VANDREAD連載「Eternal Advance」
Chapter 5 -A shout of the heart-
Action4 −迷い−
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ディータは目の前のカイが何を喜んでいるのか分からなかった。
そもそもディータはカイに手料理を御馳走すべく、材料を集めている最中に放送を聞きつけたのである。
元来物事への思想を単純明快に考えるディータは、カイが喜ぶ事をしようと、
海賊母船に備えられていたペイント銃を片手に格納庫へと飛び込んでいったのだ。
全身をピンク色に染めつつも、何やら満足そうにしきりに頷いているカイをきょとんとした瞳で見つめ、
ディータはやがて彼女らしい結論に至った。
「そっか!宇宙人さん、やっぱりピンク色が好きだったんだね♪
待っててね、すぐに相棒さんも・・・・・」
「はっはっは、そんな訳ないだろう。うん?」
「あいたたたたたたっ!ごめんなさい、ごめんなさい!」
にこやかにこめかみをグリグリするカイに、ディータは悲鳴を上げて涙混じりに謝った。
「でも、宇宙人さん。どうしてそんなに喜んでいるの?」
ディータのカイへの奉仕活動として出したアイデアは、戦いに駆り出すカイの相棒を塗装する事であった。
そもそも蛮型を乗りこなすカイとドレッドを扱うディータ達は、男と女で機体への認識の差異がある。
カイにとっては蛮型は宇宙での自分であり、戦いを手助けしてくれる頼もしい相棒である。
蛮型への整備や自己改良を考えるのも今後の戦いのためであり、言ってみれば自身と対等なのだ。
逆にディータ達女性にとってのドレッドは自分の大切な船ではあるが、乗り物的な扱いをしていた。
整備や自己改良は丹念さを欠かせないが、感覚的には人間とペット的な差がある。
そのため機体の表面を好みで塗装を行う事は常識的であり、女性パイロットにおいてシンボルでもあった。
特にディータは流行性より独自の可愛いファッションを好む性質があり、
機能性を重視した金色の金属的機体表面のカラーより、微笑ましいピンク色にしたほうがいいと考えたのだ。
結果として拒絶はされてしまったが、ゆえにカイの表情の緩みの要因が理解できなかった。
自分の行動は非難されたのに、その行動は現在のカイの上機嫌をもたらせているのだ。
喜ぶべきなのか、反省するべきなのか、今一つディータは対応に困っていた。
「よくぞ聞いた、女よ。お前の馬鹿なりの馬鹿な行動のお陰でひらめいたのだ」
「うう・・・ひらめいたって何を?」
若干声に非難の色を感じて、ディータは縮こまりながらも問い返す。
上着を脱いで染料をその場で絞りつつ、カイはびしっと真横を指差した。
ディータが興味津々で指先に視線を向けると、塗装を行おうとしていたカイの蛮型が鎮座している。
「相棒の遠距離兵器!近距離戦しか対応できない昔の俺は終わった。
このアイデアがうまくいけば、今後は遠近に惑わされない理想的な戦闘スタイルが可能だ!」
「本当に!?すごいよ、宇宙人さん!」
「はっはっは、もっと褒めていいぞ」
他人事なのに嬉しそうに拍手するディータに、カイは満更でもない表情を浮かべる。
ディータの御世辞ではない本当の賞賛に有頂天になっているのもあるが、
何よりようやく開けそうな活路にカイは浮かれていた。
近距離戦に特化した攻撃力を発揮する陸上強襲型蛮型九十九式。
弱点として宇宙というフィールド内において、機動力の致命的低減さと遠距離攻撃の不得手があった。
今までタラークの蛮型設計者や何人ものエンジニアが頭を悩めていたその難問を、カイは解いたというのだ。
悩んでいた問題の解答のヒントとなったのが、自分の行った行動だと言う。
ディータはう〜んと小難しい顔をして思い返すが、どこが役に立てたのが分からなかった。
「宇宙人さん、宇宙人さん。ディータ、どこがお役に立てたの?」
「それだ、それ。ペイント銃」
「えっ!?これ!?」
黒のベルトを瑞々しいカーブを描く胸元に巻き、背中に背負っている黒塗りのペイント銃。
ディータは器用に首を回して後ろの銃に目をやって、口を開いた。
「もしかしてこの銃を相棒さんに持たせるの?だったらディータ、宇宙人さんにプレゼントするよ!」
「そんな訳ねえだろう!敵をピンクに染めてどうするんだ」
蛮型で腰だめに抱えてキューブ型にペイント銃を撃つシーンを思い描いてしまい、カイはげんなりする。
かっこいいとは口が裂けても言えない。
カイの反論に、ディータはますます不思議そうに首を傾げる。
「え?え?じゃあどうするの?」
「うっせ、それは今後のお楽しみだ。それより何か拭く物持って来い。
お前のせいで汚れたんだぞ」
「あ、待ってて!今すぐ綺麗綺麗にしてあげるね!
