VANDREAD連載「Eternal Advance」




Chapter 5 -A shout of the heart-






Action8 −探索−




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 束の間の憩いの時間。

カイ=ピュアウインドは艦内公園内にて、身体を投げ出して転がっていた。

年齢不詳ではあるが、十代後半の健康的肉体を青々とした芝生に静めているその姿は心地良さそうであった。


「あ〜、なんか落ち着くよな。何もかも忘れてノンビリ出来るぜ」


 もうそろそろ事前調査を終えて初の惑星降下がスタートされようという時に、カイは落ち着いていた。

そもそもカイは基本的に悲観的な思考に囚われない性質である。

危険の可能性もある事は連絡を受けて承知はしているが、自らは乗り越えられる事を疑っていない。

カイにしてみれば、危険や荒事は歓迎すべき試練である。

困難な壁を乗り越える事によって、自分の夢への達成へ一歩近づけられると考えているのだ。

どのような物事を常に前向きと言えば聞こえはいいが、楽観的な性格とも取れる。

だからこそ何に対しても慎重に対処するメイアとは相反するのかもしれない。

適度に空調設備が整えられている公園は、自然に優しい環境を維持されている。

カイは腕を後頭部にまわして、瞳を閉じてリラックスしていた。


「弁当食って、腹具合もばっちりだ。
もうちっと食いたかったけど、女の料理はあれくらいが適量らしいからな」


 もっと食べたいと言った時のディータのしょんぼりとした顔を思い出して、カイはため息をついた。

ディータの作った弁当は食材も生かされて、献立もカイを満足させる出来具合だった。

あっという間に食べきったカイはお代わりを主張したが、弁当で精一杯だったディータに謝られたのだ。

作ってもらった身の上としてはそれ以上文句は言えず、カイは渋々諦めた。

タラークに住んでいた時は主食にペレットを齧っていたので、基本的に食事は控えめな方だった。

美味い不味いではなく、栄養第一だったからだ。

食欲の旺盛さというものは、食生活に豊かな者が初めて味わえる特権である。

恐らくタラークに住む第三世代初の女の食事を口にしたカイは、急速に味覚を取り戻しつつあった。

満たされない胃と不足がちな満腹感のみが、今のカイの安らぎに影響を及ぼしていた。

贅沢な悩みをそのままに寝そべるカイに、大きな二つの影が身を覆った。


「ふふふ、もっと女の料理を食べたいのかしら」

「あん?」


 聞き覚えのある女性の声を耳元に感じたカイは、怪訝な表情で瞳を開ける。

そのままそっと上を見上げると、豊満な胸を腕に組んで頭上より見下ろすジュラの姿があった。


「金髪じゃねーか。いきなりなんだよ?」

「聞いたわよ。あんた、ディータのお弁当を食べたそうじゃない」

「・・・誰から聞いたんだ、それ。あいつが喋ったのか」


 カイは迂闊な所を見られたとばかりに表情を潜めると、ジュラは得意げに笑った。


「この船の中でジュラの耳に届かない事はないのよ。
ジュラは海賊団一のヒロインなんだから」


 本当にそう思っているのであろう、ジュラの表情に嘘の色は存在しない。

ランキング自体はないのだが、確かに容姿端麗なジュラは海賊団内で一目置かれている。

メイアに次ぐリーダー格としてもそうだが、ジュラはその性格ゆえに何かと目立っていた。

自分が常に高みでなければ気が済まない性分なのだ。

カイはげんなりした様子で、渋々ジュラの言葉を肯定する。


「あいつが作ってくれたから食べただけだ。お前に咎められるいわれはないぜ」

「別に文句を言うつもりはないわよ。あんた、まだ食べられる?」

「はあ?」

「質問に答えなさいよ。
ディータのお弁当を食べて、まだ食事はできるのって聞いているのよ」


 ジュラが何を言いたいのかサッパリ分からず、カイはよく分からないといった顔でとりあえず答えた。


「腹は減っているかって聞かれれば、まだ減ってはいるぞ」


 ちょうど今弁当のみを不足と感じていた時である。

カイが素直に答えると、ジュラは表情を輝かせた。

