孤独:頼りになる人や心の通じあう人がなく、ひとりぼっちで、さびしい・こと(さま)。(大辞林)
Vandread−Unlimited− second stage
OUTSIDE:永遠を求めた者達10
「ニル・ヴァーナとは連絡取れない?」
「さっきからやってるが、……う〜む、まるで反応が無い」
この廊下に入ってから、GPSその他の通信機器が一切使用不可能になっていた。せっかくビーコンの発信源に着いたと思っていたのに場所すら満足に判らないとはなんとも不甲斐ない。
空間に細工して移動力を上げる廊下。こんなオーバーテクノロジーがあるとなると、これの持ち主はちょっと一筋縄ではいかないと思えるのだが、応援を頼もうとした無線が封じられている有様である。
……どの道頼んだとしても、あの津波を超えてこられるとは思えないが。
「仕方ない。とにかく中に入ってみるしかなさそうだな」
ブザムが目の前にそびえる扉を見据えて言った。
扉は2メートル四方の大き目のものだ。だが、インターフェースらしきものが見当たらない。
「ほにゃらば、ちょっと強引な方法で……」
と、アイリスは件の鞘に手を添え、
『待って下さい』
その声が廊下に響いた。
『――!!?――』
全周囲から聞こえる声に、全員が身構えた。
「誰!?」
アイリスは瞬時に戦闘モードに意識を切り替え、意識を最大限飛ばし気配を探る。だが空間自体をいじられているせいか反応が鈍い。
『今、……扉を開きます。』
その言葉と共に、大扉は左右に音を立てて開いていく。
「敵対する気はなさそうね……」
抜いた銃をホルスターに戻し、バーネットがつぶやいた。
「だといいがな……」
開かれた扉から、中へと入る。奇妙な冷気が漂っていた。しかも中は暗い。
バチンと言う音と共に、部屋の真ん中らしき場所に光が灯る。テーブルらしき物体がそこに鎮座している。
警戒しながらそこへと近づく全員。
「―――!!」
「これは……!」
「な、……なんで?」
一様にその正体を知って驚いた。
それは、コールドスリープ用のカプセルだった。透明なケースの中に一人の少年が眠っている。
『ようこそ惑星ソリチュードへ。失礼な格好での挨拶だけど』
その子供らしき声が、どこからとも無く響いてくる。
『用向きはどうあれ、歓迎するよ。何十年ぶりのお客さんだろうね』
唖然とする一同を代表してブザムが声を上げた。
「歓迎の言葉痛み入る。我々はメジェールから来た。
突然の来訪な上質問で恐縮だが、この星は一体どうなっているのか、お教えいただきたい」
聞くことは山のようにある。根底から言えば、この星自体が狂っているのだから。
『あぁ……、上の上層部から入ってきたんだね?』
声は落ち着いているが、口調にはどこかやりきれない雰囲気がある。
「そうだ。何故住民達が全員狂人化している?それなのに何故、星の機能は麻痺していないのか?」
『質問がどっちもきついなぁ。……そうだなぁ、何から話したらいいかなぁ』
数秒の沈黙の後、
『うん、やっぱり昔話からしたほうがいいね』
こっちの質問をまったく無視している。
「……我々が聞きたいのは」
『昔々、一つの惑星がありました』
ブザムの詰問を無視して声は話し始めた。
『その星には何十億の人間が住んでいました。
ある日、人々は考えました。
「このままではいずれ人々は『コウハイ』の飽和を迎えるだろう。そうなる前に、我々は飛び立たなければならない」と。
人々は協力して宇宙へと飛び立っていきました。希望持ち、未来への道標となるために。
でもある時、星に残った人達は思いました。
「出て行った人達はいい。だが、我々はどうなる?」と。
それから、希望はやがて絶望へと変わっていきました。
人間は死に敏感な生き物です。誰だって死にたくありません。でも体はドンドン老いて行きます。
じゃあ、どうすればでしょう。この矛盾を解決するにはどうすればいいでしょう。
誰かが言いました。「皆、我々は生きなければならない。後世へと意思を繋ぐために我々だけは生きなければならないのだ」と。
ならどうするのかと、誰かが問いました。
「食べ物は畑から、資源は自然から、だったら老いる体は宇宙から持って来ればいい」
皆が気づきました。それは実に都合のいい決断でした。
“体は「畑」や「牧場」から狩って来ればいい”
残った人達全員がそれに賛成しました。
