とあるブティック。シズクとヒビキが仲良く(?)服を物色していた。鼻歌交じりに服を見るシズクとは裏腹にヒビキは不満顔。その手には山ほどの紙袋が抱えられていた。中は女性モノの服、でいっぱいのようだ。
「なぁ、シズク。聞きてえことがあるんだが」
「なあに?」
悪戯な微笑をたたえて、シズクが問い返す。
「これが、でえと……なのか?」
「そうよ♪」
シズクはまた気に入った一着を抱えると、レジに向かった。ヒビキはそれを見て、今日何度目かの溜息をもらした。
…………でえとって楽しくねえな、と思いながら。
VANDREAD/A
#7「Wild Bunch」
ヒューズはカナに出逢い、ヒビキはシズクにこき使われている時に、ミタールとアリオスはのんびり買い物を楽しんでいた。女性にとって、買い物は最高の気分転換………らしい。それはこの二人も例外ではない。
「あ〜この服、かわいい〜」
「そうね……。でも、高くない?」
「大丈夫だよ。給料なんて、こんな時にしか使えないんだし」
ブリューナクでは、クルー達に月にいくらかの給料を支払っている。いわば「お小遣い」のようなものだ。生活費はほぼ掛からないため、クルー達は給料のほぼ全額を趣味に使うことが出来る。実は金持ち……という噂もあるが、実際の所、散財が激しいので、貯金などはないらしい。
「でももしもの為に………」
「アリオスは固いよー。お金なんて、使ってこそ価値があるんだから」
「…………それもそうね」
ミタールの考え方に妙に納得しながら、アリオスは頷く。自分の財布の中身を確認すると、その額いっぱいの服を買おう……と心に決めた。
二人は買い物を終えると、ほくほくとブリューナクへと向かった。約束の時間までまだだいぶ余裕があるが、オペレータの二人が流石に長い間、艦を空けるわけにはいかない、と思ったからだ。もっとも二人の両手にはこの短時間で買ったとは思えない量の衣類が抱かれていたが。
「アリオス、あのワンピ買えば良かったのに」
「あれは高すぎるわ。確かに、欲しかったけど……」
先程の店でアリオスの心を捉えたもの、それは深い藍色のワンピースだった。その色合いはアリオスが特に好むモノで、彼女の服は青色のモノが多い。髪は生まれつきの青だが、それが関係しているのかはアリオス自身でさえ定かではない。しかし、彼女が青色、特に藍色の様な深い色が好きなのは確かで、そのワンピースは形状も含めて彼女の好みの条件をピタリ満たしていた。
だが……問題は値段の高さ。これを買えば、他に気に入っているものも諦めなければいけない。量をとるか、質をとるか。結局アリオスはそのワンピースを泣く泣く諦めた。この時だけは、自分の貧乏を恨んだ。……もっとも海賊の給料がさほど多くないのは明白だったが。
「良かったら、貸してあげたのに」
「私より貧乏のくせに」
「う………」
「また今度来たときにでも買うわ」
「今度って、今度はい」
「あ〜〜〜〜〜! アリオスさ〜ん!!!!!!!」
突然、背後から男の大声……叫び声に近かったが……。自分の名を呼ばれ、びくっと肩を震わせるアリオス。ミタールはその聞き覚えのある声に嫌な予感を走らせる。
「この声……まさか」
ミタールは自分の予感が当たらないよう祈りつつ、振り向いた。予感は確信に変わった。そこには見知った顔が二つ。ヒュエルとスレイプニル副長、オルステッド。
「ヒュエル……何でここにッ!?」
「む……ミタールも一緒か!」
お互いの顔に落胆の色が浮かぶ。「どうしてこんなところに来てまで遭わなければいけないのだ?」
「何してるのよ。こんな所で」
「俺達だって海賊だ。コスモスにいて何が悪い」
「うそ。どうせアリオスのお尻でも追っかけてきたんでしょ!」
「違うッ! た・ま・た・ま・だッ!」
「嘘ばっかり!」
「なにおう!」
「艦長、ミタールさん、その辺で……」
