喜びの歓声は聞こえない。怒りの咆哮も聞こえない。哀しみの叫びも聞こえない。楽しいと思ったことは……一度もない。
Vandread−Unlimited− second stage
OUTSIDE:永遠を求めた者達11
「OK。解ったわ」
言ってアイリスは腰のホルスターからデザートイーグルを引き抜いた。
「って、ちょっと待ちなさいよ!!」
バーネットが慌ててアイリスの腕を押さえつける。
「何?」
「何じゃないでしょう!?何簡単に引き受けてんのよ!」
「殺して欲しいって言ってんじゃない。なら迷いなく殺してあげるのが手向けってもんでしょうが」
「違ぁぁぁう!!副長も何か言ってくださいよ!」
バーネットはブザムを振り向いた。だが、当のブザムもただ静かに虚空に浮かぶペークシスを神妙に見上げているだけだ。
「副長……、ちょ、副長まで破壊したほうがいいと思っているんですか!?」
「そうだぜ!そんな事しなくたって方法はあるだろうが!」
ヒビキまで同調して声を荒げる。
「おめぇ魔法使いなんだろ!?お得意の魔法でぱぱーっとコイツ元に戻せるだろうが!」
「……ふざけないで」
その台詞にアイリスが反応した。ヒビキに向き直り、睨み付ける。その視線に殺気さえ込めて。
「魔法だって万能じゃない。人間を生き返らせることなんて……できないのよ!
生き返らせることができてるなら、あの時あの子も助けていたわ」
「っ!!」
ヒビキの脳裏に一人の少女が浮かぶ。その手の中で息を引き取った少女の姿が。
「それに……私は魔法は得意な方じゃない。人を生き返らせる方法なんて知らないし、あまつさえ体はすでに死んで、おまけに精神は別物に乗り移ってる奴を元に戻せ?
人の命軽く考えてんじゃないわよ!!」
『――!!!――』
全員が息を呑む。それだけアイリスは怒っていた。
「……ったく、らしくないったら」
後ろを向き、自分に言い聞かせるように言葉を漏らす。アイリスも好き好んで戦いに身を投じているわけではない。戦争で人が死ぬのは当然。だからといって、死んだ先から生き返らせていったらその人は永遠死ぬこともできず、無限に苦しみを味わうことになる。それは人を殺すよりも残忍な話だ。
「私から説明させていただきます」
後ろを向いてしまったアイリスに変わってマリーが前に出た。
「私たちの持っている“力”は確かにあなた方からしてみれば非常識で便利なものかもしれません。
しかし、それは私達が知識として体験している、もしくは学んだ“こういう事ができる”という概念を形にすることです。
“力”を使う人が科学世界出身の人か、それとも魔法世界出身の人か。それだけで、その人の想像力には差が開きます。
私は魔法世界の出身で巫女をやっていました。科学世界でのRPGというゲームでは、巫女というのは治癒・支援に長けた人というイメージがありますが、確かに私はその通りです。ですから、私は科学とか、機械とかいうものに関しての知識はあまり多くありません。
アイリスさんは科学世界出身の人です。ゲームで言う、前線に立つ傭兵です。ですから、科学に関する知識は豊富でも彼女は魔法的治癒や支援という物とは縁が少ないのです。
本題に戻して言いますが、そんな私達でも知らない事を実現して見せろと言われてもどうしようもありません。
私も儀式魔法として知っている“肉体再生”しか行うことができません。四肢や体が欠損していても生きてさえいればその全てを取り戻すことは可能です。
しかし、一旦死んでしまった者の魂を呼び戻して肉体に戻すとなると、話が違ってきます。
“ネクロマンシー”、も死者を扱う術ですが、それも“死者を元通りの人間に戻す”という目的には使えません。
死者が蘇ると言う儀式の工程が解ればできないこともありませんが、人間には魂というブラックボックスが存在します。それが肉体とどういう風に結びついているかは私は知りません。
それにまだ研究したことの無いペークシスに意識が飛んでいるこの場合、魂を摘出するのに失敗すれば二度目はありません。方法もわかりません。
別の世界で精神を移植するという研究者と会った事がありますが、移植の方法も研究途上で成功したという例は聞いたことがありません。
つまり、肉体蘇生と言う物理的なことは可能でも、精神移植だけはできない状態なのです。
結局の所、どんな力を持っても“命”や“心”に関することだけは、無知なままなのです」
……………………
「くっ……ちっきしょうが!」
ガンとヒビキがケースをぶっ叩いた!
