汝の名をこの身に刻めよ。汝の魂はこの地へと残され、永遠にこの地を見守るだろう。
汝の骸を地へと埋葬せよ。汝の骸は地へと還り、この地を永遠のものとするだろう。
Vandread−Unlimited− second
stage
OUTSIDE:永遠を求めた者達2
入り口に廃材でバリケードを築いた一同。リフト施設内に入った一同はようやく体を休めることができた。
「くそっ、あいつら何なんだよ!」
ヒビキが大きく息をつきながら毒づく。
「天にまします我等が神よ……」
マリーは早々に懺悔を始め、
「どう?動きそう?」
「何ともいえないわね」
バーネットとアイリスはリフト装置をチェックしはじめた。
「大体電源が生きているとは思えな……」
ピピッ!
配線をチェックし終わったアイリスが顔を上げたとたんにコンソールに光が灯った。
「……生きてやんの」
「……ということは、まだ電気が生きてるっての!?」
「ありえない話だけどね……」
ありえない事実にさすがに驚くアイリス。草木がビルを覆い尽くし、人々が狂っているこんな現状の中で電気が奇跡的に生きていることなど、誰が考えるだろうか。
「発電所の問題は後にしましょ」
コンソールを操作し、リフトを稼動させる。
「みんな!リフトへ乗って!下に行くわよ」
全員がリフトに乗ったことを確認し、アイリスはリフト側で操作する。
ギギギ……!
さすがにきしんだ音を立てて、それでもリフトは動き始めた。
やがて、リフトは吹きさらしの外へ出る。
見えてくるのは、緑に覆われた市街地。人の気配などまるで無く、朱に染まってきた日差しが眩しく感じる。
「……こんな光景を綺麗だと思えるって、おかしいのかしら」
ジュラが誰にとも無くつぶやいた。
「綺麗なものは綺麗なまま受け止めといたほうがいいです。」
懺悔を終えた様子のマリーが言った。
「荒廃した世界を見てそう思えることは、心が落ち着いている証拠です」
「…………」
朱に染まった町は、どんな画家も描き切れないほどに美しかった。ジュラは後日、この光景を撮っていなかった事をかなり残念がった。
ごぅん……!!
鈍い音を立てながら、リフトは居住地区へ降りた。
アイリスとマリーが先行し、周囲の安全を確認して全員がついて行く。
思えば、上層もここも20世紀を意識して作られているようだ。メジェールやタラークのように高層の建物があるわけでもなく、フローターの類が舞っていた様子も無い。
宇宙船の発着場も見えず、車も(廃車が見えただけだが)タイヤを使ったものが走っていたようだ。
思わずアイリスが「懐かしいな」と漏らしてしまったほどだ。
そして、川に沿った一般住宅街を揃って歩く。整備された川はいまだに清流を流し続け、不思議な事に暗くなり始めた時間を見計らってか街灯までつき始めた。
「なんか……、世界中に私達しかいなくなった感じね」
遠く、さらに下の階層が見える。そこにもちらほらと街灯の明かりが灯っていた。バーネットがそう頷くのも分かる。
「確かに……そうだな」
さっきの大騒ぎがここでは嘘のように静まり返っている。以前はここに人々が住み、生活をしていたことが嘘のようだ。
「ふふっ、そう言えばあたしの私見だけど、私から見てあなた達の服装ってここじゃかなり場違いに見えるわ」
アイリスが全員の服を見て言った。確かに、こんな20世紀然とした場所で、パイロットスーツやジュラのような露出の高い服、ディータの服は場違いである。
「言うな。私もそんな気がしてきてる」
メイアがイラついたようにそう言った。
「あまり無駄話はしてられん。暗くなってきては、いつあの暴徒たちに襲われるか分からんからな」
ブザムはそんな雰囲気などお構い無しに周囲を気にしている。
「しかし、ビーコンの発信場所はこの付近ですよ。何もありゃしません」
確かに、付近には普通の民家が立ち並んでいるだけで、施設らしきものは一切無い。
「だとすれば地下だろうぜ。隠れた施設は地下に作るのが相場だからな」
ヒビキが言う。
「地下か。」
「だったら、こっから行く?」
アイリスが足元をカンカンやりながら言った。マンホールだ。
「何?それ」
「マンホールよ。そういう施設って、意外とこういう場所に出る非常口を作ってたりするからね」
オープナーが無いので、アイリスは剣を抜くと、気合と共に4回斬撃を加えた。
ガーンガーンバシャバシャ!!