オルステッドが口を挟む。この副長は見るからにヒュエルよりも歳を取っている。それは表情に表れる貫禄が物語っていた。そしてブリューナクの副長、バーンもカーヴァインよりだいぶ歳が上だ。今は訳あって艦を離れているが、カーヴァインの良き右腕として働いている。ブリューナクとスレイプニルの結成の際、まだ若かった二人の艦長を補佐する理由で副長には年輩で経験豊富、そして優秀な人材が選ばれた。それがオルステッドとバーンだった。
「ヒュエルもオルステッドさんみたいになったら?」
「お前が言うな!」
「いや、だから二人とも落ち着いて……」
「はっ。そうだった。アリオスさん」
「な、何ですか?」
突如、何かを思い出したように態度を激変させると、アリオスの方に向き直るヒュエル。アリオスは困惑の表情を浮かべる。
「こここ、これから暇ですか? よよよよ良かったら」
「結構です」
用件を言いきる前にきっぱり断るアリオス。その先の言葉は想像できるし、その言葉に意味はない。
「な! そんな身も蓋もない……」
「悪いですけど、今男性と付き合う気はないので」
「残念だったね」
「ぐうう……」
歯痒そうに顔をしかめるヒュエル。そこに登場したのが、あの二人。
「……何してるの、あなたたち………?」
四人が声のした方を向く。そこには、呆然と立ち尽くすシズク。遅れて、よろよろとおぼつかない足取りでヒビキが続く。両腕いっぱいに抱えられた荷物によって、バランスが取れないようだ。ヒビキの身長を軽く超えるのではないかと思われる嵩の荷物も、それに合わせて揺れる。
「シズク? ひさしぶりだなぁ!」
「直接会うのは約一年ぶり? そう言えば、もうすぐそんな時期か………」
「……そうだな」
「あー! おめえはッ!」
荷物を地面に置いて、ようやく視界が開けたヒビキは、ヒュエルの存在に気付いた。ヒュエルとブリューナクの面々の関係を詳しくは知らないヒビキにとって、ヒュエルはやはり敵という認識の方が強かった。
「……見ない顔だな? 新入りか?」
「ええ。ついこの間ね。ヒビキくんって言うの」
「そうか。俺はヒュエル・ブライブだ。スレイプニルの艦長をしている。よろしくな」
「お、おう。よろしく……」
身構えていたヒビキはやや拍子抜けした。普通に挨拶をされて、普通に返してしまった。やっぱりスレイプニルとブリューナクはただ敵対しているわけではないらしい。以前のカーヴァインの表情からもそれは読めたが、今日直接会ってみて、確信に変わる。
「ところでさーヒュエル。ホントにアリオスに気があったんだね」
この前のブリッジでのやり取りを、人伝えに聞いていたシズクはその真意の程が気になっていた。シズクの知る限り、今までヒュエルが人を好きになった事などなかった。それが何で今頃?という気持ちが強かった。
「う、うるさい。なんか文句あるか!」
「別に。初めてにしてはお目が高い、と思ってさ」
アリオスは美人だ。女のシズクから見てもそうなのだから、男から見たら相当美人だと感じるだろう。相棒のミタールはまだあどけなさが残っているが、アリオスは知的な、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。青い、長い髪もそれを増長させている。時折見せる物憂げな表情も、よく似合っていた。
「……俺だって人を見る目はあるつもりだ。じゃなきゃ」
「スレイプニルの艦長にはなれない、って?」
ヒュエルが首肯。オルステッドがフォローするように
「艦長の眼力は凄いものがあります。クルー達も有能な人たちばかり入れますし。それに……あなたもご存じでしょう? だって」
「ええ。知っているわ。凄くね」
シズクは憂鬱そうに首を振ると
「でも無理よ。よりにもよってアリオスなんて」
「……どういうことですか?」
「勝ち目がないって事」
「そうだねー」
シズクにミタールも同意する。アリオスは何も言わなかった。
「ま、勝ち目がない戦いもおもしろいかもね。応援してるわよ」
「何を!」
「艦長、もう時間です。行きましょう」
「う……む。残念だが。ではまた会おう、諸君!」
「何カッコつけてんだか」
シズクが立ち去るヒュエルの背中を見ながら苦笑する。二人の背が見えなくなるとミタールが
