VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 6 -Promise-






Action1 −離別−




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白いキャンバスが一枚あるとする。

何も書かれていない空白の空間。ここに好きな絵を描けと言われればどのような絵を描くだろうか?

ある者は自分の好きな動物を描くだろう。

またある者は自分の好きな風景を描くだろう。

もしかすると自分が心から愛している人を描くかもしれない。

好きな絵と問われて脳裏に思い浮かべるイメージは人それぞれ変わってくる。

世界、環境、年上、年下、知識、価値観。

男と女。

一括りには出来ない千差万別の違いがあり、人間という生物の数だけ全くの絵が生まれる。

では、たった一人に絞ればどうだろうか?

好きな絵を描けと言われて描けば、当然その人の絵が出来上がる。

その絵はその人だけが描いた絵であり、世界であった一枚の貴重な物だと言えるだろう。

たった一枚、その人だけが作り上げる事が出来る傑作。

その絵をもし明日同じように描いてくれと言われれば描けるだろうか?

一片の狂いもなく全くの同じ絵を、だ。

結論から言おう、不可能である。

模写という技術に優れている人間なら、確かに同等の絵は完成できる。

しかし描かれた絵は「次の日の絵」であり、「当日の絵」ではない。

その日・その時で思い浮かんだイメージは、その日・その時でのイメージだ。

明日になれば、もうその日ではない。

時間が流れれば、もうその時ではない。

どれだけイコールに近づけても、昨日と今日、今日と明日が変われば必ず変わってしまう。

宇宙という世界で誕生して、宇宙という世界で育つ生命の絶対的な理であり幸福でもある変化。

過去・現実・未来はそれぞれにおいて違いがあり、決して等しくはならない。

どんなに昨日と今日が同じように見えても、見えない変化は必ずどこかに生じてしまう。

変化が見えない、それは未来の可能性とも言える。

問題なのは可能性は所詮可能性であり、良い意味でも悪い意味でも起こり得る。

今日の出来事が明日も起こるとは限らないように・・・・・・














今日いた人間が明日もいるとは限らない
















 格納庫の自動扉がパシュっと音を立てて開かれる。

戦闘時以外は静寂に満たされている場所ではあるが、開かれた扉より飛び出してきたのは焦燥だった。

ガラガラとけたたましい音を立てて、一台のストレッチャーと大柄な白衣の男が出てくる。


「すぐに診断室へ運ぶんだ!一分、一秒の遅れが死に繋がると思え!」


 元来の頭脳明晰からの冷静さはなりを潜め、ドゥロ=マクファイルは感情を露にして叫んだ。

頭ごなしに命令された警備クルー主任はちっと舌打ちして返答する。


「分かってるよ!テメエに言われるまでもねえ!!
それよりうちの仲間死なせたら、テメエただじゃすまねえからな・・・」


 悪態に脅しをこめて警備主任はドゥエロを睨むが、怒りの裏には痛切な願いもこめられているように感じられる。

警備クルー主任が突如旧格納庫へ呼び出されたのは数分前である。

その時は全艦戦闘体制に入っていたために、彼女は既にいつでも飛び出せるようスタンバイは出来ていたが、その実呑気に構えていた。

基本的に怪我人の移送は警備の人間が行うが、軽傷者や前線で戦うパイロット達のメンタルなケアは全て部下達が行う。

男女共同の旅が始まってから戦闘は幾度となくあったが、その全てが完全勝利に終わっている。

怪我人は確かに多く出た時もあるが、警備主任である自分が必要とされる重傷者や死者は出なかったのだ。

そう、今までは――


「んな事で揉めている場合じゃねえだろうが!こいつがやべえんだぞ!
さっさと運べよ!!」


 険悪になりつつある二人に割って入るかのように、旧格納庫から遅れて飛び出してきたカイが叫んだ。

ギリっと歯を食いしばりつつも、目の前で寝かされている女性から目を離してはいない。

女性は空色の前髪を血で染めており、パイロットスーツの全身が手酷く破れていた。