やがて、彼らは農耕機械を作り、僕達を作物よろしく刈り取っているのです』
……………………
「その件なら、知ってるわよ」
『まぁ、待ってよお姉ちゃん。続きがあるんだから。いや、こっからがクライマックスかな』
『??』
『だけど、ある農家の人は言いました。
「我々は絶対に反対する。この畑の雑草一本たりとも渡すものか」と。
彼らは怒りました。
彼らはその人を殺すと、見せしめに畑に毒を撒きました。永遠に解毒することのできない毒を撒きました。
さらに農家の子供は彼らに捕まって檻に入れられました。永遠に腐っていくだけの農園を見せるためだけに。
それを知った農家の人達は、恐れおののいて、星の人達に作物を差し出すようになりましたとさ。
おしまい』
「ようするに……」
メイアが冷や汗を流している。
「この星は他の植民星への見せしめに潰されたと……」
『奇妙な話でしょ?』
「そんな……」
「ひどい……」
必死の思いをしてここまで来て見れば、真相はなんとも絶望的。
見せしめのために人々を狂人にし、たった一人を永遠に幽閉したのだ。
「で、そのたった一人のお子様がこんな場所に一人でいると」
『おかしな話でしょ』
ガンッ!!
いきなり、アイリスがスリープのケースを足蹴にした。
「ちょ……アイリス!?」
「御託は結構!さっさとホントの姿見せなさいよ。こんな“抜け殻”じゃなくてね」
『抜け殻……???』
アイリスの一言に全員がはもる。
『……………………』
「いつまでコールドスリープにしておくつもり?そんでもって、いつまで現世に未練残してるつもりよ。アンタ」
口調がキツイ。かける情けなど微塵も無いかのような言い方だ。
『ヒドイなぁ、死んでなんかいないよ』
「姿を見せなさい!」
すると、上空に光が生まれた。
それは、緑に光る正八面体。ゆっくりと回転しながら静かに降りて来た。
材質は恐らく……ペークシス。
「な、なな……」
「何……これ……」
『あはは、驚いてる驚いてる』
無邪気に笑う声。同時にそのペークシス体が明滅する。
「……やっぱり、人間やめてたのね。君」
『正確には……、これも彼らのせいだよ』
ボウッとペークシス体の下に光が集まる。それは人の形を取り、器用に挨拶する。その姿は、ケースの少年と同じ。
『この方が話しやすいでしょ。やっぱり』
「どういう……ことだ?」
ブザムもさすがに理解力がついていかないようだ。
「ぶっちゃけて言えば、このケースに入ってる子供の意識だけが、ペークシスに写されてるってことよ」
「馬鹿な!ペークシスに人の意識を載せる事なんて……!」
『できるんだよ。アクセサリーのお姉ちゃん』
少年、いや、少年のホログラフィーはメイアを指して言った。
『ペークシスは知ってる通り、まだまだ未知の物質なんだ。
判っているのは、新陳代謝によってエネルギーを発すると言う事だけ。
人類にとってこれは大きな利益だよね。ほとんどタダでエンジンが動くんだから。
でも……それだけが、ペークシスの特性じゃないんだ。
気がついていると思うけど、ペークシスには意思がある』
「意思……か」
「ペークシスの暴走、空間転移、そしてヴァンドレッド……、そうじゃないかと思っていたけどね。皆して」
『へぇ……意外に知らないと思ったんだけど、意外だな。
だけど、コピーを続けたいわゆる模造品にはそんな意思は無い。でも、ペークシスであることには変わりない。
そこで、科学者の人がある実験をしたんだ。』
手に教鞭など出して教師のように語る少年。
「ようするにペークシスに意識を投影したと?」
『そういう事。実際、人体実験で何百人死んだか判らない』
ホログラフィーの後ろに、意識の投影実験らしき場面が映し出された。
「それでは……貴方はその成功例だと?」
『僕は……ほぼ偶然さ』
ブザムの問いに、ため息一つで答える。
『どの道僕の結果なんて彼らにはどうでも良かったんだ。細工をするだけして僕はここに閉じ込められた。
そして、あいつらは殺すよりもひどいことをし始めた。
どういうつもりか知らないけど、音波の一種で全員の脳を破壊してしまったんだ』
「破壊……?では、あの狂人たちは……」
『もちろん、この星の住民達さ。
この星に僕達が来たのは刈り取りのお触れが来る少し前だった。僕の父さんは当時移民船の船長をやっていたんだ』
「じゃ、この20世紀な風情の環境はどういう事?」
『父さんの趣味だよ』
………………は?
