりの数になる。
「ちぃっ!」
シンは周囲の3機をひきつけたまま、ハルカの近くに群がっていたガジェットの集団に
突っ込んで、勢いのまま2機を真横に両断・破壊した。
ハルカも、シンが敵集団に与えた僅かな隙をついて、先程戦闘形態へ移行させた
弓形デバイス『クレイウェン』に自身の魔力を送る。数瞬後、『クレイウェン』の中心部分に
紅い炎を纏った魔力で構成されているであろう矢が出現する。
「"フレイム・ボルト"っ!」
そう叫んで、シンを狙っていたガジェットに向けて矢を射る。狙われたガジェットは
自身に近づく灼熱の奔流にほとんど反応することなく、ほぼ完全に溶解し、さらに後方
に待機していたガジェット1体を巻き込んでようやく、矢は大気へと四散した。
1分もたたないうちに戦力の3割弱を喪失したことが動揺を与えたのか、あるいは敵と
認識した相手の圧倒的な力に、機械ながら畏怖したのか、周辺のガジェットの砲撃が
僅かに鈍る。
「"フレイム・ショット"っ!」
ここで一気に数を減らそうと、ハルカは『クレイウェン』に装填しておいた魔力の矢を
放つ。高速で放たれたれた矢は敵集団との距離が半分にも届かないところで、分裂、
多数の赤色の散弾となって敵集団へと降り注いだ。一つ一つの威力は先程の"ボルト"系とは
比較にならないほど弱いが、それでもガジェット程度の防御力ならば中破、当たり所によっては
そのまま再起不能に追い込める。数を減らすにはうってつけの魔法である。
そして、今のハルカの砲撃で孤立したガジェットをシンは水平に一閃・破壊し、
残りの敵もさっさと掃討するか、と残存している敵に注意を向けた瞬間、
残っていた敵すべては突如、内部から魔力を過剰に放出して自身を爆発させた。
「・・・自爆したってこと?」
ハルカはにわかに信じられないという面持ちで、まるで自身に問いかけるかのように呟く。
一方のシンも言葉こそ出さないものの、やはり不可解だと思ってはいるのか表情に曇りがある。
だが、一応敵部隊を撃退したことには変わりないので、シンは破壊したガジェットのうち
割と原型を留めていたもの、といっても半壊状態ではあるが、のコアを『焔』で強引にくり抜き
携行していた保管用カプセルに押し込んだ。
「・・・・・・『ノーマル』は自爆なんてしないはず」
交戦ポイントや時間、天候などを電子手帳に書き込んでいたハルカが不意に手をとめて、
こちらを見て、そう呟いた。
「『マザー』がリモートしてたって言いたいのか?」
「そうかもしれないけど、なんか違う気もする。なんかもっと邪悪な・・・」
ハルカの曖昧な答えに、「やれやれ、またか」とシンは一人嘆息する。
ハルカは確かに優秀なのだが、時々思考の袋小路に陥ることがある。袋小路というよりは
暴走列車に近いが。
「・・・先に行ってるからな」
「えっ? あぁっ、ちょっと待ってよっ!」
シンはハルカにそう告げて、一人いそいそと徒歩で遺跡へ向かう。もう遺跡までは目と鼻の先
なのでわざわざジープで向かう必要もない。新世界の神がどうのこうの、と一人考え事をして
いたハルカも置いてかれてはたまらない、とばかりに手帳を制式ジャケットのポケットに
しまいこんで、シンをやや駆け足で追いかけた。
続くのかなー?
独り言
シン・アスカである必要性がない気がしてきた。・・・・・・あれ?