「あたしたちはもう艦に帰るんだけど。シズクたちはどうする?」
「うーん。どう、ヒビキくん?」
「どうでもいいぜ。兎に角、この荷物なんとかしてくれ」
ヒビキは目の前の荷物を一瞥して、途方に暮れた。
「ははははは。じゃあ、わたしたちも帰ろっか」
事の原因であるシズクはそれを自覚していないように、笑った。
三時間後。ドクターからツェブの容態を聞いた後、それと今後の予定をクルー達に話すため、カーヴァインが艦内通信を開いた。映像が艦内に流れる。
『ツェブの容態だが、全治三週間、少なくとも二週間は掛かるそうだ。そこで取りあえずツェブは入院させることにした。二週間ここに滞在しても良いが、金が馬鹿にならんので、とりあえずアジトに戻ることにした。出発は二時間後。それまでに各人で用意を済ませておくように』
艦内が、先程とは違う意味でざわつき始める。それはシズクやミタールたちにとっても同じである。シズクは足りない部品がないか、エンジンの調子はどうか。ミタールやアリオスはシステムのチェックに余念がない。
「………ふぅ」
艦内通信を切ったカーヴァインが、溜息を漏らし、シートに沈む。隣にはクレイプが立っていた。
「何溜息ついているんだ?」
「ん……色々憂い事が多いのさ。艦長ってのはね」
「そうか」
「………アレはどうなんだ?」
「これから話を聞いてくる。……期待はしない方が良いぞ。元々、生きているのが不思議なくらいだ」
「まあな。そんな様子は微塵も感じないのに」
「それがあの子の強さだからな。でも確実に侵攻しているぞ。……あれから5年。もう時間の問題だ」
「…………………」
カーヴァインが苦渋に満ちた表情を見せる。
「……あいつは……あいつだけは………救いたかったんだがな」
「贖罪、か?」
「それもある。だが、あいつはそんなことを少しも出さずに、今まで精一杯生きてきた。……生かせてやりたい、あいつのために」
「……私達が出来るのは、残り少ない彼女の命を満足に過ごさせてやることだけだ」
「分かってるよ」
カーヴァンが肩を落とすのを見て、クレイプはもう何も言わずに、ブリッジを後にした。ミタールとアリオスも無言のままだ。唯一、ヒューズがいないことは幸いだった。彼には、まだこの事は話していない。
そのヒューズが、クレイプと入れ違いにブリッジに入ってきた。ブロンドの髪の少女を連れ立って。そしてブリッジの雰囲気を察した開口一番に、
「……どうしたんですか? みなさん?」
辺りを見回した。カーヴァインも、ミタールも、アリオスも、表情が暗い。
「……何でもないよ。その子が例の?」
「はい。カナ・アインスです。よろしくお願いします」
名を告げると、カナはペコリと頭を下げた。話はドクターから聞いていた。
「へえ、可愛い子じゃない。やったね、ヒューズ」
ミタールが茶化す。場の雰囲気が重いときこそ、ミタールの性格は役に立つ。ミタールに引っ張られるように、アリオスとカーヴァインの表情が和らぐ。
「確かに。お前にはもったいねえな」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
顔を朱に染めて、ヒューズが否定する。その慌てふためく姿がおかしいのか、ミタールやカーヴァイン、そしてアリオスまで笑った。
「それでカナ……。君は何が出来る?」
「お父様から一応の事は習いました。でも特別に何が出来るって事はないんです」
「ふーむ。何でも良いのか? 希望とかは?」
カーヴァインが尋ねるとカナは悩む様子もなく
「はい。空いてる仕事でいいです」
と即答。自分が何が出来るのか自分で分からなかった。それはこれからゆっくり見つけていけばいい……と彼女は考えていた。
「アリオース。今、どこか手が足りないとこってあったか?」
カーヴァインが座席にもたれ掛かってアリオスに尋ねた。アリオスは艦内情報を呼び出し、検討してみたが特別に増員が必要な部署はないようだ。
「特にないですが……。シズクの所はどうですか? あそこは幾ら人手があっても足りないでしょう」