『どんな環境にするかはそれぞれの船長が任されていた。僕の父さんは20世紀の、当時で言う“アナログ”が好きだったからね』
「なんて適当な……」
ジュラがあきれ果ててそう漏らした。
『父さんの趣味は父さんの趣味だよ。
話を戻すけど、奴らは全員を催眠術みたいなもので上層部に集めると、一斉に音響兵器を発動させた。
そして、皆は大脳を破壊され、人類の大元の“原始人”っていうぐらいまで知能指数を落とされてしまった。
音響の届かないくらいの場所には、わざわざ機械の兵隊を送り込んで引きずり出したんだ。
君たちも見たでしょ。製薬会社のアレ……』
――確かバリケードがどうたらこうたら言う話だったはずだけど……、!?
「待て!何でお前が知っている!?」
ブザムが声を荒げる。
『見てたからさ。僕も』
「見てた?」
『そ、職員達が引きずり出されるところ。基地内にいた軍人達、逆らう者は皆殺し』
「……ちょっと待って!それ何年前の話!?」
バーネットが我慢できなくなったように声を上げた。
「おかしいわよ!上の壊れかたから言って数年以上経ってるのよ!貴方一体いつから……」
『20年だよ。紫のお姉ちゃん』
ホログラフィーでありながら、真っ向から視線を向けてくる少年。
『そうさ、僕は20年もの間ここにいる。町で起こる事総てが僕の中に入り込んでくるんだ。
日々腐り続ける人達の有様を嫌と言うほど見続けながら、ね』
「……………………」
「じゃあ、簡単に思い出せるのは、どうして……」
『昔、人間は人工的に人を作ろうとしたことがあるのをお姉ちゃんは知ってるかい?』
ディータを見ながら、少年は言う。ディータは首を振る。
『人の思考能力って、確か10万だったかな、100万だったな。どっちでもいいけど、それくらいの速さで動いてるパソコンみたいなものさ
だから、受け答えをするソフトウェアから始まって、やがて、ロボットになり、最終的に移民船のナビロボみたいなヤツが登場した』
脳裏にピョロが浮かんでくる。
『ようは記憶するための容量の問題さ。そんなものは付け足せばいいだけの話。ペークシスはエネルギーを発生させるだけじゃなくて、記憶媒体としてもとてつもない記憶容量を誇っていたから』
「意外と……博識ね。貴方」
ふ〜ん、という声と共にアイリスが漏らした。彼は、ありがと、といってから続ける。
『僕はプログラムも同じなんだ。自立意識を持ったプログラム。だから、毎日起こる事が寸分たがわず記憶できて、思い出そうとすれば、簡単に20年前の出来事を思い出す。ただ、覚えていくだけ。
僕の方からは何も手を下せないんだ。この場所は外と隔離されてる。唯一電気だけが発電所から来てるんだ。
だから、方々にメンテナンス用のメカが配置された。
それは何でか。…………僕をただ生かすためだけにそんな真似をしてるんだ』
語気が強くなる。意識だけになっても喜怒哀楽は残っているらしい。ほとんどピョロと同じ感じだ。
『解かるかい?日々の他人の些末事までも完璧に覚えている事のつらさが』
「便利でいいと思うけど……」
ディータが漏らした。
『ふぅ。まぁ、物覚えがいいに越した事はないけどね、人としては。
だけど、僕は違う。
他人のどうでもいい仕草や、それと同時に起こったほかの他人の様子まで完璧に思い出せる。今現在星で生きている人達の全員分の行動が覚えていられるんだ。
それって……普通気持ち悪いものでしょ?』
『確かに……』
『小さいころ本で読んだんだ。“人は物事を忘れていくことで死を育てているんだ”って。
今ならそれが良くわかるよ。
僕は神じゃないんだ。なりたくもない。どうせ戻れない空ろなだけの人生なら死んだ方がましだってね』
「てことは、知ってるのね。体の方はとっくに死んでるって」
『――!!?』
「えぇっ!?」
アイリスの何気ない一言に数人が息を呑み、ディータが声を上げる。
『そりゃそうさ。だって、僕の意識はここにある。
あの実験が終わって、僕の肉体は死んだんだ。何の意味のない抜け殻を彼らはここに置いて行ったんだよ。
僕の新しい体……、ペークシスはこの部屋のシステムと直結して、外の様子を見せ続けてる。
今も上層部じゃ数人が餌の取り合いをやってるよ。』
「自分で自分のシステムを止めようとは思わなかったの?」
『やったさ、数年くらい。けどだめなんだ。
意識を飛ばすと同時に、頭の中をいじくられたみたいで、システムに手を伸ばそうとすると越えられない壁があるみたいに感じる。
スイッチがそこにあるのに意識ははそれを拒否するんだ。
……死にたくたって、死すら許されない』
重い沈黙が降りた。と、
「そんなの……そんなの、間違ってるよ!!」
「ディータ?」
ディータが身を乗り出して叫ぶ。
「どうしてそんな事するの!?みんなただ自由に生きたいだけなのに……こんなのあんまりだよ!」
『……それが、人間の“業”ってやつなんじゃないのかな。優しいお姉ちゃん?』
「えっ……?」
『人って言うのはさ、自分の懐に入って来る物は拒まないくせに、出て行くものに対してはすごく怒るだろ?