えとえと、ハンカチハンカチ・・・・・うえ〜ん、持ってない」
「とことん役立たずだな、お前は。修行し直して来い」
シャツ一枚になって、カイは雑に全身を拭く。
えぐえぐと半泣きになって、それでも健気に吹く物を探しているディータだったが、
ふと何か思いついたのか、顔を輝かせてカイと同じく上着を脱ぎ捨てる。
黒のタンクトップの無防備な格好で、ディータは顔を近づけた。
「お、おい、お前!?」
「じっとしてて!今綺麗にするから」
自分の上着を躊躇いもなく丸めて、カイの顔に付着している塗料を拭き始める。
ディータの着ていた上着は彼女のお気に入りであり、普段着でもあった。
いつも身近に接しているカイはその事を知っており、慌てて尋ねる。
「お前汚れるぞ、服。もういいから」
「駄目だよ!ディータのせいで、宇宙人さんに迷惑かけちゃったもん。
えへ、全然気にしなくていいよ。
ディータは宇宙人さんの方がよっぽど大切だから」
「赤髪・・・・・・」
素直な微笑みで、甲斐甲斐しくディータはカイの頬を柔らかく拭いた。
カイはディータの健気な言葉に、優しい表情に、純真さとは裏腹のしなやかな素肌にどぎまぎして、
黙って緊張気味に硬直しながらもさせるがままにしていた。
ほんの束の間にして、静かな一時。
周りより流れるは放置されていた未使用の蛮型の整備音のみであった。
カイはぶっきらぼうに、ディータはどこか幸せそうに。
二人は格納庫を行き交う機関部クルー達を置き去りにするように、ほのぼのとした空間を作っている。
普段ならディータを邪険に扱っているカイだが、今のディータを見ているとそんな気持ちは失せていた。
(何か調子狂うよなあ・・・・)
親代わりのマーカスにも、タラーク三等民の男達にも、ドゥエロやバートにも違う女という名の種族。
敵として教えられ、触れる事も見る事も出来なかった異性という名の存在。
それが今こうして目の前にいて、自分に触れている。
伝わるディータの女としての温もりや優しい香りや雰囲気に、カイは戸惑いを隠せなかった。
そうしてしばらくしていると、ふと自分に突き刺さる感覚にカイは視線を下に下げる。
右に左にクルー達が忙しく立ち回る格納庫内に、ただ一点カイ達を見つめる瞳がそこにあった。
「あ、青髪?」
何の感情も読み取れない、スカイブルーの光を瞳に宿してメイアがじっと見上げていた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
そのまま何とはなしに見つめあい、メイアは視線を逸らしてそのまま格納庫を出て行った。
ディータの自分への過度な接しに反発しているのか、無遠慮にディータに接する自分を非難しているのか。
それとも興味すら示さないほどに、自分を拒絶しているのか。
歩み去っていくメイアの背中からは全く読み取れなかった。
「どうしたの、宇宙人さん?」
「い、いや、何でもねえ」
ディータが手を止めて振り返ったその時には、メイアは既にいなかった。
たった一瞬のほんの僅かな視線のすれ違い。
カイは瞬間を意識していた事に気がついて、やれやれと肩の力を緩める。
どうという事はない。今まで通りだ。
メイアは自分にとって仲間でもなければ、味方ですらない。
自分達にとっての敵を倒すためには共闘もやむを得ないが、馴れ合うつもりはお互いにない。
ガスコーニュとの交えた約束は守るつもりではいるが、親密になれとは言われていない。
最低限のラインさえ踏み越えなければ、どうとでもなるだろう。
男女共同という半ば強制的な環境上同じ船に乗っている赤の他人同士。
カイは少なくともそういうスタンスを貫くつもりでいた。
何しろ当人であるメイアが自分を拒絶しているのだ。
何故自分から関わる必要があるだろうか?