切れたマンホールが落ちて行き、下水に落ちた。
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
汚れ仕事なのを一切気にせずアイリスは身を滑らせた。
バシャンと水音を立てて、アイリスは下水に降り立った。左右への1本道。円形の一般的な下水道だ。
M4のライトを点けて先を照らす。かなり長く作られている。
と、いきなり遠くのほうでうなり声と水を叩く音が聞こえてきた。ここを住処にしている連中がいるようだ。
『どうですか?アイリスさん』
一応短距離の通信機を渡したマリーから通信が来る。
「ただの下水道よ。……ただ」
アイリスは下を照らした。すねまで足が水に潜っているが、靴までがくっきりと見える。澄んでいるのだ、“下水が”。
「やっぱり人の気配がするわね」
『バーネットにも行ってもらう。こちらでも周囲の探索を行っておく。何かあれば通信を』
ブザムの声が来た。
「……りょう〜かい」
数秒もせずに、バーネットが降りてきた。
「気配があるって?」
バーネットもアサルトライフルを構える。その銃身にもライトが装備されていた。用意のいい事だ。
「遠いけどね」
二人は慎重に下水を進み始めた。
「ヒビキとディータ、マリーは周囲の調査を。ジュラと私で反対側を調べる。何かあればここに戻ること。何も無くとも15分後には戻ること。いいな?」
『ラジャー』
『了解』
5人は散った。
完全にあたりが暗くなった。
街灯があるとはいえ、周囲の家々は完全に闇に包まれているので、怖い事この上ない。ディータなどヒビキに引っ付きっぱなしだ。
「で、どの辺から調べる?」
そんなディータを鬱陶しそうにしながらも引っ剥がす程のことはしないヒビキがマリーに聞く。
「とりあえず、民家から調べましょう。上層部に比べて、この住宅街は損傷が少ないのです。ツタもあまり見られません」
確かに、上のビル街はこれでもかというほどにツタが生えまくっていたが、このあたりは閑散としており、家の損傷もあまり無い。何とも不気味な話だ。
マリーを先頭に3人は手近な民家に入る。馬鹿正直に玄関のドアを開け、踏み込む。さすがに家財道具が散乱し、荒れ放題だ。ためしに電灯のスイッチを入れてみる。
バチバチ、パァン!
やはりここも通電されている。通電の過負荷に耐えられなかった電球が割れた。だが、残った電球が家の中を煌々と照らし出す。
20世紀のお茶の間そのものだ。テレビがあり、ソファだったものがあり、壁には何かを描いたと思われる額が飾られており…………、
「ぅん……」
マリーは胸の中に圧迫感を覚える。
「どした?」
物珍しそうに手を伸ばしていたヒビキが声をかけた。
「いえ……、ちょっと」
マリーもこんなお茶の間を見たことがある。何につけても彼女の仲間の3人は20世紀の人間なのだから。
だが、ここまで不気味な演出を見せ付けられると、巫女としては心がざわついて仕方が無い。
2階、寝室。ベッドは誰かが寝たまま放置されたらしい、クローゼットの中の衣類や、アクセサリーは荒らされた形跡は無い。
子供部屋、息子がいたのだろうか。ロケットのポスター、何かのキャラクターの布団。薄汚れ、荒れてはいるが、生活感が残っている。
「怖い……」
ディータが事の不気味さを直感したか、声を漏らした。
「出ましょう。何もありません」
マリーもディータの胸のうちをよく理解していた。
しばらく歩いていると光が見えた。街灯ではなく、地上から発せられている光。
「……コンビニエンス……ストア?」
煌々と明かりの灯った現代のコンビニが客を待っているように光を放っている。
「ん?どした?」
声をかけられた事に気づかなかったのか、マリーはそのコンビニへと走る。