ピシ……
「ん?……おわぁぁ!」
「何……あぁぁ!!?」
「ちょ、アンタ何やっちゃってんのよ!!」
起こった小さな音。ケースの中で起こっていたのは、ひびである。コールドスリープ状態の肉体にひびが入ったのだ。
『あぁ、気にしなくていいよ。もうその体に未練はないし』
だが、元持ち主は落ち着き払ってそう言った。
「け、けどよ……」
『いいんだ。どの道、そのケースの中身はコールドスリープじゃなくて単に冷凍だったわけだし』
「死体を冷凍保存していたのか?」
『彼らがね。最初は未練もあったよ。まさか目の前に自分の体が死体で置かれてるなんて、信じられないし』
ブザムはさっきから落ち着いて話を聞いている。内心はどうか分からないが。
「にしては、大した落ち着きようだ。20年で何を悟った」
『2年目で泣くのをやめた。5年目で怒るのが無駄だと気づいた。10年で悲しみに疲れた。そしてこの体を得た瞬間から喜んだ事なんて一度もなかった。
だって、たった一言で全ての意見に片がついちゃうから』
ピシピシと凍っていた肉体に徐々にひびが増えていく。ヒビキが衝撃を与えるまでもなくこの骸はすでに冷凍機能を止められていたのだろうか。
『全ては後の祭り……ってね』
……………………
「それで?何か未練はないの?」
アイリスは銃からマガジンをはずすと銃弾を一個ずつ外していく。
『僕個人的には、アイスが食べたかったね』
「アイスって、そんな簡単な未練しかないの?」
ジュラが聞いた。
『この体にされる前に最後に食べたのがアイスなんだ。もう一度食べてみたいものってだれにでもあるでしょう?』
「そりゃぁ……まぁ」
『でも、食べたのがアイスだって言うことしか覚えてない。どんな味だったかは完全に忘れちゃったよ』
「完璧に覚えてるんじゃなかったの?」
『無理言わないでよ、お姉さん。僕にだって無理なことはあるさ。
いや、正しくはできなくなった、だね』
「……五感ね」
アイリスが言葉を引き継ぐ。
『そ。基本的に人に備わっているべき、五感。
味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚。
食べることはできなくなった。だって、食べなくたってお腹は減らないし、第一口がない。
触ることもできなくなった。手足がないし、自由に動くこともできない。
それに、この部屋がどんな悪臭を放っているかなんて解らないんだ』
「痛すぎる話ね」
ポケットからなにやらケースを取り出すアイリス。ふたを開けると5発、5色の弾丸が現れる。
『快楽全てを失って手に入れたのが、人が切望してやまない“永遠の命”って奴。どの道体はペークシスなんだ。何もせずに漂ってさえいれば電力の供給も無くたって生きていられるしね』
「どうする?炎で焼き尽くす?それとも素粒子まで分解する?」
「ちょっとアンタ!いつからそんなに非情になったのよ!」
弾丸を確認するアイリスにジュラも非難を浴びせる。
『いいんだよお姉さん。何度も言ったけど、僕はもう疲れたんだ。
でも、“永遠の命”ってものを体験できただけで貴重な経験だよ。
それはそれで満足なんだ』
「それで、感想は?」
『“最悪”さ。だって、ジュースも飲めない、好きな時に好きな場所へ行って遊ぶこともできない、友達と話すこともできない、好きな番組を見ることもできない、それになにより大好きなアイスが食べられないしね』
「そう……、それじゃ神様に永遠の命をねだるのだけはやめにするわ」
白い弾丸をチェンバーに収める。
「それじゃ、こっちから再度質問。あなたお父さんの事恨んではいない?正しい事をしたと思ってる?」
元々は彼の父が地球への臓器提供を拒んだ事から端を発したこの星の末路。息子である彼が恨んでいる可能性は十分あるが、
『……解らないよ。あいつ等に賛成すれば臓器を取るために殺されて、反対すればこんな事になった。
でも……父さんは後悔なんかしてないと思う。絶対に正しい事をしたんだって、そう思う』
「私からも、もう一つ聞いておきたい」
黙っていたブザムが口を開いた。
「もし、外の狂人達を治療する術があると言ったら、どうする?」
『……それって、仮定の話?』
「現実問題だ。我々には狂人達を治療する術がある。だな、アイリス」
アイリスの方を見やり、言う。
「……そうね。死人は無理だけど、とりあえず脳を元の状態に戻すことはできるわ。マリーの力も必要だけど」
ちらっと、マリーに目を向ける。
