VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter XX "Combat at Valentine"
人間関係が改善されていけば、他人を嫌っていくよりも他人に好かれる努力を行うようになる。
嫌われていれば人の目は気にしないが、好かれていれば人の目を気にしてしまう。
距離感が近づけば近づくほどに、人との距離を意識してしまうようになる。この境目は非情に微妙であり、繊細であった。
男と女の関係であれば、より顕著と言えよう。
「親愛なる君達。お頭と副長に、日頃お世話になっているお礼をしないか?」
「また何か言い始めたぞ、こいつ」
「今日は建設的であればよいのだが」
かつて住んでいた監房より移されて、今では共同部屋に住むようになった男達。
タラーク・メジェール両国への距離も近づいて来ており、三人は忙しない日々を送るようになっていた。
本日はその束の間の大切な休暇であり、イベントなどが予定されていない静かな日である。
医者でもあるドゥエロより勧められて、カイ達は予定を入れず部屋で静かに余暇を過ごしていた。
「先日シャーリーを連れてカフェテリアで食事していたら、女性達に誘われてね。
メジェールの文化について少し話したんだ」
「あの子と家族になってから交流関係が広がったよな、お前」
「病気が治った少女を家族として迎え入れたのだ、評判が良くなるのは当然だ」
バート・ガルサスは明るいひょうきん者で好かれそうな性格なのだが、調子に乗りやすいので女性達からは評価は良くなかった。
そんな彼が病の星でシャーリーと交流を深め、奇跡的なテラフォーミング効果で彼女が救われてから、評価は一変した。
病を救って良しとせず、天涯孤独な彼女を引き取って家族にすると宣言。家族ができてから落ち着きも見せており、評価が上がったのである。
必死で面倒を見ている彼を気遣って、こうしてよく食事に誘われたりするようだ。
「メジェールではバレンタインなる文化があってね、親しい人にお菓子類を贈る習慣があるらしいんだよ」
「お菓子なる食事については、パルフェから聞いたことがある。女性の間で人気らしいな」
(バレンタイン――まさか、こいつの口から聞くことになるとは」)
地球生まれだったカイは、既に記憶を取り戻している。高名な博士のクローン体として生み出された彼は、地球に関する知識も与えられている。
バレンタイン文化についても正確に知り得ているが、あくまでも知識であって経験ではない。
実際にお菓子類を異性から貰ったことは一度もないので、バート達とさほど変わりはない。
ただタラークには全く無い文化なので、彼の口から出たことに少々驚かされてしまったのだ。
「ようやく僕達も彼女達と仲良くやれてきたからさ、ここは思い切って一歩踏み出してみるのもいいと思うんだ」
「妙だな……実に立派なことを言っているぞ、こいつ。どうしたんだ、本当に」
「あくまでも推測だが、バートはシャーリーという家族ができて、あの少女との将来を考えている。
軍事国家タラークには彼女の居場所は作れないので、今度もマグノ海賊団のお世話になるしかない。
将来どうしてもお世話になってしまうので、今の内に良き関係を築こうという算段ではないだろうか」
「ぐわっ、全部見破られている!?」
ドゥエロより理知的な見解を述べられて、バートは思いっきり仰け反ってしまう。大当たりだったようだ。
恐らく実際バレンタインにマグノやブザムに贈り物をすれば、ドゥエロと同じく見破られてしまうだろう。
ただカイやドゥエロは、彼を笑う気はなかった。発想自体は何も悪くはないし、頭を下げるのだって決してみっともない行動ではないのだ。
全てはシャーリーのためだと考えれば、むしろ立派だった。
「お前にしては立派なアイデアだ。じゃあ折角だし、俺も便乗しようかな」
「うむ、私には出ないアイデアだ。ぜひ企画に乗らせれくれ」
「おお、それでこそ友達だ! やっぱり君達は最高の友だよ、うんうん。
正確にはバレンタインの日じゃないだろうけど、こういう文化を聞いたので贈り物をさせてほしいといえばいいしね!」
バレンタインに日頃の感謝というのは多少趣旨が外れているかもしれないが、想いは確実にこもっている。
むしろ恋だの愛だのと浮ついた気持ちよりも、過酷な故郷への旅路とあってはこういった真心の方が喜ばれるかもしれない。
大いに気を良くするバートに苦笑しつつも、カイ達は快く賛同した。
お世話になった人たちに、優しい気持ちを贈ろう。
「でもバート、実際に贈るお菓子はどうやって用意するつもりだ」
「ふふふ、シャーリーやツバサのような子供達に贈る為に作り方を教えてほしいと、カフェスタッフに土下座してきたから抜かりはないさ」
「土下座ってお前……その熱意にはある意味感心するな」
――このエピソードは、束の間の話。
ブザム・A・カレッサという人物の正体が明るみに出る前の優しくて、哀しい物語である。
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