今まで一度たりとも使用される事がなかった救急を必要とする人間を運ぶストレッチャー。

その台上に今、その女性が寝かされていた。

彼女の名前はメイア=ギズホーン、本来なら怪我にはもっとも縁がないはずの人間である。

カイの静止と一括に警備クルー主任は表情を曇らせて、小さく頷いた。


「・・悪かったよ・・・すぐに運ぶ。ドクター、診断頼む」

「分かった。こちらも感情的になってすまなかった」


 そのまま二人は互いを見つめ、メイアが寝かされたストレッチャーを押していった。

カイは震える拳をそのままに、自分を落ち着かせようと息を吐く。

視線は運ばれていくメイア一身を捉えており、耳に聞こえるのは緊急時を知らせる無機質なアラーム音だった。

通路内は外の様子を知らせるように激しい振動が繰り返し訪れている。

自分の感情を落ち着かせようとすればするほどに、カイの心は暴れくるわんとする凶暴な感情が渦巻いた。


「あのくそ馬鹿が・・・・」


 本当なら警備主任の言葉はカイが言いたかった言葉でもある。

自分自身まだ目の前の現実に半信半疑ですらあった。

いつも不遜な態度で自分とやりあっていたあのメイアがまさか、という気持ちが色濃く残っているのだ。

そんなカイの背後より、気遣うように暖かい手が肩越しに置かれる。


「宇宙人さん、リーダーについててあげよう。
リーダーすごく苦しそうだから、頑張れって声をかけてあげないと、ね?」

「・・・・そうだな」


 普段は付きまとわれているディータを、カイはこの時ばかりはありがたかく思えた。

一人でいると何をするか分らないほどに、今のカイは憔悴している。

そのままドゥエロ達を追いかけるべく走りながら、カイは並走するディータの横顔を見る。


「お前、ここにいていいのか?まだ戦闘中だろう」

「そうだけど、今はリーダーが心配だから。
ディータ、ドレッドの戦いじゃ役立たずだから離れても大丈夫だよ」


 てへへと笑うディータだったが、彼女の表情は優れなかった。

今回襲い掛かってきた敵がどれほどの敵であるかは、先ほどまで戦っていたカイが一番よく知っている。

そして今は一人でも多くの人員が必要であるかも十分承知していた。

こうしてメイアに心配して駆けつけて来る事も恐らくは命令違反からなのだろう。

カイはディータの頭を軽くはたいた。


「いたっ!宇宙人さん、ディータをぶたないでよぉ〜」

「うっさい」


 照れ隠しの表現としては乱暴だが、カイとしてもこれ以上どう扱うべきか分からなかった。

やがて運ばれているメイアの元へ辿り着き、二人はストレッチャーの傍に寄り添う。

見れば見るほど目を覆いたくなる程に、メイアの惨状は凄まじかった。


「リーダー、しっかりして!リーダー!!」


 怪我人を治せるのは医者のドゥエロしか出来ない。

戦う事が仕事のディータに出来る事と言えば、苦しそうにしているメイアに呼びかける事だけであった。


「く、ぼろぼろじゃねーか・・・・ドゥエロ、こいつの具合はどうなんだ?」


 傍らで診断しているドゥエロが、カイの質問にメイアの状態を明確に言葉にした。


「・・頭部外傷、脾臓破裂、大腿骨骨折・・・・患部に至るまでやられている。
特に頭部の怪我があまりにも酷い・・・」


 とつとつと痛々しく怪我の具合を口にするドゥエロに、カイは胸の苦しさを感じていた。

嘘を言っていない事は目の前で意識を失っているメイアを見れば一目瞭然である。

だが、それでも嘘であってほしかった。

ドゥエロの診断が正しいのなら、メイアは命に関わる怪我を負っている事になる。

医療知識が皆無のカイだったが、それでもドゥエロが口にする身体の破損が無数である事は理解出来ていた。


「くそ、何でこんな事に・・・・」


 カイは数時間前を反芻する。














 敵が突如来襲してきたのは、時間にして正午。

アマローネ・ベルヴェデール・セルティックの三人が昼休むに入る時間帯であり、通常勤務の終了に入る時でもある。

いつものようにレーダー範囲に反応があるかどうかを確認し、異常なしにほっとして三人は身体をほぐしていた。

その途端、アマローネのコンソールに緊急反応が発動する。

ロングレンジレーダー担当である彼女が慌てて索敵に入ると、融合戦艦のレーダー範囲に敵が侵入した気配を察知した。

