「一つだけ問う。」

 少年は言った

「お前は自身の謎を知らぬままここで死んで楽になることを望むか?それとも苦難の道を進み、戦い、待っている答えが絶望だとしても生きたいと望むか?」

 

Vandread−Unlimited second stage

  OUTSIDE:永遠を求めた者達8

 

 

 調査するのはいい。それは総意で決めたことだ。ただ……、

「歩きにくい事この上ないな」

 メイアがとうとうそう漏らした。

「メイアぁ、それは言わない約束でしょ?」

「そうよ、今更何言ったってこの状況は変わらないんだからさ」

 憮然とした表情、というか諦めた表情で他の面子が言った。

「しかし……」

 メイアは足元を見てさらにつぶやく。そこには例の錆食いが繁殖して光を発している。だが、その量が尋常ではない。

 まさに雪のようにくるぶしまで来ており、歩くたびにサクサクいいよるのであるこの微生物は。

 錆の量だけ増殖するとは言ったが、ここがどれほどの年月をかけて錆を繁殖させて来たかと言う事を失念していたのだ。

 おかげで管理区画に向かうためのこの通路はさながら雪の歩道である。だが実際は蟲の死骸の歩道だ。風情の欠片もありゃしねぇ。

「いい思い付きだと思ったんだけどなぁ」

 アイリスもさすがに舞い上がりまくる光を鬱陶しそうに撥ね退ける。

「無駄口を叩くな。管理区画はもうすぐなんだぞ」

 一行がうんざりする光景にも我関せずとブザムは歩き続けている。

 やがて……1枚の扉の前に到着した。脇にかかっている看板にはかすれた文字で「メインコントロールルーム」と書かれている。

「コントロールルーム?」

「あれ、管理区画じゃなかったか?ここ」

 ヒビキが漏らしたとおり、ここは確実に管理区画のはずだ。何せここに来るまでに30以上の区画を見て回ったのだから。もちろん手分けしてだが。

 アイリスがところどころで見つけたPCをハッキングし、見つけ出した部署やらマップから推測してここに来たはずである。オフィスなどならともかく、コントロールルームとは何だろうか。

 今まで何度となく繰り返したようにアイリスは剣を引き抜くと、腕を振るう。

 ザンッ、ギギィ、ギザンッ!!

 斬撃は3度。バターの塊でも切るかのように鉄扉は切り裂かれ、中へと落ちていく。

 中はやはり錆食いによって薄く明るかった。だが、今回はそれだけではなかった。

 バチ……、バヂ、バヂ……

 何かがショートするような音が聞こえてくる。

「ん?」

 中に入り、ショートしている部分を探す。

 それはなんと壁の配電盤から聞こえていた音だった。

「ちょっと、ここって通電してるじゃない!」

 ジュラが驚いて言う。

「みたいね。発電所から電気が来てるんだわ。それだけ近づいたって事ね」

 アイリスが配電盤を開ける。錆食いが繁殖し、外れたブレーカーの間に挟まって焼ける音を立てていた。

 一応錆食いたちを払い落とし、ブレーカーを繋げた。

 バチバチバチ!!

「……っ!」

 通電のショックでさらに電気がショートする。

 それと同時にこの部屋にも通電が始まった。天井にあった蛍光灯が何本かが割れたもののいくつかが灯り、コンソールやスクリーンに電気が灯り始めた。

「よっし、いけるいける」

 ブザムやメイアがコンソールに取り付き、いくらか操作を始める。

「ふむ、さすがにメインコントロールだけあるな」

 ノイズだらけだがなんとは表示だけはされているモニターを見ながらブザムは閉口する。

「パスワードが何重にもかけられている。それにシステムもかなりの旧式だ。ち、手に負えん」

 表示されたエラーの文字にブザムが舌打ちをする。

「そんじゃ、私の出番かなぁ?」

 アイリスがブザムに変わってモニターの前に座った。

「できるのか?システムは旧式なうえにパスワードは相当難解なんだぞ。」

「まかして、伊達に一人でアンドロイドのシステム組めたりしないわよ」

 コキコキと指をならし、キーボードの上に指を置く。そして、一息おいた。

 精神を集中し、目の前にあるデジタルの海へと埋没する。幾千、幾万、幾億通りの迷い道のある迷路に一つの道を通し、必要な情報を持ってくる。

「アクセス……」

 そうつぶやいた。同時に目を見開き、キーボードに指を走らせる。

 タタタタ……・と、マシンガンを撃っているがごときの軽快なタッチ音。間違うことなく、休むことなく撃ち続けられる。

「システム解析……エラー微量、メインシステム呼び出し……パスワード要求、エラー、エラー、エラー……」

 頭の中で出される様々な可能性。パスワードの癖は?製作者の意図は?システムが改変された可能性は?