ジュラの計画通りに話が進んでいるのが嬉しいのであろう。


「ふ〜ん、そうなの。うんうん、そうなんだ」

「こら、そこの理解不能な生き物。何を自分で勝手に納得してやがる」


 上半身を起こしてカイが苦情を述べると、ジュラは細い腰に手を当てて人差し指をカイに向ける。

ぐっと身を乗り出すと、ジュラのスタイルの良さが際立って見えた。

女性本来の魅力にカイが気落とされて身を引くと、ジュラは一歩歩んで口を開いた。


「ジュラもあんたに御馳走してあげるわ」

「え?お前が?」

「何よ、その顔。ジュラだって料理の一つや二つできるわよ!
ディータに出来てジュラに出来ない事がある訳ないでしょう!」


 訝しげなカイの表情を勝手に勘違いして、ジュラは焦った様に言葉を並べる。

ジュラにとって、ディータに劣るとカイに思われるのは死ぬほど我慢ならない事なのだ。

何しろディータと言えば、とろい鈍いやり辛いと揃った問題児である。

おまけに宇宙人オタクという空想的な思考もあってか、一部の人間には評判は悪かった。

しかし、カイの疑問は別のところにあった。


「別にお前の料理の腕を疑っているとかじゃねーよ。
突然どういう風の吹き回しだ、お前」

「え”・・・・・」


 カイに下から睨み付けられて、腹に一物あるジュラは一歩身を引いた。

そんなジュラに更に畳み掛けるように、カイはぐぐっと前へ押し寄せる。


「普段人の悪口ばかり言っているお前が、急に態度を変えやがって。
どうせまた何か企んでいるんだろう」


 カイが疑うのも無理はない。

ジュラはいつもならカイには目もくれないか、露骨に毛嫌いの視線を向けるかどちらかである。

カイがどうこうではなく、ジュラには男そのものの存在が我慢ならないのだ。

もっともこうしたジュラの嫌悪はメジェールでは一般的で、クルー大半は同じ気持ちである。

疑いの視線をぶつけるカイに、ジュラはやれやれとばかりに首を振った。


「しょうがないわね。じゃあ端的に言うわ。
美味しい料理を食べさせてあげるから、今度の戦いの時にジュラと合体してほしいの。
それ以上は何も望まないわ。どう?」


 合体という単語を聞いて、カイはかなり嫌そうな表情をする。

カイ自身合体の現象そのものを理解しているわけではないが、あまり気乗りはしないのだ。

合体はカイにとって新しい力を得る代償として、自身の負担を枷とさせられる。

それに宇宙一のヒーローを目指すカイとしては、独力で敵を倒したいという気持ちもあった。


「う〜ん、合体ね・・・」

「ジュラの華麗なシーンを皆に見せるには、あんたの協力が必要なのよ。
その代わり美味しい料理をあんたに食べさせてあげる。
ギブ・アンド・テイクよ」


 大人としての態度で、ジュラは含みのある笑みを口元に浮かべてカイに近づく。

美味しい料理、それがうやむやな態度で完全には否定できないカイの痛い所だった。

もし他の条件だったなら、カイは即座に断っていただろう。

戦況的な意味で合体はプラスになり得るかもしれないが、カイ個人にはマイナス要素が高いためだ。

だが、カイはディータの手料理の数々で女の食事の美味さを実感している。

簡単に撥ね付けるにはあまりにも魅力の高い申し出に、カイは悩みに悩んでこう言った。


「ま、まずは料理を一口食わせてもらおうか。
不味そうだったら、容赦なく断るからな」

「ふふん、その点は任せなさいよ。バーネット、お願い」


 ジュラが視線を横に向けて声をかけると、待機していたバーネットがそっと木々の陰から出てきた。

突然の登場にぎょっとしたカイを一瞥し、バーネットはそのまま芝生内にキッチン・ワゴンを運んでくる。

ワゴンの上にはトラベザのキッチンで作られたステーキが、金属製の保存ラックに覆われて乗せられていた。

カイが興味もあってそのまま立ち上がると、ワゴンの前に近づく。

バーネットは静かに持ってきた椅子を用意すると、カイは戸惑った様子で大人しく座った。


「さ、女の手料理存分に召し上がってね」


 ジュラが得意げにそう言ってバーネットに視線を向けると、心得たように頷いた。

どうやら前もって段取りを決めていたようである。