もはや言わずとも知れた『刈り取り』作戦を展開している敵である。

三人は突然のバットタイミングに肩を落として、休憩時間の削減を行おうとしている敵に腹を立てた。

アマローネは渋々敵の来訪を報告すると、マグノは全艦戦闘体制への移行を決断。

前回のカイの活躍により敵が人体の臓器を求めている事が分かった以上、マグノも敵に対しての躊躇はしなかった。

あまりに常識を逸脱した狂気をひめている敵に容赦をする気はない。

副長のブザムはドレッド全機の出撃を命じ、前線で戦うパイロット達の指揮を行うべくマグノの傍らに立つ。

バートも呼び出されて、自動操縦モードをマニュアルに切り替えてナビゲーション席にて待機する。

本人としては逃げる満々なので、もし敵が味方の守備範囲を突破してきたらブースターを最大にして逃げるつもりでいた。

艦内には敵襲撃による緊急発令が流されて、クルー達はそれぞれの持ち場につく。

暇に任せてドゥエロと喋っていたカイも聞きつけて、すぐさま主格納庫へと向かった。

前回は大気圏内の戦闘で陰湿な攻撃を食らわされた事もあってか、カイにとって今回の出撃には鬱憤晴らしも兼ねている。

意気揚々と格納庫へと飛び込んだカイだったが、機嫌のいい顔がそこで一変した。


「青髪・・・」

「・・・・・・・・」


 ちょうど白亜のドレッドに乗り込む寸前だったメイアが、格納庫内に入るカイに気がつき表情を変える。

カイを親の敵でも見るかのように悪意と敵意に染めて、メイアはカイより視線を逸らした。

まるで視界にも入れたくもないかのように、一方的にカイを無視したのである。

よほど惑星でカイに助けられた事が屈辱だったのであろう。

メイアの態度にカイは腹を立てたが、ここで怒鳴っても逆効果だと気がついて独り言のように言った。


「さーて出撃、出撃。誰かさんが足引っ張ってばかりだから大変だよな、こっちはよ」

「なっ・・・!?」


 当然、カイがメイアに聞こえるように大きな声で言った。

普通のメイアだったらここで皮肉を言い返すか、冷静に流すかしたであろう。

もしもこの言葉がカイではなかったら、メイアとてむきになる事はなかった。

だが前回の事を尾に引いているメイアはカイに向き直る。


「助けてくれと頼んだ訳ではない」


 効果があった事にカイは内心にやりとしながらも、勤めて平静に言った。


「そんなこと言って、いっつも助けられてばかりなのはどこのどなたさんですかねぇ〜?」

「お前に助けられるくらいなら死んだほうがましだ」


 この言葉にはさすがのカイもカチンと来た。

前回確かに助けてくれと頼まれたのはエズラやマグノであり、ウニ型戦闘時に請われたのはガスコーニュだ。

本人からは何の助けも要請された覚えはない。事実は事実だ。

カイも感謝されようとは思ってはいないし、そんなつもりで助けた訳でもない。

だがあまりにもカイにとってメイアの態度は自分勝手に見えて、カイもまたメイアに向き直った。


「あ、そう。じゃ何かあっても知らねえからな」

「好きにしろ。お前の出撃はお頭や副長が認めている。
お前は私の部下ではなく、味方でもない。
お前がどうしようと私には関係のない事だ」


 二人の険悪な様子に、同様に出撃準備をしていたジュラやディータは声をかけられなかった。

二人とて、カイには用があった。

無論例の合体をカイに請う為である。

合体は互いの協力で初めて成り立つものであり、一方的な希望では成立しない。

だが二人の様子を見ていると、とても間に入る気にはならなかった。

強張った表情でカイとメイアを見つめる二人だが、意外にも喧嘩にまでは発展しなかった。

カイはついっとメイアより視線を逸らして、自分の相棒へ向かってハッチを駆け上ったからだ。


「これで清々したぜ。お前がやばくなっても助ける必要はないからな。
せいぜい宇宙で無様な死に方晒せや」


 そのままメイアからの回答を待たずに、カイはコックピット内に収納する。

カイの態度と言葉にメイアは憎々しげにカイの蛮型を見つめ、結局そのままドレッドに乗り込んだ。


「たく、むかつく女だぜ」


 相棒の機能状態をチェックしながら、カイは悪態をつく。