そう思いながらも、何か煮え切らない現状の関係にわだかまりの様な感覚はカイの胸の奥にはあった。
「あれぇ?ディータ、あんた男と何やっているの」
「はあぁ〜、今日は本当に厄日だわ」
「ジュラ、バーネット。二人も来たんだ」
メイアと入れ替わる形でカイの蛮型の足元へとやって来たのは、ジュラとバーネットだった。
ディータやカイと同じく放送を聞いてやって来たのか、二人は連れ立って来ていた。
ただ表情はジュラはどこか楽しそうに、バーネットはどこかげんなりとした様子で正反対ではある。
カイは上腕部に設置された金型のハッチから身を乗り出して、二人を見下ろした。
「今ごろ到着かよ。青髪や赤髪はもうとっくに来ていたぜ」
「何よ!ジュラ達はね、これでも色々と・・・・・ぷ、くふふ・・・・」
カイの皮肉に敏感に反応したジュラだったが、カイの姿に視線が止まった瞬間吹き出した。
突然の変貌にカイはぎょっとしたが、笑われている事に気がついていきり立つ。
「こら、てめえ!いきなり人様を見て笑うとはどういう了見だ!」
「笑われても仕方がないわよ。何よ、その全身に塗りたくったピンクは?
言っておくけど、可愛いと言うより不気味よ」
「う・・・・・・」
バーネットの辛辣な言葉に、カイは言い返す事が出来ず息詰まる。
勢いの無くしたカイを見てますます愉快そうに笑いながら、傍らのジュラが髪をかき上げた。
「イメージチェンジをするのは悪くはないけど、元が下品な男じゃ意味がないわよ」
「うっさいわ!手前らみたいな上っ面な女とは違ってな、男は中身で勝負するもんなんだよ!
ほら赤髪、お前も何か言ってやれ」
バーネット達を指しながら呼び掛けると、ディータは力強く頷いて声を張り上げる。
「酷いよ、二人とも!宇宙人さん、ピンク色すごく可愛いのに!!」
「違うだろうが、この役立たず!!」
「痛い痛い痛い!ごめんなさい、ごめんなさい!!」
長い前髪を無遠慮に引っ張られて、ディータは必死でカイに謝った。
二人のそんな様子をジュラは呆れた様に口から言葉を滑り出す。
「あんたら、いいコンビね。ちょうどいいんじゃない、変わり者同士で」
「こら待て、金髪。俺とこいつを同類項にするな」
「いいコンビだって、宇宙人さん!」
「お前も喜ぶな!」
ハッチの上で騒ぎ立てるカイの横顔を見つめ、バーネットは不可解な気持ちでいた。
ディータもそうだが、今のジュラを見ているとカイに対して警戒心が薄れているように見える。
自分にしても、明確に意識しないと忘れそうになってしまう。
タラーク出身の下劣な生き物であり、子供のような馬鹿げた夢を持ち、船内に波紋を広げている男。
本質的な意味でいったいどういう奴なのか、バーネットは理解しきれずにいた。
「はいは〜い!皆さん、集合してくださ〜い!!」
突然聞こえてくる軽薄な口調の声が耳に飛び込んできて、思い悩んでいたバーネットは視線を向ける。
ハッチ上のカイ達も怪訝な顔で身を乗り出すと、声の主が誰か一瞬で悟った。
「バートじゃねえか。お前、船の運転はいいのか?」
「何言っているんだ、そこの三等民。今から惑星内の探索を行うんだろう。
僕の出番はないよ」
現在戦艦ニル・ヴァーナは惑星大気上に停止状態にあり、ブリッジ内は慎重な惑星調査中にある。
日々船の運転で時間を取られているバートは、マグノの気遣いにより休暇中なのであった。
納得したカイが再び身体を拭き始めると、バートもまたこほんと咳払いして得意の弁舌を繰り広げる。
「勇ましい女性パイロットの皆さん。
お聞きした話によると、蛮型搭乗による惑星探索を行うそうじゃないですか」
「そうよ。まったく何が悲しくて男のヴァンガードに乗らないといけないのよ」
格納庫に入ってからというものバーネットが不機嫌なのは、それが原因であるようだ。
バーネットにしてみれば、ばい菌が篭る部屋の中に押し込められるのと大差ないのだろう。
険のこもった声をぶつけられ、バートはややたじろぎながらも得意げに笑みを作る。
「慣れない男の機体に戸惑いがあるのは、至極当然。
よって士官候補生エリートバート・ガルサスが、皆さんのお力になるべく参上しました」
バートにとっては、千載一遇のチャンスであった。
常日頃女達に冷遇されている身である自分を印象付けようというのだ。
メイア達チームリーダー格の女性達が味方になれば、船の中の待遇はほぼ約束される。
そのために滅多にない休暇を返上して、わざわざ格納庫までやって来たのであった。
聞いて即座にバートの狙いを感知したカイは、ハッチから叫ぶ。
「てめえ、汚ねえぞ!大体蛮型のプロフェッショナルは目の前にいるだろうが!
てめえに用はねえ。しっし」
「何だと!自分ばかりいい思いをしようというのか!