「うん、そうだな。カナ、機械いじりは得意か?」
「はい。そこそこは」
「んじゃ決定だな。シズク」
艦内通信でシズクを呼び出す。すこしタイムラグがあって応答。
『はいはーい』
シズクの垢抜けた声。どうやら品物の搬入の確認に忙しいようだ。一覧表を見つめながら、応答している。さっきまではカジュアルな服装をしていたが、今はつなぎのようなものを着ていた。ブリューナクには制服は無いため、各々好きな格好をしていられるのだが、整備員だけは汚れやすいため、ほとんどの者が汚れてもいい格好をしていた。シズクは普段はジーンズを愛用しているが、今日は違うようだ。
「新しいクルーが一人入った。そっちに回すから」
『マジですか? やったー、人手足りなかったんですよ』
「あの、カナ。カナ・アインスです。よろしくお願いします」
のぞき込むような体勢で、カナが言った。シズクはカナの顔をしげしげと見つめて
『うん、オッケ。それじゃ今すぐ来てくれない?』
「い、今からですか?」
戸惑いの表情を見せるカナ。入って早々の仕事、しかも今までいわゆる「箱入り娘」だったカナは不安を覚えた。それを感じてか、シズクが優しく言葉を掛ける。
『大丈夫よ。仕事ったって品物の確認だけなんだから。分からないところはフォローするから』
「はい。分かりました」
『よろしい。待ってるからね』
シズクのウインクと共に、通信は切られた。そしてカナがカーヴァインに「格納庫はどこですか?」と瞳で尋ねる。カーヴァインは一考した後、
「ヒューズ、格納庫まで案内してやれ」
「お、俺がですかッ!?」
「お前しか暇なのがいないだろう?」
そう言われて、ヒューズは辺りを見回した。ミタールとアリオスはシステムチェックをしているし、艦長であるカーヴァインがそんな事をするわけにもいかない。どうやらやっぱり自分がやるしかなさそうだ。
……実を言うと少し嬉しかったが。
「じゃ、じゃあ行こうか」
「……うん」
カナも満更ではないのか、照れた様子で顔をうつむけた。二人は一緒にブリッジから出ていった。
「……若いっていいねえ」
二人の背中を見て、カーヴァインはくくく、と喉で笑った。
「うーん、ナイスカップルですねー」
「あいつ、てっきりアリオスに気があると思ってたんだけどな」
「………そうですか?」
誤魔化すような口調でアリオスが言う。そして何も気にしていないように画面に向かって作業を続ける。それに何かを感じたのか、カーヴァインは表情を正すと
「……なあ、アリオス。気持ちは分かるが、もうそろそろいいんじゃないか?」
「何のことです?」
「とぼけるなよ」
と、言われてアリオスは口をつぐんだ。「彼」のことはもう既に過去のこと。それは分かっているのだが、どうしてももう一歩が踏み出せない。どうしても恋愛に対して奥手になってしまう。ヒュエルの事だって、嫌いではないのだが、彼の誘いを受けることは出来なかった。
「彼」を裏切る様な気がしたから。
そしてそれはカーヴァインにも言えた。
「艦長はどうなんです? 他人のこと言えないでしょう」
「俺は…………」
「そうですよー、ボス。誰もボスを責めたりしませんよ」
ミタールが少し哀しそうな顔を見せる。
五年前の事件、カーヴァインの行動は正しかった。少なくとも、世間一般の「正義」という価値観に当てはまっていたことをした。誰もがカーヴァインとヒュエルを賛美、賞賛したし、彼等を慕っていたからこそ、こうして海賊を結成することが出来た。
だが。「許し」は他人に貰うものではない。「正義」は誰かが決めるものではない。「しょうがない」という言葉は慰みにすらならない。
少なくとも、「事実」がそこに存在するのだから。
「……誰も責めなくても、俺が、責める」
「艦長…………」
「……誰かが許してくれたとしても、俺が、許さない」
つぅと口元から血が垂れ、ぽたっぽたっと床を汚す。一つ、二つ、三つ……。無数の血痕が生まれる。まるで亡くなった人間を一人一人、表すように。
つづく