記憶喪失になってから数年間生きてきて、あれほど気の合わない人間は珍しかった。

一方的な悪意や中傷を向けられた事は何度もある。

三等民で記憶喪失だった自分に同じタラークの人間ですら馬鹿にされたり、卑下されたりした事だってある。

海賊達にしても、メイア以外に自分を嫌う人間はたくさんいる事は彼女達の態度でわかっていた。

メイアだけが自分を嫌っている訳ではないのだ。

なのにメイアの態度や言葉にいちいち問題視して腹を立てている事に、カイはざわめきを感じていた。

やがてシステムチェックを完了させて出撃しようとしたその時、通信回線が開かれる。

訝しげにモニターをオンにすると、ブリッジにて待機しているアマローネが映し出された。


「相変わらず仲が悪いわね、あんたとメイアって」


 ブリッジにてリアルタイムで見ていたのであろう。

カイはふんと鼻を鳴らして、リンク先の相手を睥睨する。


「あんな奴と気があってたまるか。未来永劫仲がよくなる事なんざありえないな」

「タラークの男とメイアじゃ無理もないかもしれないけどね・・・
それより気をつけなさいよ」

「?何がだ」


 目をぱちくりとさせるカイに、アマローネは真剣な顔をして言った。


「敵よ。
この前のピロシキ型も二機来ている上に、キューブ型を大量に産出しているわ。
恐らく百機を超える戦力で攻めてくると思う」

「百機!?それはまた豪快な・・・」


 敵の予想を越えた戦力に、カイは驚愕を露にする。

確かに前回ピロシキ型と戦った時はカイ・メイア・ディータ・ジュラの四人でしか戦えなかったが、それでも苦戦したのだ。

今回はそれが二機登場している上に、キューブ型は前回以上の数で攻めて来ると言う。

しかもアマローネの話には続きがあった。


「それにこれを見て。
敵側がまた新しいタイプの機体を二十機以上投入しているの」

「どれどれ・・・・」


 送られてきた画像データをメインモニターに出力すると、一体の機体の映像が浮かび上がった。

外形はやや小型だが、特徴的な四本のアームが上下左右に飛び出している。

だが問題なのはその外形であった。


「変わったタイプだな。鳥みたいな形をしているぞ」

「あんたね・・・これを見てなんとも思わないの?」

「あん?敵が愉快な格好をしているのは、今に始まった事じゃないだろう」


 ピロシキにキューブ、それにウニ。

一つ一つが戦闘兵器の常識を打ち破らんばかりの悪趣味な外見をしていたのだ。

カイの疑問にアマローネは額を抑える。


「敵のこの姿、何かに似ているでしょう!!」

「??だから鳥に似ているって言ったじゃねーか」

「ああ、もう!ヴァンドレッドよ、ヴァンドレッド!
ヴァンドレッド・メイアに似ているでしょう!!」


 流腺的なフォルムに鋭い嘴、四本のアームが翼の役割を果たしているとすると、この姿はアマローネの言う様に髣髴させるものがあった。

アマローネの指摘に対して、カイからの反応はさらに意外な反応を返してくる。


「???何だよ、その『ヴぁんどれっど・めいあ』とかいう意味分からん名前は?」

「意味分からんって・・・・あ、そうか。
カイには教えてなかったんだっけ」


 ヴァンドレッドという固有名詞は、あくまでブリッジクルー共通の単語である。

ブリッジ内では当たり前のように浸透している言葉だったが、カイにはその単語について知らされてはいなかったのだ。

疲れたようにため息を吐いて、アマローネは説明する。


「あんたとメイアやディータが合体した機体に名前をつけたのよ。
ディータと合体する時は『ヴァンドレッド・ディータ』、メイアと合体する時は『ヴァンドレッド・メイア』。
で、今回のこの機体はヴァンドレッド・メイアに似ているのよ」

「なるほど、蛮型にドレッドでヴァンドレッドか。
って、おい。俺の名前が一つも反映されていないじゃねーか」


 名前の呼称に不満の意を表すと、アマローネは冷たい目で返した。


「何であんたの名前を反映させないといけないのよ。
普段目立ってばかりなんだから、たまには引っ込みなさいよ」

「なんか納得いかねーな・・・
大体だな、ヴァンドレッド・メイアに似ているって言われて俺が判る訳がねえだろう。
俺本人が乗っている機体の外見をどうして俺が見れるんだよ」