 深い場所のさらに奥へ。泥沼に踏み込み足を進めようとするように、ゆっくりとした探り合い。

 

「……すさまじいというか、なんと言うか」

 後ろでメイアが漏らした。

 叩かれるキーボードが光る様はまるで舞い踊るランプの光にも似て、表示される数値の海はアイリスを包み込む雨にも似て、誰も踏み込めない、踏み込ませない独壇場。

「魔法使いって肩書きとは思えないわね」

 バーネットもため息をついてそうつぶやいた。

 

 アイリスにそんな会話は聞こえていなかった。聞こえるのはただキータッチの音と表示される数値のかすかな音だけ。

 ――どこ?パスワードはどこだ?

 システムの奥底へと侵入し、製作者の癖を知る。バグは無いのか。入り込む隙は無いのか。導入する上でバグは生じなかったのか?

「おかしい。逃げられてる気がする」 

 手を止め、目を指で押さえる。

 システムは完璧、入り込む隙が無い。それはいい、すばらしい。

 しかし、パスワードがヒットしないのはなぜだ?

 製作者の誕生日から始まって、調べ上げたこの星の時事・事件に関する事柄まで徹底的に叩き込んでみたはずだ。

 ――だけど逃げられてる。システムが自動的にパスワードを書き換えてる?

 そんなシステムはあるのか?この星に。いや、無いとはいえない。常識にとらわれるな。そんな事は日常茶飯事じゃないか。

「ふん。面白いじゃない」

 アイリスの手が再びキーボードを叩き始める。

「逃げてごらんなさいよ。逃げ切れるもんならね」

 画面を切り替えて、デバッグモードを起動する。そこから、システムの一部を流用し追跡プログラムをくみ上げる。

 作りは単純。書き換えられるファイルを監視すること。書き換えられたファイルを書込み禁止にしていくこと。

 ――走らせれば、猟犬のように追い続ける。そして行き着く先は行き止まりだけよ。

「GO」

 プログラムを走らせる。システム言語に変換されたプログラムは一匹の獣となり獲物を追って走り始める。

『“警告!警告!ウィルスの侵入を確認、ディレクトリを隔離し、権限を剥奪します”』

「なっ!!」

 思わずキーボードを打つ手が止まった。

「ど、どしたの?」

 やってることがさっぱり判らない一同。ジュラが恐る恐る聞いた。

「やられた、コイツ思った以上に頭がいい」

「だから……何?」

「思いついたプログラムを走らせたら、向こう側ですでに同じプログラムを起動してた。

 くそー、どうするかな。」

「失敗した割には楽しそうだな」

「ん?」

 ブザムの指摘に初めてアイリスは気づいた。口元がにやけていたのだ。

「楽しむのもいいが、待たされる者の身にもなれ。それと、あまり時間を浪費したくは無い」

「りょーかい。仕方ない。ダブルコンパイルでなんとか……」

 

 

 

 激しく、間!

 

 

 

「……むむむ」

「おい、大丈夫か?」

「今は何言っても無駄かもよ」

 数十分。それだけの時間を費やしてもアイリスはこの障壁を敗れないでいた。

 ――くやしい。完璧だ。このシステムは入り込む隙がまるで無い。

 あらゆるプログラムを走らせた。それに対し、向こうはあたかも最初から判っているかのように先手を打ってくる。

 まるでセキュリティ会社が10社くらい結託して守りに入っているような感じがする。

 ――擬似AIでも組み込んで常にシミュレーションを繰り返してきたか?プログラムがお互いを守りあってるなんて。

 とんでもない壁だ。不可侵の城砦の前に立っている感じがする。

「一個……、入りこめる鍵は一個のはずなのに」

 プログラムの特性上、裏口のようなものが無ければおかしい。でなければ、製作者さえ関与できない馬鹿げた箱だ。

 

 ……………………

 

「だぁぁぁぁぁ!!ムカツいた!!」

『!!??』

 いきなりアイリスが切れた。

「あーそー、判ったわよ!そこまでして守りたいものだってのなら、覚悟しなさい!」

 キーボードをドカドカ叩き、プログラムをくみ上げ始める。

「お、おい……何する気だ?」

 アイリスはキっとヒビキを睨むと、

「ぶっ壊す」

『は?』

「プログラム丸ごと吹っ飛ばして、上書きする。どうせ、管理システムは覚えたんだから」

『チョット待てぇぇ!!』

「はい、……ポチっとな」

 

 ――プログラム“葬送曲(レクイエム)”起動。

 

 数秒後、マシンが異音を発し始めた。

 

 

To be continued