それに人って他人の不幸話は好きなくせに、自分が不幸になるのは嫌いときてる。
あいつらは僕達を不幸にすることで、話のネタにしたかったんじゃないのかな』
「ネタって……そんな」
『だってそうでしょ?原始に戻った人々は何も生まない。史実を見ても人々が文明を生むのに数千年かかった。
ある意味、人間の進化の過程を見るのにはちょうどいい飼育場さ』
「ふざけんな!!」
今度はヒビキがキレた。
「地球人どもが何を考えてるのかはしらねぇ!だがよ、同じ人間をこんな風に扱って良いって道理は通らねぇじゃねぇか!」
『そうだね。お兄ちゃんは正しいよ。そんな道理は立たない。
けど、人間には元々そういう意識が刷り込まれちゃってるんだ。人類という種、命って言うものが地球に根付いてからね』
『……はぁ?』
「こんなところでアダムとイヴの説教は聞きたくないわ」
ため息をついて、アイリスは言った。
『う〜ん、せっかく調べたのにひどいね、お姉ちゃんは。ま、いいや。僕もいまさら種の起源なんてどうでもいいし。
そこはかっとばして言うよ。
人間には性衝動ってものがあるんだけど、……あ、お姉ちゃん達メジェールの出身だったね。』
何を思い立ったのか急に話を切って何かを考え始める。
『オトコとオンナの愛なんて判らないんだよね。う〜ん……』
「別に構わない。知識として知っておく分には興味がある。元々男と女は同じ場所に住んでいたらしいからな」
ブザムが先を促す。
『なら、少し難しい話になるけど行くよ。
性衝動ってのは一種の嗜虐性なんだ。子孫を残すために男女の行う行為。それには快楽が伴う。
好きな物を食べる事も、好きな事をしている間も、好きな番組を見る事も、常にある種の快楽が伴って成立する。
そんな中の“精神的快楽”って奴は、性質が悪い。特に相手の不幸に漬け込んで自分を満足させようとするのはね。』
「そのいい例が、この星ってわけね?」
『そう。僕達をこんな風にするっていうのも地球人にとっては快楽だし、人類の進化を見るって言うのも地球人にとって快楽になりえる。
あらゆる側面をひっくるめて僕達の星がこうなる事は、地球にとって粛清でもあり、“自分達に取っていい話題のネタ”だったのさ』
……………………
『判ってるんだよ。言ってる僕自身がバカだってことは……』
吐き出すような口調で少年はそう言った。
「ただ……暇つぶしに星ひとつをこんなにしちまったってのかよ……」
苦虫を噛み潰した表情でヒビキが漏らした。
「地球の奴ら……!」
『怒ってくれるのは嬉しいけど、今更どうしようもないんだ。破壊された人間の脳はどうやったって治らない。
そればっかりは、ペークシスの“奇跡”でも無理な話なんだよ。
……さて、質問はこれだけかい?なら、質問に答えた代わりに僕のお願いを聞いてもらえないかな』
「何だ?」
『簡単な事さ。僕を……破壊して欲しいんだ』
−To be continue−
2004/07/30