 ヴァンドレッド・メイアに乗っているのはあくまでカイとメイアなのだ。

自身を外部モニターで見なければ、合体した様子を見る事は出来ない。

その事実をカイが指摘するとアマローネはちょっと考えて、あははと汗混じりに笑った。


「そ、そうだったわね、はは・・・・ま、まあ気をつけてね、カイ」

「こら、待て!・・・って、きりやがった。
女って奴は都合が悪くなるとすぐに逃げやがる」


 真っ黒になった通信モニターに舌打ちをして、カイは改めて新型の映像を見る。

鳥形と言うべきその姿は攻撃的なフォルムには見えず、どこか脆弱にすら感じる。

少なくとも敵視するほどの存在には見えなかった。


「雑魚が新しく増えただけだろう。こんなの、俺がすぐに退治してやるぜ」


 カイは自信たっぷりにそう言って、絶好調のコンディションである相棒を格納庫より射出させた。

ドレッド全機も海賊母船側より発進されて、前線に立つパイロット達が集結する。

カイとマグノ海賊団自慢のドレッド部隊が並んで戦うのは、実はこれが初めてだった。

確かにカイ自身にはドレッド隊のパイロット達はレジにて一度出会っているし、ウニ型での戦闘時にはカイも参戦している。

だがあの時はカイはレジを担当しており、出撃も半数が破壊されていた後であった。

実質上こうして戦闘に向かう男女が揃うのは初めてであり、パイロット達も困惑気味だった。

カイはまったく気にしてはいなかったが、女性側のパイロット達は別である。

男であるカイだったが、悪い人間ではない事はレジでのディータのやり取りやメイアを何度も救った事で知れている。

だが、問題は自分達のフォーメーションに組み入れていい人材がどうかであった。

自分達の戦闘ラインにカイを投入する事は、言ってみればカイにチーム全体の命運を預ける事になる。

カイが元来のメジェールの男への常識に当てはまらない人間である事は分かってはいる。

だが結局カイは男であり、自分達の敵である事には変わりはない。

チーム全体に戸惑いの波紋が広がり、十代のうら若き乙女達のカイへの認識は些か把握しずらいものだった。

平然と出来ているのはジュラにバーネット、それにディータくらいである。

そんな部下達の懸念を知ってた知らずか、チームリーダーであるメイアはこう言った。


「フォーメーションはいつも通りで行く。各自私とジュラ、バーネットの指示に従うように」


 メイアの命令に、パイロット達全員は驚愕した。

いつも通りで行く、つまり同じ戦線に立つカイはフォーメーションに入れないと断言したのだ。

これにはディータが反論したが、バーネットやジュラはある意味で中立だった。

カイへの評価は少しずつ変わってはいっているが、戦闘時においてのカイは少し無鉄砲な所がある。

パイロット達の全体的な呼吸を整えるという意味で、カイを視野に入れないというメイアには共感できた。

カイ本人はというと特に何も感じてはいなかった。

自分自身で戦いたいという気持ちが第一であり、メイアの命令になんて従いたくもなかったのである。

そういう意味でメイアからの発令はカイにとっては願ったり叶ったりであり、黙認していた。

だが、問題はパイロット達である。

メイアとカイのギクシャクした関係は知っており、ましてやカイ本人に彼女達は悪意を持つにはもう知り過ぎてしまった。

毅然としているメイアにも無視しているカイにも、パイロット達は複雑さを噛み締めてしまっていた。

表面には見えないバランスの均衡と精神的な均一からの乱れ。

それは集団戦法を得意とするドレッドチームに致命的であった。

戦闘が開始されて数十分後、欠点は露出してしまう。

襲い掛かる尖兵の群れであるキューブ達をカイが前線で破壊していき、メイア達はフォーメーションを展開して交戦する。

そこまではいいのだが、問題はフォーメーション軸にカイが入ってしまう事である。

カイは当然自由意志で戦いを繰り広げるために、メイア達の陣形に考慮する事はない。

するともし自分の担当区域にカイが入ってしまうと、手助けすればいいのか任務に徹底するべきなのか判断に迷うのだ。

戦いでの迷いは瞬時に死に繋がる。