淀みのない仕草でバーネットは、無言でカイの前に置かれている料理のラックを取り上げる。

すると自製のソースの香りが広がって、ラック内より熱のこもったステーキ料理が登場した。

素材のいい肉を丁寧に焼きあげた事による見た目も満点の料理に、カイの食欲はいやがおうにも刺激される。


「おおっ!?こ、これ、本当にお前が作ったのか?」

「何よ。そんなに不味そうに見えるの?」


 ジュラのいきり立つ様子に、カイは違うと手を振って投げやりに言った。


「逆だ。めちゃめちゃ美味そうじゃねーか。
くっそう、これじゃあ断れそうにないな。俺の負けか・・・」

「それじゃあっ!?」

「一回だけだぞ。俺が疲れるからな。
一回だけなら、まあ合体してもいい。その代わり出来なかったからって文句は言うなよ」


 嘆息してカイはそう提案すると、ジュラは喜色満面でその場を飛び跳ねた。

思い通りに行った事もあるが、自分自身もメイア達同様のかっこいい合体ができるのが嬉しいのだろう。

カイはジュラの様子に苦笑して、バーネットはそんなカイを見て口元を緩ませる。

喜んでいるジュラを見つめるその視線に、カイの優しさを感じたからだ。

同時にカイが自分の作った料理を美味しそうだと言ってくれたその時、心の中で温かい気持ちが点る。

カイへの奇妙に感じていた意識が、バーネットの胸の奥で変化を遂げつつあった。


「んじゃあ、商談成立って事で遠慮なく食べるぞ」

「勿論よ。残さず食べちゃっていいわよ」


 承諾された事で機嫌のいいジュラは、にこにこ顔でカイに薦める。

バーネットも傍らで様子を見守る中、カイは手に取ったフォークとナイフで器用に肉を切り取って口に運ぶ。

否、運ぼうとした。

ところがその一瞬後、カイ達の和やかな雰囲気を一掃する召集ベルが艦内に鳴り響く。

アマローネ達による事前調査が完了し、出撃命令が正式に下された合図であった。

カイは食べようとした肉の断片を見つめ、舌打ちしてフォークを皿に上に置いた。


「ああ、もう!バットタイミングで出撃かよ。
しゃーね、飯は帰ってきてからにするか」


 カイは椅子から立ち上がってそう言うと、ジュラは焦ったように言い募る。


「待ちなさいよ!約束は・・・」

「約束はちゃんと守るよ。まだ食っていないからノーカンとかせこい事はいわねえ。
男に二言はねえからな」


 ジュラの心中を察してカイが力強く頷くと、ジュラもまた安心した笑顔を見せる。


「ふ〜ん、あんた意外にいい奴じゃない」

「意外にってなんだよ、意外にって!!」


 何度か言われている台詞に、カイは青筋立てて怒鳴った。


「ふふ・・・・」


 ジュラが笑顔でカイと言い合いをしている光景に、バーネットもまた笑顔を見せた。

ジュラの言った言葉は、バーネットが以前のレジで抱いたカイへの印象と同じであったからだ。

いよいよ行われる惑星探査前にもかかわらず、三人の関係は少しずつ歩み寄っていた。















 星の調査とは、タラーク・メジェールには縁がないようで必要不可欠であった。

と言うのも、タラーク・メジェール両星は人が住める環境を整えたばかりの若い星なのである。

未発達な地表環境を地球より出発したタラークでいう第一世代の人間が、独自の開発を持って積み重ね、

科学技術の全てを持って、ようやく人類が生存を維持できる状態にまで持ってきたのだ。

全環境の把握もまだまだ至ってはいない。

自分達の住む星全ての調査は終えてはおらず、テラフォーミングも未完成なままであった。

メジェールは特に環境整備は必要で、大勢の難民も出ている始末である。

当然自分達の星で精一杯の彼らには、他星の開発や調査はもっての外であった。

タラークが製作した蛮型九十九式も惑星への調査は可能ではあるが、元々の使用目的は戦闘用なのだ。

装甲や装備も戦闘用に特化されており、何より肝心の弱点が蛮型には潜んでいる。

惑星自身を守るために不可欠な大気に対しての効果的な防御が不可能なのだ。

大気圏突入を行うと、自身に急激な熱量と圧力が負荷されるのは常識である。

最新式である蛮型九十九式ではあるが、そんな大気からの強力な反作用には勝てない。

では何故蛮型九十九式が陸上強襲式と銘打っているのか?