君のようなにわかパイロットの御高説なんて何の参考にもならないじゃないか」
艦内にクルーとして三人いる中の男二人が、見苦しいまでに自分の立場を互いに主張していた。
常識的に考えれば、カイよりバートに習ったほうが安全性は高い。
カイは蛮型に関しての知識は皆無であり、操縦が可能なのは改良されたSP蛮型のお陰である。
その点バートは士官学校でエリート教育を施され、蛮型のノウナウは把握できている。
ドゥエロに比べると優秀さはいかんともし難いが、一応既に学業終了である卒業を約束された身分なのだ。
だが、カイは一歩も引かなかった。
カイの蛮型への思い入れはバートに負けないほどに強かったからだ。
「とにかく俺が教える。お前は引っ込んでろ!」
「駄目、僕が教えるんだ!君が引っ込んでろよ!」
「この野郎、こうなったらとことん・・・・・・あ」
バートの上に視点を変えて何かに気がついたカイだが、生憎バートは気がつかなかった。
「こら!人と話している途中によそ見するとは失礼だぞ!」
「・・・いや、お前。そこどいた方がいいぞ」
「僕に出て行けというのか!!君のほうこそ自分の操縦に励めばいいだろう!!」
「いや、そうじゃなくて、そこにいると邪魔になるぞ」
「ぼ、僕が邪魔だと言うのか、君は!全く三等民はこれだから・・・・ぶああああ!!!」
さらに文句を言おうとしたその時、バートは無残にも上から降りてきたフィークリフトに潰される。
リフトの上に乗っていた機関部クルーは、愛用のメガネを光らせて怒鳴った。
「そんな所でボンヤリ立たないでよ!邪魔よ、邪魔!」
「ふぁい〜、す、すみましぇん・・・・」
リフトの下で完全にぺちゃんこにされたバートは、泣き声をあげて突っ伏した。
バートが立っていた位置はちょうど九十九式蛮型の保管庫前だったのである。
全長五メートルを超える機体の全身を整備するために、上下を行き交うリフトの使用は必須なのだ。
この場合作業に専念していた機関部クルーより、不注意だったバートに非があるだろう。
「だから言ったのに。相変わらずドジな奴だな」
「は〜あ、なんか興がそがれちゃった。さっさとシミュレーションやりましょう」
「同感。馬鹿な男を見ていると疲れるわ」
つまらなそうにそう言って出て行くジュラに、バーネットも後に続く。
途中振り返って情けない表情をしているバートを見て、バーネットは嘆息した。
「男がああいう奴ばっかりだったら分かりやすいんだけど・・・」
最後にカイと目を合わせ首を振ると、そのままバーネットは格納庫から姿を消した。
一方の見られたカイは訳も分からずに疑問符を浮かべる。
「何だ、あいつ。おかしな奴だな」
バーネットの微妙な心の変化に気がつかず、カイは首を傾げる。
そこでふと気がついたように、隣のディ−タに話し掛けた。
「さっきあの金髪が言っていたシミュレーションってのは何だ?
ブザムもやれとか何とか言ってたみたいだが」
「宇宙人さん、知らないの?宇宙人さん達の船に設置されていたヴァンガードの仮想シュミレーションだよ。
前に調べていた時に、副長が見つけたの。
蛮型を操縦する練習が出来るんだって」
「嘘!?そんな施設があったのか!?」
初耳だったカイはディータの解説に目を丸くして驚いた。
カイは知らないのも無理はない。
そもそもイカヅチ乗船を許されたとは言え、お手伝いとして雇われた身なのだから。
ディータの言うシミュレーションとは、一言でいえばバーチャルリアリティである。
立体映像と体感システムの融合で、さまざまなデータに基づいた模擬戦闘が味わえるのである。
高水準のクオリティが備えられたこのマシーンは、タラーク軍部でも訓練として実施されていた。
「ドゥエロの奴、教えてくれればいいのに!
こうしちゃいられねえ、俺もやりに行こう。じゃあな、赤髪」
「あ、宇宙人さん!もう・・・・」
ある程度拭き終えたカイは一秒たりともじっとしていられないようで、興奮気味にその場を後にする。
取り残されたディータは不満そうにしていたが、持ち前の前向きさで機嫌を直した。
「いいもん。美味しい手料理作って、後でびっくりさせちゃうんだから」
当初の目的を思い出して、にこにこ笑顔で腕まくりするディータ。
汚れた上着はそのままに、足取り軽くディータもまた格納庫を出て行った。
賑やかな面々がいなくなり、その場は一気に静まり返る。
残されたのは整備を行う作業音。
そして、泣き声だった。
「うう、皆冷たいよな〜」
すっかりカイ達に忘れ去られたバートは、床に突っ伏したまましくしく泣いていた。
<続く>
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