容赦ないキューブ型のビームを食らってしまったドレッドは破損し、ダメージを負っていった。

問題はそれだけに止まらない。

カイを初めとしてメイア達もキューブ型を次々と破壊はしていくが、数は一向に減ろうともしなかった。

大破するキューブ型の数を上回るように、ピロシキ型は次から次へと新しいキューブ型を戦場に排出していくのだ。

キューブ一体一体の戦闘能力が低いとはいえ、これではきりがない。

その上、今回の戦いより初めて登場した鳥型の能力も特筆すべき性能があった。

姿形をヴァンドレッド・メイアに模倣している鳥型であるが、何も酔狂やはったりでこのような形をしている訳ではない。

恐るべき事にヴァンドレッド・メイアの能力まで模倣されており、ウニ型を圧倒した驚異的なスピードを意のままに操れるのだ。

当時ウニ型での戦闘では一体のみであるのにもかかわらず、メイア達は翻弄されている。

ところが今回は能力的にウニ型を上回り、数も二十機を超えた艦隊なのである。

瞬時にドレッドの間合いへ接近し、四本のアームより高出力のビームを発射する鳥型。

パイロット達も何度か反撃はするのだが、その速度ゆえにまったく当たらずに回避されてしまう。

精神的にも能力的にも混戦が続き、メイアが組み立てたフォーメーションはばらばらになりつつあった。

次々と被害が続出し、敵の数はろくに減ってもいないのに味方の被害は膨大に出ているのだ。


「こいつら、人様の能力をパクリやがって。プライドねーのか、お前ら!」


 果敢にブレードを奮って鳥型を斬り落とそうとするのだが、蛮型はそもそもドレッドより鈍重である。

まるで獲物にたかる隼のように攻撃を受けて、カイのダメージは増していった。


「このままじゃやべえ・・・・何とか反撃しねえと・・・」


 無我夢中で戦い続けながらも打開策を講じるカイだったが、何も浮かんでは来なかった。

二百を超えつつあるキューブ型にピロシキ型二機、そして驚異的な速度を誇る鳥型が二十機以上。

今までにない圧倒的な戦力である。

さすがのカイもこの戦力を一掃できる案を思いつくのは至難の業だった。

正確に言うなら、案は一つだけ浮かんではいる。

敵は速度を重視してのヒット・エンド・トゥを繰り返しているのなら、こっちも速度で対抗すればいい。

そう、メイアとの合体である。

メイアと合体すればヴァンドレッド・メイアが誕生し、条件はほぼ互角となる。

ならば後は操縦者の腕次第であり、メイアとカイの腕前ならプログラムでしか動けない敵は苦戦はするが掃討出来るはずだ。

戦略的には一番の案だろう。

だが、カイはその案を頭ごなしに却下した。


「あいつが俺と合体したがる訳がないし、俺もあんな奴との合体はごめんだからな。
何か他の案を・・・
ん?あ!?」


 混戦模様を伝える外部モニターに、一つの戦闘場面が飛び込んでくる。

キューブ型からの攻撃を避け損ねたドレッドに対し、鳥型が猛烈な勢いで向かって来ているのだ。

戦闘の嘴より光が生まれているのを見ると、ヴァンドレッド・メイアがウニ型を破壊した時のように嘴から体当たりをかけるのだろう。

そのまま突き刺されば、間違いなくドレッドの搭乗者の命はない。


「くっそ、どいつもこいつも世話ばかりかけやがる!」


 カイは慌てて背中のブースターを噴かして、そのドレッドの元へ駆け寄る。

ドレッドのパイロットも敵の接近に気がついたようだが、体勢が崩れているので緊急回避すら行えない。

カイが焦りを露に突進をかけるが、


「やべえっ!?このままじゃ間に合わねえ!?」


 距離的にはカイと敵は変わらないが、蛮型と鳥型ではスピードが圧倒的に違いすぎた。

鳥型は見る見る内に接近し、凶悪な嘴を光らせてドレッドに肉薄する。

カイはブレードをランスに変形させて投げ付けようとするが、到底間に合わない。

今にも突き刺さらんとしたその時―――


「!?な・・・・・・・・」


 カイは呆然として見つめていた。 

ドレッドに接近した鳥型。

死に至らしめる攻撃力を有したその嘴が、ドレッドを庇うように立ち塞がった白亜の機体に衝突した瞬間を・・・・