「おい!待てって!」
慌てて二人もマリーを追う。
マリーはコンビニの前に着き、呆然と中を見る。
「はぁはぁ、どうしたってんだよ。一体!」
「お店?」
マリーは、ゆっくりとコンビニへ足を踏み入れる。自動ドアが開き、店内へと入る。目に入るものは棚に整然と並ぶ商品達。青果品は無いが、20世紀のコンビニである。
「へぇぇ……、こんな風に物売ってるんだな。はじめて見たぜ」
表面のパッケージは年月と共に風化しても銀紙の部分は残るらしく、一面が銀だらけという異様な光景である。足りないものはパッケージと店員、客くらいなもの。
「……そんな」
マリーが呆然とそう漏らした。
「あん?」
「どうして……」
マリーが恐怖を顔に浮かべてあとずさる。この異様な光景が信じられないのだ。
「おい、どうした」
「看護婦さん?」
じりじりと、コンビニを出ても後ずさりはとまらない。
ガタン!とショットガンを取り落とす。
「こんな事……ありえない」
荒廃したビル街、退化したかのような暴徒達、電気の通っている住宅街、損傷の少ない民家、そして、このコンビニ。次々と疑問が頭を駆け巡り、暴走し、混乱する。
動悸が激しくなり、目の前が真っ白になってきた。
「おい!後ろ!!」
ヒビキが叫ぶ。マリーはいつの間にか川の縁にまであとずさっていた。そこに足を引っ掛け、マリーは川へと落下した。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
「はぁはぁはぁ……!」
「一体、この町はどうなっている!」
ジュラとブザム組みも同じような恐怖に駆られて調査を打ち切った。調査する内にこの町の異常さがありありと浮かんでくる。
彼女達もマリーたちと同じく、民家の調査に入った。だが、そこで見たのは上層部とはかけ離れ、せいぜい朽ち果てた棚や、本だけ。荒らされた形跡は一切無い。どの民家も、暴徒と化した連中が侵入した様子も、避難する為に貴重品を持ち出した様子も無いのだ。
まるで、ある日を境に人間たちが何も持たずにここから去り、上層部に集まり暴徒と化したかのように。
ただの居住区であり、手がかりになるものは何も無い。それ以前に暴徒に荒らされた形跡が無い。“無いことが異常なほどにおかしい”のである。
「とにかく、合流してここを離れなければ……」
街灯の下を必死に走る。走り去った交差点の影で、一つの影がその様子をじっと見ていた事にも気づかず。
下水道組は途方にくれていた。声を頼りに進んでみれば下水道は切れ、滝のように更なる下層に水を落としていた。
「やれやれ、こっちは無駄足か」
「みたいね。……下は工業地区か」
暗がりからもパイプが色々走っているのが見て取れる。浄水施設にでもなっているのだろうか。……いや、大体においてその施設は稼動しているのか?それに流れてくる“下水”はどこから流れてくる?誰がそれを操作している?それにさっきも話に出たが、発電所はどこに……、
ゥゥゥゥゥ……
いきなり、近くにうなり声が響いた。
『!!』
二人は下水の奥に銃を向けた。
「……暴徒だと思う?」
「誰かが冗談で脅かしに来たのかも」
「無線は黙ったままよ」
ライトを灯し、敵に備える。
ゴゴゴ……!
下水の奥から不気味な音が響いてきた。
「ちょっと、この音って!」
アイリスが鋭く叫んだ。
「どうし……」
バーネットの聞く暇も有らばこそ、下水道の奥から怒涛の勢いで水が流れてきたのだ。
『キャァァァァァァ!!』
完全に不意を突かれた形で、二人は下水道から下の階層へ押し出された。
−To be continued−
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2004/03/06 P!