「可能です。術式が複雑になりますが然したることは無いでしょう」
きっぱりとした口調でマリーはそういった。
『……………………』
少年が黙り込んだ。
「そっか、外の人たちの治療はできるんだよ!」
ディータが嬉しそうに跳ねる。
「間違ってなかったんだよ!君のお父さんは間違った選択はしてなかったんだよ!!」
「大喜びできる選択でもないけどね」
『…………お姉ちゃん達は、一体』
「ただの旅人よ。ちょっと色々な事ができるだけのね」
『…………そっか』
フッ、と少年のホログラフィが消えた。同時に暗かった部屋に眩いばかりの照明が灯った。
『―――!!!―――』
何度驚いたか解らない。だが、これは今までよりも強烈だ。
何せ、照明に照らし出された部屋全体にコールドスリープ用のカプセルが置かれ、その一つ一つに人が眠っているのだから。
「移民してきた当時の人達ね。息のある人はいないようだけど」
ざっと眺めただけでアイリスはこれだけあるカプセル群の中に、ただの一つも命のある人がいないのを悟る。
『僕の親戚や家族、隣近所で仲良くしてくれた人達。そして他人。移民当時船に乗り合わせたクルー達だよ。』
「埋葬してくれと?」
『違うよ。お姉ちゃんたちの手を煩わせるまでもなく、元に戻った人達がいつの日か見つけてくれるよ。
ただ、覚えていて欲しいんだ。あいつ等のやり方は間違っているってこと。僕達のような人間がいたってこと。他の人達が知っておかなきゃいけない人間の醜い行い。
これが僕の最後のお願いだよ。』
――最後。
それが一体どういう意味なのか、全員が理解した。
ジャキン……!
無機質な音がその空間の沈黙を切り裂く。
「そろそろ、お休みの時間ね」
『……そうだね。“楽しかったよ”。お姉ちゃん達とお話ができて』
アイリスが真っ直ぐに銃をペークシス、――少年に向ける。
弾丸に込められた魔力がアイリスの魔力に反応し、起動する。込められた呪文は光。
「おやすみ」
『うん、ありがとう』
引き金を引く。
光が……全てを包み込んだ。
Epiroge
「では、行きます」
「OK。いつでもどうぞ」
ニル・ヴァーナに一旦帰還後、彼の遺言通りマリーと共にもう一度星へと降りる。
町のはるか上空でアイリス達は手を繋ぎ、魔力を同調させる。
「全なる力、個なる力、数多の生命を内包せし癒しの御手よ……」
マリーの呪文が町中に響き渡る。同時にマリーとアイリスの体が光に包まれる。
さらに、空中に巨大な魔方陣が次々と重なり合うように形成されていく。
ニル・ヴァーナ内でも全員が固唾を呑んで結果を待っていた。
「これで、いいんだよね……」
ディータもいまだ不安な顔で成り行きを見守っている。
「二人が言うには、住民達が目を覚ますと、長い夢の中にいたように感じるだろうとの事らしい」
ブザムもモニターを見上げながらディータに声を返した。
「全て覚えてはいない。今後彼らがどうなるかは我々には想像もできない」
「忘れないでおくことさ。その坊やが言った様にね」
詳しい話を聞いたマグノも声を出す。
「起こってしまった過去を忘れることなんてできないんだ。
あたしらにはそれを未来へ伝える義務があるんだよ。冥王星の人達の意思を継いだようにね」
やわらかい光が町全体を包み込む。
光が収まれば、彼らは目を覚ますだろう。だが、何も覚えてはいない。
長すぎる夢はその全てを覚えておくことはできない。それが人間。
だが、そんな夢があったことさえ覚えておけばいい。
二度と、そんな悪夢を見なくてすむように。…………できれば…………永遠に。
Vandread−Unlimited− second stage
OUTSIDE:永遠を求めた者達 END
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あとがき
なんだかんだ言ってサブタイトルと内容が食い違っている気もしますが忘れてください。仕様です。(とっす
(最後の最後になってキャラクターの存在を喪失していた自分に物も言えませんが、まぁなんとか直ったんではなかろうか。)
てなわけで、OUTSIDEがこれにて完結してしまったわけなんですが、残念ながら本編がまったくといっていいほど進んでいません!
まぁ、こっち書くのを優先してしまって本編が疎かになってしまったのは否めませんが。
んでは、本編書き上げたらまたリョウさんに送らせてもらいます。
以上。
2004/08/01
2004/08/07(改定)