「こ・・・・・・・・」


 歯の根が合わない。

モニターに映し出されている映像がまるで夢か何かのように現実味がない。

カイは目を見開いて、状況を感受できずにいた。

ただ呆然と食い入るように視線を向け、ある一点に辿り着いた時感情が爆発した。

嘴はコックピットに刺さっている――


「この野郎ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!」


 メイアに対しての好き嫌いの感情や男女の価値観は全て消し飛んだ。

ただ純粋に煮えたぎる怒りに心を真っ赤にさせて、カイは激情のままにブレードを振るった。

今までにない鋭さと速さで斬り付けられた嘴は両断される。

あっさりと斬られた事で脅威を感じたのか、その鳥型は素早い速度で離脱した。


「待て、こらぁぁ!!!」


 嘴を斬っただけでは怒りが収まらないのか、カイは憤怒の表情で自分の機体を立て直して追いかけようとする。

今まで怒った事は何度となくあるが、憎しみの感情が生まれたのはこれが初めてだった。

本人のカイはそんな感傷など生まれる余地も無い程に怒りを爆発させて、鳥型の追撃にかかろうとした。

しかし、一歩手前で通信回線が開かれる。


『カイ、メイアは!?メイアはどうなったの!!』


 焦りの感情を剥き出しにして繋げて来たバーネットに見向きもしないで、カイは怒鳴りつけた。


「・・・・味方を庇いやがったんだ、この馬鹿!
あのクソ、ぶっ潰してやる!!」

『待って、カイ!すぐにメイアを母船へ運んで!!』

「ああっ!?俺はあいつを・・・・・!!」

『メイアの命がかかっているのよ、早く!!』


 バーネットの言葉にカイは唇を噛み締めて、操縦桿を力任せに殴った。

じんわりと拳と唇から血を流すカイを笑うかのように、嘴を失った鳥型は見る見る内に射程から消えていった。

このまますぐに追いかけたい。敵を八つ裂きにしてしまいたい。

胸の奥から湧き出す暴力的な無限のエネルギーに決定的な静止をかけたのはバーネットの言葉と、もう一人の助言だった。


『カイ、今からそっちに行く。メイアを収容するから、牽引を頼む』


 急加速でこちらへと向かって来るデリ機を一瞥し、通信先のガスコーニュの平静な顔を見やった。


「俺はそれよりあの敵を・・・!!」

『バーネットも言っただろう。メイアを助けるのが先だ。いいね?』


 全然納得は出来なかった。

でもこのままメイアをほっておけば命を落とす危険性が高い。

残された理性が脳裏で囁き、カイは全身をわななかせながらも言った。


「・・・分かった・・・・」


 そして傷ついた一人の少女を抱えて、カイは戦線を離脱した。

離脱せざるをえなかった・・・・・・















 思い返せば思い返すほど、カイは居たたまれない気持ちで満たされた。


「この馬鹿、無茶しやがって!」


 怒り半分心配半分でメイアに言葉を投げかけるが、血だらけのメイアは何も答えなかった。

やがて医療室へと辿り着きドゥエロは診断の手を止めて、運ぶ速度は緩めないままに口を開いた。


「緊急手術を行う。診療台を空けろ!」

「は、はい!」



 突如ストレッチャーを運んで医療室へと雪崩れ込んで命令口調で怒鳴ったドゥエロに、看護婦であるパイウェイは驚いたように返答する。

普段ならドゥエロにこう言われれば文句の一つは言い返す彼女だったが、ドゥエロの迫力に飲まれて大人しく従った。

すぐに緊急手術となり、医療室は立ち入り禁止。

カイとディータ、そして警備主任は外に出された。

閉ざされた医療室の扉の前で所在なげに立ち尽くすカイだったが、顔を俯かせるとふと目に止まった物があった。

医療室の扉の脇。

恐る恐る近づいてみると、何かが落ちていた。


「これは・・・・・?」


 拾い上げて、カイの掌に収まった物。

それは血で染まったメイアの髪飾りだった。



































<Action2に続く>

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