その答えとして、外部接続が不可欠である一つの補助装備があった。


「おっしゃ〜、行って来るぜ!
俺にかかれば問題は何もねえから、安心してみてろや」


 ニル・ヴァーナ上部である主格納庫発射口より、宇宙へ金色の人型兵器が飛び出してくる。

背中のバーニナーより噴射される青きエナジーが軌跡を描き、宇宙にラインを彩った。

カイはコックピット内でやる気を漲らせて高々に吼えるが、突如通信回線が開いて冷めた女性の声が届いた。


『カイがいるから、逆に不安になるわ』

『何だと!人が気合入れている時に水さすんじゃねえ、ベルヴェデール』


 操縦桿中央に付属されているモニターを見ると、ベルヴェデールが何やら曇りがちな表情で映っている。

ベルヴェデールはモニター越しにカイを見て、頬づえをついて言いやる。


『あんたは張り切ると、何するか分からないもん。ちょっと大人しいくらいがちょうどいいのよ』

『やかましいわ!大体、たかが星の表面見に行くだけだろう。
ウニとかキューブとか訳の分からん敵と戦うより、よっぽど気楽だぜ』


 呑気な口調でカイはそう言うが、反するベルヴェデールは表情を崩さない。

どこかカイをじっと見つめ、何か言いげな表情で黙り込んでいる。

さすがのカイも様子が違うのが気になって、不信げに眉を動かす。


『何急に黙っているんだ。なんか言えよ』

『・・・どうも気になるのよ』

『?何がだ』

『あの星よ。生体反応はないのに、人工物の跡は数多く残っている。
それで自然正系はほとんどが荒れ果てて死滅しているのよ。おかしいと思わない?』

『・・・言われてみればそうだな。
もしこの星が敵さんの仕業だったら、人工物をそのままにしておくってのも変だ。
人間のみを標的にしているなら、自然をわざわざ枯渇させる必要もない。
だけど、ひょっとしたらただ単に自然環境が厳しくて住めなくなったって可能性もあるだろう』

『うん、そうなんだけど・・・・』


 カイが無難な意見を述べるが、ベルヴェデールの表情は晴れない。

女の勘というものだろうか、ベルヴェデールには一抹の不安を感じていた。

明るさのない懸念のある表情に、カイはモニターに顔を近づけて言った。


『たく、人がこれから頑張ろうって時にそんな顔するなよ。
気合を殺げちまうだろうが』

『何よ!私はね、ただ不安だから・・・!』

『・・・あいつらはちゃんと無事に船に帰すよ』

『え・・・・?』


 きょとんとするベルヴェデールに、カイは自分に親指を指して言った。


『俺がいるからな。もしなんかあったって、俺がいれば何の問題もねえ。
ん〜、だからよ・・・・』


 カイは居心地が悪そうに身体を揺らして、頬を掻く。

何やらしきりに言い辛そうにしているが、観念したらしく言葉を口にする。


『そんな不安そうにするなって。お前はいつもどおり仕事してればそれでいいからよ』


 ぶっきらぼうながらに思いやりのこもった台詞。

言葉として耳に届き、実感として胸に浸透してベルヴェデールに広がっていく。

発したカイも照れくさそうにしていると、新しく回線が開いてアマローネがモニターの隅より顔を出した。


『いつのまにか随分仲がよろしくて結構ですね、カイ〜』

『な、何だよその微妙な言い方は!!』


 刺のこもった言葉と同様に、アマローネはチョコレート肌の魅力的な容貌をツンケンさせていた。

先程のベルヴェデールの表情とは似て異なり、カイへの負の表情が宿っている。

反論したカイに、アマローネはさらに辛辣な事実を述べた。


『あたしは別に何でもいいんだけどね、カイなんて。
た・だ、あんた取り残されているわよ』

『はあ?』

『外部モニター、よく見たほうがいいわよ』


 アマローネの意味深な言葉にちらりとモニターを見て、カイは愕然とする。

ディータ機・ジュラ機・バーネット機の三機が、先に出発したカイの横を駆け抜けていっているのだ。

独力で蛮型を発進させているカイとは違って、初の宇宙への出撃な三人は組み立て式の宙航船に乗っていた。

元旧艦区に格納されていた宙航船は蛮型の速力を補うための船であり、

多数の機体を一挙に乗り込むのを可能とした乗り物だった。

グングン惑星へと近づいていく宙航船に目を見開いたカイは、八つ当たり気味にアマローネに言った。


『何で先に言わねえんだよ!教えてくれたっていいだろう』

『だから教えたじゃない。さっさと行けば』

『お、お前、何でそんなに怒ってるんだ?』

『そのご質問は却下となりました。あしからず』


 アマローネはそう言って、一方的に通信を切った。

残るベルヴェデールも微妙な居心地の悪さを感じて、そのまま同じく通信を切る。

コックピットに一人取り残されたカイは、二人の挙動不審さに首を傾げた。


「結局なんだったんだ、あいつらは」


 まだまだ女への理解がないカイは、疑問符を浮かべて考え込んでしまう。

アマローネ達にしても心の変化はあれど、男であるカイへの理解にはまだまだ至っていない。

男と女はそれぞれに対極であり、理解しあうのは難しい。

両性がお互いに持ち合わせていないものがあり、それが何なのかまだまだ分からないのだ。

カイはしばらく考えていたが、モニターに表示されるジュラ達との距離の開きに慌てる。


「やばい、やばい!
あいつらに先を越されちゃ、俺の面目は丸つぶれだ。とっとと行くか!」


 カイはそのままバーニナを最大噴射させて、ジュラ達の傍へと後追いする。

そしていよいよ惑星大気圏へと突入したその時、カイは機体の背中からある物を取り出した。

広角に瞬時にオープン化されるそれは、一本の「傘」であった。

























<続く>

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